こそこそ……こそこそ……じーっ
──私だって、未練はたくさんあるよ。
嫌でも、あの時の光景が頭にフラッシュバックする。
──これから夏休みがあってさ、すーちゃん達と思いっきり遊んで、修学旅行とか文化祭とかさ、色んな行事を楽しみにしてたよ。
確かに僕は、この目で、この体で、朽野乙女という少女との別れを経験したはずだ。
──それに……すーちゃん達のお星様だって、私達の力で見つけ出しかった……そんな必死にされたら、余計に未練が残っちゃうじゃん。
でも、僕は何か重大なことを忘れているような気がする。
──でも、もう決めたことなんだ。荷物も全部持っていっちゃったから、今更戻れないよ。
鍵がかかった記憶の引き出しに眠るその記憶は、一体どうやったら思い出せるのだろう?
ワキアを家に送ってから帰宅した僕は、思い出せる記憶を時系列順に、箇条書きにしてノートに書き出した。その後は疲れて眠ってしまったけれど、朝起きてからはすっきりしていた。
はっきりとは思い出せないけど、今までの烏夜朧がどういう人生を辿ってきたのかはなんとなくわかってきた。あくまで筋道をなんとなく思い出せるだけで、まだ全てを思い出せていない。
そもそも大昔のことなんてはっきり覚えているわけがない。よほど衝撃的な内容でない限り、殆どはぼんやりと覚えているぐらいだろう。
「……皆の話を聞いている限り、僕は昼行灯みたいなキャラだったみたいだけどそりゃそうもなるよ。きっと強がっていたんだろうなぁ」
両親の離婚、虐待、ビッグバン事故、そして乙女との別れ。僕の人生において衝撃が強い記憶はそれぐらいだろうか。思い出したくもないことだけど、それは受け入れるしかない。今更何か変わるわけでもないからだ。
確かにそれも辛い記憶の一つではあるけど、何よりも怖いのは自分のことがわからないことだ。
僕は自分の性格がわからない。
自分の趣味もわからない。
女好きだというのに、どんな人がタイプなのかもわからない。辛い過去があるとはいえ平気でいられるのは、それが今の僕にとっては他人事に感じられるからだ。
昔のことは思い出しつつあるのに、どうして自分自身のことを思い出せないのだろう?
『私、病院で聞いたことあるんですよ。事故とかで頭に強い衝撃を受けると、記憶障害になるだけじゃなくて性格も変わることもあるらしいんです』
病院の検査では、僕の記憶喪失は一時的なもので時が経てば大丈夫だろうとのことだった。日常生活に支障が出るならリハビリが必要だというのは聞いていたけれど、果たしてこれは事故の影響なのだろうか?
『多分、今日は色んなことを思い出しすぎて疲れてるんですよ。焦る必要はありません、ゆっくりと進んでいきましょ?』
昨夜、僕はワキアにそう言われていくらか元気を取り戻した。確かに僕は焦っていたかもしれない……僕に親身に接してくれる皆のためにと、張り切りすぎてたかもね。
学校に登校すると、僕は自分が思い出した記憶が正しいか大星や美空達に思い出話をして確かめた。すると大体は合っていたようで皆にかなり驚かれた。
でも僕が思い出せたのは六月一日までの記憶で、それ以降はどういうわけか思い出せていない。スピカやムギの話を聞くに、六月以降にかなり大きな出来事があったはずなのに……やはり乙女の転校という出来事のショックが大きかったのだろうか。もしかしたら事故の衝撃というよりは精神的なダメージの方が大きいのかも。
とはいえ少しずつ記憶を取り戻しつつある僕は、ようやく学校生活に馴染めた気がしていた。まぁ、もう明日には一学期も終わるけどね!
まだ僕の頭に流れ込んでくる記憶に対する違和感だったり不安もあるから、今日は授業が終わったら大人しく帰ろうかと思っていた矢先、放課後に後輩の鷲森アルタが二年生の教室までわざわざやって来て、僕のことを呼んでいた。
「先輩は、喫茶店ノーザンクロスのことは覚えてます?」
「店名ならなんとなくだね」
確か海岸通りの方にあるとかいう月ノ宮で一番有名な喫茶店だ。場所ははっきりと覚えていないけれど、行けば思い出せるかも。
「じゃあ、烏夜先輩がその喫茶店でバイトしていたことは覚えてます?」
「あ、そうだったの?」
「やっぱりそれも忘れてるんですよね……」
僕ってアルバイトとかやってたんだ。まぁ以前の僕は女遊びが激しかったんだろうし遊ぶお金もたくさん必要だっただろう。確かに自分の貯金を確かめたら意外とあったし。
しかしどうしてわざわざそんな話をと僕が疑問に思っていると、アルタはため息をつきながら口を開いた。
「実は、烏夜先輩は長期休暇の間に短期でアルバイト入ってたんですよ、ノザクロの。しかも週三とか週四で。
でも烏夜先輩は事故に遭って記憶喪失になってるじゃないですか。バイトの感覚とか覚えてますか?」
「うーん……ホールでの配膳とかお会計をしたりするの? やってみないとわからないかな……」
「いえ、烏夜先輩はホールに出るのが禁止されてたのでずっと厨房でしたよ」
つまり接客禁止ってこと? もしかして僕は何かやらかして厨房に閉じ込められたの?
でも僕は料理をするのは好きだから結構いけるかも。
「わかった。今日直接行って大丈夫かな?」
「大丈夫だと思いますよ。あ、場所覚えてます? 地図を書きましょうか?」
「ありがとう、助かるよ」
僕は未だに携帯を持っていないため、メモ帳に喫茶店ノーザンクロスまでの地図をアルタに描いてもらった。ぶっきらぼうに見える彼だけど、意外とわかりやすいメモを描いてくれた。
「行楽シーズンに入るとバカみたいに忙しくなるんで、一人でも欠員でるとキツイんですよ。だから頑張ってくださいね」
「うん、頑張るよ。わざわざありがとね、アルタ君」
「……やっぱ今のアンタ、気色悪い」
「なんでー!?」
以前の僕がよっぽどのクソ野郎だったのか僕はアルタにあまり好かれていないけれど、バイトの話をこうしてわざわざ教えてくれたり、僕の事情を慮って地図を描いてくれたりと意外と親切な後輩だ。
幼馴染だというベガやワキアが、彼のことを好いている理由もよく分かる。
今日は別のバイトが入っているらしいため僕はアルタと別れて、夏の日差しが照りつける中、僕は一人で海岸通りにある喫茶店ノーザンクロスへと向かった。海岸通りまでは大きな通りを歩くけど、車通りは多いものの人通りは全然なく、月ノ宮の市街地を抜けると周囲にはまばらな住宅地と田園地帯が広がるだけの田舎道だ。
「……こそこそ」
……ん、何だ?
「じーっ」
僕は後ろから気配を感じて後ろを振り向いた。今、交差点を渡った後なんだけど誰かが後ろにいたような……しかし交差点の一角にはコンビニや大きな看板があるだけで、あとは田んぼや用水路があるぐらい。隠れる場所なんてなさそうだし気のせいだったのだろう。
そう思って僕は海岸通りへと足を進める。
「こそこそ」
……うん?
「じーっ」
一時歩いてから、僕はもう一度後ろを振り向いた。周囲には古びた民家や竹林があるぐらいで……と思ったら、道の向こうで月学の夏服を着た女子生徒が立っていた。
「ひゅ、ひゅ~ふすっ、ふっ、ふ~♪」
水色のボブヘアーが特徴的な女子生徒は、僕と目が遭うとバツが悪そうに目を逸らしてど下手くそな口笛を吹いていた。そんなに下手くそなことある?
……まぁ彼女が僕の後ろにいたことは偶然かもしれないし、あまり知らない女の子をジロジロ見るのは良くないだろう。そう思って僕は、今度は早足で海岸通りへと歩き始めた。
「こそこそこそこそ!」
……うん。
「じ~っ」
僕は背後から感じる気配なんて気にせずに、ひたすら早足で足を進めて一角に高い垣根のある見通しの悪い十字路を左へと曲がった。
「こそこそこそこそ!」
しかし僕は十字路を曲がってそのまま進んだように見せかけ、すぐに後ろを振り返って十字路の角で迎え撃つ。
「こそこそこそ──えっ」
そして僕の狙い通り、十字路の角から出てきたクリーム色のボブヘアーの少女と鉢合わせる。
「ぎょ、ぎょええええええええー!?」
「いや、なんでそっちが悲鳴を上げるのさ」
尾行されていたのは僕の方なのに、これだと僕が悪いみたいじゃないか。
しかし周囲に他に誰も人はおらず、僕は少女が落ち着いたタイミングで彼女に聞いた。
「君、僕を尾行してた?」
「い、いえ、そんなことないですよぉ?」
見事に彼女の目は泳ぎまくっているし声を震えまくっている。
「じゃあ、君は今からどこに行くところ?」
「あ、えっと、えぇっと……つ、月見山の展望台で海を見ようかなぁと思いまして、アハハ~」
「月見山は逆の方向だけど?」
「あ、アハハァ……」
どうして海岸通りにある水族館とか海水浴場とか、喫茶店ノーザンクロスとかじゃなくてわざわざ反対側にある月見山を口に出してしまったのだろうか、この子は。
もう見るからに冷や汗をダラダラと流しているし凄く動揺しているようだし、いじるのも可哀想だから素直に事情を聞いてみることにした。
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