友人を名乗る人達



 四日前の七夕。車に轢かれそうになった琴ヶ岡ベガという少女を庇った僕は、不運にも崖から転がり落ちて木に頭部を強く打ち付けてしまい、三日間も意識不明だったという。


 そして四日ぶりにようやく目覚めた僕は医師の診察や脳の検査を受けたけど、骨折や脳への損傷などもなく異常は見られなかった。

 僕が、彼らに関する記憶を失っているということ以外は。


 「へぇ~そんなことがあったんですね」

 

 お昼頃、一通りの検査を終えた僕の病室に駆けつけた自分の友人を名乗る見知らぬ人達から、僕の身に起きたことを知らされた。僕はベッドの上で話を聞いていたけど、ベッドを囲う彼らの顔を見ても何も思い出せない。


 「すごい他人事じゃん!?」

 「だって記憶喪失ですからね、今の僕は」

 「しかも朧っちが敬語だとすっごい違和感! タメ語で良いから!」


 僕の他人事のような反応に驚く、長い青髪に黄色のカチューシャを付けた快活そうな女の子、犬飼美空。僕とは中学からの知り合いらしい。


 「本当に現実にいるものなんだな、記憶喪失って」

 「そのロックバンドのTシャツ、ダサいですね」

 「記憶喪失になってもその減らず口は変わらないな」


 美空の隣に佇む、何かのロックバンドの黒いTシャツを着た、少しやさぐれてそうだけど端正な顔立ちの男子、帚木大星。美空と同じく僕とは中学からの付き合いで、彼いわく僕とは中々の悪友だったらしい。

 そんな大星は美空とお付き合いしているようで、二人が付き合えたのは僕のおかげだと彼らは言っていた。そんな恋のキューピッドみたいなことをしていたんだなぁ、僕は。


 「しかし、本当に別人みたいですね……」

 「そんなに違うんですか?」

 「な、なんというか……なんでしょう、忘れられてしまうとやはり辛いですね……」


 そう言って落ち込んでしまった、赤色のサイドテールを黒いリボンで留めた女の子、スピカ・アストレア。そんなに落ち込むということは以前の僕と結構親密だったのだろうか? こんなお人形みたいに可愛らしくて大人しそうな女の子にそんなに気遣ってもらえると素直に嬉しい。


 「綺麗な朧だね」

 「以前の僕は汚かったの!?」

 「私は汚い頃の朧の方が好きだったけどね」


 スピカの隣でため息をつく、緑色のサイドテールを黒いリボンで留めた女の子、ムギ・アストレア。スピカとは双子の姉妹で、二人に起きたトラブルを僕が解決したことに感謝してくれているらしい。一体何があったのか、本当に全然思い出せない。


 「本当に冗談じゃないんだよな? 後でドッキリ大成功って言われたら覚悟しとけよ」

 「な、何を!?」

 「ま、まじで冗談じゃないのか……?」


 この中で一番の年長である、黒髪のショートに金色のメッシュを入れた大人っぽい先輩、レギュラス・デネボラ。なんでも役者を志しているらしく、僕には到底返せそうにない一生分の恩があるらしいけど……この五人に感謝されてるって、以前の僕は一体何者だったんだろう?



 「本当に何も思い出せないの? ほら、朧っちって女の子好きだったし、知り合いの女の子を全員集めたら何か思い出せるんじゃない?」

 「何か召喚できそうだな」

 「以前の僕は一体どういう人間だったんです?」

 「可愛い女の子に囲まれて酒池肉林の理想郷を作り上げることを夢にしていた奴だった」


 そんな奴がよくこの人達の友人でいられたね。


 「でも最近の烏夜さんは以前と比べると大人しかったですよね。少し一途よりになったというか……」

 「それこそ前から記憶喪失説はあったけどね。女好きのことだけ忘れてた感じ」

 「こういう時はもう一発頭に入れたらワンチャン記憶が戻るんじゃないか?」

 「やってみる?」

 「美空、ステイ。お前がガチでやったらこの病室に肉片が飛び散ることになるぞ」


 とりあえず美空がこの見た目に反してとんでもないパワーを持っていることはわかった。美空には今後絶対に逆らわないようにしよう。


 「落ち着きましょう、皆さん。烏夜さんが早く記憶を取り戻せるように何か策を練りませんか?」

 「やっぱり私が朧っちに一発……」

 「それ以外でだな」

 「あ、じゃあ朧の印象に残ってそうな思い出を話せば何か思い出せるんじゃない?」

 「それの方がよっぽど平和的だな」


 なんとか僕の頭が弾け飛ぶ未来とは遠のいたようだ。僕としても早く記憶を取り戻したいけど、流石にもう一度頭に衝撃を食らったら死にはしなくても何か障害が残りそうで恐ろしい。


 「烏夜さんの印象に残ってそうな出来事、ですか……」


 するとこの場に居合わせた五人全員が顔を伏せてしまい、さっきまでの和やかな雰囲気とは一変してどんよりとした空気になってしまった。


 「あ、あの皆さん? 僕の思い出ってそんなに楽しいことないんですか?」

 「い、いや……おそらくオレ達が思い浮かべた出来事がたまたま一緒だっただけだ」

 「そうだね……」

 「あれは私達もショックだったからね」

 「朧は平気そうに振る舞っていたがな」


 な、何だろうこの気まずい空気。この五人全員が同時に思い浮かべるということはそれだけ何か大きな出来事があったのか? もしかして僕に悲劇が降りかかったんじゃなくて逆に僕が何かやらかした可能性もある?


 「いや、オレには他にも色々思い出はあるぞ。朧、覚えてるか……オレ達が通っていた月ノ宮第一で爆発があった時、一緒に火の中に突っ込んだだろ?」

 「そんなことあったの!?」

 「あぁ、朧が遅れて学校に来た時か」

 「僕は一体何をしてるんです?」

 「あの時はお前もいてくれたからオレも勇気が出たんだが……何か思い出せないか?」

 

 すいません全然何のことかわかんないです。今まで自分がどうやって生きてきたのかもわからないぐらいだから、ちょっとやそっとじゃ思い出せそうにないけど……火の中に突っ込むだなんて、以前の僕はどれだけ体を張っていたんだろう。


 「じゃあ次は美空」

 「私!? えっと……朧っちって私のお母さん達と結構仲良かったじゃん?」

 「全然知らないですけど」

 「あ、そうだよね……えっと……ごめん私パス」

 「つまり無いってこと!?」


 確かに美空は大星という男子と付き合っているんだし、僕と彼女が親密過ぎるのはあまり良くないだろう。何か時折以前の僕はヤバい奴だったんじゃないかと不安になるけど、そこら辺の節度はあったのだろうか。


 「じゃあ次は私の番ね。朧、私とスピカと一緒に過ごしたあの日の夜のこと、覚えてないの?」

 「む、ムギ!?」

 「いや、え? 何のことか全然わからないですけど」

 「白を切ろうとしても無駄だよ。あの日の夜、私とスピカに犯した罪は一生消えないからね……」

 「一体僕は何をしたんですか!?」

 「落ち着いてください朧さんっ! ムギは悪ノリで冗談を言ってるだけです! そんな事実はありません!」


 もしかして僕が記憶喪失なのを良いことにあらぬ罪を着せようとしてきたのか? いや、多分そんなことを考えるような子じゃないだろう。おそらくムギはいたずら好きなタイプの子なのだ、そうに違いない、そう信じることにしよう。今もすんごい悪い顔してるけど。


 「じゃあ次はスピカね」

 「わ、私……えっと……」


 すると急にスピカは顔をやや赤らめてモジモジし始めた。一体僕と彼女との間に何があったのだろうと少しドキドキしていると、意を決したのかスピカは急に僕の手を掴んで口を開いた。


 「お、朧さんはっ、私と交わしたキスをお忘れですか!?」


 ……。

 ……き、きす? 鱚ではなく、キス?


 「……わーお」


 戸惑う四人。そんな中で茶化すように驚く美空。周囲のこの反応を見るに、誰も知らなかったのか?

 と、呆然としていたレギーさんが口を開いた。


 「いや、待つんだスピカ。オレも朧とキスをしたことがあるぞ」

 「え、僕が? 貴方と?」

 「お前が色々とヤバかった時、オレはお前を元気づけようと思って……特別校舎の演劇部の部室前でキスしたこと、覚えてないのか……?」


 全然覚えてないですけど、僕はスピカとレギーさんとキスをしたことがあるの? 一体どういう関係?


 「いや、私だって朧とキスをしたことがあるよ」

 「君も!?」

 「私は押し倒して無理矢理キスしたけどね」

 「い、意外と積極的だったんだな……」


 ……え? ちょっと待って。僕はスピカとムギとレギーさんとキスをしたことがあるの? 以前の僕はそんなプレイボーイだったというわけ? しかもそんな衝撃的な話を聞いても何も思い出せないってことは僕の思い出には残ってないってこと? どんだけ薄情者なんだよ僕は。


 「これって嘘でも私も朧っちとキスしたことがあるって言った方が良い流れ?」

 「話がややこしくなるからやめろ。俺達はお邪魔なようだから帰るぞ」

 「え~もうちょっと聞いてたいのに~」


 美空は大星に病室の外へと連れ出され、病室には僕とスピカとムギとレギーさんが残された。三人とも僕のベッドを囲んで、真剣な眼差しで僕を見つめている。

 なにこれ、もしかしてとんでもない修羅場だったりしますか? 僕は記憶を失っているんですけど?


 「あの……僕は貴方達と、一体どういう関係だったんですか?」


 僕がそう問いかけると、三人はお互いに目配せしていたが中々答えようとしなかった。


 「かっ、かの……」


 するとスピカが先に口を開いたが、隣に立っていたムギが彼女の口を塞ぎ、そしてレギーさんが言う。


 「オレ達はお前に助けられ、いつの間にか……お前に惹かれていたんだ。でもまだオレ達はお前と付き合ってない。その答えを聞こうとした直前にこんなことになってしまったからな」


 でもキスはしていたと?


 「だけど、これだけは言えるね。私達は────朧を愛する、いわばハーレムの一員なんだよ」


 ……正気か、この人達は?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る