新しい家族よ(真顔)



 クレープを食べ終わると、僕はスピカとムギと一緒に月研の敷地内にある展望台へと向かった。展望台へは一旦線路を歩道橋で跨いで、そして登山道をまぁまぁ登らなければならないため、炎天下ということもありワキアには博物館の休憩スペースで待機してもらうことになった。


 「へぇ……凄い景色だね」


 月見山の頂上付近に位置する展望台からは太平洋を一望することが出来て、ショッピングモールや水族館が並ぶ海岸通りも見える。


 「夜になるととても星が綺麗に見えるんですよ。月学には観測レポートという課題があって、私やムギ、大星さんや美空さん、それにレギュラス先輩と……朧さんの六人で集まってここで天体観測をしていたんです。覚えてらっしゃいませんか?」

 「そうなんだ……何だか懐かしい気持ちにはなるんだけど、あまり思い出せないね」

 「朧は風邪を引いちゃって前回休んじゃったもんね。でも今週の土曜にまた集まる予定だから、その時の方が何か実感出来るんじゃない?」

 「そうだと良いね」


 入院していたころも病室から見える星空も綺麗に感じていたけれど、確か会長は月ノ宮の空の方がもっと綺麗だと言っていた。病院があった葉室市は栄えていたから夜も明るかったけれど、月ノ宮の町は施設は充実しているけれど人口がそんなに多いわけではない、のどかな田舎町という印象だ。


 「天体観測って深夜にやるの?」

 「近くにバンガローがあるので、そこに一泊するんです」

 「毎回のように秘密の女子会が開かれるからね。そっちが本番説もある」

 

 何それ凄く気になる。この集まりだと男子は僕と大星しかいないけど、女子勢はスピカとムギ、美空にレギー先輩の四人か。何だか面白い話をしてそうだなぁ。


 「そういえば、私達の天体観測のテーマって以前は朧さんが決めてくださってたんですけど、どうでしょう? 星の名前とかは覚えてらっしゃいますか?」

 「なんとなくは覚えてるけど、僕が決めないといけないんだね……」

 「あ、いえ。朧さんも病み上がりですし、私達の方で決めても大丈夫ですが……」


 天体観測が学校の課題として決まっているのも中々面白い。僕はその課題をやった記憶すら失っているけれど、多分太陽系の惑星とかメジャーな部分は終わっているだろうから、後は一等星……この時期によく見える一等星と言えば、あれが真っ先に思い浮かんだ。


 「なら、次の天体観測はベガなんてどうかな? 今月は七夕もあったし、この時期ならよく見えると思うよ」


 こと座の一等星であり、織姫星としてもよく知られているベガ。西の一等星は東の空にも輝いただなんて言うけれど、夏の大三角の一角を成す一等星はやはり天体観測のテーマとして定番に違いない。

 僕は割りと自信満々で提案したつもりだったけれど、それを聞いたスピカは困ったように笑いながら口を開いた。


 「確か、朧さん達は去年の夏休みにベガやアルタイル、デネブは観測レポートに書いたとおっしゃっていましたよ。私達は今年月学に入ってきたので観測レポートには書いていないですけれど……」

 「あ、そうなの?」


 夏の大三角はど定番過ぎたかな。そりゃ夏休みの間もあるんだったら観測してないわけがないか。じゃあ流星群とか星雲とか銀河とかを狙っていくしかないだろうか。

 僕が次の天体観測のテーマについて真剣に考えている中、僕達の話を黙って聞いていたムギがニヤニヤしながら口を開いた。


 「朧ったらそんなことも忘れちゃうなんて、やっぱりあのベガって子にご執心なのかなぁ? 妹のワキアにあんなに懐かれて満更でも無さそうなのに朧は他の女の子に夢中だなんて、悪い男だねぇ……」


 ……最近ベガとよく話す機会があったから、というのが理由だったのは否定できない。だって次点の候補はアルタイルだったし。ベガの妹のワキアという名前は、多分一等星ベガのアラビア語での名称から来ているんだろうし、夏関連は難しいか。


 「いや、別にベガちゃんのことを特別に思っているとかってわけじゃなくて。ちょっと思い入れが出来たから気になっただけなんだよ」

 「そうやって慌てて否定するだなんてますます怪しいよ、朧」

 「ぐぬぬ……」


 これは大星に今までの観測レポートの内容について聞いておく必要があるか。僕は記憶喪失になってしまったけれど、それが僕の役目だったなら継続していきたい。そういうルーティーンが記憶を取り戻すきっかけになるかもしれないし。

 

 段々と日が沈みかけてきて空が赤く染まり始めたため、僕達は展望台から月研へと戻ることにした。

 帰り際にふと展望台の柵の下、崖下に広がる森をちらっと見た時──僕は突如として悪寒に襲われた。


 「え……」


 一瞬だけ崖下の木々の下に人の死体が見えたような気がしたけれど、目を擦って見直したらどうやら幻覚だったようで何もなかった。

 でも……僕は確かに、この場所で人の死体を見たことがある。今、僕の脳裏に浮かんだ情景は幻覚ではないはずだ。


 「ねぇ二人共。ここって前に殺人事件とかあった?」


 先に展望台から去ろうとしていたスピカとムギに僕が問いかけると、二人は最初困惑したような表情をしていたけど、先にスピカが口を開いた。


 「殺人事件ではないですけれど、確か有名な芸術家の方が展望台から転落死したというニュースはありましたね。先月の末か今月の始まりぐらいに」

 「その第一発見者が朧だったんだよ」

 「え、僕?」

 「はい。あとコガネさんとレギナさんもご一緒だったみたいなんですけど、やはりあのお二人のことも忘れてらっしゃいますか……」


 いや、確かに僕はここで人の死体を見た記憶がある。僕の脳裏に映る、ど派手な格好の男の死体はちょっと色合いが誇張されているかもしれないけど、誰かとその現場を目撃したような気がする。

 だったらこの展望台、結構な曰く付きスポットじゃん。世が世だったら心霊スポットだけど、そんな場所に夜中に集まって天体観測しないといけないの?

 

 「でも、その事故って実は殺人事件なんじゃないかって噂もあったよ。朧は覚えてないかもだけど、実はその死んだ人と私達ってちょっと揉めてたんだ。私達は直接会ったことはないけど」

 

 何それこわっ。以前の僕ってもしかして結構危ないことに口を出してたりしてたのか? 一体どんな生活をしていたんだ……。


 「やはり朧さんは第一発見者だったのですから、その衝撃的な記憶が色濃く残っているのでしょうか?」

 「だったら今までの朧の身の回りで起きた衝撃的な出来事を教えてあげれば良いんじゃない?」

 「それはそれで僕の心の準備も必要な気がするけどね」

 「ここで話すと帰りが遅くなってしまいますし、私達の家に寄っていかれますか?」

 「二人が良いなら、僕は嬉しい限りだよ」


 前にベガとワキアの大豪邸に招かれたばかりだけど、僕ってそうやってホイホイと女子の家に上がり込んでたの? でも以前の僕はベガとワキアのことも何か助けたことがあるらしいし、クソ野郎なりに良い男ぶってたのかな。モテるために。

 未だに以前の自分を信頼できないところはあるなぁ……。



 天体観測での思い出話を聞きつつ、僕達は月研に併設されている博物館の前まで戻ってきていた。確かワキアが休憩スペースで待っているはずで、博物館の中に入ってみると──休憩スペースにあるベンチに座るワキアの隣に、見覚えのある白衣姿の人物がいた。


 「でねー、本当にお姉ちゃんったらとっても酷いんだよー」

 「わかるわ。私も姉にとってもこき使われたから」


 ワキアの愚痴を聞いてうんうんと頷いているのは、僕の叔母でありこの月ノ宮宇宙研究所の所長でもある望さんだった。

 

 「所長さん、こんにちは」

 「またサボってるんだね」

 「サボってるだなんて失礼ね。私はこの研究所を訪れたお客さん達とコミュニケーションをとって、お客さん視点での話を聞いてこの研究所の改善点を考えている所なんだから」


 でもさっきワキアと話していた内容的に姉妹あるあるを愚痴っていただけだよね? なんか望さんがサボり魔っていう記憶、すっごい鮮明に思い出せてきた。この人大分ズボラだぞ。


 「ところで朧、丁度良い所に来たわね。紹介するわ、この子は私の新しい妹よ」

 「は?」

 「よろしくね~朧お兄ちゃ~ん」

 

 僕は困惑していたけど望さんはさも当然かのように真面目な顔で言っているし、ワキアも呑気に僕に手を振っている。


 「な、何を言ってるのこの人達……」

 「さ、さぁ?」


 それを聞いたスピカとムギは最早気味悪がっているという様子だ。僕も怖いよ、身内が急に真顔でこんなこと言い出したら。


 「ついでに私の研究室、掃除してく? 何か思い出せるかもしれないし」

 「それをきっかけに思い出したくはないですね」


 僕は望さんの家に居候させてもらっているけど、一度望さんの部屋の中を見てこの人が片付けできない人だと即座に理解できた。きっと研究室は凄いことになっているんだろうなぁ。絶対に近づきたくない。

 そしてワキアは望さんに奢ってもらったらしいフルーツジュースをストローでチュウチュウと飲んだ後、笑顔で口を開く。


 「私がのぞみん所長の妹ってことになったら、もしかして私も烏夜先輩の叔母ってことになるのかなぁ?」

 「まぁ血縁的にはそうなるかもしれないけど」

 「つまり朧の姉妹枠にはまだ余裕がある……?」

 「む、ムギ、何を言っているの?」


 するとムギは真剣な表情で望さんの方を向くと、深々と頭を下げて言った。


 「所長さん。私が朧の姉ってことには出来ないでしょうか!?」

 「え……えぇ!?」

 「む、ムギ!?」


 いきなり変なことを言い出したムギに僕達が困惑している中、望さんは目をつぶって一時悩んだ素振りを見せた後、目をカッと見開いて口を開いた。


 「……許す!」

 「許すの!?」

 「やったぜ。朧、これからは私のことをムギお姉ちゃんって呼ぶように」

 「じゃ、じゃあ私は朧さんのお姉さん、いや妹……? それも悪くないですね……朧お兄様」

 「悪くないことはないと思うよ!?」

 「やったね烏夜先輩。一気に家族が増えたよ!」


 ムギの謎のお願いを望さんが許可してしまったことで変な混乱が生まれたけれど、こうやってツッコミ役に徹するのも悪くないと思えた。

 ワキアが叔母、ムギが姉でスピカが妹かぁ……意味のわからない家系図だけど、スピカが唯一の癒やしになる未来しか見えなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る