私の願いが叶いますように
現在時刻は夕方の六時頃。ムギはスピカを探しに向かい、俺もレギー先輩を探しに行くと理由を付けて大星と美空に二人の時間を楽しんでもらうことにして一人で行動を始めた。
花火が打ち上がるのは七時からだから、まだ時間には余裕がある。第一部のラストシーンと第二部のオープニングは丁度花火が打ち上がっている時間だから被ってしまうが、まだベガも待ち合わせ場所についていないだろう。ここから二人の待ち合わせ場所まで歩いて二十分ぐらいだし、もう少し様子を見よう。
お腹も空いてきたし何か屋台飯でも食べようと歩いていると、見知った浴衣姿の二人組を見つけた。
「あ、朧さんだ」
「げ、ドスケベお兄さんだ」
大星の妹である晴と美月の妹の美月だ。いつもはおさげとロングの二人の浴衣姿も良いものだ。
「やぁ晴ちゃんに美月ちゃん。二人でデート?」
「なんでよ」
「お姉ちゃん達のデートが上手くいくか様子を見たくて。でも二人の時間も大切にしてもらいたいので、晴ちゃんとイチャイチャしてるんです」
「いや、イチャイチャはしてないって」
二人の様子を見るに、大星と美空の交際を今も応援してくれているようだ。美空ルートでのみ見られる晴と美月のバッドエンドから考えるに二人が大星や美空ともっとギクシャクするかと俺は恐れていたが、もう問題ないかもしれない。
「二人はどこで花火を見るの?」
「展望台も混みそうなので、階段のどこかで座ろうかと」
「ドスケベお兄さんは来ないでよ」
「いや、こう見えても僕だって忙しいんだから。それじゃまたね!」
俺はもう少し二人の浴衣姿を眺めていたかったが、アルタとベガのイベントが始まる前に腹を満たしておきたかった。そのため目に入ったはしまきの屋台に駆け込んで注文しようとすると──これまた見知った顔が屋台の中にいた。
「げ」
「先輩を見かけて『げ』はないだろうアルタ君?」
第一部の主人公、鷲森アルタ。お祭りという貴重なデートの機会なのにも関わらず、彼はベガよりもバイトを優先している。いやアルタはまだベガと付き合ってないけど。
「買わないなら早く帰ってくださいよ」
「いやいや、僕はちゃんとお客さんとして来たんだよ。はしまき一つ」
「はい、一億円」
「ぼったくりだー!?」
「冗談ですから」
はしまきなんて食べるの久々だ。ていうかこいつ一人で店番してるの!?
「そういえばアルタ君、君はベガちゃんと何か約束をしてるんじゃないのかい?」
「あぁ、それまでに僕も上がるんで大丈夫ですよ」
いや、待つんだアルタ。お前はちゃんとベガとの待ち合わせ時間に合わせて仕事を上がるつもりかもしれないが、現実はそう簡単にいかないんだ。
今ちょっと空けているこの屋台の店主とアルタは交代するのだが、その店主が急に体調を崩してしまい、代役を呼ぶまでアルタは時間を取られてしまう。その結果アルタはベガとの待ち合わせ時間に遅れてしまい、ベガが待つ広場へ向かう途中で事故に遭ってしまうのだ。
「花火が打ち上がる七時に待ち合わせてるのかい?」
「別に貴方には関係ないでしょう。ほら、次のお客さん来たので帰って帰って」
うーん、相変わらず俺を冷たくあしらってくるなぁ。同じ対応をしてくる大星にはまだ愛を感じられるのだが、アルタの場合は本当に鬱陶しいと思ってそうだった。
神社の一角に設けられた飲食スペースで俺ははしまきを食べながら、この後のイベントを考える。今は六時過ぎだが、美空ルートの最後のイベントが起きるのは花火が打ち上がる七時以降。そのイベントもこの目で見届けたいところなのだが、同時に第二部のオープニングも始まっている。ベガとの待ち合わせ場所へ急ぐアルタが車に轢かれて記憶喪失になってしまうのだが、俺としてはいっそのこと事故自体を防ぎたいのだ。
だから俺はアルタをこの神社で一旦引き止めて時間をずらすか、それを拒否されたら彼を追いかけてどうにかしてアルタの事故を未然に防ぐつもりだ。
問題は、『運命』という存在だ。俺が転生してから多くのイレギュラーが起きているが、大風呂敷を広げたスピカやムギのルートが芸術家の男の死やローズダイヤモンドの開花によって、半ばご都合主義的に原作通りに収束していったのは、果たして偶然だっただろうか?
俺は前世でネブスペ2をプレイしたことはあるが、この世界はそんなネブスペ2の中とはいえ今の俺にとっては現実である。それこそ占い師のテミスさんに聞いてみたいところだが……そう悩んでいると、大星が巨大なわたあめを片手に俺の方へとやって来ていた。
「やぁ大星。随分と強欲なわたあめを作ったね」
「これを作ったのは美空だ。トイレに行ったから俺が預かってる」
ビーチバレー用のボールより大きいけどそんなにわたあめを食べたい時ってあるか?
「大星達は花火をどこで見るんだい?」
「美空が展望台に行きたいって言ってるから、これから行くつもりだ。ただ……ちょっとばかし不安でな」
「何が? 流石に公衆の面前で濃厚なキスは恥ずかしいのかい?」
俺がそう茶化したのに対し、大星は思いの外深刻そうな、思い詰めたような表情で辺りをキョロキョロと確認した後、小声で言った。
「……なぁ、前に展望台の崖下で事故死した芸術家いるだろ?」
「あ、あぁそうだね」
まさか大星の口から奴の話が出てくるとは思わず、俺も少し動揺していた。
「でも、俺は事故死だと思ってないんだ」
「え? どういうことだい?」
大星は会長とあの芸術家の男のゴタゴタを知らないはずだ。そりゃ大星もシャルロワ家による陰謀を疑うかもしれないがと思っていると、大星の口から驚きの言葉が発せられた。
「実は俺、あの展望台で殺人鬼を見たんだ」
……。
……え?
「さ、殺人鬼?」
「バカ、声がデカイ」
いや、急にそんな突拍子もない話をされたら声も大きくなってしまう。そんなわけがあるかと思ったが、大星はつまらない嘘を言うような人間じゃない。
「先月の天体観測の時、美空がちょっとだけ行方不明になったことあるだろ?」
「美空ちゃんが崖を登った時の?」
「あぁ。実はあの時、美空は展望台の崖下で死体を見つけてたんだ。んで犯人らしき人影を見つけたから茂みに隠れて、俺の声が聞こえたから美空は俺を呼んだんだが……美空の側に黒いジャンパーを羽織った不気味な人間がいたんだ。俺と美空は慌てて逃げて……二人で念のため死体の場所を確認したんだが、何も痕跡がなかったんだ。
だから二人で悪い夢でも見ていたのかと思っていたんだが……」
……。
……ダメだ、話が一から十まで入ってこない。
あの時、美空は崖下で死体と犯人らしき人影を見つけた。んで大星もその場に駆けつけて一緒に逃げて、その後もう一度死体を確認しに言ったら何故かもう無かった……何このミステリー!?
「確かに死体はあったんだね?」
「あぁ。だが結局消えてたし何もニュースになってないから、俺も美空も何かの幻を見たんじゃないかってぐらいにしか考えてなかったんだ。でもあの事件があったから、もしかしたら展望台の周りには殺人鬼がいるんじゃないかって思ってな……」
誰かが死んでいたなら事件になっているはずだが、大星と美空が目撃した方はニュースになっていない。
確かに月見山で美空が一時行方不明になったイベントは一体何だったんだろうと疑問に思っていたが、まさか裏でそんなことが起きていたとは思わなかった。いや、原作にはないぞこんな展開。
それにもし大星と美空が目撃したものが本物なら……展望台は危険か? 今日は大勢の人が集まるし人目に付くから下手な真似は出来ないだろうが、アルタとベガが待ち合わせをしている月見山の小さな広場は展望台からほど近い場所にある。
もしかしたら、先に一人で待っているベガが危ないかもしれない。
「ありがとう、大星。僕、ちょっと用事が出来た」
「な、何かあったのか? 俺も手伝うが」
「いや、君は美空ちゃんとイチャイチャしておきな。それじゃ」
畜生……どうしてこの世界は、すっきりイベントを終わらせてくれないんだ。
そんな文句を言ってもしょうがないため俺は人混みの中をかき分けて広場へ向かおうとしたのだが、その途中で誰かに腕を捕まえた。
「お、朧!」
ギュッと力強く握られ、俺は足を止めた。振り返るとムギが俺の腕を握っていた。
「ど、どうかした?」
「その、一緒に花火見ない? スピカとレギー先輩も待ってるからさ」
成程。
大星が美空ルートのグッドエンドを迎えている裏で俺はスピカ、ムギ、レギー先輩のグッドエンドを迎えられるかもしれないのか。
だが、これは罠だ。大星が言う殺人鬼の話がもしも本当だったら、ベガの身に危険が降りかかる可能性もある。嘘や幻であると信じたいが、妙な胸騒ぎがするのだ。
「ごめんムギちゃん。ちょっと急用が入ってね。七時までにはここに戻ってくるから、ちょっと待ってて!」
「え、あ、朧!?」
俺はムギの手を振り払って一気に駆け出し、月ノ宮神社の参道である階段を駆け下りた。
ベガとアルタの待ち合わせ場所である月見山の小さな広場まで道なりに進んでいけば二十分ほど。しかし一刻も早くベガを見つけたいし、ムギ達と一緒に花火を見るために早く帰りたい。
そこでかつては月見山を縦横無尽に駆け回っていた少年時代の朧の知識が役に立つ。途中で獣道を抜けるほどで大幅なショートカットが可能で、その近道を使えば半分の時間で小さな広場まで行けるはずだ。
俺は獣道を携帯のライトで照らしながら突き進み、月見山の頂上にある天体望遠鏡まで続く搬入用の道路が見えた。その中腹にある小さな広場でベガはアルタを待っているはずだ。街灯は一切なく、夏場だからまだ日は沈みきっていないが曇り空ということに加えて生い茂る木々のおかげで辺りは真っ暗だった。しかし俺は物怖じせず道路に飛び出した。
「きゃっ!?」
「ぬおおおっ!?」
道路に出た途端、目の前に人影が見えた。俺は慌てて避けて路面に転がって人影を避け、体勢を整えて彼女の方を見た。
「か、会長!?」
そこにいたのは会長ことエレオノラ・シャルロワだった。どうしてこんなところを一人で、しかも制服姿で歩いているんだ?
「貴方は……一体何をしているの? こんなお祭りの時も泥遊び?」
「まぁそんなところですね。会長、もしかしてこの道を下ってましたか?」
「えぇ、そうだけど」
「では会長と同じ銀髪の女の子を見かけませんでしたか?」
「確か……そうね、一人で広場にいたのを見かけたわ」
ベガはもう待っているのか。殺人鬼の噂なんてデマだと信じたいが、イレギュラーが起きてしまう可能性がある。
「すみません、僕は急ぎでその子に用事があるので、ではまた!」
俺は会長にさっさと別れを告げて坂を駆け上がる。
段々と木々がトンネルのように道を覆うようになり、まるで魔境へと入り込んだような気分に陥る。いや、ベガはよく一人でこんな道を歩いたな。広場は街灯もあるにはあるが……そんなことを考えながら坂を駆け上っていると、坂道の先のカーブの手前に人影が見えた。
「え……?」
近づいていくと、こんな暗闇でも不思議と彼女の存在が鮮明に見えた。
この先の広場で待っているはずのベガが、どういうわけか坂道を下っていたのだ。
どうして、君がここにいる!?
そして、街灯もなく夜闇に包まれつつあるこの道路で、俺がその人影をベガと認識できた理由は──彼女を向こうから謎の光が照らしていたからだ。
「ベガ!」
俺がそう叫ぶと、ベガはようやく俺のことに気づいたらしい。
「烏夜先輩?」
しかしまだ彼女は、自分の後ろから迫っている車のドライバーが居眠り運転をしていることに気づいていない。
「ベガ、後ろ──」
ようやくカーブの向こうから、車が姿を現した。黒いワゴン車は、まるでベガを狙うかのように彼女の方へと向かっている。
ベガがようやく自分の背後からもの凄い勢いで迫るワゴン車に気づいた時──俺は、彼女の腕を掴んでいた。
「うおおおおおおおおっ!」
「ひゃ、ひゃああっ!?」
間一髪、俺は車に轢かれそうになっていたベガの体を掴んで回避したが──その先にガードレールは無く、目下には崖が続いていた。
俺はベガを守るように彼女の頭を抱え、そしてその体をしっかりと包み込んだ。崖を転がり落ちると同時に、地面の木の枝や岩が体に衝突し続けるも、俺にはこの勢いを止める術もなく──立派な幹を持つ大木に俺は頭を強く打ち付けた。
「いぎぃっ……!?」
衝突の瞬間、強い衝撃と共に俺の視界は眩い閃光のようなものに包まれた。
どこから衝撃音のようなものが聞こえてきた。もしかしたらベガを轢こうとしていた車が何かに衝突したのかもしれない。
いつの間にか雨が降ってきたようで、雨粒が体に打ち付ける感覚こそなかったが、ザアザアと雨音が耳に響いていた。
「──先輩! 烏夜先輩!」
誰かが俺の体を揺すっている。俺は誰かの叫びに答えようとするが、声も出ないし体も動かない。
「烏夜先輩! どうか、どうか起きて……!」
未だに耳に響く不快な音に混じって少女の声が聞こえる。微かに見える視界の向こうで、誰かが俺の手を握りしめて叫んでいるようだ。
「烏夜先輩……そんな、やだぁ────」
催涙雨。
七夕の日に降る雨を、織姫と彦星が流すという悲しみの涙に例えたものだ。
その雨と織姫の涙が体に打ち付ける中、俺は長い眠りについた────。
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--
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──どうしてお星様は輝いていると思う?
きっと、誰かに褒めてもらうために頑張ってるんだよ。
だって、何だって褒めてもらえるのは嬉しいでしょ? それが大切な人からだったらもっと──。
──どうしてお星様はあんなに輝いてると思う?
私はね、明日に希望を持たせるためだと思うよ。
何でもない明日に、少しでも希望を持つことが出来たら……例え側にいなくても、見ている空は一緒だもん──。
──どうして星はこんなに輝いてると思う?
きっと、誰かに綺麗に残してもらうためだよ。
一番綺麗な時、一番大好きな人に見てもらいたい……私達の目に映ってるのは、虚像なんかじゃないから──。
──何故、お星様は輝いていると思いますか?
それはこの時間を、この思い出を特別なものにするためだと思います。
何か一つでも特別だと思えたら、今日という一日も良い思い出になるでしょう──。
──神様、ごめんなさい。私は大切な人を自分のものにするために嘘をついてしまいました。
でも、そんな嘘で繋がれた関係は私も嫌なんです。
だから……私が本当に欲しかったものは────。
第一部、完。
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