最後のワガママで良いから
「えへへ~」
ベガは僕の膝の上に座って僕に頭を撫でられながら幸せそうに笑っている。
「烏夜先輩にナデナデされるの、とても気持ちいいです~」
「は、はは……」
本当にこの子はベガか? こんなに素直に甘えてくるような子だったか? とても信じられないし、色々と要求されるけど甘えん坊なベガが可愛すぎて全然悪い気がしない、むしろ役得というぐらいだ。
「ね、烏夜先輩。ちょっと眠いので膝枕をしてくれませんか?」
「こ、ここで?」
「いえ、私の部屋で。あ、その前にこの前読んだ漫画にあったシチュエーションの再現というのも……」
「ど、どんなシチュエーション?」
「私が烏夜先輩を壁ドンして、私のいうこと聞かないの?って高圧的に迫って……」
「あ、僕が壁ドンされる側なの!?」
ベガの部屋といえば、この前ワキアに案内されて入った時にベガが着替え中だったから、その時の光景が頭に浮かんで気まずいなぁ。いや、ベガを膝の上に乗せている時にムラムラしちゃいけない。
「そして私を傷つけたくないからと乱暴なことは出来ない烏夜先輩は、私になされるがまま代打ちとして闇の雀荘に行くことになって……」
「あ、麻雀漫画の話だったの!?」
ベガの妄想の中で僕はどんなことをされているのかわからないけれど、ベガ本人は楽しそうだしいっか。いつも姉としてワキアを支えているベガだって誰かに甘えたい時はあるはずだ。
ベガとワキアは八年前のビッグバン事件で両親を失っているし、そういった存在が身の回りに少ない。僕がその代わりになれるなら嬉しいけれど、親の代わりってなるとちょっと身が重いかも……。
「むー……」
一方、僕の前の席に座っているワキアは、最初は変貌した姉の姿を見て動揺していたものの、今は何故か不機嫌そうにこちらのことを見ていた。
「ずるいよ〜お姉ちゃん。私だって烏夜先輩にそんなことしてもらったことないのに〜」
「ここは私の特等席だもーん」
「ぐぬぬ……なんだかお兄ちゃんを取られた気分……とりあえず珍しいから写真撮っとこ……」
そう言ってワキアは、僕の膝の上に座って頭を撫でられてご満悦そうなベガの写真を携帯でパシャパシャと撮りまくっていた。
いや、確かに入院していた時に兄妹プレイというか、一日だけワキアと兄妹っぽく振る舞ったことはあるけれど、あれは冗談のはずだ。僕が年上だからお兄さん的な存在ではあるかもしれないけれど。
「あ、あのワキアちゃん? ベガちゃんはアストラシーを起こすとこうなるの?」
「はい。すぅっっっごく甘えん坊になります」
何その可愛い症状。僕はもっと物騒なのを想像していたんだけど、なんだベガは幼児退行しただけという感じだ。いや、それも結構重めだよね。
「ね、烏夜せーんぱいっ。折角ですし一緒にお風呂に入りませんか?」
「そ、それは流石にダメ」
「え~。でも、この前はワキアと一緒に入ったらしいじゃないですかっ。どうして私はダメなんですか?」
「うーん、それは……」
確かに僕は退院直後にこの家に招かれた時、お風呂に入っていたらワキアも一緒に入ってきた。ていうかそのことバレてたんだ。多分前にワキアがベガに怒られていた時に赤裸々に白状させられたに違いない。
でもベガは細身なワキアと違って、出てるところもちゃんと出ていて、正直こうして膝の上に乗せているだけでもかなり理性がキツイんだけど……。
「……サイテー」
僕の淫らな視線に気付いたのか、ワキアはジーッと僕のことを見ながら言った。
「いや、違うんだ。そういうことじゃないんだ」
「じゃあ何が違うんですか? 私の体は貧相だから全然大丈夫ってことですか? サイテーですね……あ、それとも烏夜先輩ってロリコン?」
「違うから」
「いや、むしろお姉ちゃんの方がロリ巨乳感あるか」
「そういう話はしてないだろう!?」
ベガを助けたお礼として僕はこのびっくりするような豪邸を自由に使わせてもらえることになっているけど、こんなサービスまで求めていない。それがお礼だとしても、そんないかがわしい関係は倫理的にダメだ。
僕は良心で行動しているだけなのに、どうしてこんなにも自分の理性を試されないといけないんだ!
「うへへ……烏夜せんぱ~い」
僕が頭を撫で続けていると、やがてベガは心地よさそうに眠り始めてしまった。夢の世界でもまだ僕に甘えているようだ。
ベガの体を抱えてソファに寝かせてあげた後、僕は大きく息を吐いて席に戻った。
「どうだった、烏夜先輩。甘えん坊モードのお姉ちゃんは」
「可愛らしいなって感じだけど、やっぱり疲れが溜まってるのかなぁ」
「そうなんだろうね……」
ワキアはソファでスゥスゥと……。
「ぐごー」
あ、そのいびきって姉妹共通だったんだ。しかもワキアみたいにすんごいアホ面かいてるし、まさかこんな共通点があるなんて驚きだ。いつものベガからはとても信じられない光景でちょっと面白い。
そんなベガをチラッと見た後、ワキアは儚げに語り始めた。
「私はね、病弱でたまに倒れたり入院することも多いから、日頃から色んな人に気にかけてもらえてるし、それだけ自分に注がれるたくさんの愛情ってのがわかるんだ。
でも、私は本来お姉ちゃんに注がれるはずの愛情まで奪っちゃってるんだよ」
ワキアは普段こそ明るく振る舞っているけれど、前に僕は彼女が発作を起こしたのを目撃したことがある。ワキア自身は大丈夫だと言っていたけれど、あんな風に急に咳き込み始めて苦しそうにしていたら誰だって心配する。ワキアとの付き合いが長ければ長くなるほど、彼女のことを気にかけようという気持ちもいつの間にか強くなっていくはずだ。
「勿論、私もお姉ちゃんがいつも側にいてくれて嬉しいよ。入院していても毎日お見舞いに来てくれるし、色んな話を聞かせてくれるし……でも、そんなのお姉ちゃんの時間を奪ってるみたいで嫌だし、じゃあお姉ちゃんは誰が気にかけてくれるのかなぁって思うんだ。
お姉ちゃん、最近は烏夜先輩に夢中みたいだし」
ベガとワキアに両親はもう存在しない。大勢の使用人達が家にいるとはいえ、ベガは姉として自分がワキアを支えないと、という気持ちが強いはずだ。日頃の彼女を見ていればよく分かる。
ワキアはベガに甘えることが出来るかもしれない。じゃあ、ベガは一体誰に甘えれば良いのだろう?
「確かに、ベガちゃんは僕に気を遣いすぎなんじゃないかなぁって思うよ。いくら事故から僕がベガちゃんを守ったとしてもね、ベガちゃんが悪いわけじゃないし。勿論慕ってくれているのは嬉しいんだけど、なんだか僕の存在そのものが負担になってるような気もするんだ」
「そ、そんなことはないよ! 烏夜先輩と話してる時のお姉ちゃん、とっても楽しそうだよ!」
「でもさ、ベガちゃんにはワキアちゃんやアルタ君のことを頑張って支えようとしているじゃないか。なのに僕のことまで支えようだなんてのは大変だよ」
僕はベガより年上だし、頼ろうと思えば望さんや大星達だっている。こうしてベガが僕に親身に接してくれているのは、僕を事故に巻き込んでしまった自責の念があるからなのでは、と考えることもある。本当はそんなこと、考えたくないけど。
しかしワキアはムッとした表情で、椅子から立ち上がり僕の方へ身を乗り出して言ってきた。
「……あの、一応言っとくけど、烏夜先輩は今も記憶喪失のままなんでしょ? お医者さんも言ってたけど、運が良かったから記憶喪失で済んだだけで、当たりどころが悪かったら死んでたかもしれないんだよ?
私だって烏夜先輩には感謝してもしきれないぐらいなのに、お姉ちゃんが烏夜先輩を大切に思わないわけがないよ!」
僕はワキアに圧倒されて目を丸くした。
そう。確かに僕はベガの命を救ったかもしれない。身を挺してベガを事故から守ったかもしれない。
でも……僕自身にはそんな実感がない。記憶を失う直前の僕が何を考えて行動していたのかが、今はさっぱり思い出せないからだ。
だから今も、事故の話は他人事のように聞こえることもあった。
「……ごめん。軽率な発言だったね。ベガちゃんが好きで僕のことを気にかけてくれているなら、僕も果報者さ」
「あ……いや、私も怒ってるわけじゃなくて、ただお姉ちゃんはその、甘え下手みたいなところはあるんだよ。素直じゃないところもあるから。
だから、だから……これが私の最後のワガママで良いから、お姉ちゃんを助けてあげてほしいんだ。誰かのためじゃなくて、お姉ちゃんにも自分のために生きてほしいから」
『一つだけワガママを言わせてください。ワキアが退院した後も、烏夜先輩がお暇な時だけでも構わないので、ワキアの遊び相手になってくださいませんか?』
僕が入院していたときに聞いたベガのお願いを思い出す。
姉も姉なら、妹も妹だ。
「……ふふっ」
「ど、どーしたの? 急に笑って」
「いや、なんでもないよ。僕は可愛い後輩のためならなんだってするから」
「なんだか、いつも助けてもらってばかりでごめんなさい……いや、ありがとうございます。
あ、お姉ちゃんを甘やかしたいならこっそりネブラ芋を食べさせたらイチコロですよ!」
「そ、そう……」
ある意味アストラシーショックというものは、その人の心の奥底にある欲望を表にさらけ出すようなものなのかもしれない。
以前の僕にはそのアストラシーショックに嫌な思い出があるような気もするけれど、ベガが無理をしているなと感じたら食べさせてみるか。
それにしても、『最後のワガママ』か。
やっぱりワキアだって、自分のことで大変だろうに……本当に僕がベガとワキアを先輩として支えることが出来るのだろうか?
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