魔女の言霊
スピカ達による兄妹プレイが終わった夕食後。僕と同じくこの病院に入院しているワキアとの兄妹プレイはまだ続行されていた。
「お兄ちゃん的にはさ、私みたいな可愛い女の子は後輩と妹のどっちだった方が嬉しい?」
また難しい質問を。実際今日一日ワキアは僕の妹として振る舞っていたけど……こんな妹がいたら毎日が楽しいだろうなぁと思う反面、これだけ甘えられてしまうと兄として律することが出来るか不安に思う。
「後輩の方が良いかなぁ。妹という距離感の近い所にいられるより普段は学校で後輩として接していたらさ、例えば同じ自分の部屋にいるっていうシチュエーションでも全然心持ちが違うと思うんだよ」
「何だかそんなガチに答えられると気色悪いね」
「なんでそんなこと言うの?」
僕なりにワキアの質問に真摯に答えたつもりだったんだけども。
「あ、でも私が妹だったら彼女に出来ないもんね。だから後輩の方が都合がいい?」
「あー……いや、それがあるから後輩の方が嬉しいってわけじゃないんだけど」
「ん~?」
まるで僕をからかうように小悪魔的な笑みをワキアは浮かべていた。こんなのが妹だとしても十分劇薬だけど、後輩だとしたら尚更だ。自分の強みを理解している子は強すぎる。
なんてやり取りをしていると、すっかり外が暗くなった頃に僕の病室に客人がやって来た。もう面会時間ギリギリという時間だけど誰だろうと思っていると……病室の扉を開いた人物の出で立ちを見て、僕は思わず声を上げてしまう。
「ま、魔女……!?」
現れたのは黒いローブを羽織り、そして黒いフードを深く被って顔を隠した謎の人物。辛うじてフードから垂れる緑色の巻き髪と白い素肌の手からおそらく女性だと思うのだけれど……完全に風貌は魔女。鎌とか持ってたら死神かとも誤認しかねない。
「あ、もしかして……テミス・アストレアさんですか?」
「あら、私も意外と有名なものね」
ワキアがそう挨拶すると、魔女はフフフと笑いながらフードを取った。
フードを取ると思いの外美しい顔立ちの人で、年齢は望さんと一緒ぐらいだろうか?
「ワキアちゃんのお知り合い?」
「あ、やっぱり忘れちゃってるんだね。月ノ宮の魔女といえばこの人って感じなんだけど」
「フフ、どうもありがとう」
あ、魔女は魔女なんだと驚いていると魔女?は僕のベッドの側までやって来て椅子に腰掛けると、僕の顔を覗き込んできた。
「随分と綺麗になってしまったのね、ボロー君」
「ぼ、ボロー……貴方もやっぱり僕の知人だったんですか?」
「そう忘れ去られていると結構ショックね。私の名前はテミス・アストレア、しがない占い師よ。ボロー君ったら私とあんなことやこんなこと、色々したのに……」
「な、何を!?」
「お兄ちゃん……まさかそんな節操なしだとは思わなかったよ」
ワキアが僕のことをお兄ちゃんと呼ぶのを聞いてテミスさんは戸惑ったような表情をしながら言う。
「あら、貴方はボロー君の妹さん?」
「あ、今日は兄妹プレイしてるだけです~」
「ボロー君にそんな趣味があっただなんて知らなかったわ……」
「それは風評被害です」
別に僕からワキアに頼んだわけじゃないのに、どうして僕が仕組んだものだと皆勘違いするのだろう? やっぱり以前の僕の行いが関係しているのだろうか。
「そういえばさっきスピーちゃんとムギーちゃん来なかった? 今日もボロー君の所に行くって聞いてたんだけど」
「はい、来てましたよ。テミスさんは二人のお姉さんなんですか?」
「あらっ! お姉さんだなんてボロー君も上手なこと言うようになったわねぇ。そういえばそのことすら忘れてるのね、私はスピーちゃんとムギーちゃんの母親よ」
……。
……え、母親? あの二人の母親?
あれ、スピカとムギって僕と同い年のはずだよな? テミスさんは見た感じ二十代に見えるんだけど、本当に二児の母親?
「確かに若いね~テミスさん。こりゃ月ノ宮の美魔女だね。あ、私は琴ヶ岡ワキアです~お兄ちゃんの可愛い可愛い後輩でーす」
「よろしくねワキーちゃん。貴重な兄妹の時間を邪魔しちゃって悪いのだけど、少し席を外してもらっていいかしら? お詫びといってはなんだけど、これあげるわ」
「え、これって都心の方の有名な百貨店のケーキだ!? すっごい高いやつ!」
「お仕事で貰ってね、フフ」
ケーキに釣られたワキアは喜んで僕の病室から退散していった。するとテミスさんはさて、と姿勢を整えて僕の方を見る。
「貴方、本当にボロー君なのよね? 私のこと、本当に覚えてない?」
「はい、すみません」
「謝ることはないわ。私は占い師をやっているのだけど、記憶喪失の人を見るのなんて初めてよ。それに以前のボロー君も特殊な人だったから……だから少し困ってるのよね」
何だかテミスさんの占い師感、凄く強い。どちらかというと魔女としての雰囲気の方が凄いけど、水晶玉を持っているのがとても似合いそうな人ではある。
「ボロー君、私の手をそれぞれ掴んでもらっていい?」
「は、はい」
僕はテミスさんに言われた通り、差し出された手を掴んだ。右手でテミスさんの左手を、左手でテミスさんの右手を掴んでいるという形だ。少しドキドキしてしまうけど、テミスさんはそれに構わず続ける。
「じゃあ目をつぶってもらっていい?」
「はい」
一体どんな占いなんだろうとワクワクしていると、テミスさんが僕に囁いた。
「ボロー君は今、私と一緒に草原を歩いているわ。日差しは強いけど涼しい夏風が心地良いわね」
「は、はぁ……」
テミスさんの語り口調に特殊な力でも働いているのか、目をつぶっているだけの僕は本当に夏の草原にテミスさんと一緒に歩いているように感じる。少し日差しが強いけど、心地よい夏風のおかげでそれほど暑くは感じない。
「そして草原を歩いていると、大きな木の下で何か動物を見つけたわ。ボロー君は何を見つけた?」
「え……」
これは何かの思考実験というか心理学とか関係する質問なのだろうか。動物、動物ね……。
「ヒヒーン」
……え、ウマ? 今ウマの鳴き声が聞こえたよ? もしかしてテミスさんが鳴いた? それとも僕の耳に本当に聞こえてきたのだろうか。
「ウマがいるような気がします」
「あら、何頭いる?」
「二頭、ですかね」
「ふむ、あれは
野生のウマなんて滅多に見かけないから珍しいなぁ。何だか誘導された気がするけど、確かに目をつぶった僕の視界に本当に番のウマが見える気がする。
するとテミスさんは興奮した様子で言う。
「あら、見てボロー君。あのウマ、交尾を始めたわ」
「はいぃっ!?」
こ、交尾!? どういう状況!? テミスさんには何が見えてるんだ!?
「凄いわねぇウマの[ピーー]って。あんなに長いのね、よく入るものだわ。しかもすっごい溢れてるわね」
僕は思わずその光景から目を背けてしまう。何で心理テストで答えた動物がいきなり交尾を始めたんだろう。そしてどうしてテミスさんは何も動じずにこんな冷静でいられるんだろう、怖くなってくる。
しかもそんなとんでもない現場に遭遇したのにも関わらず、テミスさんは何事もなかったかのように次へと進む。
「大きな木の近くを通り過ぎたら、今度は海岸が見えてきたわ。白波が打ち寄せる海岸には白いワンピース姿の女の子がいるわね。ボロー君に手を振ってるみたいだけど、行ってみる?」
「まぁ、呼んでいるみたいですし……」
「しかしボロー君はその女の子に海に引きずり込まれて死んでしまうのでした。はい、ゲームオーバーね」
「急に終わったんですけどぉ!?」
そのワンピースの女の子絶対に怨霊だったじゃん。さっきまで意味も分からず動物が交尾しているシーンを見せられていたのに、どうして急にホラーな展開を迎えさせられないといけないんだ。
「可愛い女の子を見かけたからってホイホイとついていっちゃいけないわよ。じゃあまた一緒に旅に出ましょ。次はゴーストタウンが始まりね……」
その後もテミスさんの言葉の誘導による謎の旅は続いた。これもテミスさんの力のおかげなのか、テミスさんが言う情景がスッと僕の頭に浮かんできて、本当に不思議な世界を旅しているような気分になった。
……まぁ今度は廃墟だらけの街で見知らぬ男女が車の中で[ピーーー]していたり、突然空から大人の玩具の雨が降ってきたり、たまたま入ったバーで突然店主にショットガンで撃たれたり……この一連の儀式に一体何の意味があるのかわからないまま、テミスさんとの旅は終わりを告げようとしていた。
「さて、これが最後の質問よ。目を閉じたままでね」
「はい」
今度は思い浮かべる場所なんかは指定されず、僕はなんとなく目の前にいるテミスさんのことを想像していた。
「私はボロー君の中の人に聞くわ。ボロー君が記憶喪失になったのは想定外? それとも想定内?
想定外なら右手を上げて。想定内だったなら左手を上げて」
僕はテミスさんの質問の意図が全くわからず、どちらの手も動かさなかった。
僕の中の人? 僕を気ぐるみのマスコットだと思っているのか? それとも深層心理という意味なのだろうか。
僕は何もリアクションできなかったけど、テミスさんは「ありがとう」と何故かお礼を言って僕に目を開くよう言った。僕は目を開いてテミスさんの手を離すと、テミスさんはまるで魔女のように怪しい雰囲気で微笑んでいた。
「あの、今ので何かわかったんですか?」
「えぇ、とっても。でも今のボロー君には教えられないわね。記憶を失っているボロー君に全てを話すと混乱しちゃうだろうから」
なんだろう凄い気になる。占いの結果は聞けてないけど、テミスさんが凄腕の占い師なんだということは雰囲気から十分に理解できる。さっきの話術なんかも凄かったし……本当にどうして急にウマが交尾を始めたのか僕は困惑しているけど。
僕は気持ちを落ち着かせようと冷蔵庫から水を取り出して口に含んだ。するとテミスさんは話を続ける。
「今のボロー君は覚えていないだろうけど、私はボロー君のこれまでの行いにとても感謝しているの。だって私の可愛い可愛いスピーちゃんとムギーちゃんを助けてくれたから。私はいつでも受け入れる準備はしているから、もしスピーちゃんとムギーちゃんと結婚したくなったらいつでも言って頂戴ね」
「んうっ!?」
テミスさんの口から放たれた衝撃的な言葉を聞いて、僕は思わず水を吹き出してゲホゲホと咳き込んだ。
「け、結婚!? 前の僕はそんな話を進めてたんですか?」
「うーん、以前のボロー君も恥ずかしがって有耶無耶にしていたけど、私はボロー君なら預けちゃってもいいかなって思ってるわ。ネブラ人なら重婚もいけるから、両手に花なんてどう?」
「いやいやいやいや、せめて僕が記憶を取り戻してから考えさせてください!」
こんなに相手の親の方からガツガツ来ることってあるんだ。何か裏で仕組まれてるんじゃないかって勘繰ってしまうぐらい怖い。以前の僕はスピカとムギを助けたことがあるらしいけど、そんな結婚させてもいいぐらいのことをしていたのか僕は……。
「私はね……いえ、この世界じゃ私だけかもしれないわね。私は、ボロー君がどんな使命を持って、どんな運命を辿って、そしてどんな結末を迎えるか知っている。
私はそれでもボロー君が皆のために頑張っていたことを知っているから、ボロー君にも幸せになる権利は当然あると思うの。それが、とても短い間だとしてもね……」
テミスさんの最後の言葉の本当の意味を、今の僕は理解することが出来なかった。
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