ジャイアントインパクト



 十六夜夢那。僕より一つ年下で、ベガやワキアと同級生。

 以前は月ノ宮に住んでいたけれど家庭の事情で都心の方へ引っ越すことになってしまい、今は夏休みを利用して一月程月ノ宮の友人の家に宿泊しているという。


 「ここってどのドリンクがおすすめなんですか?」

 「マスターのこだわりコーヒーとかフルーツジュースですね」

 「へぇ~じゃあボクはアイスココア一つで」

 「人の話聞いてました?」


 僕達は喫茶店ノーザンクロスへと向かい、ランチ休憩がてら夢那から詳しい話を聞くことにした。今日もアルタがシフトに入っているため、彼が注文を取りに来た。


 「アルちゃん、私とお姉ちゃんはフルーツジュースで~」

 「はいはい。烏夜先輩はダークマター☆スペシャルでしたね」

 「なにそれ?」

 「アイオーン星系原産の宇宙食物をふんだんに使用した栄養ドリンクですよ。覚えてないんですか?」

 「んー……あまり覚えてないけど、今日はアイスココアでいいよ」


 ダークマター☆スペシャルと聞いて少し寒気を感じたのは気のせいだっただろうか? ダークマターって名前の響きの時点で結構ヤバそうな飲み物みたいだけど、ベガやワキアが少しギョッとした表情をしたのを僕は見逃さなかった。


 「ランチは何にします?」

 「何がおすすめなんですか?」

 「当店のランチメニューですとオムライスやシーフードパスタをおすすめしています」

 「へぇ~そうなんですね。じゃあボクはネブラ鶏のグリルで」

 「人の話聞いてました?」


 さっきから夢那はアルタにおすすめを聞いておきながら全然違うメニューを頼んでる。まぁそういう気分だっただけかもしれないけれど。


 「アルちゃん、私はオムライス、ワキアはネブラ牛のビーフシチューで」

 「はいはい。烏夜先輩はジャイアントインパクト担々麺でしたね」

 「いやいや僕は明太子パスタで」


 アルタ。君は自分が店員という立場にあるのをいいことに、僕にとんでもないメニューを食べさせようとしていないかい?

 しかし、一方でいかにもヤバそうな雰囲気漂うメニューに夢那は目を輝かせていた。


 「え、そのジャイアントインパクト担々麺ってなんですか?」

 「アイオーン星系原産のネブラ唐辛子やネブラハバネロをふんだんに使用したすんごく辛い担々麺です。あまりの辛さに完食出来ない人が九割ですね」

 「君はそんなものを先輩におすすめしていたのかい?」

 「へぇ~ボク、辛いもの好きなのでそっちにします」

 「え、正気ですか? これ、貴方が考えてるよりかなり辛いですよ」

 「だいじょーぶですっ。いつも辛いもの食べてるので!」


 僕達の注文を受けると、アルタはすぐに次のテーブルへと向かう。まだお盆の時期ではないけれど、夏休みに入ったからかノザクロはいつもより混んでいた。


 

 「あの、皆さんは今の店員さんとお知り合いなんですか?」

 「そうだよ~、私達の幼馴染」

 「僕は彼の先輩で、夏休みとかは一緒にこのお店でバイトしてるよ」

 「へぇ~なんだかかっこいい人ですね。もしかして、実は好きだったり?」


 いきなりすんごいド直球。ベガとワキアの様子を伺うと、ベガは顔を真っ赤にしてあたふたとしていて、ワキアは笑顔のまま硬直していた。


 「ねぇ烏夜さん。これは面白い展開になってきましたね。一人の幼馴染を巡って姉妹が取り合う展開、中々良いと思いません?」

 「ま、まぁラブコメでもたまにあったりする展開だね」

 「でもネブラ人の制度だと一夫多妻なんかもオーケーなはずなので、もしかしたら両取りも有り得るかも!?」


 夢那は一人でなんだか盛り上がってしまっている。確かに僕も二人からアルタの話をよく聞いているし、僕もお似合いだと思う。

 そういえばネブラ人の制度だと一夫多妻も多夫一妻もオーケーらしいけど、身の回りでそういう人は見たことがない。


 「夢那ちゃんは前に月ノ宮に住んでいたんでしょ? ベガちゃんやワキアちゃんに会った記憶はない?」

 「ごめんなさい、覚えてないです」

 「もしかして夢那さんは海岸沿いにお住まいでしたか? でしたら校区が違ったかもしれませんね」

 「あ、そうなんですよ。今は水族館が建っているあたりです」

 「あそこら辺か……」


 記憶喪失になったとはいえ、一度はビッグバン事故について調べたから僕は知っている。この海岸通りの一帯は元々住宅地が広がっていたけれど、八年前のビッグバン事故で壊滅的な被害を受け、再開発でリゾート地へと変貌した。

 つまりは、夢那も八年前に……。


 「あ、私が月ノ宮から引っ越したのはあの事故よりも前のことなので、私は特に何もなかったですよ? も、もしかしたら私が探している人があの事故で亡くなっている可能性もなくはないですけど……」


 僕達が話していると、アルタが料理を僕達のテーブルへと運んできた。ベガはデミグラスソースがかかったふわふわオムライス、ワキアはビーフシチュー、僕は明太子パスタ、そして夢那が頼んだジャイアントインパクト担々麺は、なんだか赤いというより地獄みたいな色のスープで、もう明らかに人が食べるものではなさそうな見た目をしていた。


 「わー、美味しそう!」

 「これって食べ物なの?」

 「す、すごく辛そうですね……」

 「では、いただきまーす」


 夢那は地獄のような雰囲気漂う担々麺をためらいなく啜った。


 「あ、これぐらいの辛さなら全然平気ですね。もっとスパイスの量が多くても平気です」

 「もしかして見た目に反して結構辛さは控えめなのでしょうか?」

 「一口食べてみます?」

 「は、はい」


 意外にも笑顔で担々麺を食す夢那を見て、興味を持ったベガが一口──。


 「ムグッ」

 「お、お姉ちゃん?」

 

 先程まで笑顔を見せていたベガは、突然真顔になって何も喋らなくなってしまった。


 「お姉ちゃん、おーい」


 ワキアがベガの顔の前で手を振ると、ベガはようやく我に返ったのか体を震わせながら口を開いた。


 「か、辛いですよ!? これちゃんと辛いですよ!?」


 そう言ってベガは慌ててお冷を取りに行ってがぶ飲みしていた。あんなに取り乱してるベガの姿は珍しい。


 「ねぇ夢那ちゃん。それ本当に辛くないのー?」

 「はい。ボクは全然平気ですよ」


 夢那はそう言いながら笑顔で担々麺を啜っていた。


 「わ、私もいけるかな……?」

 「ワキアちゃん。君はやめときな」


 これは夢那の方が明らかに以上だ。流石に僕もあんなものを食べる勇気はなかった。



 ランチを軽く済ませると、僕はアイスココアの一口飲んだ後夢那に聞いた。

 

 「夢那ちゃんが探している人ってどんな人なの?」

 

 元々都心の方に住んでいる夢那は、とある人を探すために夏休みを利用して月ノ宮に滞在している。僕達も人探しに協力してあげたいため、ベガ達と一緒に聞くことにした。


 「皆さんは、金イルカのペンダントはご存知ですか?」


 金色のイルカのペンダント。そういえば美空やスピカ達も首にかけているネックレスがそれだ。そしてこの場に居合わせているベガもワキアも、その金イルカのペンダントを首にかけている。


 「これのことですか?」

 

 ベガもワキアも、首にかけていたペンダントを夢那に見せる。すると夢那はポーチの中をゴソゴソと探ると、その中から手帳を取り出して僕達に開いてみせた。手帳のカバーの中に、ベガやワキアが持っているものと同じ金イルカのペンダントが入れられている。

 すると、夢那はペンダントを大事そうに握りしめながら口を開いた。


 「ボク、月ノ宮から引っ越す時にこのペンダントを誰かからプレゼントされたんです。離れ離れになっても、ボク達の絆がいつまでも続きますように、と……」


 ──このペンダントはね、ビッグバン事故の直前に貰ったんだ。私達の絆がずっと続きますように、って。


 ──でも、誰から貰ったのか覚えてないんだ。海岸沿いの土産物屋で売っていたってことは覚えてるんだけど。


 ──もう一度、あの人に会いたいなぁ……。


 ふと、僕の幼馴染である朽野乙女との記憶が思い起こされる。そういえば彼女も金イルカのペンダントを持っていたはずだ。夢那と乙女にペンダントをあげた人物は同じなんだろうか。僕ではないだろうし。


 「それ、私達と一緒だ。でも何故か覚えてないんだよね、これをくれた人のこと」

 「何か特徴はあるんですか?」

 「うーん……実はボクもあまり覚えてなくて。もしかして、このペンダントを持ってる人って結構いるんですか?」

 「僕の友達も持ってたよ。昔、海岸通りにあった土産物屋さんに売ってたらしいね」

 「手がかりはそれぐらいですね」


 皆にとって印象に残っている思い出のはずなのに、不思議と誰もペンダントをプレゼントしてくれた誰かのことを記憶していない。やはりその直後にビッグバン事故が起きたから記憶があやふやになってしまい、そしてあの事件が起きてしまったからこそ……その幸せな思い出にすがりついているのかもしれない。


 「ボク、八月いっぱいまで月ノ宮にいる予定なので、それまでにはきっと探し出せるでしょう! それに半分ぐらいバカンス気分ですし」


 手がかりこそ殆どないものの、夢那自身はとてもポジティブに考えているようで、その笑顔に助けられる。

 その後は予定があるとのことで、ランチを終えると僕達は夢那と別れて海岸通りの水族館であっという間の楽しい一時を過ごしていた。


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