ボクのこと、覚えてないですか?
僕の夏休みは、まず携帯ショップへ行くことから始まった。僕の携帯は事故の時に行方不明になっていたから、携帯を持つのは二週間ぶりぐらいだ。
本当はもっと早めに新しい携帯が欲しかったけれど、そもそもとして僕の保護者である望さんが家に帰って来るということ自体が少ない。でもどうせだからと最新機種を買えたから万々歳だ。
僕自身は電話番号とかIDとかPWも丸々忘れてしまっていたけど、望さんが教えてくれた電話番号を頼りにいくつかはデータを復旧出来た。記憶喪失の人に秘密の質問とか無理ゲー過ぎるでしょ。
「あ、もしもし。僕だよ僕」
携帯を買った後、僕は海岸通りへと向かいながら友人の大星に電話をかけていた。
『その声は権左衛門かい?』
いや、権左衛門じゃないけど。向こうの声は確かに大星だけど、ちょっと悪ノリしてみるか。
「そうだよ、権左衛門だよ。実は今大名行列の前を横切って打首にされそうなんだけど、示談金として百万両を払ったらチャラにしてもらえるんだって。どうにか出来ないかなぁ?」
『ひゃ、百万両!? どうにか値引いて一万両に出来ないかい?』
大名相手に値引こうとするな。
「あ、どうにか一万両で許してもらえそうだよ」
『じゃああの庄屋と金貸しを襲えば工面できそうだね。江戸まで一月かかるけど間に合うかい?』
いや一揆起こそうとしてるじゃん。
「ごめん間に合わないかも」
『じゃあ潔く首をはねられな! お前の首なんかさらし首にされちまえばいい!』
「急に辛辣になった!?」
大星ってこういうことやったりするんだ。もっと真面目で堅物な奴だと思ってた。でも権左衛門はあまりセンスないと思う。
『で、その声は朧だろ? やっと携帯新調したのか』
「そうそう。やっとLIMEも使えるよ。あとさ、僕のLIMEのアカウントにおそらく女性と思われる友達が百人以上登録されてるんだけど、これって本当に僕の友達だった人達?」
『記憶を失う前のお前が口説いてきた面々だと思うぞ』
しかも以前の僕が口説いたであろう思しき女性達とは一番直近でも最後の連絡が一ヶ月以上前だから、全然長続きしてないじゃん。ハーレムが夢って言ってたのに全然実現できそうにないじゃん。
大星との電話を終えた後、僕は知り合い達にようやく携帯を新調したことを伝えていた。トーク履歴の上の方から段々と遡っていったけど、後で会う予定のベガやワキアは飛ばしてひとまず記憶を失ってから会ったことのある面々には連絡を終えた。
『おとめ』
星空の写真がアイコンになっている、知っているような知っていないようなアカウント。彼女はそもそも僕が事故に遭ったことも記憶喪失になったことも知らないだろうし……以前のトークの履歴を見るのも何故か怖くて、僕はそのまま画面を閉じた。
さて、今日はベガとワキアと海岸通りを歩いたり喫茶店で時間を潰したり水族館に行ったりする予定だ。
……これってデートなのでは?と僕は思ったが、違う。記憶喪失になった僕に記憶を取り戻させるためにベガとワキアは協力してくれているだけなのだ。邪念は捨てて待ち合わせ場所へと向かった。
「あ、烏夜先輩やっほ~」
「こんにちは、烏夜先輩」
砂浜沿いに月ノ宮海岸を南北に貫く遊歩道の入口で待っていると、ベガとワキアの姿が見えた。ベガは白いワンピースにシースルーの青い上着を、ワキアは黒シャツの深緑のロングスカートという姿で、二人共お揃いの白い日傘を差していた。
「やぁベガちゃん、ワキアちゃん……以前の僕なら、まず二人のファッションを褒めていたところなのかな?」
「そ、そうだったかもしれませんね、以前の烏夜先輩だったら」
「でもなぁ、今の僕には気持ち悪いことしか言えそうにないよ」
「今の烏夜先輩のニヤニヤ顔も十分気持ち悪いから大丈夫だよ!」
「いや、大丈夫じゃないよ?」
デートだと思うと変に意識してしまいそうだから、自然体で行こう自然体で。僕は可愛い後輩の休日に付き合ってあげているんだ。いや、むしろ二人が僕に付き合ってもらっているって感じだけど。
なんてワキアは茶化していたけれど、一方でベガは気まずそうに口を開いた。
「あ、あの烏夜先輩。昨日はお見苦しいところをお見せしてすみませんでした……」
そういえば昨日、ベガはネブラ芋のスイートポテトを食べてしまいアストラシーショックを起こして凄く甘えん坊になっていたんだった。あの後一眠りしたことで症状は収まっているようだ。
「私、烏夜先輩に変なことしてませんでしたか? あまり覚えてなくて」
「とてもかわいかったよ」
「か、かわ……私は一体何をしていたんですか!?」
おそらく真実を教えるとベガはとても恥ずかしがってしまうだろう。現場を見ていたワキアもニヤニヤしているだけだし、このまま秘密にしておこう。
僕達は潮風を浴びながら砂浜沿いの遊歩道を三人で並んで歩いた。砂浜には多くの海水浴客がいて、もう行楽シーズンなんだなぁと実感させられる。
そんな風景を見ながら、僕はベガとワキアから昔の僕との思い出話を聞かせてもらっていた。
貴重な休日を使って渋谷や原宿の方にまで出てどれだけの女性と食事に行けるかチャレンジしたこと、その時に外国人の女性と食事をすることに成功したこと、でも実は詐欺師で結婚詐欺に引っかかりかけたこと。もしかして僕って結構運悪かったの?
他にも少々病んでるタイプの女の子から[ピー]が入ったチョコレートを渡されたり、丑の刻参りをしていた女性を口説こうとしたら逆に呪われたり、AIの研究者を口説いたらAIの世界に閉じ込められかけたりと、割とろくな目に遭っていないエピソードばかりだ。
意外とナンパの成功率が高めなのも驚きだけど、それでいて毎度のように痛い目に遭っている。むしろ後輩であるベガやワキアでさえそんなに僕の武勇伝を知っているんだから、多分もっと他にも二人に話せないようなエピソードがあるはずだ。そんなの思い出したくないけど。
そんなに痛い目に遭っているのに、よく僕は女性を口説き続けてたね。メンタルどうなってたの。
「どうですか、烏夜先輩。昔の烏夜先輩自身のこと、何か思い出せそうですか?」
二人と話している内に遊歩道の終点で折り返し、今度はノザクロの方へ歩いていた。
以前、僕はワキアに自分自身のことがわからないと相談したことがあった。多分ワキアはそれをベガに話して、こうして女好きだった僕の思い出話をすることで思い出させようとしてくれたのだろう。
でも、その成果は芳しくなかった。
「確かにそんなこともあったなぁって気はするんだけど、何だか変な感覚なんだ。確かに僕はそれを経験しているはずなのに、まだ他人事というか俯瞰視点というか、自分自身のこととして実感が湧かないんだ」
僕の、烏夜朧の過去の記憶自体は皆のおかげで順調に取り戻しつつある。
でも、それらの話に登場する烏夜朧が自分と同一人物だと信じられない。多分烏夜朧は相当な女好きの獣だったんだろうけど、じゃあ今の僕が目の前にいるベガやワキアを口説きたくてしょうがないのかと言われたら絶対に違う。確かにベガもワキアも可愛らしいけれど、口説こうという気にならないというか、そもそも僕はそんな勇気を持ち合わせていないのだ。
「やっぱり烏夜先輩、事故の衝撃でちょっと性格とか変わっちゃったのかな? それとも人格が吹っ飛んだとか?」
「そ、そんなことあるのかなぁ……」
「カウンセリング等を受けられた方が良いのではないですか? 少し手間はかかってしまうかもしれないですけれど、私も何か手伝えることがあれば何でもしますから」
とても申し訳無さそうに話すベガの姿を見て、僕は気の毒に思う。あの事故に関して悪いのは、居眠り運転をしていてカーブを曲がりきれずベガの方へ突っ込もうとしたドライバーの方だ。そのドライバーも車ごと道路から転落して亡くなってしまったそうだけど……自分を庇ってくれた人が数日間意識不明で、意識を取り戻したかと思えば記憶喪失になっていたら気負ってしまうだろう。
「ありがとう、ベガちゃん。僕は今も二人からとても助けられてるよ。
やっぱり今の僕は、昔の僕と比べて全然違う?」
「烏夜先輩にしては純朴過ぎるかなーって」
「やっぱりそうなんだ……」
「で、でも以前の烏夜先輩のあえてそう振る舞っていただけで、実は純朴だったのかもしれませんし」
以前の烏夜朧の性格について話しながら遊歩道を歩いていると、向こうから黒地の半袖にショートパンツにスパッツのスポーツウェアを着て、黒の帽子とサングラスを身に着けた茶髪のポニーテールの少女が走ってきた。どうやらこんな暑い中でジョギングをしているようで、僕は彼女の姿を見て何かが気になったけれど、それ以上は気にせずベガとワキアと話を続けていた。
しかし、僕達の側を通り過ぎたポニーテールの少女は何故か僕達の方へバック走で戻ってきて、僕の顔をジロジロと見始めた。
「あの、すみませんっ」
少女はサングラスをずらして口を開いた。
「ボクのこと、覚えてないですか?」
え、なにそれ。
「いえ……すみません。僕、諸事情で記憶喪失になっていて、あまり昔のことを思い出せないんですよ。もしかして以前の僕とお知り合いでしたか?」
「え、き、記憶喪失……!?」
親しい友人達とは一通り顔を合わせているはずで昔のことも少しずつ思い出せているけれど、僕は彼女のことがわからない。
「もしかして前に烏夜先輩がナンパした人?」
「ベガちゃんもワキアちゃんも知らない?」
「私の記憶が正しければ、初めてお会いする方です」
僕が記憶喪失だと知ったポニーテールの少女は最初は驚いた様子だったけれど、やがて納得した様子で頷きながら口を開いた。
「御三方は月ノ宮に住んでるんですか?」
「そうですよ」
「実はボク、ちょっと遠くに住んでいるんですけど、ある人を探すために月ノ宮に来たんです。でも全然手がかりがなくて……本当に暇がある時で構わないので、手伝って貰えませんか!」
この通り、とポニーテールの少女は僕達に頭を下げて懇願する。
人探し、か……僕のことではないみたいだけど、とりあえず僕じゃなくて良かった。記憶喪失なんだし。
「私達で良ければ全然構いませんよ。是非とも協力させていただきたいです。良いでしょ、ワキア」
「うんっ。わざわざ遠くから探しに来たってことはそれだけ大事な人なんでしょ? こりゃ腕が鳴るね!」
まぁこの二人が協力を申し出ないわけがない。
「僕も役に立てるかわからないけど手伝いたいね。お名前をお伺いしても良い?」
「あ、ボクは
夢那という少女はポニーテールを揺らしながら僕達にペコペコと頭を下げていた。
僕は記憶喪失だから足手まといかもしれないけれど、何だか切羽詰まっているような感じだったし是非助けてあげたい。
でも……。
僕、この子と会ったこと、あるんじゃないか……?
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