八年前の記憶
『これ、ネブラワカメって言うんだって。何だかダンスしてるみたい』
水槽の中でまるでダンスをしているような……いや、実際に意思を持って踊っているワカメを指差しながら少女は言う。
ネブラ人達の故郷であるアイオーン星系原産の魚介類を多く展示しているこの水族館では、地球では見られない不思議な生態の魚達を見ることができる。
『まるでブレイクダンスみたいだね。ほら、頭を地面につけてグルグル回るやつ』
『どういう意味があるんだろ?』
『そういう気分なんじゃないかな』
『何それー』
意外にもアグレッシブな動きを見せるネブラワカメを見ながら少年は少女と笑っていた。今日が誕生日だからどこかに連れていけと家に押しかけてきた少女を水族館へ連れてきた少年は、たまにはこういう休日も良いかと思いながら少女と水族館を巡っていた。
『ねぇ、私達の祖先って宇宙から来たかもしれないって話、知ってる?』
『うん。隕石に付着した微生物が進化していったって説だね。面白い説だけど、じゃあその隕石はどこから来たのかって話なんだよね』
『ほら、ネブラ人達の祖先も元々は別の銀河からやって来た彗星から飛散した微生物らしいし、祖先を凄く遡っていけば地球人とネブラ人の祖先って一緒かもしれないんじゃない?』
そうかもしれないね、と少年は軽く答えていた。地球に生命が誕生した経緯と同様に、ネブラ人達も自身らの祖先の誕生の経緯は謎に包まれている。
しかし祖先となった微生物が海に生息していたかもしれないという認識は共通していて、ネブラ人も地球人と同様の進化を遂げて進んだ技術を手に入れている。
『って、こんなことを言ったら大人達に怒られちゃうかな、私』
そう言って少女は周囲をキョロキョロと見回した。幸い周囲に他の客は少なく、誰も二人の話を聞いていなかった。
『今は少し風当たりが強いからね。でも、僕はあの人達を追い出す道理なんてないと思うよ』
ビッグバン事故が起きて以降、この月ノ宮からネブラ人を追い出そうという動きが強まっていた。彼らの友人達の中にもそう思う者も少なくない。やはりあの事故で家族を失った人間が多いからだ。
少年もその一人だが。
『本当に、朧はそう思ってる?』
少女は隣に立つ少年の顔を覗き込むように見ながら言った。
『乙女がネブラ人のことを信じるなら、僕も信じることにするよ』
少年は笑顔でそう答えた。
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目を覚ますと、すっかり周囲は暗くなっていた。どうやら僕はいつの間にか眠っていたようで、ベッドからゆっくりと起き上がる。
そして、病室の窓の側で星に祈りを捧げている銀髪の少女がいたことに僕は気がついた。
ワキアではない。ショートカットのワキアよりも長い銀髪をハーフアップにして青いリボンで留めた白いワンピース姿の少女に、僕は見覚えがあった。
「君は……ベガちゃんだね」
琴ヶ岡ベガ。ワキアの双子の姉であり、車に轢かれそうになっていたところを僕が助けたらしい。
僕が呼びかけるとベガは僕の方を向いてベッドの方へとやって来た。雰囲気こそ落ち着いているように見えるけど、確かに顔立ちはワキアに似ている。ベガは僕に笑顔を見せると、口を開いた。
「こんばんは、烏夜先輩……何か、思い出せましたか?」
彼女の問いに対し、僕は首を横に振るしかなかった。すると彼女は見るからにしょんぼりとしてしまったため、僕は慌てて話題を変えようとする。
「君は、今も僕のために祈ってくれていたの?」
「はい。烏夜先輩が早く元通りになるように祈ってました。私は昔から、星にお願いばかりしているので」
ベガが星に祈っている様子がそれまた絵画のように様になっているのも凄い。さながら天使のようだと僕が評すると、ベガはそんなことないですよと謙遜してしまう。
「どうして、君はそんなに星に祈るようになったの?」
するとベガは僕に手で握っていたものを見せた。それは金色のイルカのペンダントがついたネックレスだった。少し表面の塗装が剥がれてしまっているのを見るに、結構年季が入っているようだ。
「私は昔、ある人からこの金イルカのペンダントをプレゼントされたんです。このペンダントには、大切な人との絆を繋ぐ効果がある、と……」
そう言ってベガは大事そうに金イルカのペンダントを握りしめて、そして胸に当てていた。
金イルカ……何故か僕はこのペンダントに見覚えがある。絆を繋ぐという言い伝えにも覚えがある。
「あぁ、アリオンの話か……」
古代ギリシアの音楽家アリオン。船に乗っている時に船員に殺されそうになるも、彼が音楽を奏でるとイルカ達が寄ってきて、彼を乗せて島まで届けたというイルカ座の逸話がある。
それがモチーフになったのかはわからないけど、このペンダントの言い伝えも不思議と頭に残っている。
「烏夜先輩、イルカ座のお話をご存知なんですか?」
「うん。そのペンダントにも見覚えがあるんだけど、僕は持ってないし……」
何か、このペンダントが僕の過去に関わっているのか? 何かを思い出せそうなのに、中々思い出せない。
「烏夜先輩は、このペンダントを誰かにプレゼントした記憶はありませんか?」
「わからない。何か、僕にとって大切なものだった気がするんだけどね」
「私は八年前にこのペンダントを誰かにプレゼントしてもらったんですけど、それが誰なのかを覚えてないんです。その後すぐにビッグバン事故があったので、私の記憶も混乱しているのかもしれませんけど……」
ビッグバン事故、という言葉が僕の頭に引っかかる。確か僕の両親はその時に死んだと望さんは言っていた。望さんは詳しい話はしてくれなかったけれど、もしかして僕が思っているより大きな出来事だったのだろうか?
「君も、ビッグバン事故で何かあったのかい?」
「はい。やはり烏夜先輩はあの事故の記憶も無いのですか?」
「そうだね。僕の両親がその時に死んだってのは聞いたけど、どんな事故かは知らないんだ」
僕はきっとその出来事に対して良い思い出を持っていなかったはずだ。だから思い出す怖さもあるけれど、ショック療法のような感じでそれをきっかけに記憶を思い出せるなら、少しでも活路を見出したかった。
しかしベガもビッグバン事故で大変だったみたいだから僕からは聞こうとしなかったけど……ベガは金イルカのペンダントを握りしめながら口を開いた。
「ビッグバン事故は、月ノ宮海岸に保管されていたネブラ人の宇宙船が爆発したことによって起きたんです」
宇宙船の爆発、か。
「その大爆発とそれによって発生した火災でたくさんの人が死んでしまって……私とワキアも両親を失いました」
──貴方のお父さんとお母さんは死んじゃったのよ。
確かに、僕の両親はあの事故で死んだ。そうだ、僕達の家に宇宙船の破片が飛んできて、それが直撃したんだ。僕は命からがら生還したけど……。
──私のこと覚えてる? 私がまだ高校生だったから最後に会ったの五年前ぐらいね、覚えてるわけないか。
そしてあの時、僕を引き取りに来たのが望さんだ。
──今日からは、私が貴方を守ってあげるから。だから、もう怯える必要なんて無いわ。
一体僕はあの時、何に怯えていたんだろう?
死んだ僕の両親の顔もぼんやりと思い出せる。なのにどうして、僕は両親に対して良い感情を抱かないのだろう?
死んでくれて良かった──そう思えるほどに。
「──烏夜先輩?」
ベガにそう呼びかけられて、僕はようやく我に返った。
「あ、あぁごめん。少しだけ、昔のことを思い出せた気がしたんだ」
「本当ですか?」
「でも凄く断片的なんだ。僕もビッグバン事故の時に色々とあったみたいだからさ。でもありがとう、少しずつなら思い出していけそうだよ」
そう言って僕が笑いかけると、ベガも安心したようで笑みを浮かべていた。
「ベガちゃんもご両親を亡くしたんだよね? ってことは今はワキアちゃんと二人?」
「いえ、執事や使用人が家にいるので寂しくはないですよ。ワキアも退院したら帰ってきますし……いえ、寂しくないと言えば嘘になるかもしれないですけどね」
と、ベガは少し悲しそうに笑って見せる。
この子、今しれっと凄いこと言ってなかった? 家に執事や使用人がいるの? 両親が亡くなってるのにそんな環境で生活してるってことは遺産がもの凄くあったってこと? 貴族か王族か何かですか?
「えっと、もしかしてベガちゃんってもの凄いお金持ち?」
「私の両親が凄かったというだけで、私やワキアは普通に生きているつもりですよ。両親も亡くなったので今は遺産を頼りに生活しているだけですし」
「へ、へぇ……」
お金の面では不自由はなさそうだけど、それでも親がいないとなると心細いかもしれない。ワキアだって病弱なのに親が来てくれないってのも寂しそうだ。いや、その執事とか使用人の人が来るのかもしれないけど。
「もしよろしければ、退院されたら我が家へいらっしゃいませんか? 家の者達も是非烏夜先輩にお礼をしたいと、全員で一斉に病院に押しかけようとしていたので……私が一応止めておいたんですけど、凄い勢いでしたので」
「ま、まぁ機会があればね、ハハハ」
僕は何も悪いことをしていないはずなのに、何だか凄く怖い。多分お邪魔したら凄い歓迎されるんだろうけど、そんな格式の高そうな豪邸に上がり込むのは勇気がいる。
でも、ベガが元気そうで良かった。すっかり憔悴してるんじゃないかと不安だったけど、こうして笑顔も見せてくれてるし──。
「そういう口実をつけて、烏夜先輩を家に連れ込むつもりなんだね」
突然、病室に僕でもベガでもない誰かの声が響いた。驚いて扉の方を見ると、ワキアがニヤニヤしながら僕達の方を見ていた。
「わ、ワキアちゃん!? いつの間にいたの!?」
「結構前からだよ。二人の話はじっくりと聞かせてもらったから」
「ど、どこから?」
「お姉ちゃんが金イルカのペンダントの話をしてる辺りから」
じゃあ大分序盤だね。全然気づかなかった。
「お姉ちゃん……いつもアルちゃんアルちゃんってラブコールを送ってるのに、まさか烏夜先輩を狙うとはね……」
「ち、違うわワキア! 私はただ、烏夜先輩に命を助けてもらったから、そのお礼にと思って……」
「成程ね。自分の命を助けてくれた白馬の王子様にときめいちゃったわけだ。烏夜先輩、こんな姉ですがよろしくお願いします」
「うん、わかったよ」
「わからないでください!」
何だかこういうやり取り、とても懐かしい感覚がある。どうしてだろう、前に僕は誰かと似たようなやり取りをしたことがあるのだろうか。
姉妹揃った所で、僕達は三人で雑談を交わしていた。二人がしきりに話題に出すアルタの情報ばかり僕の頭に入ってくるけど、彼も中々二人に愛されているようだ。
まだ焦る必要はない。僕は今日、ようやく目覚めたばかりなのだ。ワキアの言う通り、少しずつ、少しずつ……今も楽しい思い出を作りながら、記憶を思い出していこうと僕は思っていた。
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