君の大切な妹、ムギちゃんは僕が頂いた!(Take2)
記憶喪失になってから初めての学校生活は、同じクラスにいる大星達が気にかけてくれたから大した不安もなく無事に乗り切ることが出来た。他のクラスの友人達にも僕が記憶喪失になったことは知れ渡っていて珍しい生き物みたいな扱われ方をされたけど、色んな人と交流してもやっぱり大した記憶は取り戻せなかった。
そんな若干の不安が生まれた中、僕は放課後にスピカとムギ、そしてワキアと一緒に月ノ宮の町を巡っていた。僕が入院していた間に梅雨も明けてしまったそうで、真夏の日差しが容赦なく照りつける中、僕達は月ノ宮宇宙研究所、その敷地内にある博物館を訪れていた。
「とても綺麗なプラネタリウムだったね」
月ノ宮宇宙研究所、通称月研に併設されている博物館には世界最大級のプラネタリウムがあり、チケットを買って壮大な宇宙空間を楽しんできたところだ。
僕は綺麗な星空や宇宙の広大さに素直に感動していたんだけど、そんな僕を見てムギが怪訝そうな表情で言う。
「……朧、本当にそう思ってる?」
「思ってるけど!? やぎ座流星群とかペルセウス座流星群とか凄かったじゃん!?」
「いや、何だか朧が純粋過ぎてちょっと信じられないんだよ」
本当に以前の僕はどんなクソ野郎だったんだ。もう何かと理由を付けて女の子を口説こうとしていたのかな。スピカも苦笑いしているけど、否定しないのを見るにきっとそうだったに違いない。
「いや~ここのプラネタリウム久々に見に来ましたよ~。でもまさか烏夜先輩をカップル席に誘うだなんて、スピカ先輩も中々にやりますねぇ……」
「え、いや、あの席はカップル席じゃなくてファミリー席なの! そうでしょ、ムギ!」
「私はファミリー席だと思っていたけど、スピカがどう考えていたかは知らないよ」
「ムギー!?」
本来、今日はスピカとムギが僕の記憶を取り戻すための手助けをしたいと誘ってくれたのだけど、偶然近くにいたワキアも一緒に連れて行くことになった。なおベガも来たがっていたけどピアノの練習のため泣く泣く不参加である。
冷房が効いていた博物館を出ると、丁度入口付近にクレープ屋さんが来ていて、それに気づいた途端ワキアが目を輝かせて僕の手を引っ張った。
「あ、烏夜先輩! クレープ屋さんがありますよ! 私、抹茶小倉クリーム味が良いです!」
「丁度小腹も空いてきた頃だし僕も何か食べようかなぁ」
夕食にはまだ早い時間だし、僕も甘いものを食べたい気分だったため快くワキアに奢ってあげようと思ったんだけど、今度は後ろから手を引っ張られた。見るとムギが両手で僕の手を掴んでいて、彼女は不機嫌そうな面持ちで口を開いた。
「ダメだよ朧、後輩にそんな甘くしちゃ。欲しい物が簡単に手に入るだなんてね、社会に出てからはそんな甘い考えは通用しないんだよ。クレープだけにね」
「……って言われてるけど、ワキアちゃん的にはどう?」
「きっとムギ先輩は今までに好きな人に奢られた経験が無かったんでしょうねぇ。彩りのない人生だったに違いありません」
えぇすんごい煽り方するじゃん。
ワキアのその一言がムギの逆鱗に触れたのか、ムギは顔を真っ赤にして憤り始めた。
「ムキーッ! たまたま朧と同じ病院に入院していてちょっと一緒に過ごしたぐらいで調子に乗りやがってー!」
「わーわー! この人悪い先輩だー! 後輩に大人気なく嫉妬してるー!」
と、ムギとワキアはこんな夏の暑い中だというのにまるで子どもみたいに元気に追いかけっこを始めていた。ワキアの体調が不安だったけど、虚弱体質ってわけでもないんだね。
「ムギに仲の良い後輩が出来たみたいでよかったです」
と、スピカは追いかけっこをしている二人を微笑ましく見守りながら言った。
「あれ、本当に仲が良いのかな?」
「ムギだって本気で怒っているわけじゃないでしょうし、ワキアさんの言い方も毒がなくて可愛らしいじゃないですか。私達はあまり後輩という存在を持ったことがないので楽しいです」
……喧嘩するほど仲が良いというか、今の二人だって本気で喧嘩しているわけではないだろう。確かに傍から見ていると微笑ましい光景だ。
「ところでスピカちゃんはどのクレープを食べたい?」
「い、いえ、私まで朧さんに奢らせるわけには……」
「いやいや、スピカちゃんだって僕が入院していた時にいつもお見舞いに来てくれていたから、そのお礼ってことでさ。これじゃまだまだ安いぐらいだけど」
「で、ではお言葉に甘えて……」
すると追いかけっこをしていたムギとワキアが急に僕達の前に戻ってきて、そして二人してニヤニヤしながらスピカの方を見ていた。
「成程ね……今まで散々朧に尽くしてきてもらったから、その恩返しってのを口実にしてあんなことやこんなことをするつもりなんだね、スピカ」
「それも大いなる策略の一つだなんて……私、スピカ先輩をそんな卑しい子に育てた覚えはないよ、およよぉ……」
「ちょ、ちょっと二人共!? 私はそんなことを思って言ったんじゃなくて……いや、朧さんに恩返しをしたい気持ちは確かにありますけど、べ、別にいやらしいことは考えてませんよ!?」
スピカは顔を真っ赤にして否定しているが、アワアワと慌てて否定している姿がなんとも可愛らしい。さっきまで追いかけっこをしていたムギとワキアが謎の一体感でスピカをいじっているけど、ワキアはまるでスピカとムギの妹みたいになっている。
「スピカ。私は一言もスピカがいやらしいことをしたいと思っているだなんて言ってないよ? やっぱりスピカはそうやって朧に恩返しするつもりだったんだね?」
「普段はお上品でおしとやかな女の子を演じておきながら、凄くムッツリなんだね、スピカ先輩って」
「だ、だから違うってー!」
果たしてスピカはムッツリなのかどうかはさておき、結局僕が全員のクレープを奢ることになった。スピカはフルーツクレープを、ムギはコーヒーアイスクレープを、ワキアは抹茶小倉クリームクレープを、そして僕はチョコバナナクレープを購入して月研の敷地内にある屋根のある休憩スペースでクレープを食していた。
「ところで、朧さんは何か思い出されましたか?」
「んー、何か特定の出来事を思い出せたってわけじゃないけど、何だかこの場所は懐かしい感じがするよ。昔良く来ていた場所なのかなぁって思う」
月研は研究施設ではあるけれど博物館やプラネタリウムが併設されていて、半ば公園のように整備されている。側にはショッピングセンターや水族館に海水浴場が連なる海岸通りもあるみたいだし、今日も平日なのに他にも結構多くの人が訪れている。
「じゃあ朧は、この前のあのことも覚えてないんだね……」
「ど、どのこと?」
「朝っぱらから私達の家から私をお姫様抱っこしてここまで連れてきたこと。覚えてないの?」
一体何がどうなったら僕はそんな奇行に走ることになったんだろう?
「いや、全然覚えてないけれど……僕がムギをお姫様抱っこしてここまで連れてきて、何をしたの?」
「そりゃあんなことやこんなことだよ」
「えっと……色々とあって落ち込んでいる私達を元気づけようとしてくれた朧さんが、まるで怪盗のような口調でムギを連れ去ったんですよ。私も慌てて追いかけましたけど楽しかったですよ」
「そ、そうなんだ」
ふざけた答えをしているムギに対しスピカが慌ててフォローしてくれたけど、その説明を聞いても何もピンと来なかった。一体以前の僕は何をしていたんだろう。
するとモグモグと抹茶小倉クリームクレープを頬張っていたワキアが、またしてもニヤニヤしながら口を開いた。
「ねぇスピカ先輩。その時の怪盗っぽい烏夜先輩ってどんな口上をしたの?」
「え……えぇ?」
「ほら、その時の場面を再現すれば烏夜先輩も何かを思い出すかもしれないよ!」
その時の僕が何を言ったのかはわからないけれど、モジモジと恥ずかしがっているスピカの姿を見るに大分黒歴史っぽいから思い出さないほうが良いかもしれない。
それにしてもワキア、君ってば大分悪い子だな。
「あ、それだったらムギもその場に居合わせたしムギも言えるでしょ?」
「えー、私は朧にお姫様抱っこされて気が動転してからあまり覚えてないねー」
おい完全に棒読みだぞ。君も悪い奴だな。
「な、ならば仕方ありませんね……」
何も仕方なくないと思うけれど、決心したらしいスピカはクレープを片手にスゥッと息を吸い込んでから口を開いた。
「……スピカちゃん! 君の大切な妹、ムギちゃんは僕が頂いた! ムギちゃんを返してほしければ、僕を追いかけて来るんだ! じゃあさらば!」
そう声高らかに口上すると、我に返ってしまったのかスピカは僕達にそっぽを向いてベンチに座り直してしまい、クレープをモグモグと食べていた。
「いやー、懐かしいね。本当にどうしちゃったのかと思ったよね、あの時は」
「烏夜先輩も中々大胆なことをするね~」
意外とというか、スピカはちゃんと僕が言っているかのようにものまねをしながら再現してくれたけど……不思議と、思い出せなかった情景が僕の脳裏に映し出された。
「……もしかしてその時、僕ってムギちゃんに傘を差してもらってた?」
「え?」
「確かそこの博物館の入口で、何か……エア麻雀をやっていた記憶があるようなないような……」
すると僕の話を聞いていたムギはクレープを食べることも忘れて目を輝かせ、僕達にそっぽを向いて座っていたスピカも慌てて僕の方を向いた。
「も、もしかして思い出せたの?」
「いや、全部ではないけれど……確かにその後そこの博物館でプラネタリウムを見た気がするね。その前後のことは思い出せないけど、今思いだすと恥ずかしい思い出かもしれないね……」
どうしてスピカとムギとの思い出で最初に思い出せたのがこれだったんだろう。凄く恥ずかしいんだけど。
しかしそんな些細なことでも僕が記憶を取り戻せたことで、スピカもムギ、そしてワキアも嬉しそうに笑顔を見せていた。
「もしかして、今までの烏夜先輩の思い出を再現ドラマみたいにして見せていけばどんどん思い出せるかもしれないってこと?」
「そうかもしれないね。せっかくレギー先輩もいるんだし、監督はあの人にお願いして……主役はスピカで決まりだね」
「ど、どうして私なの!?」
「だって今、烏夜先輩が記憶を取り戻せたのはスピカ先輩の演技のおかげでしょ?」
確かにスピカの僕のものまねはかなり上手く感じた気がする。以前の僕は常時あんなテンションだったんだろうなぁ。だからこそ僕も記憶を取り戻すきっかけを得ることが出来たのかもしれない。
しかし、先程まで歓喜の笑顔を見せていたスピカは再び顔を真っ赤にして口を開いた。
「べ、別に私じゃなくてもいいですよね朧さんっ! いえ、嘘でも良いですので私じゃなくてもいい言ってください!」
「い、いや……僕はスピカちゃんのおかげで頑張れそうだから、是非次もお願いしたいかなぁ」
「そんなバカなー!?」
「だってさスピカ。これから毎日演技の練習しようね」
「私もエキストラで出てあげるから~」
「なんでこうなっちゃったんですか、もー!」
そうプンプンと可愛らしく怒りながらもスピカはまんざらでもなさそうに笑っていた。
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