リーチ、一発、門前清自摸和、妹3
「ね、お兄ちゃん。あーん」
ワキアは目をつぶって、僕が彼女の口に何かを与えるのを楽しそうに待っている。
でも何が欲しかったのかわからなかったので、僕はとりあえずロールパンをワキアの口に突っ込んだ。
「む~……」
「いや、そんな恨めしそうな目をしないでよ」
どうやら僕の答えはワキアの口に召さなかったようだけど、じゃあ何が正解だったんだ。流石に僕が持ってるスプーンを使うのはか、間接キスになっちゃうし、ワキアは自分のスプーンを掴んでたし……。
「そんなんじゃ彼女が出来るのはまだまだ先の話だね。全くも~お兄ちゃんったら私がいないとダメなんだから~」
「は、ハハ……」
朝から相変わらず陽気なワキア。もう毎食僕の部屋にやって来て食事を摂ること自体は何も疑問に思わなくなってしまった。だって看護師さんも当たり前のようにワキアの食事を僕の部屋に運んでくるんだもん。
ただ、今日のワキアはいつもと一味違う。
「おにーちゃん」
「何?」
「んふふ~呼んでみただけ~」
……今日のワキアは、僕のことを『お兄ちゃん』と呼ぶ。
こうなった経緯を語るなら、まずは昨夜まで遡らなければなるまい──。
---
「私ね~ずっと前からお兄ちゃんがほしいなーと思ってたんだ」
夕食を食べ終わった後、僕の病室で勉強をしていたワキアが突然そんな事を言いだした。
「お姉ちゃんはいるのに?」
「ベガは確かにお姉ちゃんだけど……ほら、ベガは双子だしもうお姉ちゃんは良いかなって。だから年上のお兄ちゃんがほしいなーって」
ワキアはニコニコしながら僕の方をジーッと見ている。成程、僕にワキアの兄になれというのか。
……いや、どゆこと?
「どうしてそんなにお兄ちゃんが良いの?」
「ほら、私って甘え上手だから凄く甘やかしてくれそうだな~と思って。烏夜先輩ならイチコロにできそうだし」
実は生き別れの兄がいるんだとか重い話かと思っていたけれど、思ったより利己的な理由だった。確かに僕も大分ワキアと触れ合ってきたけど、彼女は凄く甘え上手だ。もう素振りが何もかも可愛らしいからついつい甘やかしてしまう。
もしかして僕も知らない間にワキアを妹のように思っていたのだろうか?
「烏夜先輩も妹がほしいな~って思ったことはないの?」
「いや、僕は特に……」
と考えた時に、僕の頭に何か引っかかる。
妹……そう思い浮かべると、僕の脳裏に誰かの姿が思い浮かぶ。だがその姿ははっきりと映らない。
「烏夜先輩? どうかしたの?」
「ねぇワキアちゃん。僕に妹っていた?」
「え? そんな話、聞いたことないよ」
おかしい。じゃあ僕が今思い浮かべている人物は誰だろう? 容姿をはっきり思い出せないから例え出会えたとしても僕は気づけないだろうけど……何か思い出せそうな気がする。
「も、もしかして烏夜先輩……八年前に妹さんを亡くしたりしてますか? だとしたら私、軽率なことを……」
「いやいや、多分そういうのじゃないから大丈夫だよ、気にしないで。でもワキアちゃんみたいな子が妹だったらと思うと、毎日が楽しいだろうね」
「……へぇ~。そういうこと、言っちゃうんですね~」
急に落ち込んでしまったワキアを僕が慌ててフォローすると、途端に彼女はニヤニヤし始めた。そして何か思いついたように手をポン、と叩くと目を輝かせながらワキアは口を開いた。
「ねぇ烏夜先輩。もし烏夜先輩が私のお姉ちゃんと結婚しちゃえば、私は合法的に烏夜先輩をお兄ちゃんにすることが出来るんじゃない?」
「うん……うん? どういうこと?」
「だから、烏夜先輩とお姉ちゃんがくっついちゃえばいいんだよ。これで万事解決だね!」
僕がベガと結婚? とても想像がつかない。あんなにおしとやかでまるでお姫様みたいな子と僕が結婚だなんて……いやいやいやいや、僕は何を考えてるんだ。まるでそれは夢みたいな話だけど、現実的じゃない。
「いや、僕がベガちゃんと付き合えるわけがないよ。それにベガちゃんってアルタ君のことが好きなんじゃないの? いつも彼の話をしているし」
なんでも僕がベガを事故から守ったあの七夕の日も、ベガはアルタと待ち合わせをして一緒に花火と星空を見る予定だったらしい。織姫星と彦星なんてとってもお似合いじゃないか。
「ぐぬぬ……烏夜先輩はお姉ちゃんがどれだけ烏夜先輩のことを想っているかわかってないみたいだね……あ、そうだ! まずは形から入っちゃおう!」
「え?」
「烏夜先輩。明日一日、私のお兄ちゃんになってください」
「……え?」
---
ワキアはお兄ちゃんがほしい。
ワキアの双子の姉であるベガが男性と結婚すれば、その相手がワキアの(義理の)お兄ちゃんになる。
そしてワキアにとって僕は兄として都合がいい(チョロそうだし甘やかしてくれそうだから)。
妹としての魅力を僕をアピールできれば、僕がベガと付き合うことに前向きになるはず!
というのがワキアの考えらしい。うん、メチャクチャだ。僕がベガのことを本気で好きになったとしても、ベガに振り向いてもらえなかったら意味がないんだもの。
「おに~ちゃ~ん。カップケーキ食べさせて~」
「勉強終わったらね」
「え~ダメ~?」
「ダメ。ダメってったらダメ!」
僕はワキアと一緒に勉強しているところなんだけど、何かとワキアは僕に甘えようとしてくる。僕は何度もワキアのおねだりに屈してしまいそうになるけれど、心を鬼にしてノーを突きつける。
多分普段の僕なら簡単に餌付けしてしまっているかもしれないけれど、ワキアを妹と思うとそれはそれであまり甘やかすのも良くないという考えに至る。
「お兄ちゃん、サーヴァントの基本七クラスって全部言える?」
「セイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカー……ってこれ何の問題なの?」
「世界史」
「世界史!?」
「第四次聖杯戦争っていつだっけ?」
「一九九四年だね……ってそれが表沙汰になってたらダメじゃない!?」
僕もよくスッと答えが出てきたなと思う。サーヴァントって何かで凄く聞き覚えがあるんだけど、これ何の話だ……以前の僕が何か好きだったりしたのかな。
「う~ん、この問題わかんない……ねぇお兄ちゃん、答え教えて~」
「それぐらい自分で解きなさい」
「えぇ……私、とうとうお兄ちゃんに見放されちゃったの……? そうだね、こんなダメダメ妹は東京湾に沈んでお魚の餌になった方が良いね、きっとそうだね……」
「どうしてそんな急に卑屈になったの!?」
とはいえ病弱で入院生活が多いワキアも意外と出来が良くて、わからない問題でも解き方さえヒントを与えたらちゃんと答えを自分で導くことが出来ていた。病弱なのが本当に惜しまれる。
一通り勉強を終えるとおやつの時間を取って、ご所望通り僕はワキアにカップケーキを食べさせていた。あーんしてと言われたからちゃんと僕が食べさせている。とは言っても、僕が持っているカップケーキをワキアがかじっているだけなんだけど。
「朧~いる~?」
「こんにちは、朧さん」
と、僕の病室に入ってきたのは制服姿のスピカとムギだった。どうやら学校帰りらしい。二人は僕の病室に入って僕の方を見た途端、怪訝そうな表情をしていた。
そりゃそうだろうね、僕がワキアに餌付けしてるんだから。
「朧……何そのプレイ。羨ましいから私にもしてよ」
「いややらないけど?」
「あ、スピカ先輩にムギ先輩だ~どうもこんにちは~」
後輩であるワキアもスピカやムギを始めとした僕の友人達と大分親しくなってきた。まぁ彼らが僕の病室を訪れるといつもいるからね、ワキアは。
スピカとムギは今日もお見舞いの品を持ってきてくれたようで、なんでもスピカがクッキーを焼いてくれたそう。手作りのお菓子だなんて凄いなぁと僕が素直に喜んでいると、ワキアもテンションが上がっているようだった。
「いや~いつも私のお兄ちゃんのためにありがとうございます、お二人共」
「え?」
「……えっ?」
ワキアのその一言で、それまでの和やかな雰囲気が一瞬にして凍りついた。スピカとムギは同時に僕に対して疑いの目を向ける。
いや、僕は無実のはずなんだけど。
「朧さん……寂しさのあまりとうとうこんなことを」
「自分の可愛い後輩にお兄ちゃんと呼ばせるとか……朧も中々業の深いことをするね」
「いや違うんだ二人共。僕はワキアちゃんのお願いに応えたというだけで……」
「ふーん……」
僕が必死に弁明してもスピカとムギは僕の趣味を勘繰っているようだ。僕も確かにワキアみたいな妹がいたら楽しいだろうなとは思ったけど、だからってわざわざお兄ちゃんと呼ばせるのを強制する趣味は持っていないつもりだ。いや、もしかしたら以前の僕はそんな趣味を持っていたのかもしれないけど、この二人の目を見るに多分そう。
そんな僕が一人慌てふためいていると、ハッと何かに気づいた様子のムギがニヤニヤしながら僕の側までやって来て、そして急に僕の腕に抱きついて口を開いた。
「じゃあ私も妹になってあげるよ、
……これは中々の破壊力だ。さてはムギ、君も自分の武器というものをよく理解しているな?
「む、ムギ……どうして君も僕をお兄ちゃんと呼ぶんだい?」
「後輩には負けてられないね。私もちょっとお兄ちゃんが欲しい気分だったんだ」
「ってことは、ムギ先輩は私のお姉ちゃんになる?」
「そういうことだね。さぁスピカ、乗るしかないよこのビッグウェーブに!」
ムギはニヤニヤしながらスピカの方を見る。スピカはまだ良識というかある程度の倫理観を持ち合わせているからか、ムギのようにいきなり順応して僕をお兄ちゃんと呼ぶ様子はなくモジモジしている。
「スピカ先輩。スピカ先輩もお兄ちゃんという存在に憧れたことありませんか? 姉という立場にあるスピカ先輩も頼れる存在が欲しいでしょう。
そんなスピカ先輩に、ここに良いお兄ちゃんがいますよ。いかがです?」
良いお兄ちゃんってなんだよ。
しかしワキアの甘い一言に惑わされたスピカは、モジモジしながらも決心して口を開いた。
「そ、その……私も妹になっていいでしょうか、
……。
……ぐほぉっ!?
この破壊力……今の僕は記憶喪失だから致命傷で済んだけど、もし記憶を取り戻していたら今までの思い出が破壊力に加算されて僕は死んでしまっていたかもしれない。
「良いねスピカ。中々妹属性あるよ」
「じゃあ今日は私達三人が妹ってことで」
「ぼ、僕の精神が持つかわからないね……」
この謎の兄妹プレイは、夕食の配膳にやって来た看護師さんがドン引きの表情を浮かべるまで続いたのだった。
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