ニューチャレンジャー、インカミング
開店時間が丁度ランチタイムだから次々にランチメニューの注文がやって来て、僕はキッチンの中を忙しなく動き回っている。マルチタスクが求められるけどレオさんが的確に助言してくれるから、目立った遅れもなく注文をさばけている。
「ボローボーイ、調子はどう?」
「今は大丈夫です。あ、マスター。アイスコーヒーの注文来てますよ」
「オーケー、あ、いらっしゃいませ!」
マスターはコーヒーを作りながら常連客の接客もしている。キッチンからホールはあまり見えないけれど、アルタとキルケが次々に注文票を届けてくるからかなり忙しそうだ。
「烏夜先輩、次は七番テーブル……あれ、九番テーブルが先だったっけ?」
「キルケ、七番ってあの女性三人組でしょ? そっちの方が先だったよ」
「あ、ありがとうございます」
一応トレーニングしたとはいえ初出勤が夏休みシーズンの日曜日だなんてハード過ぎる。キルケもたまに慌てている時もあるけど、アルタやレオさん、それにマスターがすぐに気づいてサポートしてくれている。マスター達も自分の作業で忙しいだろうに、ちゃんと周りのことを見ていて凄い。
「わわわっ」
「それ重いから僕が持ってくよ。キルケはあっちのカウンターのお客さんの注文取ってきて」
「あ、ありがとうございますっ」
僕も一応先輩だしあんな感じで動けるようになりたいなぁ。いや、僕は記憶喪失になっているし、そもそもこのキッチンから出られないんだよなぁ。
「どうかしたか、カラス」
「いや、アルタ君も色んな業務をこなしてるのに、ちゃんとキルケちゃんのことを見てて凄いなぁって考えてたんです」
「あぁ、アルタは結構ぶっきらぼうなところあるけど、ちゃんと面倒見が良いからな。そこらのフリーターより経験値あるし、ぶっちゃけ俺よりバイトリーダーやってるよ」
僕より年下なのに凄いなぁ。そう感心しつつ、次々に渡される注文票通りに僕はランチを作り続けていた。
「ふぅ。ピークは過ぎたようだな。こんなに観光客が来ると夏だなって実感するぜ」
ランチタイムも終わりアルタとキルケが先に休憩に入った後、僕はレオさんと一緒に休憩に入った。裏のスタッフルームの椅子に腰掛けると、まかないで飲めるジュースを飲みながらレオさんはタオルで汗を拭いていた。
「お盆の時期とかはもっと忙しいですか?」
「んー、まぁ五人でも全然回るぐらいだぜ。にしてもカラス、結構頑張ってたな。久々だし記憶喪失になってるってのに、完璧だったぜ」
僕がホールに出ることは基本的にないけれど、レオさんはホールを回ることもあるため、調理の殆どは僕が担当だ。最初は中々のプレッシャーだったけど、先輩のレオさんがサポートしてくれるおかげで今は案外気楽にやれている。
「いえいえ、レオさん達のサポートがあったおかげですよ。とても頼りになりましたし、本当にありがとうございます」
「何かお前がそんな純朴そうにお礼言うの、すんごい気色悪いな」
「なんでそんなこと言うんですか?」
僕が素直にお礼を言うと皆に気色悪いって言われるのはどうしてなの? こんなに嫌がられ続けるといつかはお礼を言わなくなっちゃうよ?
そんなことはともかく、僕はまかないのポテトフライとチキンナゲットを食べながら少し気になっていたことをレオさんに聞いた。
「あの、レオさんってルナちゃんのお兄さんですか?」
「あぁそうだよ。いつもウチの妹が世話になってる」
レオさんの名前は白鳥アルビレオ。前にルナがチラッと話していたお兄さんってレオさんのことだったのか。多分以前の僕は知っていたんだろうけど。
僕はルナとも仲良くさせてもらっているし、是非お兄さんであるレオさんとも仲良くしていたいんだけど、何故かレオさんは深刻そうな面持ちで口を開いた。
「なぁカラス……春ぐらいにもお前に相談したんだけど、ルナの奴、すげぇ反抗期なんだよ」
「そんなに嫌われてるんですか?」
「あぁ、そうなんだ。昔はゲーセンで獲ったぬいぐるみなんかを上げたら無邪気にはしゃいでてあんなに可愛かったのによ……最近はもういい加減就職しろとしか言わなくなったんだ」
いや親か。ルナのお姉さんである白鳥先生は普通に高校教師をやっているし、ルナ目線だとレオさんはただブラブラしているように見えるのだろう。なんだかすごく心に刺さりそう。
「俺だって兄として妹の相談に乗ってやりたいし、少しぐらいは世間話をしたいんだけど、全然話を聞いてくれないんだよ」
「僕で良いなら聞きますよ」
「お、良いか? じゃあ江ノ島電鉄がライトレールという区分に当てはまるのかについてなんだがな……」
何そのすんごくニッチな話。そりゃルナもあまり聞きたがらないと思うよ。
しかしレオさんをないがしろにするわけにもいかず、僕は休憩時間の間ずっと江ノ島電鉄について聞かされていた。ここも海沿いだけど江の島じゃないのに。
休憩後も僕はキッチンに収監されて、ひたすらにスイーツを作っていた。家じゃあまり作らないけれど意外と楽しいし、作り方もシンプルで助かっている。相変わらずキッチンに張ってあるレシピはテキトーだけど。『フルーツの量はケースバイケース』って人任せ過ぎるでしょ。
やがて閉店時間が迫ってくるとアルタやキルケが閉店作業を始め、僕もキッチンの掃除をしていると入口の鐘の音が鳴った。
「こんにちはー!」
元気な少女の声がキッチンまで響いてきた。何だか聞いた覚えのある声だなぁ。しかしもう閉店時間が迫りラストオーダーの時間も過ぎていたため、アルタが彼女に声をかけに行く。
「あ、すみませんもうラストオーダーの時間過ぎちゃってるんです」
「いえ、ボクは烏夜朧という方を探しに来たんです」
「え?」
カウンターの方からそんな声が聞こえてきたため、僕は驚いてキッチンから顔を出した。
そこに立っていたのは、茶髪のポニーテールの少女、十六夜夢那だった。
「あれ、夢那ちゃん? どうしてここに?」
「どうも烏夜さん。ここで働かれてるんですよね?」
「まぁ、そうだけど」
すると夢那はほうほうと頷きながらお店の中を見渡した。ここでバイトしていること、この子に話したっけな。もしかしたらベガやワキア達から聞いたのかもしれない。
「あの子、烏夜先輩の知り合い?」
「うん、ちょっとね。里帰りで月ノ宮に来ているらしいんだ」
「口説いたの?」
「いや、僕をナンパマシーンだと思ってるの?」
そして夢那は会計カウンターの近くに貼られた張り紙をジーッと眺めていた。その張り紙は、アルバイト募集のお知らせだ。ニューチャレンジャー、カミングスーンってカタカナで書いてあるのダサいでしょ。
「えっと、このお店の店長さんはどちらですか?」
「今は裏で作業をしてるよ。何か用事があるの?」
「実は、ここのアルバイトに応募したいんです!」
「え、ここで働くの!?」
「はい! ここなら色々情報を集められそうなので!」
夢那は彼女に金イルカのペンダントをプレゼントしてくれた人を探すために月ノ宮を訪れている。確かに少しでも情報がほしいのかもしれないけど、カフェってそんな情報とか集まりやすそう? スパイアクション系の洋画の見すぎじゃない?
ひとまず僕は裏で作業をしていたマスターに事情を説明してカウンターまで来てもらった。
「どうも! ボク、十六夜夢那って言います!」
「うん、ボローボーイから話は聞いたよ。夢那さん、今までにアルバイトの経験はある?」
「ありません!」
「クッキングの経験は?」
「ありません!」
「接客の自信は?」
「ありません!」
「うん、ベリーグッド! 今日から夢那さんもミー達の新しい仲間だよ!」
「うそー!?」
キルケの面接と同じように、しかも今は履歴書もないというのに、こんなノリで夢那はノザクロの新しいバイト仲間となった。え、本当に良いの?
「ボク、夏休みの間は働けますよ!」
「週三で良いかな?」
「はい! あ、時間はフルでも大丈夫です」
「オーケー、じゃあちょっと急だけど初出勤は二十九日でノープロブレム?」
「イエース!」
「良かった。二十九日も今日と同じ面子だからね」
するとタオルを洗いに行っていたキルケが戻ってきて、彼女にも事情を説明した。
「成程。実は私、趣味で占いをしてまして……夢那さんを占わせてもらってもいいでしょうか?」
「え、なにそれすごーい! やりましょやりましょ!」
閉店時間が過ぎ、一通り店内の掃除なんかを終えて退勤した後、スタッフルームにてキルケのいつもの占いという名の心理テストが始まる。
「では皆さん、目をつぶってください。私達は今、激しく噴火活動を繰り返し大量の溶岩が噴き出る火山の麓にいます」
僕とアルタ、キルケと夢那の四人は輪を作るように手を繋いで目をつぶった。キルケの世界観だと、僕らは火山の麓にいるらしいけど状況が特殊すぎない?
「あ、夢那さん。向こうから何かがやって来ましたよ。何か見えませんか?」
「あれは……な、なんだろう? 顔が満月みたいで、左目にロケットみたいなのが突き刺さってる人が来たよ!」
あ、僕が想像している世界でもなんとなく見えてきた。確かにまん丸で黄色くて、おっさんみたいな顔した人が左目にロケットが突き刺さったまま歩いてきた。
すると僕の隣にいるアルタが口を開いた。
「あぁ、これツッキー君だよ。月ノ宮町のゆるキャラ」
「こんなにデザインがゆるくない奴がゆるキャラなの?」
「僕、この気ぐるみの中に入るバイトもしたことあるから」
「夢を壊さないであげて」
これが月ノ宮町のゆるキャラかぁ。何かに似てる気がするんだけどなんだっけ。
「夢那さん。ツッキー君が夢那さんに何か言ってますよ。なんて言ってますか?」
「えっと……左の奴、死ぬ、バイバイって言ってるよ」
夢那の左側に立ってる奴か……って、それ僕のこと?
「え、僕が死ぬの!? どうして!?」
「占いだからしょうがないね。烏夜先輩、バイバイ」
「ちょっとアルタ君!? 冗談でも僕を殺さないで!」
「お、落ち着いてください烏夜先輩!」
「ツッキー君、まだ何か言ってるよ。えっと……左の奴、嫌い、消えろって言ってる」
「どんだけ嫌われてるの僕は!?」
今までのキルケの占いって凄く平和だったんだなぁって思い知らされた。一日中キッチンに閉じ込められて頑張って料理を作ってたのに、どうしてこんな場所でそんな酷いことを言われないといけないのだろう。
「ふぅ。ざっくりになっちゃうんですけど、夢那さんが探している人はちゃんと見つかるって出ました!」
「やったー!」
どうして今の占いでそんな結果が出たのかわからないけれど、夢那も無邪気に喜んでるしいっか。でも夢那が探している人を具現化した姿がさっきの世界に出てきたツッキー君だとしたら、僕はその人に消えろって言われるってこと?
「まぁ、それだけの元気があれば接客は問題ないでしょ。キルケも今日初日だったのに上手くやってくれてたし」
「いえいえ、アルタさん達のサポートがあってこそですよ! というわけで夢那さん、アルタさんや烏夜先輩のように頼れる人達がたくさんいますので、一緒に頑張りましょう!」
「おー!」
まだ出会ったばかりなのにキルケと夢那はすぐに打ち解けあってくれたようだ。やっぱり同じ女子の同級生がいるのといないのでは全然違うだろう。
僕はまだ本来の自分を取り戻せていないけれど、頼れる先輩達もいて可愛い後輩もいて、ピークタイムの忙しさなんて忘れるぐらい僕は今日一日楽しく働けて良かった。良いところだなぁ、ここ。
「……烏夜先輩。今、『こんな環境で働けるなんて僕は幸せだなぁ』とか考えてます?」
「いや何でわかったのアルタ君」
「なんか気色悪い顔してたので」
「僕泣いちゃうよ?」
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