君の心にジャストミート!



 「んまーい」


 バーベキューで焼かれたステーキ肉をモグモグと頬張りながらワキアはご満悦そうな表情で言う。


 「あの、これって凄く高級なブランド牛だよね? 本当に食べて良いの?」

 「ほらほら、どんどん食べなってカペちゃん」

 「も、持つだけで手が震えちゃうよ……」


 バーベキューの食材を用意したのはベガとワキア。僕も琴ヶ岡邸にお邪魔したことがあるからなんとなく予想していたけれど、当然のように高級な牛肉だとか海産物が用意されていた。


 「んー! 烏夜先輩、このお肉、とっても美味しいですよ!」

 「キルケちゃん、そんな慌てなくてもたくさんあるみたいだから」


 こんな高級食材が大量に用意されてるのも怖いけど。


 「どうぞ皆さん、ごゆっくり堪能してください。当家のシェフが用意いたしますので」


 ライフセーバーみたいな格好をした老紳士、いやじいやさんが言う。この海水浴場にもライフセーバーの人はいるけれど、じいやはベガとワキア専属として駆けつけたらしい。大分お年を召されてるけど泳げるのかな。


 「このホタテも中々いけますよ!」

 「まさかちょっと里帰りしただけでこんなものを食べられるなんて……」


 各々がバーベキューを楽しむ中、あまりテンションが上がっていない人達もいた。


 「やっぱり制御装置をつけるべきか……いやもっと重心を変えて……」


 巨大ペットボトルロケットが何故か女子更衣室の方へ飛んでいってしまったアルタ。牛肉をモグモグと頬張りながらずっとロケットのことばかり考えている。

 そして実は今日、僕とアルタ、じいや以外にもう一人男性が参加していた。


 「あぁ、酒が飲みてぇよ……! こんな酒に合う美味い料理ばっか食わされてるのに飲めねぇなんて生き地獄だ!」

 

 僕のバイト先の先輩で、ルナのお兄さんであるレオさんが一人肉をパクパクと頬張りながら嘆いていた。レオさんのバイトが休みだったということでルナが送迎用に車を運転しろと連れてきたのだ。そのためお酒を飲むことが出来ない。


 「あ、レオさん。ホタテのバター醤油焼き食べます?」

 「カラスは俺に酒を飲ませたいのか!?」

 「美味しいですよ?」

 「そりゃ美味しいだろうよ!」


 そうは言いつつもレオさんは泣きながらホタテのバター醤油焼きを食べていたのであった。



 昼食後、再び各々で海を楽しむ。パラソルの下でロケットについて考えていたアルタは笑顔のベガ、キルケ、夢那の三人に海の方へと引きずられていった。

 一方で僕はパラソルの下で涼しんでいるワキアとカペラの元へと向かい、彼女達の側のシートに座った。


 「あれ、烏夜先輩はナンパに行かないの?」

 「僕をなんだと思ってるのさ」

 「いや、昔の烏夜先輩ならもう一日中ビーチでナンパばかりしてたよ?」

 「そ、そうなんだ……」


 今日も月ノ宮海岸には多くの海水浴客に溢れていて、プロポーションが抜群な方もたくさんいる。でもせっかく知り合いと一緒にいるから、僕はそっちの時間を大切にしたかった。


 「カペラちゃんはもう海に入らないの?」

 「わ、私はさっき入ったのでもう十分楽しみました……ベガちゃんやキルケちゃんのおかげで久々に海に入れたので満足です」


 カペラは控えめに笑顔を作りながらそう言った。普段は杖が必要なぐらいだから、運動なんてかなり難しいだろう。そんなカペラを気遣ってベガとキルケは海に連れ出したに違いない。


 「ねーねー烏夜先輩、カペちゃんがね、今度漫画で海水浴のシーンを描きたいんだって。何かアイデアない? 私は手足の生えたサメが海水浴客を襲撃するハラハラドキドキな展開が良いかなーって思うんだけど」

 

 何そのサメ映画みたいな展開。確かカペラは恋愛主体の漫画を描いていたから、そんなホラー要素とかじゃなくてラブコメの王道的な展開の方が良いだろう。


 「じゃあ例えば女の子の水着が波で脱げちゃうとか?」

 「ははーん。烏夜先輩のえっちー」

 「いや、僕は純粋にアドバイスをしようとしただけなんだけど!?」


 まぁ真っ先にそんなアイデアが思いついてしまったのは悪かったかもしれない。しかしカペラは素直に成程とアイデアの一つとして考えてくれているようだ。


 「ちょっと想像してみる? 例えば……お姉ちゃんの水着が波にさらわれちゃったとしよう。んで、その現場に烏夜先輩が居合わせちゃいましたと」

 「成程」

 

 ベガの水着が……何故かその豊満な双丘を必死に腕で隠して顔を赤らめるベガの姿が容易に想像できてしまった。


 「その時烏夜先輩はどうするかな?」

 「……襲う?」


 カペラが僕を見ながらそう答える。いやそれアダルティな漫画になるでしょ。


 「いやまずは水着を探すよ!? そこまで獣じゃないって!」


 ちょっと邪悪な感情は抱くかもしれないけれど、誰だってまずは流された水着を探したり上着を持ってくるはずだ。


 「まぁベガちゃんも恥ずかしいだろうし、探すのが難しかったら人目につかない所まで連れて行くかな」

 「烏夜先輩は一先ず恥ずかしがるお姉ちゃんを人目につかない岩場まで連れていって、無事水着も見つけましたと。その後烏夜先輩はどうするかな?」

 「襲う?」

 「お願いだからその選択肢を捨てて!」

 「やーい烏夜先輩の獣ー」

 「冤罪だよ!」


 確かに人気のない岩場ってそういうシチュエーションのいかがわいい漫画もあるけれど! とりあえず身内でそういう想像をするのをやめろ! こっちまで変な気持ちになってきてしまう!

 しかしカペラの中で何かアイデアが溢れてきたのか、カペラのメモを書く手が順調に進んでいる。大分アダルティな方向性になってない?


 「実は私、今度野球漫画に挑戦しようと思ってて、そこに恋愛要素も入れようと思ってるんです。でも主人公が好きな先輩のキャラがまだパッとしなくて、何か決め台詞みたいなものが欲しいんですけど……」

 「『お前の心にジャストミート!』とかどう?」


 それあんまり野球関係ないアナウンサーが思い浮かぶからダメ。


 「『おいおいフルカウントかよ……恋は追い込まれてからが本番だ!』とかは?」

 「なんか寒いね」

 「ワキアちゃんよりはマシだと思うけど?」

 「もっとこう……『お前の心にタッチアップ!』とか」

 「『お前の心に』をつけないとダメなの?」

 「『お前と永遠にインフィールドフライ』とか」

 「大喜利しようとしてない?」


 その後もワキアによる大喜利が続いてろくな案は出なかったけれど、なんだかんだカペラも笑って楽しんでいたようで良かった。とりあえず僕とワキアに創作のセンスがないことはよくわかった。

 

 「にしても意外だね。カペラちゃんがスポーツ漫画を描くだなんて」

 「カペちゃんって結構スポーツ好きなんだよ~」

 「見るのが好きというだけですけどね。たまに試合を見に行ったりしますし……でもルールは知っていても戦術とかあまりわからないので、スポーツじゃなくて恋愛がメインになっちゃいそうなんですけどね」


 一旦決め台詞の話は忘れて、今度は主人公の女の子が慕っている野球部の先輩のキャラを固めていこうという話になった。


 「どういう先輩にする? 先輩は皆に明かせない裏の顔を持っていて……実はCIAの職員でした!とか」

 「それをどう野球路線に持って行くの?」

 「んー、CIAのチームと野球するとか?」

 「絶対超データ野球じゃん」


 確かに秘密の共有というのはラブコメあるあるか。あの人の秘密を自分だけが知っている、知ることを許されている、というのはなんともドキドキするものだ。絶対CIAの職員である必要はないと思うけど。


 「例えば、普段は寡黙だけどたまに見せる笑顔が素敵とか、後輩やマネージャーにいつも優しくしてくれているけど、家庭の事情とか色々複雑な問題を抱えているとか」

 「烏夜先輩はギャップものが好みなんだねー」

 「そうなのかな……」


 ラブコメを主体にしたいのだったら、やはり人間ドラマを描く上で登場人物の内面の深堀りは必須になっていくはずだ。そういう意味ではCIAの職員という裏の顔もアリ? いや意味がわからないね。


 「もっとわかりやすく、烏夜先輩をイメージしてみたら?」

 「烏夜先輩を……じゃあもし、後輩の女の子から告白されたら烏夜先輩はどうしますか?」

 「こ、告白!?」


 思っていたより凄く難しい質問をされてしまった。こ、後輩の女の子から告白……まずい、今日海水浴に集まった面子の殆どが後輩の女の子として当てはまるじゃん……。


 『ずっと前から、烏夜先輩のことが好きでした』


 あぁ何か星空を背景に告白してくるベガの姿が見える。


 『もしも私が好きって言ったらさ、烏夜先輩はどうする?』


 ちょっと小悪魔風に笑うワキアの姿も見える!


 『私は、朧パイセンのことが好きです! ほ、本気ですよ!』

 

 そして一生懸命に自分の思いを伝えようとする不器用なルナの姿も──。


 「ふんっ!」

 「ぬぼぉ!?」


 僕のふしだらな妄想は、キンキンに凍ったペットボトルで頭を殴られたことにより消えてしまった。後ろを振り返ると、ルナがペットボトルを片手に佇んでいた。


 「朧パイセン。今何やらいかがわしいことを考えてましたよね?」

 「いやいやいやいや、そそそそんなことないよ?」

 「あやし~」

 「あ、ルナさん。私が烏夜先輩にそういう質問をしただけで、烏夜先輩が悪いわけじゃ……」

 「いえ、ダメですよカペラちゃん。この人を調子に乗らせてはいけません」


 僕はちゃんとカペラのことを考えていただけなのに。今ベガとワキアとルナで想像してみたけれど、じゃあ僕がどう答えるのかは想像できなかった。もし告白されたら……いや、そんなことを考えていても無駄か。


 「あ、カペラちゃん。はい笑って~」

 「え、えぇ!?」

 「はい、チーズ」


 パシャ、とルナはカペラを写真に収めた。今日、ルナはずっとカメラを首から下げていて皆の写真を撮りまくっている。


 「お、良い表情が撮れましたよカペラちゃん」

 「どれどれ~、あ、可愛いの撮れてる~」

 「ひ、ひぃ……新聞とかには出さないでくださいよ?」

 「大丈夫です、今日集まった皆さんにお配りするだけですので! あ、朧パイセンは一枚につき手数料として五千円いただきますから!」

 「た、高!? いや、でも乗ろう!」

 「乗っちゃうの!?」


 新聞部としての活動は別として、ルナは写真を撮るのが趣味だ。あまり写真を撮る習慣がなくて記憶喪失になった時に困ったことを考えると、こうして写真にして思い出を残してくれるのはありがたいし大切だと思える。


 「そういえばルナちゃんは泳ぎに行かないの?」

 「え? い、いえ、私は皆さんの写真を撮りたいだけですので!」


 ……何だかルナの歯切れが悪くなった。ワキアやカペラは体のことがあるから致し方ないとして、ルナは今日一日ずっとカメラを持って砂浜をウロウロしているだけで海に入っていない。せっかくの海水浴だというのに。

 するとワキアがニヤニヤと悪い笑顔を浮かべながら口を開いた。


 「あのね烏夜先輩。ルナちゃんって泳ぐの苦手なんだ~昔からずっと。記憶喪失になったから忘れちゃってたんだね」

 「ちょ、ちょっとわぁちゃん!? 忘れてたなら忘れてたままで良かったんですよ!」

 「そうなの?」

 「え、えぇそうですよ! 私はカナヅチですよ悪かったですね!」


 そんな怒らなくても。ルナって活発なイメージがあったから勝手に得意そうだと思っていた。


 「じゃあ僕が教えてあげようか?」

 「い・や・で・す! 絶対変なことをされるに決まってます!」


 どうしてだろう。昨日デート……じゃなかった。取材のためルナと一緒に出かけてから、何かルナの僕への当たりが強くなったように感じる。

 僕、何か悪いことしたかなぁ。全然身に覚えがない。

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