知らない後輩、知らない保護者



 昼食後、テレビを見ながらワキアと駄弁っていると僕の病室に新たな客人がやって来た。


 「どーもどーも~」


 陽気な口調で現れたのは、黒髪のツーサイドアップを白いリボンで留め、エッフェル塔がデザインされたTシャツにショートパンツに黒ニーハイ姿の少女。


 「あ、ルナちゃんだやっほ~」

 「やっほーわぁちゃん。今日も元気そうで何より!

  それと……」


 黒髪の少女は僕のベッドの側までやって来ると、ジーッと僕の顔を見つめていた。

 そんなに見つめられると恥ずかしくなってくるんだけど……この子も、やはり僕の知り合いだったのだろうか? 


 「話自体は聞いてましたけど、その様子を見るにやはり朧パイセンは私のことも覚えてないんですね……」

 「ごめん……辛いかもしれないけど、全然思い出せないんだよ」

 「いえ、お辛いのは朧パイセンの方だと思いますよ。謝る必要なんてありません」


 もしかしてだけど、この子も以前の僕と何か関係があったのだろうか。ワキアの場合は度が過ぎた悪ふざけだったけど、以前の僕は何かと問題児だったようだからどうも勘繰ってしまう。


 「では……この前の、生徒会室での出来事も覚えてらっしゃらないということですね?」


 彼女は恐る恐るという様子で僕にそう聞いてきたが、生徒会室というワードから自分の記憶を探ろうとしても何も覚えがない。


 「いや、全然思い出せないね。もしかして僕って生徒会役員だったの?」

 「いえ、朧パイセンも私も生徒会役員ではありませんが、覚えてらっしゃらないなら全然問題ありません。そのまま二度とあの時の記憶は封印しておいてください。もし思い出したら私がこの手で朧パイセンの記憶を消します」

 「どういうこと!?」


 生徒会役員でもないのに僕は一体生徒会室でこの子と何をしでかしたのだろう。そんなに思い出してほしくなさそうにされると逆に気になってしまう。でも思い出すとろくな目に遭わないだろうからそっとしておこう。

 一向に記憶を取り戻せない僕に対し、側で聞いていたワキアが興味津々という様子でルナに聞いた。


 「ねぇ、その生徒会室のお話ってなになに?」

 「わぁちゃんには関係ありません!」

 「え~」


 

 黒髪の少女の名は白鳥アルダナ、愛称はルナ。この病院の隣町にある月ノ宮神社の宮司の娘さんでワキア達と同じく僕の後輩らしい。神社のお手伝いもしながら、新聞部員としてネタ集めに忙しいとのこと。


 「しかしあの朧パイセンが記憶喪失だなんて本当に信じられませんね……ハッ! これってドキュメンタリー調で朧パイセンが記憶を取り戻していく過程を取材していけば、校内新聞の人気コーナーになるのでは!? 星河祭の出し物に最適なのでは!?」

 「ルナちゃんのブンヤの血が騒いでる……」

 「僕をドキュメンタリーに? そんなに面白くないと思うよ」

 「いえいえ何をおっしゃいますか。記憶喪失になった人なんて生きててそうそう出会えませんよ。そんな人がどうやって記憶を取り戻していくのか……どうですかわぁちゃん。気になりませんか?」

 「気になる~」

 「でしょう! というわけで朧パイセン。毎日とは言いませんので取材させていただけませんか?」

 「まぁ、たまにで良いなら……」

 「ありがとうございます!」


 僕も記憶を取り戻す方法はわからないし、もしかしたらルナの取材を受けている中で記憶を取り戻すきっかけを得られるかもしれない。使えるものはどんどん使っていこう。


 「ちなみに取材ってどういう風にするの?」

 「そうですね……実際朧パイセンってどこまで記憶を失ってるんですか? この星が地球ってことはご存知ですか?」

 「うん」

 「流石にそれは覚えてるんだね。ねぇルナちゃん、二人で烏夜先輩が何を忘れてるか調べてみる?」

 「そうしましょう!」


 というわけで、僕が一体どこまで記憶を失っているのか徹底的に調査されることとなった。


 「太陽系の惑星を全部言えますか?」

 「水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星?」

 「正解です。では木星の衛星を全部言えますか?」

 「エウロパ、イオ、ガニメデ……って、これは一般常識なの!?」

 「ちょっとマニア向けかなー」


 まずは一般常識。時事問題は事故の前後を除いてほぼ完璧。しかし八年前にあったというビッグバン事故という出来事については思い出せない。自分が関わった出来事は忘れてしまっているのだろうか?


 「月ノ宮の有名な喫茶店とケーキ店の店名は対になっています。思い出せます?」

 「ノーザンクロスとサザンクロス?」

 「正解です」

 「烏夜先輩はいつもケーキとか買ってきてくれてたからねー」

 

 次は僕達の故郷である月ノ宮の問題。月ノ宮という地名は勿論、地理もなんとなく頭に入っているどころか多分自分の家の場所もぼんやりと覚えているかもしれない。はっきりと思い出せるわけじゃないけど景色だけは頭に入っているから、そういった場所を巡っていたら記憶を取り戻せそうだ。


 「月ノ宮にある研究所の名前は?」

 「月ノ宮宇宙研究所?」

 「正解です。ではその研究所の所長さんの名前は?」

 「いや、知らないけど」

 「なんと……」


 なんだかただただクイズをしている感じになってきているな。


 「では月ノ宮神社の看板娘と言えば?」

 「知らないね」

 「正解は私です」

 「……そうなの、ワキアちゃん?」

 「多分前の烏夜先輩だったらノータイムでルナちゃんって答えてたよ」

 「そ、そうなんだ……」


 ルナが神社の看板娘ということは、この子の巫女服姿も拝めるのだろうか。それは一度見てみたいものだ。


 「朧パイセンの趣味は?」

 「さぁ、なんだったんだろう」

 「正解はナンパです」

 「え、本当に?」

 「多分皆に聞いても同じ答えだよ~」

 「そ、そうなの……?」


 次は僕自身についての問題。身長とか血液型はこの病院で検査したばかりだから覚えているけれど、自分が何を好きだったかすら思い出せない。

 二人によると以前の僕の趣味はナンパ、そして夢はハーレムを築き上げること。本当かと僕は耳を疑ったけれど二人が嘘をついているように見えなかったから、以前の僕は相当クレイジーな奴だったんだと諦めるしかなかった。



 「成程。やはり傾向として朧パイセン自身のこと、そして朧パイセンが関わった出来事や人達に関する記憶を失っているみたいですね。何から何まで忘れていたら日常生活に支障をきたしていたかもしれません」

 「良かったね烏夜先輩。おしっこの仕方とか忘れてなくて」

 「記憶を失ってるというか知能が赤子まで下がるのは怖いよ」

 「あ、ちなみにベッドの下に尿瓶があるから安心してね」

 「いや使うことはないだろうけど……あ、本当にある」


 僕に関係する事だけ忘れている、か。脳にどんな衝撃を受けたらそんな変わった記憶の失くし方をするのだろう。今のところ検査を受けても脳には損傷もないから一時的なものだとお医者さんも言っていたけれど、なんだかもどかしい気分だ。


 二人とそんな話をしていると、病室の扉がコンコンとノックされた。すると全然整えてなさそうなボサボサの黄色い髪で、目の下にクマを作った白衣姿の女性がボストンバッグを持って現れる。


 「……アンタは記憶を失っても、相変わらず女の子を侍らかせてるのね」


 女性は呆れるように言って病室へと入ってきた。この人も僕の知り合いなのだろうか? 髪もボサボサで目の下のクマも凄いからこの人の体調こそ心配になってくるんだけど。


 「所長さんこんにちは。もしかして烏夜先輩の着替えとかを?」

 「そうよ。流石に友達に持って行かせるのは悪いと思ってね」

 「何か手伝いましょうか?」

 「良いわ良いわ。保護者は私なんだから」


 女性はよっこいせとボストンバッグをベッドの側に置いて一息ついていた。


 「あの……僕の保護者ということは、貴方は僕の母親なんですか?」


 自分の家族に向かってこんな質問はしたくないけれど、今の僕はこの人が誰なのか全く思い出せない。保護者と言うからには母親かとも思ったが、自分の母親にしては見た目が若すぎるようにも感じる。

 そんな僕の質問が少しショックだったのか、女性は少し表情を曇らせてから口を開いた。


 「……本当に記憶喪失なのね。私はアンタの母親じゃなくて叔母よ、名前は烏夜望。アンタの実の母親の妹ってだけ」

 「そうなんですね。わざわざありがとうございます」


 わざわざ叔母さんが僕の荷物を持ってきてくれたのか。よく見ると、ちゃんとお化粧とかに気を遣えば若く見えるしそれなりに美人さんになると思うんだけど……僕のお礼を聞いた望さんは何だか顔を引きつらせていた。


 「な、何かアンタにそういう風にお礼言われるの気色悪い」

 「以前の僕はどうしようもないクソ野郎だったんですか?」

 「確かにクソ野郎だったのは否定しないし、あんなんでもちゃんと礼節は守る奴だったけど……なんか朧にしては綺麗過ぎるのよね」

 「わかります」

 「確かにそうだよね~」


 成程。礼儀とかはしっかりしてたけど何か汚い奴だったと。

 ……本当に僕はどんな人間だったんだろう?



 望さんがやって来ると僕達に気を遣ったのか、ルナは帰宅してワキアも自分の病室へと戻っていった。

 望さんは月ノ宮宇宙研究所の所長を務めていて、天体物理学と天文学を専門とする学者だと言う。望さんは面倒くさそうにしながらも僕の着替えだったり勉強道具を持ってきてくれていたけど、どう見てもボストンバッグの中に乱雑に突っ込んだだけであった。


 「どうして僕の両親ではなく、望さんがわざわざ病院まで?」


 僕はふと疑問に思った。友人や後輩達は絶え間なく病室にやって来ていたけれど、そういえば僕の親族が病室を訪れたのは望さんが初めてだ。

 すると椅子に座ってエナジードリンクを飲んでいた望さんは、僕から目を逸らして口を開いた。


 「朧の両親はもう死んでるのよ」

 「え?」


 僕は望さんの口から発せられた言葉が信じられなかった。しかし望さんは僕から目を逸らしたまま続ける。


 「八年前にね、ビッグバン事故ってのがあって……その時に朧の両親は死んだの。

  ちょっとややこしいけど、その時に死んだ朧の母親は父親の再婚相手で、朧を産んだ実の母親の方は今もピンピンしてるわよ。私はそっちの妹で、孤児になった朧を預かってるってわけ」

 

 ビッグバン事故……ワキアにどんな事故だったのか聞いたけど答えにくそうにしていたのは、僕の両親が死んだことを知っていたからだろうか。もしかしたら安易に口に出してはいけないことだったのかもしれない。


 「そんなことがあったんですね……ありがとうございます、僕を拾ってくれて」

 「今更お礼なんて良いわ、気色悪い」

 「気色悪い!?」

 「それに私は殆ど家に帰らないし、帰った時は朧にご飯を作らせてたからとても助かってたのよ。私にとっちゃ殆ど召使いみたいなもんだったから」


 そう言って望さんはようやく僕の方を向いて笑顔を見せた。

 この人は身寄りのなかった僕の恩人だったのか……良い人が身近にいてくれて良かった。


 「ねぇ、朧。自分の家族の事も忘れちゃってるの?」

 「はい、そうですね」

 「じゃあ、昔からずっと親しかった奴のことも?」

 「いえ、全く」

 「そう……」


 望さんが言っているのは誰のことだろう? あの大星や美空という友人達の中にいただろうか。全然ピンとこない。

 望さんは一通り支度を終えると、空になったボストンバッグを持って椅子から立ち上がった。


 「できれば保護者としてもうちょっと側にいてやりたいけど、私も色々と忙しいの。でももし何かあったらいつでも連絡しなさい。

  あ、そういえば携帯はどこにやったの?」

 「携帯……」


 僕はキョロキョロと辺りを見回したが、それらしいものは全然見当たらない。


 「もしかしたら事故の時に落としたのかしら。わかった、携帯は今度新しく契約するとして、ちょっと待ちなさい」


 すると望さんはメモ帳に自分の連絡先を書いて僕に手渡した。


 「忙しい時もあるけど極力電話には出るようにするわ。何か必要になったり……寂しくなったりしたら遠慮なくかけてきなさい」

 「……はい。ありがとうございます、望さん」

 「なんか今の朧に礼を言われるの、やっぱり気色悪い。二度とお礼とか言わないで」

 「どうして!?」


 何だか凄く酷いことを言われた気がする。

 自分の両親が死んでいたという驚きの情報を知ることになったけども、今の保護者である望さんが良い人で良かったと思う。友人達や後輩達もとても良い人達だし、しかも結構たくさんの人が来るから以前の僕は結構慕われていたのかな。

 

 しかし趣味はナンパ、夢はハーレムを築き上げること、慕われているけど素直に礼を言うと気持ち悪がられる……以前の自分は一体どれだけクレイジーな人間だったんだろうと、僕はますます疑問に思っていた。


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