身内の巫女コスはちょっとキツイ



 七夕祭ということもあって月ノ宮神社の境内の一角には何本もの笹が用意されていて、多くの人達が様々なお願いを短冊に書いている。俺達は側に用意されたスペースで思い思いに短冊に願いを書いていた。


 「大星の願い事は何ー?」

 「世界平和」

 「ずっと変わんないねー」

 「じゃあ美空がデブになりますようにっと……」

 「ちょっとー!?」


 美空って大食らいなのに全然太らないのが凄い。正月太りも幸せ太りもしなさそうだからなぁ。ムギとか結婚した後はすっごい太ってそうだ。


 「美空さんはどんな願い事を?」

 「楽しい毎日が続きますようにって」

 「美空ちゃんも去年と変わらなくない?」

 「そう言うお前はどうなんだよ、朧」

 「そりゃ勿論ハーレムを作り上げることさ」

 「朧っちも変わってないじゃん!?」


 俺達三人は去年も七夕祭で短冊に同じ願い事を書いていた。誰もその願いが実現していないことが悲しい。いや、俺は図らずとも若干その夢に近づきつつあるのかもしれないが。


 「スピカちゃんは何を書いたの?」

 「ひ、秘密です」


 そう言ってスピカは短冊を俺達に見えないよう隠してしまった。そうやって隠されてしまってはどうしても気になってしまうのが人間という生き物だ。


 「やっちゃいな、美空ちゃん」

 「隙ありー!」

 「おわああっ!?」


 美空が自慢のパワーでスピカから無理矢理短冊を奪い取る。まぁ俺は前世でネブスペ2をプレイした時に見たから、美空グッドエンド時のスピカは『乙女さんとまた遊べますように』って書いたのは知っていたんだが──。


 『烏夜さんを名前で呼べますように』


 ……。

 ……え、俺ですか?


 「へぇ~」


 恥ずかしさのあまり両手で顔を覆ってアワアワしているスピカの脇腹を、ムギがニヤニヤしながら小突いていた。いや、そんなこと書かれてたら俺も小っ恥ずかしいじゃん。しかも俺達の知り合い以外の人も見る所で個人名を書いちゃダメだろ。


 「そういえば、前に言ってたな……朧を名前で呼びたいけど、どのタイミングから名前で呼べばいいかわからないって」


 スピカの肩をポンポンと叩きながらレギー先輩が言う。確かにこの集まりで俺を名字呼びするのはスピカだけ、というか他全員はお互いに名前で呼び合っている。


 「ねぇースピカ。大星のことは名前で呼んであげてるのに、朧のことはずっと名字で呼ぶのは何だか可哀想じゃないかな~?」


 おいムギ、お前悪い顔してんぞ。

 まぁ今更いきなり名前で呼ぶのも恥ずかしいだろう。俺は丁寧な口調のスピカも好きだからこのままでも良いんだけど……。

 

 「ちなみに私のお願いは『スピカが朧を名前で呼べますように』だよ。だから叶えてよ」

 

 そんな無理矢理なお願いある? 確か原作だとムギも『乙女とまた会えますように』って書いてたはずなのに何か狂ってるな。作中でもスピカが烏夜朧を名前で呼んだことはないし、スピカが俺を名前で呼ぶことによってすんごいバタフライエフェクトが起きそうだ。


 「わ、わかったわ、ムギ……」


 するとスピカは深呼吸をした後で俺の方を向き直して、俺の目をジッと見つめた。

 え? 誰かを名前で呼ぶのってこんな改めてやらないとダメなの?


 「お……おぼ、お……」

 「何かゾンビみたいになってる」

 「余計なこと言わんでいい」


 何かスピカにそんなに恥ずかしがられると俺まで余計に恥ずかしくなってくる。俺の名前ってそんなに呼ぶの恥ずかしいか? 規制音が必要だったりする?


 「お、おぼ、おぼろ……さん!」


 肝心な俺の名前の部分だけ声が弱々しかったが、スピカが俺を名前で呼んだ。

 なんだろう……この感動。耳元で囁くようにスピカに名前で呼ばれたら昇天してしまいそうだ。


 「や、やっぱり無理ですー!」

 「す、スピカちゃーん!?」


 そう感動していると、スピカはアワアワと恥ずかしそうに慌てふためきながら急にどこかへ駆け出してしまった!


 「スピカもまだまだ初心ウブだね。ね、烏夜」

 「なんでムギちゃんは急に名字呼びになったの?」

 「スピカに逃げられたからってそう落ち込むなって、烏夜」

 「いやレギー先輩、冗談でも結構距離感を感じるんですけど?」

 「恥ずかしがるスピカっちも可愛かったね~ね、烏夜」

 「美空ちゃんまで!?」

 「そういうの良いから、烏夜」

 「待って。大星にそう言われるのが一番傷つくんだけど」


 別に呼びやすかったら友人という間柄でも普通に名字呼びはあると思うが、この面子に名字で呼ばれると何か心がキュッとなってしまう。今度親睦を深めるために会長をローラちゃんと呼んでみるか。


 「ちなみにレギー先輩はなんて書いたんですか?」

 「え? いや、今更オレのはどうでもいいだろ? ほら、早く笹に飾ろうぜ」

 「隙ありー!」

 「ちょ、美空!?」


 あからさまに怪しいレギー先輩から美空がまた短冊を強奪する。作中で本人のグッドエンド以外だと『次の舞台も上手くいきますように』って書いていたはずなんだが──。


 『可愛いって言われたい』


 ……。

 ……可愛いっ。


 「へぇ~」


 またムギが悪い顔をしながら、今度はレギー先輩の脇腹を小突いていた。一方でレギー先輩は急にだらだらと汗を流しながら顔が真っ赤になっていた。


 「ち、違うんだ……そういう憧れとかじゃなくて、そ、そうなんだ! 次の舞台の役作りに必要ってだけなんだ!」

 「んなこと言っちゃって~実は僕に可愛いって言われたかったんじゃないですか~? 本当に可愛いですね、レギー先輩」


 と俺は軽い気持ちでレギー先輩に言ったのだが。


 「お、朧……これは、ち、違うんだああああああっ!」

 「れ、レギーせんぱーい!?」


 レギー先輩はスピカと同じように顔を真っ赤にして群衆の中に消えてしまった。

 ……もしかして俺が想像しているより、レギー先輩の俺に対する好感度ってMAXだったりする? 本当にコンフィグを開かせてほしい。


 「私ももっと面白いの書けばよかったなぁ」


 ムギはそうボヤいていたが、七夕ってこうやってふざけるイベントじゃないはずだ。



 スピカとレギー先輩がどこかに消えてしまったため、二人を探しに行こうとした時──巫女服を着た三人組の女性が俺達の前を通りがかった。こういう時は神社もアルバイトを雇うというが──。


 「あれれ?」

 「あら?」

 「うげっ」

 「え?」


 美空と同じ色合いの、青いショートボブに黄色いバンダナを巻いたうら若い雰囲気の女性。

 ムギと同じ色合いの、緑色の長髪で怪しい雰囲気を醸し出す魔女っぽい女性。

 そして……黄色いボサボサの髪で、目の下にクマが出来ているやさぐれた雰囲気の女性。

 いや、俺は、俺達は、この人達を知っているぞ!?


 「お、お母さん!?」

 「ママ!?」

 「の、望さん!?」


 美空の母親である美雪さん。スピカとムギの母親であるテミスさん。そして……俺の叔母である望さんの三人が、なんと巫女服姿で現れた!


 「あら~見つかっちゃった~」

 「お母さん!? なんで巫女服着てるの!?」

 「霧人さんにまたお前の巫女コスが見たいって言われちゃって~」


 いや、神社はそういうプレイをする場所じゃないから。しかも『また』ってことは前にも着たことがあるんだな!?


 「ま、私は占いで知っていたけどね」

 「もしかして、それがママのラッキーアイテム?」

 「ううん、ただの趣味」

 

 巫女服を着ているはずなのにどうしてテミスさんは魔女感が抜けないんだ?

 そして……。


 「あの、望さん?」

 「何? 文句あんの? 文句あんなら今すぐ私の家から出ていけ」

 「とても似合ってると思います」

 「うるせー!」

 「どうして殴られるのー!?」


 望さんは照れ隠しなのかなんなのかわからないが、俺が殴られる道理はないはずだ。

 多分コスプレが趣味の望さんが、一人だと恥ずかしいからって知り合いの美雪さんとテミスさんを誘い、そして三人共ノリノリで巫女コスをしていると……身内がっていうか親がやっているのを見るとこんなに恥ずかしいのかって思うが、なんで三人共ちゃんと似合ってるんだよ。全然イケるぞこれ。


 「あれ? 皆さんお揃いで何をされてるんですかー?」


 そしてやって来たのはこの月ノ宮神社の宮司の娘であるルナだ。彼女も巫女服を着ているが、彼女はコスプレではなくちゃんと仕事着として着ている。


 「やっほールナっち。私のお母さんと違ってちゃんと巫女っぽいね」

 「あれれー? 同じ格好してるのにー?」

 「いやいや、犬飼先輩のお母さんもお似合いだと思いますよ! 実は以前から考えてたんですけど、七夕祭に合わせて巫女服グランプリってのはどうかな~と。いかがですか?」


 するとさっきまでノリノリだった美雪さん、テミスさん、そして望さんの三人から急に笑顔が消えた。流石にもっと人目に付く場所でコスプレをする勇気はなかったか。いや、今も十分公衆の面前だけど。


 「あ、私はもうペンションの仕事に戻らないと~」

 「私も次の占いの予約が入ってるわ~」

 「私はもう少しサボりを……」

 「望さんも仕事に戻って!」

 「巫女コスで戻れっての!?」

 「勝手に着たのはアンタだろーが!」


 ここはコスプレ会場じゃねーんだぞ。車で来ていた美雪さんに望さんを無理矢理送ってもらった。巫女コスのままで。



 「行ってしまいましたね……あんなに似合ってたのに勿体ない」


 第二部の最終日である月学の文化祭にあの三人が制服を着て襲来するイベントは原作でもあったが、こんなイベントはなかったぞ。眼福で凄い満足感はあったけど。

 がっかりしていたルナだったが、ムギの方を見ると急に彼女の方に駆け寄って笑顔を向けていた。


 「あ、どーもムギ先輩。私、この人達の後輩の白鳥アルダナって言います。どうぞルナって呼んでください」

 「お、おう……」

 「ムギ先輩のご高名は常々伺ってます~私もムギ先輩の作品を見ましたけど、もうとっても感動しちゃいました! そこでお願いがあるんですけど、実は私月ノ宮学園の新聞部に所属してまして、是非明日にでも取材をさせていただきたく……」

 「お、おう……?」


 ダメだ。割と人見知りなところがあるムギがルナ相手にキョドってる。ほんでルナはルナで新聞部の記者モードが入ってる。確かにこのコンクールの最優秀賞最有力で月学に在籍している生徒なら絶対に取材しておきたいだろうけども。

 スピカはどこかに消えてしまったし、ここは俺が助け船を出す他あるまい。


 「まぁ落ち着いてルナちゃん。まだ結果は決まったわけじゃないし、ムギちゃんも結構恥ずかしがり屋だからさ。僕も記事作りに協力するよ」

 「これは失礼しました。あ、ところで美空パイセン。大星パイセンとはどこまでいったんですか?」

 「言うわけないだろ!?」

 「次はもっと道具を使おうかなって……」

 「言うんじゃない!」


 ルナは俺達と中学からの付き合いだから面識があるが、スピカとムギと直接会話したことはなかったか。ムギの絵を巡るゴタゴタは知っていただろうけども。

 なお、大星と美空の恋路についての記事は大星から許可は下りなかった。

 

 

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