笑顔が絶えぬお隣さん



 お昼前に大星ら騒がしい友人達は帰っていき、僕は病室に一人残された。


 「面白い人達だったなぁ」


 まず、彼らの第一印象は良い人達なんだろうなという感じだった。最初はそう思っていた。


 「だけどあの三人は一体何!? 僕は一体あの三人と何をしでかしてしまったんだぁ!?」


 それに最後のあれは何!? 僕はスピカ、ムギ、レギーさんの三人と関係を持っていたのか!? しかも正式にお付き合いしていたとかではなく宙ぶらりんの状態で!? しかも三角関係とか修羅場にならずに、どうして三人で協力しあってるんだ!? あの人達はそれで良いの!?


 「記憶を失う前の僕は、本当に何をしていたんだろう? こうなると記憶を取り戻すのが怖いなぁ……」


 彼らが僕の過去の出来事について何か言いにくそうな雰囲気があったしきっと色々あったんだろうけど、多分善人とは言い切れないぐらいの悪事を働いていた奴だと思う。あるいは彼女達が自分を陥れようとしている悪人の可能性だってある。

 まぁこうして目覚めた当日にお見舞いに来てくれてるんだから、感謝はしないといけない。



 「あ、今なら大丈夫そうかな~」


 お昼頃、看護師さんが昼食を持ってきてくれたのと同時に、一人の見知らぬ銀髪ショートで病院服を着た少女が昼食の載ったトレイを持って僕の病室へやって来た。

 

 「や、やぁどうもこんにちは」

 「なんか気色悪いね」

 「ど、どういうこと!?」


 僕はただ普通に挨拶しただけなのに凄い酷いことを言われた。同年代っぽいけど少しあどけなさの残る少女は僕の昼食が載ったテーブルに彼女の分の昼食も置き、ベッドの側の椅子にちょこんと座って僕に笑顔を見せた。


 「ね、本当に私のこと覚えてないの?」


 この接し方を見るに、彼女もきっと僕の知り合いだったんだろう。しかも結構懐いているみたいだ。

 ……でも、誰だろう。どういうわけか、今の僕には大切な人達との思い出が全て無くなってしまっていた。


 「ごめん。今の僕は君が誰なのかわからないんだ。ごめん……」

 「いやいや、そんな謝ることじゃないって。私は何か今までに見たことのない烏夜先輩を見られてなんだか面白いな~」


 なんて笑顔が眩しい女の子なんだろう。僕は彼女のことは全く覚えていないけど、今からでも新しく名前を覚えようと聞こうとした時──彼女はズイッと身を乗り出して一気に僕に顔を近づけてきた。

 僕は思わず身を引いたが、彼女はベッドに片膝をついて僕の腕を掴むと、さっきまでの可愛らしい雰囲気とは打って変わって、憂いを帯びた表情で口を開いた。


 「じゃあ、私が烏夜先輩の彼女だったってことも、忘れちゃったんだ」


 

 僕が抱いた一瞬の喜びは、すぐに困惑となって消えた。

 僕なんかがこんなに可愛い女の子と交際関係にあった? だとすれば僕はスピカ、ムギ、レギーさんを加えて四人と関係を持っていたことになる!?

 記憶を失う前の僕は一体どれだけ性欲を持て余していたのだろうか? よくそんな人間が野に放たれていて捕まらずに済んだものだ。そんな僕が困惑しきっていると、銀髪の少女は僕をからかうように笑いながら椅子に座って口を開いた。


 「なーんて、嘘だよーん」

 「……良かったよ嘘で」

 「えー? 前の烏夜先輩なら泣いて喜んでたと思うんだけどな~」


 早く以前の記憶を思い出したい自分と、思い出したくない自分との間で葛藤が生まれようとしていた。



 銀髪の少女の名前は琴ヶ岡ワキア。僕が通っている学校の一つ下の後輩で、病弱で入院生活を繰り返しており今も先月からずっと入院中だと言う。以前の烏夜朧という人間は彼女のお見舞いのため足げく病院に通っていたそうで、そして僕が事故から助けた琴ヶ岡ベガという少女の双子の妹だとのこと。


 「私のお姉ちゃんはね、事ある度にお星様にお願いするんだ。いつも私の病気が治りますようにとか、早く退院できますようにってお祈りしてくれてるの。

  烏夜先輩が事故に遭ってから毎晩、お姉ちゃんったら寝ずにずっとお祈りしてたよ。先輩が目覚めたら安心して寝ちゃったけど」


 昼食を食べながらワキアは笑顔で語る。

 織姫星の名前を持つ少女が星に祈りを捧げているなんてロマンチックな話だけど、僕が目覚めるようお祈りしてくれていたなんて……無理をしていなければいいけど。


 「僕はそのベガちゃんとも仲が良かったの?」

 「良かったと思うよー? 私達の幼馴染にアルタって子がいるんだけど、烏夜先輩とは中学から知り合いだしね」

 「そうなんだ……」


 アルタ……アルタイル? ベガとアルタイルなんてそれこそ織姫と彦星じゃないか。まるで結ばれることを約束された二人だけども……正直ワキアの話を聞いていても、過去のことはやはり思い出せない。

 以前の自分の素行が倫理観に反していなかったか不安でしょうがなかったけれど、やはり友人達を不安にさせないためにも僕は記憶を取り戻したい。このワキアという少女と話しているだけでも、とても元気を貰えた。


 

 「ワキアちゃんは……なんというか、とても元気だね。入院患者とは思えない」

 「よく言われるよ。私の場合、一度発作が起きたら検査のために入院してるって感じだから、大体は気楽に過ごしてる感じだね」


 昼食を食べ終えても、ワキアは僕の病室に居座って友人達がお見舞いに持ってきたお菓子を食べていた。僕だけじゃとても食べ切れる量じゃないからどんどん食べてほしい。


 「もしかして、ワキアちゃんの病気って治らないの?」

 「うーん……色々なところで検査してもらったんだけどね、全然原因もわからないし未知の病気なんだって。ネブラ人しか罹らない病気っていう説もあるし、八年前のビッグバン事故の時に謎のウイルスがばらまかれたんじゃないかって説もあるし……」

 「ビッグバン、事故? なんだいそれ?」

 

 聞き慣れない出来事が耳に入った僕は思わずワキアに聞いてしまったけど、彼女はキョトンとした表情をしていた。


 「あ、それすらも忘れてる?」

 「ビッグバンっていう事象はわかるけど、ビッグバン事故はわからない。八年前にそんなことがあったの?」

 「念のため聞いておくけど、烏夜先輩はネブラ人のことはわかる?」

 「うん。ワキアちゃんもネブラ人?」

 「まぁそうと言えばそうなんだけど……」


 ネブラ人が地球にやって来た宇宙人というのはなんとなく覚えている。なんというか歴史上の出来事の一つとして、あくまで一般常識として覚えているというだけだ。色白で碧眼なんてそうそういないからワキアも多分ネブラ人なんだろうなぁというぐらいにしか思っていなかった。


 「う~~ん」


 するとそれまで笑顔を見せていたワキアは、腕を組んで悩み始めていた。


 「う~~~~~~~~~~~~ん」


 そ、そんなに何か悩むことがあるのだろうか?

 僕がそう疑問に思っていると、ワキアは再び笑顔で口を開いた。


 「ごめん烏夜先輩。私の口からじゃ何も言えないや」

 

 ワキアは悩んだ素振りを忘れるかのように明るく振る舞っていたが、事故という名称が付いているのだからビッグバン事故はあまり良くない出来事だったのだろう。


 「そ、そんなに凄い出来事だったの?」

 「そうだね。烏夜先輩も大変だっただろうからそれは思い出してほしくないし……ま、私の病気は原因も治療法もわからないんだ。色んな病院で検査してもらったんだけどねー」


 治るかもわからない未知の病気に罹患しているというのに、ワキアは今も笑顔を絶やさずにいる。自分の境遇を理解してもなお、それを乗り越えるために前向きに進んでいるのか、それとも不安を悟られぬよう強がっているのか……今の僕には、その判別がつかなかった。


 「あ、ちなみに私の病室隣なんだ。お隣さんになったことだし、少しの間かもだけど仲良くしよ~」

 「うん、よろしくね」


 ただ、僕は彼女にずっと笑顔でいてほしいと願っていた。


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