乙女の祈り
月ノ宮神社の境内の一角のテントの下がコンクールの会場となっていて、意外にも多くの人が集まっていたため全然作品が見えない。お祭りと同時に開催しているとはいえ、こんな田舎町のコンクールにしては大盛況である。
「もっも!」
「とりあえず食べ終えてから入れ」
「どんだけ食ってんだよ。後でどこの屋台か教えてくれ」
俺とスピカ、ムギの三人は大星と美空、そしてレギー先輩と合流したが、美空は熱々のたこ焼きを頬張っているところだった。美空の口の耐熱性凄いな。
「なぁ大星。君は誰の浴衣姿が好みだい?」
「んなこと聞かないでくれ。この面子の中で誰か一人を選べるのかお前は?」
「問題ない、僕も選べないから!」
全員お持ち帰りしたいぐらいの気持ちだが、そんなことをしたら織姫と彦星に刺されそうで怖い。いくらシナリオの都合とはいえ美空を選べたお前は凄いと思うよ、大星。俺はスピカとムギとレギー先輩に好意を向けられて自分の倫理観と戦っているところだから。
「す、凄いたくさんの人ですね」
「そんなに凄い絵があるのかな……」
と、自分の絵が飾られているのにも関わらずまるで他人事のようにムギは言う。
「きっとムギの絵だろ。自信あったんじゃないのか?」
「いや……こんなにたくさんの人に見られてるって思ったら怖いよ。耳を塞いでたい」
「だ、大丈夫……?」
確かコンクールの本選で飾られている作品は五つのはずだ。ムギの作品は選考委員の一人であるレギナさんが融通してくれたから本選に残っているが、他の四つも数ある作品達の中から選ばれた傑作のはずだ。ムギが不安に思うのも無理もない。ていうか俺だってムギより凄い絵があったらどうしようって不安だから。
そんな一抹の不安を抱えながらも、俺達は群衆の流れに乗って順番に絵を見ていく。
最初の絵は鮮やかな水彩画だった。描かれているのは天の川や星々が映る透明感のある穏やかな海面と、そこに浮かぶ一艘の小船。船にはぼんやりと二つの人影が乗っているが、おそらく七夕に再会している織姫と彦星を現しているのだろう。
「海面の描写が凄いですね……」
「すんごいねぇ。まるでプロが描いたみたい」
「す、すご……こんな水彩画、私描けないよ……」
いや、普通にレベル高くね? 何かのパンフレットに載ってそうだもんこの絵。ムギがネガティブになるのも無理はない。
作中のイベントCGだとぼんやり映っていただけだったけど、こんな田舎のコンクールでこんなハイレベルな戦いするの? もっと小学生とかが気楽に参加するコンクールだと思ってたんだけど。
次の絵は、月ノ宮海岸を背景に笹に短冊を付ける男の子と女の子が描かれていた。短冊に書かれた願い事の内容はわからないが、この男の子と女の子がお互いのことを好いているのかそれとも家族なのか、想像が膨らんで楽しむ余地がある。
「絶対デキてるね、この二人。大星と美空みたいに」
「いや、この頃の大星にこんな度胸はなかったよ」
「いらんこと言うな」
謎があまり多すぎると考えることが増えて混乱してしまうが、これぐらいのちょっと考察のしがいがある作品も良いものだ。答えをあえて見る側に示さないというのも芸術の面白さである。
三つ目の絵は、雨が滴る野原で相合い傘をしながら空を見上げる織姫と彦星が描かれていた。確か七夕に降る雨は、お互いに再会することが出来なかった織姫と彦星の涙だという。しかしそんなジンクスを吹き飛ばすかのように、曇った夜空を見上げる二人の表情は幸せそうだった。
「天の川も短冊とかもないのに、七夕感あるね」
「雨が降っていたら傘を差せばいいって、当たり前のことに気づけないこともあるからな」
「濡れたい時もあるけどねー」
「風邪引くぞ」
ここまでの三つの作品も、素人目線での感想になってしまうが十分傑作だ。そして次の絵を見ようとしたのだが……その絵を見た観客達の反応はこれまでの絵と百八十度違っていた。
四つ目の絵は、枯れてしおれてしまった七夕の笹に囲まれたセーラー服姿の少女が、短冊をビリビリに破っている姿を描いていた。その表情は絶望に満ちており、ずっと見ていると何だか呪われそうな気分だった。
「こ、これはインパクトある絵だね」
「きっと願いが届かなかったんだろうな……」
七夕というめでたいイベントをテーマにこれだけ悲壮感漂う情景を思いつく感性は素直に感服する。
まだムギの絵は見てないが、これは中々厳しい戦いになりそうだ。
「足の小指をタンスの角にぶつけた時のスピカはこんな顔してる」
「してないから」
そして最後の絵……を見に行きたいのだが、俺達の前の群衆が全然動かず前に進めない。
「次がムギが描いた絵か? 凄い人気だな」
「だ、大丈夫かな……もしかして炎上してる……?」
「何か炎上するようなものを描いたのかい?」
「見るだけで死んじゃう絵とか?」
「どんな呪物だよ」
あまりにも群衆が動かず後ろが詰まっていたため係員が誘導したことで、ようやく俺達は前に進んで最後の絵、ムギがたった数日で仕上げた作品を目にすることが出来た。
──朧はさ、短冊に何を書くの?
──いつまでハーレムなんて言ってるつもりなの。いい加減誰か一人に決めなさいよね。
──私? 私のお願いはね……。
俺の目の前に、烏夜朧としての幼い頃の、幼馴染である朽野乙女との思い出が唐突にフラッシュバックした。
その作品を仕上げたムギと、既にその絵を見たことのあるスピカ以外の俺達四人は、その世界に引き込まれすぎて言葉を失っていた。
今の季節に見える星々を忠実に描いた満天の星空、そしてその星空を翔ける天の川。それはムギが前に描いた絵を見た時から信じられないような美しさだったが……そんな星空の下、野原に咲く一輪の花。
夜空に輝く星々に負けない輝きと、絵画のはずなのに本当に生命が宿っているような不思議な神々しさを持つ幻の花、ローズダイヤモンド。俺も生でその美しさを目にしたが、あれをよく絵で表現できたと思う。
しかし、ローズダイヤモンドがこの作品の主役ではない。
「乙女……」
ローズダイヤモンドの前で、空を見上げて何かを握りしめて祈っている白いワンピース姿の少女。表情こそ笑っているが彼女はどういうわけか涙を流していて、そして彼女の髪の色は紫。俺達の知り合いの中で紫色の髪を持っていた人物は一人しかいない。
「おとちゃんだ……」
この作品の主役は天の川が渡る星空でもローズダイヤモンドでもなく、朽野乙女であるとその作品は強調していた。彼女のことを知らない人達にとってはただの無名の乙女に過ぎないだろうが、俺達にとってはただ一人の乙女である。
「あれは、ペンダントを握ってるのか」
レギー先輩がハッとしてそう言うと、ムギは自慢げにドヤ顔で頷いた。
「絆、か……」
大星がボソリと呟く。この面子だと美空、レギー先輩、スピカ、そしてムギが持っている金イルカのペンダント。絆を強く結ぶという言い伝えがあるそのペンダントは……俺も乙女から預かっている。ポケットの中に突っ込んだペンダントを、俺は強く握りしめた。
俺達は係員に促されて前に進み、投票券を好きな作品の投票箱へ入れる。まぁ俺達の投票先は言わずもがなだが、それは知り合いだからという身内贔屓を除外した素直な感想だった。
「あの短冊を破ってる絵も良かったなー」
「朧が私の絵を破いた時に似てたね」
「いや、僕は無実だったじゃん」
「あの時の朧は悪い顔してたな……」
「レギー先輩は知らないはずでしょ!?」
ムギの絵の感想を述べようと思っても俺には表現が難しいが、なんというか……ムギが本気を出せば悪魔とか怪物を召喚出来るんじゃねぇかと思えた。
コンクールの結果が発表されるのは花火の打ち上げが終わった後のため、折角七夕だからということもあり、俺達は短冊に願いを書くことにした。
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