ニューチャレンジャー、カミングスーン



 「し、失礼しましたぁ!」


 少女はとうとう僕を尾行していたことを認めて、僕に深々と頭を下げた。


 「わ、私は一年の鷹野たかのキルケと言います! その、実は私の師匠から烏夜先輩の様子を観察するようにと命じられまして、今日は尾行を……」

 「師匠って、何の師匠なの?」

 「私、趣味で占いをしておりまして、月ノ宮の魔女として名高い師匠から占いを学んでいるんです」

 「え、月ノ宮の魔女ってことはあのテミスさん!?」


 僕が入院していた時にわざわざお見舞いに来てくれて、占いと称してよくわからない心理テストをしてきた妖艶な雰囲気の魔女、いや占い師だ。確かスピカとムギの母親で、有名人からも占いの依頼が来るという凄腕占い師で……まさかあの人に弟子がいたなんて。


 「えっと、一応聞いておくけど君は僕と前から知り合いだった?」

 「ど、どういう意味ですか……あ、そうでしたね。記憶喪失や事故の件は師匠からお聞きしています。実際に烏夜先輩とお会いするのは今日が初めてです」

 

 記憶喪失になったせいで誰が知り合いで誰が初対面なのかわからなくなっているから困ってしまう。ていうか一年生ってことはベガやワキア、ルナやアルタと同級生なのか。


 「どうして、テミスさんはそんなことを鷹野さんに頼んだんだろう?」

 「あ、キルケでいいですよ。私もテミス師匠に弟子入りさせてもらったのは最近なんですけど、師匠によると烏夜先輩って凄く死相が濃いらしいんですよ。なので烏夜先輩のどんな行動で死相が濃くなるのかを調べてきてほしいと頼まれたんです」


 確かに前にテミスさんに会った時、なんだか意味深なことを言われたような記憶がある。


 『私はね……いえ、この世界じゃ私だけかもしれないわね。私は、ボロー君がどんな使命を持って、どんな運命を辿って、そしてどんな結末を迎えるか知っている』


 人の未来がわかるなんて凄いなぁだなんて思っていたけれど、死相が濃いってことはもうすぐ僕は死ぬってこと?


 『私はそれでもボロー君が皆のために頑張っていたことを知っているから、ボロー君にも幸せになる権利は当然あると思うの。それが、とても短い間だとしてもね……』


 短い間、か。テミスさんは僕が近々死ぬかもしれないことを知っている、というか占いでそう出たのかもしれない。むしろ七夕の事故でよく死ななかったとも思うけど、もしかしてテミスさんは何か重大なことを知っているのだろうか。でも本人から話を聞こうにも忙しいだろうし、超人気占い師だから予約を取ろうにも大分先の話になってしまう。


 「というわけで私は烏夜先輩を尾行させてもらってました。まさかこんなすぐに気づかれるとは思ってなかったんですけど」

 「そ、そう……」


 尾行されてる時、「こそこそ」とか「じーっ」って聞こえてきた気がするのは気のせいだったのかな。多分尾行とか向いてないよ、この子。


 「キルケちゃんにも僕の死相は見えるの?」

 「いえ、私はまだまだ若輩なのでパッと見ではわかりません。あ、でもちょっと占えば出来るかもです。ちょっと両手を繋いでもらってもいいですか?」

 「うん」


 僕は両手をキルケと繋いだ。確か前に病室でテミスさんと同じようなことをしたな。占いって言うよりかは心理テストみたいだったけれど……また交尾中のウマとか出てこないよね。


 「では烏夜先輩、目をつぶってください」

 

 キルケに言われた通り、僕は目をつぶった。


 「烏夜先輩は今、私と一緒に草原を歩いています。少し肌寒い秋風が冬の到来を感じさせてくれますね!」


 ……ごめんキルケ。今すっごく炎天下だし全然風も吹いてない。もう少し海岸通りに近づけば海風があったかもしれないけど、全然その世界に入れないよ。


 「そして草原を歩いていると、大きな木の下で何か動物を見つけました! 一体何の動物を見つけました?」

 「んーっと……」


 一瞬前回のテミスさんとの占いを思い出したけど、すぐに頭から消去して新しく考える。


 「スラッ!」


 ……すら? すらって何? いや、この地球上の動物とは思えない独特な鳴き声は……。


 「ね、ネブラスライムかな? 一匹のネブラスライムがいるよ」

 「成程。あ、ネブラスライムがこっちに気づいたのか近づいてきましたよ」


 確かになんとなくネブラスライムが近づいてくるような感覚がある。全然夏風吹いてないけど、ちゃんと占いというか心理テスト出来てるかもしれない。


 「中々可愛いですね……って、あれ? なんで私の方に近づいてきたんですか?」

 「スラ~」

 「ひゃ、ひゃわあっ!? ひゃっ、ヌメヌメしますぅ!」


 ちょっと僕の目の前で変な声を出さないでくれませんか。ていうか何で僕が占いをされているはずなのにキルケの方がダメージを受けてるの。


 「だ、ダメ……そんなとこ触っちゃ……あ、でも意外とヒンヤリしてる……あ、中に入っちゃダメ!」

 「スーラスーラ~」


 僕には何も見えないんだけど、キルケは一体ネブラスライムに何をされているんだ? なんかもうキルケの様子が明らかにおかしかったらか目を開くと──なんと、目の前にいたキルケがネブラスライムに襲われていた!


 「き、キルケちゃーん!? ど、どうしてネブラスライムがここに!?」

 「スラ~」

 「つ、冷たくて気持ち良い……」


 前にテミスさんとやった時はどこからかウマの鳴き声が聞こえてきたし、今度のネブラスライムの鳴き声も幻聴みたいなものかと思っていたら本当にいるじゃん!?


 「す、すぐにネブラスライムの好物を持ってくるから待ってて!」


 何故か前にもこんなことがあった気がする、何か目の前で起きている出来事が衝撃的過ぎて思い出せた。

 多分スピカとムギと一緒にいた時にネブラスライムと遭遇して、好物のコーヒーを与えた記憶がある。僕は近場にあった自販機まで慌てて走って缶コーヒーを買い、キルケのところまで戻った。


 「やぁ、はぁん……」

 「スラ~」


 ただキルケの上にネブラスライムが乗っかってご満悦そうにしているだけなのに、何だかすんごいいやらしい気持ちになってくる。ダメだ、こんなものを長く見ていると僕の理性が持ちそうにない。


 「ほら、ネブラスライム。好物の缶コーヒーだよ」

 「スラッ!」

 「君は月研で飼われてたのかい? 皆が待ってるからちゃんと戻るんだよ?」

 「スララッ!」


 ネブラスライムは僕から缶コーヒーを受け取ると機嫌良さそうに月研の方へと去っていった。クマやイノシシみたいな危険性はないけれど、こんな生物が普通に野に放たれている町は大丈夫なの?

 何だかあまり詳細は思い出せないけど、今までに僕は知り合いがネブラスライムみたいな宇宙生物に襲われているシーンを何度も見た記憶があるようなないような……思い出すとちょっと変な気分になるから忘れておこう。


 

 「……なんか邪魔が入っちゃったけど、占いはどうなったの?」


 キルケはネブラスライムの粘液のせいで体がびしょびしょになっていたけど、謎の速乾性ですぐに乾いていて、タオルで額の汗を拭いながらキルケは言った。


 「はぁ、はぁ……私はまだ未熟なのであまり詳しいことまではわからないんですけど、烏夜先輩に新しい仲間が出来るみたいですよ」


 全然意味がわからないけど、つまり友達が出来るってことかな。キルケは友達というか後輩というか、ついさっきまでただのストーカーだったし。

 ていうか僕の死相を見るって話だったのに、全然占いの結果関係ないじゃん!?


 「僕、これからノーザンクロスまで行くんだけど、そこで何かあるのかな?」

 「あ、私も丁度用事があるんですよ。一緒に行きましょっか」


 というわけで僕はキルケと一緒に海岸通りの喫茶店ノーザンクロスまで向かった。



 ノーザンクロスは海岸通りに立つ喫茶店で、地中海のリゾート地を思い起こさせる真っ白でモダンな外観だ。中は木目調の床にテーブルや椅子が並んでいて、季節に応じた観葉植物が窓際を彩っている。


 「こんにちはー」

 「こんにちはー!」


 入口の扉を開くとカランカランとベルの音が鳴り響いて、カウンターの奥にある厨房から……日焼けし過ぎている褐色な肌、そんな肌に目立ちすぎる真っ白なアフロに黒いグラサンで、モノトーンの制服をエプロンを着たゴリゴリマッチョな男性が姿を現した。


 「お、ボローボーイじゃないかー! 久しぶりだなぁ、最近ミーにフェイスをミートしてくれなかったからミーはベリーベリーサッドだったよー!」

 「おわー!?」

 「か、烏夜せんぱーい!?」


 いきなり僕の方へズカズカとやって来て笑顔で僕の両肩を掴んで揺らすこのおじさんは、多分この喫茶店のマスターだ。この強烈な出で立ちを見て記憶喪失の僕でもわかる。やっぱりインパクトが重要なのかな。


 「ひ、久しぶりですね……でもすみません。僕、最近訳あって記憶喪失になっちゃって、あまりマスターのことも思い出せないんです……」

 「そのニュースはもう知ってるよ! キュートガールを守るなんて、ボローボーイもナイスガイだなぁガハハハ!」


 すんごくキャラが濃いし暑苦しいよこの人、夏に会いたくない。まずその外国かぶれみたいな変な口調をやめてほしい。


 

 マスターの名前はシリウス・トシキ。というのは海外での通名で、本名は塩尻しおじり寿樹としき、純日本人。生まれも育ちも月ノ宮で、少し海外をブラブラした後、ビッグバン事故が起きる前から月ノ宮で喫茶店を営んでいたんだとか。


 「ミーは昔からグローバルなワールドをリスペクトしていてね。ユニバーシティをリタイアした後に頑張ってマネーをセービングしてグローバルなワールドにインザスカイしたんだよ」


 マスターのご厚意で僕とキルケの分のアイスココアをタダで出してもらって、それを飲みながら僕達はマスターの話を聞いていた。ちょっと言葉選びが独特過ぎて何を言っているかわからないけれど、このお店も地中海のリゾート地にあるような雰囲気があるし、何かこだわりがあるのだろう。


 「へ~凄いですね~」


 キルケはちゃんと相槌を打っているけど、多分マスターの話を理解してないでしょ。


 「そこでミーはまずアメリカに行って数年間プロレスのファイトマネーで生活していたね」

 

 なんか思ってたのと全然違う経歴が出てきた。


 「え、プロレス? プロレスの選手だったんですか?」

 「ザッツライト。元々LAのナイトクラブでワーキングしていたんだけど、ある日ギャングの抗争に巻き込まれちゃってね。全員ノックダウンしたらいつの間にかミーはプロレスをしていたね」

 

 ギャングってそこら辺のチンピラってわけじゃないよね? 向こうのギャングって当たり前のように銃とか持ってるよね? 銃撃戦の最中、マスターはその拳でギャング達をなぎ倒していったってこと?


 「その後にベトナム戦争があったからミーはソルジャーとしてベトナムに行って、ミッションコンプリートした後はアフリカや中東で傭兵をしていたよ」

 「べ、ベトナム戦争!?」

 

 なんかさっきまでの人と同一人物とは思えない経歴が出てきたんだけど。ベトナム戦争に従軍してたってマスターは一体何歳なんだろう。


 「でも南方の紛争で足を怪我してからは引退して月ノ宮で喫茶店をしているよ。もう十年以上になるね」


 ヨーロッパで何か料理の修行をしていたみたいな話を期待していたのに、全然地中海とか出てこないままだった。


 「あの、どうしてこのお店は地中海風の佇まいなんですかー?」

 「業者からカタログを貰った時におしゃれだなぁって思っただけだよ」

 「テキトーだ!?」

 

 全然こだわりなかったんだね、びっくりだよ。



 「ボローボーイは体の方はノープロブレム?」

 「動かす分には大丈夫ですよ」

 「キッチンでワーキングしてもらいたいんだけど、クッキングはオーケー?」

 「ちょっとトレーニングはしたいですけど、概ねオーケーだと思います」

 「ベリーグッド! じゃあ早速キッチンでトレーニングだよ!」


 マスターに影響されて僕の口調までおかしくなってきちゃった。記憶喪失になったとはいえ料理の仕方まで忘れたわけじゃないし、ここでの業務も体が覚えているはずだと信じたい。

 早速ノザクロの制服に着替えてトレーニングを始めようかと思った時、ふとマスターが極太の左手首につけた大きな腕時計を見て口を開いた。


 「実はトゥデイ、アルバイトの面接があるんだけど、もうそろそろニューチャレンジャーがカミングスーンなタイムなんだよね……」


 ニューチャレンジャーがカミングスーンなタイムって何?


 「面接があるんですね。学生ですか?」

 「ザッツライト。キュートなガールだと思うんだけど……」


 やはりこれから行楽シーズンが始まって月ノ宮に多くの観光客がやって来るから、少しでも短期の人員を増やしたいのだろう。でもどんな子なんだろう、優しくて素直で人当たりの良さそうな人が良いな……なんて欲張りすぎかな。


 「あ、多分それ私です!」


 僕とマスターの間から、ヒョコッとキルケが顔を出して笑顔で言った。


 「……え、キルケちゃん、ここでアルバイトするの?」

 「はい! 今日面接に来ました!」

 「オー! ユーがニューチャレンジャーだね!」


 もしかして、さっきキルケが言っていた新しい仲間が出来るかもって、キルケ自身のことだったのー!?


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