幼馴染の記憶
望さんが帰った後は夕食の時間となり、またワキアが僕の病室までやって来て一緒に夕食を食べた。病院食は味気ないけどワキアと他愛もない話をしながら過ごすのも楽しく感じられた。
夕食を食べ終えてワキアと二人でテレビを見ながら駄弁っていると、また僕の病室に客人が。
「お、アルちゃんだ~」
入ってきたのは紙袋を手に持った、金髪ボブヘアーで紺色のジャージ姿の少年だった。
「やぁ、ワキア……と、烏夜先輩」
少しやさぐれた雰囲気のある少年は、今までこの病室にやって来た知り合い達にしては珍しく、僕を見て不機嫌そうな表情をしていた。
「こんばんは。君も、昔の僕と知り合いだったのかな?」
そんな彼に対し僕はできる限り笑顔を作ったんだけど、何故か彼は顔を引きつらせて気味悪がっているようだった。
うん、これは完全に望さんと反応が一緒だ。
「ど、どうも……あの、本当に烏夜先輩ですか?」
「そうらしいよ。ね、ワキアちゃん」
「ねー。それに前から烏夜先輩ってこんな感じだったよ」
「そ、そうだったっけ? 烏夜先輩がこんな爽やかに笑ってる時って、絶対裏で悪いこと企んでる時じゃん……」
やはり僕はこの子に関して何も覚えてないけど、多分この子は僕に対して良い思い出が無かったんだろうなと、この反応を見ただけで十分に理解させられた。
金髪の少年の名は鷲森アルタ。ベガやワキアの幼馴染だそうで、学校の寮に住みながら日々バイトでせっせとお金を稼いで自作のロケットを飛ばしているという。夢は自分で作ったロケットを宇宙に飛ばすことだとか……随分とロマンのある夢を持っている子だ。夢はハーレムを築き上げることですとほざいていた奴とは大違いだね。
「あ、先輩。これ見舞いの品です」
するとアルタは持っていた紙袋を僕に差し出してきた。月ノ宮の人気ケーキ店サザンクロスのカップケーキの詰め合わせのようだ。
「いや良いよこんなの。後輩から貰うのは気が引けちゃう」
僕のベッドの側にある棚にはもう結構たくさんのお菓子が詰まっている。だって大星、美空、スピカ、ムギ、レギー先輩がそれぞれ持ってきたんだからそれだけでも僕やワキアでも食べきれない量だったんだ。
しかしアルタは僕にそのまま紙袋を無理矢理渡してきた。
「いえ、是非受け取ってください。正直……感謝の気持ちをこれだけで伝えるのもおこがましいと僕は思っているぐらいです」
「そんなかしこまらなくても」
何でこの子はこんなに僕に対して丁寧なんだろうと不思議に思っていると、アルタは真剣な表情でさらに続ける。
「僕は以前の烏夜先輩を、鬱陶しくて面倒くさくて、正直顔も合わしたくないと思ってました」
今日一日で大分わかってきたけど、僕は相当なクソ野郎だったんだろう。きっとそうだったに違いない。
「でも貴方はベガを、命をかけて助けてくれました。
僕の……大切な人を助けてくれて、本当にありがとうございます。この御恩、いつか必ずお返しします」
そう言ってアルタは僕に深々と頭を下げた。
……いや、そういうことを言われるの、すごく恥ずかしい。
『カシャ』
僕がアルタに礼を言われてむず痒く感じていると、カメラのシャッター音が聞こえた。見ると、ワキアがニヤニヤしながら携帯を僕達の方に向けていた。
「エモいシーン撮れた、ウケる、と……」
凄く真面目なシーンだったはずなのにワキアがそれを面白がっているということは、おそらくアルタが僕に頭を下げるというシチュエーションはかなりレアだったに違いない。
そして写真を撮られたアルタは顔を赤くしてワキアに詰め寄って携帯を奪い取ろうとするが、難なく躱されてしまう。
「ワキア! その写真を誰に送った!?」
「ルナちゃんだよーん」
「どうしてよりによってあいつに!? 今すぐ消せ!」
「病院ではお静かにお願いします~あと病人に手を出さないでくださーい」
ぐぬぬ、とアルタは流石に病人のワキア相手では手も足も出ないようだ。
「あぁもう! やっぱり烏夜先輩と関わるとろくなことにならない!
僕は帰らせていただきます! それじゃまた!」
と、アルタはプンプンと怒りながら帰ってしまった。
なんか僕のことはあまり好いていないようだけど、そんな僕に対してちゃんと感謝の気持ちを述べるぐらいにはしっかりした子だし、それだけ幼馴染のベガのことが大切……いや、好きなのかもしれないな。
「いや~アルちゃんが烏夜先輩にお礼を言うなんて、珍しいこともあるもんですねー」
「昔の僕は彼に何か酷いことをしたことある?」
「ちょっかいをよく出してたよ~。でも烏夜先輩も先輩としてちゃんとアルちゃんをお世話してたし、アルちゃんも烏夜先輩のことが嫌いってわけじゃないと思うから安心して」
幼馴染だというワキアもアルタのことをいじってたし、彼はそういう立ち回りなのだろうか? 自分の夢に突き進むために日々アルバイト漬けの生活をしているなんて大変だと思うけど、一体何が彼をそんなに突き動かしているんだろう。
「ワキアちゃんはアルタ君といつから知り合いだったの?」
「四、五歳ぐらいの頃かな。幼稚園からずっと一緒なんだ」
「良いね、幼馴染というのも……」
幼馴染。
自分でその単語を発した時、急に僕の視界がぐらついた。
「な、何──」
僕は頭を押さえたが、僕の脳裏に誰かの姿が映る。
──ねぇ、朧。お星様は、どうして輝いてると思う?
だ、誰だ……?
「烏夜先輩?」
──私はね、皆を繋ぐためだと思うんだ。
来るな。来ないでくれ──。
「烏夜先輩!」
「わわっ!?」
僕はワキアに肩を揺さぶられてようやく我に返った。気づけばこの一瞬で僕はびっしょりと冷や汗をかいていて、腕を見ると鳥肌も立っていた。
「烏夜先輩、大丈夫ですか? ナースコール使いますか?」
「いや、大丈夫だよ。ありがとう」
息も少し荒くなっていたけど、僕は深呼吸を繰り返して息を整える。ワキアも僕を安心させようと手を掴んでくれていて、いくらか心が安らいだ。
「何だか……何かを思い出せそうだったんだ」
「えっ、じゃあ私、邪魔をしない方が良かったですか?」
「いや、どういうわけか僕は怖かったんだ。理由はわからないけど、僕が思い出そうとした誰か……多分僕の幼馴染だった人なんだろうけど、何故か僕はその人の顔を見るのが凄く怖く感じちゃってね。ワキアちゃんのおかげで助かったよ」
「そ、そうですか……」
何故だろう。僕は早く記憶を思い出したいのに、その人についての記憶を思い出そうとすると本能的な恐怖に襲われてしまっていた。
僕はその幼馴染に何かをされたのか? いや、むしろ僕が何かしてしまったのか? きっとこれだけ怯えてしまうということは何か悪い出来事があったに違いない。最早トラウマだ。
「ワキアちゃんは、僕の幼馴染について何か知ってる? 会ったことはある?」
僕にそう聞かれると、ワキアは僕から目を背けてしまった。何か知っているのだろうが、ワキアは一時して伏し目がちに答えた。
「一応ありますけど……でも、それは思い出さない方が良いと思いますよ、烏夜先輩。今の先輩がそんなに怯えるなんて、きっと何かトラウマがあるに違いないです。
もっと幸せな、楽しい思い出から思い出していきましょう? ね?」
ワキアは僕の手を握りしめながら言う。
確かに僕だってわざわざ辛い思い出なんて思い出したくない。自分の防衛本能が働いて記憶を消去しているのならその方が賢明だろう。
でも僕は今記憶喪失だ。親しい友人達についての記憶だけ綺麗に抜け落ちている状態にある。彼らの話を聞くに以前の僕はどうしようもないクソ野郎だったに違いないけど、彼らのためにも僕は早く以前の僕に戻りたい。
そのきっかけになるなら……。
「烏夜先輩」
しかし、ワキアは僕の手をさらに強く握りしめ、僕の目を真っ直ぐ見据えて口を開いた。
「焦らないで良いんですよ。烏夜先輩は今日、やっと事故に遭ってから初めて目が覚めたばかりじゃないですか。
急がば回れとも言います。下手に焦って急ごうとすると悪い結果に繋がることだってあるんです。だから……ゆっくりで良いですから、一緒に歩いていきましょ?」
ワキアは僕のことを心配してくれているのだ。ワキアも病弱だったから今までに色んな困難にぶつかってきただろう。しかもワキアの病気は治療法も見つからず治る見込みも無い中で大きな不安を抱えているだろうに……いや、その経験があったからこその気遣いだから、その言葉は僕の心に響いたのだろう。
「……ありがとう、ワキアちゃん」
「いえいえ、いつもお見舞いに来てくれてたお礼ですよ。それに私、お兄ちゃんが出来たみたいで楽しいですし♪」
「んな大げさな……」
抱える病気や境遇に違いはあれど、僕とワキアには不思議な一体感が生まれていた。この子がいれば入院生活も楽しくなりそうだし──いや、僕はこの子に早く退院してもらいたい。元気に学校に通ってもらいたい。
そして、いつか……この子の謎の病が治ると良いな。
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