うなじは器



 お昼休み。スピカとムギから笑顔で昼食に誘われた時、僕は死を悟った。


 「えっ、この卵焼きとても美味しいです!」

 「この丁度いい甘さ、最高だね~」

 「そ、そんなに褒められると照れちゃうなぁ」


 ……しかしそんな僕の不安は杞憂に終わり、お昼休みに屋上にレジャーシートを敷いて集まったんだけど、何故かスピカとベガがお互いに作った弁当を褒めあっているだけだった。今はスピカが作った卵焼きを食べたベガとワキアが感動しているところ。


 「これって卵の違いですか? それとも火加減? 調味料? 一体どんなレシピなんですか!?」

 「今度教えてあげようか? そんな特別なことをしているつもりはないんだけど……」

 「も、もしかしてこれが愛情の差ということですか……!?」


 スピカとベガって二人共双子の姉の方でおしとやかな雰囲気だから似ていると思っていたけど、こうして二人が話しているのを見るとやっぱり年が違うからかスピカの方がお姉さんっぽくなって、ベガがスピカの妹っぽく見える。ベガも結構テンションが上がる時ってあるんだね。


 「あ、烏夜先輩のお弁当にも卵焼き入ってるじゃん。一個貰ってもいい?」

 「別に良いけど、そんな特別美味しくないと思うよ」

 「はむっ……あれ? 意外と美味しいね。なんで美味しいの?」

 「いや、僕は美味しくなるよう作ってるつもりなんだけど?」


 ベガは僕のためにお弁当を作ってきてくれたと言ってくれていたけど、僕は普通に自分の弁当を作ってきてしまっていた。いや、ベガが作ってくれるとは思ってなかったし。

 二人分の弁当を食すのは僕の胃が耐えられそうになかったから、ベガをライバル視していたスピカ達と分け合っていたんだけど、なんかただのおかず交換会みたいになった。


 「でもまだスピカには届かないね。まだまだ精進が必要だよ、朧」


 いや、弁当の具材を盛り付けただけの奴が何を偉そうに言っているんだ。


 「あの、烏夜先輩。私も一口良いですか?」

 「良いよ良いよ」

 「モグモグ……成程、麺つゆを入れてるんですね」

 「どうしてわかるんだ……」


 僕は叔母の望さんの家に居候させてもらっているけれど望さんは全然帰ってくる気配がないし、冷蔵庫の扉に大量に張られたレシピを見ながら僕は食事を作っていた。意外と体が覚えているのかそこまで苦労しなかったけど、そんなに麺つゆの風味効いてる? 別に麺つゆ味の卵焼きは食べたくないんだけど。


 

 「ん~これは中々のお手前だね。ついつい箸が進んじゃうね」


 スピカとベガが持ち寄った弁当の具材は結構な量でとても僕が食べ切れる量じゃなかったけれど、余った分はまるでブラックホールのように美空の胃に吸収されていった。


 「す、すごい勢いで食べますね……あの、つかぬことをお聞きしますけど、その体型を維持されるコツとかあるんですか?」

 「じゃあベガちゃん、一緒に軽くフルマラソンなんてどう?」

 「か、軽くフルマラソン……?」


 軽くフルマラソンって何? 重めにしたら一体どうなっちゃうの? 惑星とか破壊できる?

 助言を請うたベガも美空の言っていることが理解できなかったのか呆然としていたけれど、それに構わず美空はモグモグと余ったお弁当の具材を笑顔で吸収していった。


 「ねぇ二人共、ウチのペンションで働いてみない?」

 「まさかのヘッドハンティング!?」

 「アルちゃんも一緒なら……」

 「お、それでも全然大丈夫だよ! アルタ君はいつもウチのお手伝いしてくれてるし、ねぇアル君~」


 と、美空は自分とベガの間に挟まれて黙って弁当を食べていたアルタの金髪をワシャワシャと容赦なく撫で回していた。


 「ちょっ、やめてよ犬飼先輩」

 「犬飼先輩だなんて他人行儀になっちゃって~昔は美空お姉ちゃんって呼んでくれてたのに~」


 アルタにもそんな純粋な少年時代があったのか。いや、今の彼も純粋な少年だと思うけれど、というか二人は結構古い仲なんだ。


 「美空ちゃんとアルタ君って付き合い結構長いの?」

 「あ、朧っちはそれも忘れてるんだったね。私のお母さんの妹がアル君のお母さんなんだよ。だからアル君は私の従弟! つまり九割ぐらい弟!」

 「違う、美空お姉ちゃんが勝手に僕を弟扱いしてるってだけで……あ」

 「美空、お姉ちゃん……!?」

 「墓穴を掘ったね、アルちゃん」


 なんかてっきりとんでもない修羅場が繰り広げられると思っていたんだけど、アルタが参加してくれたからかいくらか和やかな雰囲気で進んでいる。アルタって結構いじられキャラなんだなぁ……幼馴染にはベガとワキアがいて、親しい従姉は美空と来たか。そんな美少女達に囲まれていて素直に羨ましい。


 「……ったく、昼飯の時までイチャイチャしやがってよぉ……」


 しかしこんな和やかな場で不機嫌な人が一人。誰からも手作り弁当を作ってもらえず、購買で買える味気のない安い唐揚げ弁当を食べているレギー先輩である。


 「あの、レギー先輩。僕の弁当も食べますか?」

 「いや良いよ、オレも結構少食なんだ」

 「今度から僕がレギー先輩のお弁当を作ってあげましょうか?」

 

 僕がなんとなくそう提案すると、レギー先輩は箸で握っていた唐揚げを落としかけるほど動揺しながら口を開いた。


 「い、いやいやいやいや! べ、別にお前とオレはそんな関係じゃないだろ? そんなのお前に悪いし……いや、お前の弁当を食べたくないってわけじゃないんだ、むしろ本当は食べたいけど……」


 ……。

 ……可愛いっ。

 なんでこんな時にツンデレみたいになってるのこの人? もしかしてレギー先輩って結構いじり甲斐がある人か? あまり調子に乗ると怒られそうだけど何だか楽しくなってきた。


 

 「このハンバーグうまっ。これはスピカの負けだね」

 「え、そんなまさか……」

 

 一方でスピカ達は弁当のおかず交換会が続いていた。僕もベガが作ったハンバーグを食べさせてもらったけど、作ってから時間が経って冷えているのに感動して泣きそうなぐらい美味しい。僕の弁当にもハンバーグは入っていたけどそれは冷凍食品だ、全然敵わない。


 「私、結構ハンバーグには自信があったのに……」

 「いや、スピカ。諦めるのはまだ早いよ。例えば……ほら、今日は作ってきてないけどスピカが握ったおにぎりは格別だよ。スピカの体温が程よく残っていて、そしてスピカの手汗が丁度良い塩加減になって、スピカエキス満載のおにぎりが出来上がるからね」

 「む、ムギ……一体何を言っているの?」

 

 ムギ、君は何を言っているんだい?

 

 「あの、烏夜先輩。ムギ先輩っていつもこんな感じなんですか?」

 「僕は記憶喪失になってるから思い出せないけど、多分こんな感じだったと思う」

 「じゃあ犬飼先輩、ムギ先輩ってこんな感じでした?」

 「たまにこういうところはあったね」


 じゃあ平常運転ではあるんだ。ベガとワキアとアルタがドン引きしてるけど、レギー先輩辺りが特に何も言わないのを見るに、ムギってこういうこと言ってたタイプなんだね……。


 「でもムギ。ムギのうなじってとっても綺麗でしょ?」

 「初めて言われたけど背中がゾッとした」

 「ムギがうつ伏せになれば、ムギのうなじを器にして綺麗にご飯を盛り付けられると思わない?」

 「な、何を言ってるのスピカ……?」

 

 スピカ、君は何を言っているんだい?


 「あの、レギュラス先輩。このお二方はいつもこんな感じなんですか?」

 「あぁ、いつものことだ」


 あぁいつものことなんだこれ。一瞬双子あるあるなのかと思ったけど、同じ双子であるはずのベガとワキアが目に見えてドン引きしてるから、やっぱりスピカとムギが異常なんだねこれ。うなじにご飯を盛り付けたいって言ってる人初めて見たよ。


 

 「今日はいつにも増して賑やかだな……」


 スピカ達が盛り上がりを見せる一方、そんな彼女らがキャピキャピしているのを俯瞰して見ている奴が一人。ここまで黙って弁当を食べている大星である。


 「あの……大星。僕達の昼食っていつもこんな感じだったの?」

 「一年坊が参加するのは今回が初めてだな」

 「君のそれは愛妻弁当?」

 「今の俺には彼女がいるという、お前に対する優越感が気持ち良い」


 なんか急にマウント取られたんだけど。いや、僕だって今日はスピカとベガにお弁当作ってもらったしー。まだ彼女じゃないけどー。いずれなるかもしれないしー……え、なることがあるの?

 そう戸惑っていると、僕の隣から黒髪ツーサイドアップの少女がひょこっと顔を出した。


 「朧パイセン。記憶の方は何か取り戻せそうですか?」

 「あ、いたんだねルナちゃん」

 「いたんだねとはなんですか!? 折角この面子の中で唯一、朧パイセンの記憶のことを心配してあげてるのに!?」


 今日、この昼食に集まったのは大星、美空、スピカ、ムギ、レギー先輩、ベガ、ワキア、アルタ、ルナ、そして僕の計十人と中々の大所帯だ。しかも一年生から三年生まで揃っている。まぁ今日の中心にいるのは僕の分の弁当を作ってきてくれていたスピカとベガで、何故か僕のことを忘れておかず交換会をしているけれど。


 「何だか昔から僕達ってこうだったのかなぁってしみじみと感じるよ。こんな友人達と一緒に学校生活を送れて幸せだね」

 「お前がそういうこと言うの、やっぱり気色悪いな」

 「なんでそういうこと言うんだい?」

 「昔の朧パイセンは冗談でそういうこと言ってましたけど、今の朧パイセンが言うとどことなくガチ感があるんですよね」

 「それが悪いことなの!?」


 なんか凄い酷いことを言われているけど、それが僕の素直な感想だ。朝の登校時は一体どんな修羅場になるんだと僕はビクビクしていたけれど、この人達は性根が良いからあまり険悪な空気にはならなさそうだ。


 「あ、そういえば大星パイセン。美空パイセンとはどこまでいったんですか? もう給料三ヶ月分貯めました?」

 「おい、俺はまだ学生だぞ」

 「成程。指輪を作る予定はある、と……」

 「俺は一言もそんなことを言ってないだろ!?」


 ルナは大星と美空のイチャイチャっぷりを学校新聞に載せるつもりか? 大星と正式にお付き合いするまでは美空も結構人気あったみたいだし、そんな惚気話盛りだくさんの記事が出たら嫉妬の炎に狂う生徒が出てくるんじゃないか?


 「え、何々!? 結婚指輪を食べさせてくれるの!?」

 「お前は食べるつもりだったのか!?」

 「結婚指輪……お二人はもうそこまで話を進めてるんですね……」

 「私達も負けてられないね。ね、レギー先輩」

 「どうしてオレに話を振ったんだ!?」


 未だ記憶喪失という状況で迎えた学校生活は不安もあったけど、今の僕でもこの賑やかな昼食がいつもの日常だと思うことが出来た。


 でも……何か足りないと感じてしまうのはどうしてだろう?


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