近づいてくる終わり
第一部で迎える最後の土日、俺は電車に乗って隣町の葉室市にある劇場、スターダストシアターを訪れていた。
ここでは明日、レギー先輩が初めて監督として脚本まで作り上げた舞台が上演される予定で、今日はリハーサルが行われる予定だ。本来関係者以外入れないが、舞台の準備を手伝った大星と美空、そしてレギー先輩に呼ばれて何故か俺も劇場の中に入っていた。劇場内はまだ幕が閉じられているがスタッフが作業しているようで、俺達は客席の中央でレギー先輩と話していた。
「いいいいいいいいいよよ明日だだだだだだな! いやーもう準備もばばばばばバッチリだ!」
いや絶対大丈夫じゃないだろレギー先輩。前回の舞台の時は全然平気そうだったのになんで壊れたロボットみたいになってるんだよ。
「レギー先輩、本当に大丈夫ですか?」
「ちゃんと眠れてる?」
「ももももも問題ないぞ」
明日の舞台はレギー先輩が脚本と監督、そして主演を務めるだけでなく、劇団の座長である新一さんの知り合いの映画監督も見に来るというのだから緊張するのも無理もない。俳優を目指すレギー先輩にとっては登竜門となる大舞台である。
「大丈夫ですってレギー先輩。前回の舞台もあんなに上手くいったじゃないですか。何か失敗したら大星のせいにすれば良いんです」
「とばっちりが過ぎるだろ」
「大星が不器用なせいで仕事が増えたもんね……」
「で、でも大星と美空のおかげで予定通り上演できそうなんだ。本当に助かったよ」
よくよく考えたら、俺は今回の舞台には全然関わっていない。前回の舞台『光の姫』の時はレギー先輩の練習に付き合ったりはしたけども、大星や美空は機材の調達だとか小道具製作とか、随分と頑張ってくれていたようだ。二人で共同作業をしていたからか二人の恋路も上手くいっているみたいだし、俺としては一石二鳥だった。
「そういえば朧。ほら、梨亜のお母さんいるだろ? あの人からも連絡があって、明日見に来てくれるんだと」
「良かったじゃないですか。コガネさん達もいらっしゃるんですか?」
「そうなんだ。コガネさんも知り合いを連れてくるって言ってるし、中々の客入りになりそうだ」
あんなイベントがあったのにも関わらず、レギー先輩と梨亜の母親との関係はかなり良好なようだ。色々とイレギュラーはあったが上手くいっていたようで何よりである。
レギー先輩と談笑していると、演者の一人がレギー先輩の元へとやって来た。
「あ、もうリハが始まっちまうな。ほら、お前達は明日の本番まで楽しみにしとけ」
「え~手伝ってあげたのに~」
「うだうだ言うな、帰るぞ美空」
子どものように駄々をこねる美空を大星が引きずって劇場の外まで連れて行く。
「レギー先輩。明日、頑張ってくださいね」
去り際に一言そう告げると、レギー先輩はニカッと微笑んだ。
「おうよ。本当に色々と助かったよ……ありがとな、朧」
本当に明日、何もイレギュラーが起きないことを俺は祈るしかない。作中におけるレギー先輩ルートは、もうここまで来てしまえば七夕の最後の選択肢さえミスらなければグッドエンド確定のはずだ。
今更レギー先輩が改めて俺に告白してくるようなことはないだろうし、多分変なイベントは起きないはず……いや、もしもう一度レギー先輩が告白してきたら? 前回はムギの件もあったから俺の答えは有耶無耶になってしまったが……そんな皮算用を考えいてもしょうがない。
俺は大星と美空と一緒に劇場から葉室駅へと向かい、駅前のゲーセンを巡って時間を潰していた。パンチングマシーンで美空が俺と大星の結果を足しても届かない数値を出したり大星が千円ガチャで破産しかけたりしていたが、俺は大星達とのそんな一時を楽しんでいた。
大星の財布が空っぽになったところで俺達は葉室駅の改札に入ろうとしたのだが、突然美空が駆け出して小さな二人組の女子を捕まえた。
「あれ~美月に晴ちゃんじゃーん。今日は図書館でお勉強って言ってたのに何してるの~?」
「お、お姉ちゃん……!?」
美空が悪い笑みを浮かべながら捕まえたのは、白シャツに青いジーパン、そして青いショートボブに黄色いバンダナを巻いた美月……こちらは美空の妹。
「うげぇ、見つかっちった……」
そしてもう一方は黒髪おさげに赤いリボンをつけ、淡いピンクのワンピースを着ている晴、こちらは大星の妹。
仲睦まじい妹コンビは、紙袋を大事そうに抱えながら焦った表情を浮かべていた。そんな彼女達の元へ俺と大星も駆けつける。
「晴、こんなところで何してんだ?」
「やぁ美月ちゃんに晴ちゃん。もしかしてお姉ちゃんとお兄ちゃんに隠れて秘密のお買い物かな?」
俺はなんとなく美月と晴をいじってみたが、二人が姉と兄に秘密にしてたことって何かあったっけなと原作を思い返すが何も思い当たらない。
だがここで俺はハッとする。美空ルートでは大星と美空が付き合いだしてからが本番で、姉と兄を奪われたくない美月と晴が二人の恋の妨害を始めるのだ。もしかしたら二人で何か共謀を──。
「私達に秘密で何かお買い物~? どれどれ~」
「あ、ちょっとお姉ちゃん!」
美空は美月が持っていた紙袋を取り上げて中を確認した。そして美空が中から取り出したのは、大量のお菓子作りのレシピ本であった。
「レシピ本? わざわざ私に隠す必要もないのにどしたの?」
美月と晴が購入したであろうレシピ本は特に様々な種類のケーキの作り方を特集しているものだ。ケーキを作る必要があるイベントと言えば──。
「あぁ、もうすぐ美空の誕生日だからか」
と、口に出してしまう大星。そう、美月と晴は美空の誕生日のためにケーキを作ろうとしていたのだろう。
「え、私の誕生日って八月だよ? まだ一ヶ月もあるのに今から作る気?」
「えっと……いつもはお姉ちゃんやお母さん達に手伝ってもらってたんだけど、今回は晴ちゃんと二人だけで頑張って作ろうって思って……」
「私、お菓子作りとか得意じゃないから今のうちから二人に秘密で練習したくて……」
美空の誕生日は八月五日。確かネブスペ2の登場人物の誕生日は宇宙に因んだものが多く、美空の誕生日は月面着陸を果たしたニール・アームストロング船長の誕生日と同日だ。しかしまだ一ヶ月先の話である。
「ほら、お姉ちゃんと大星お兄さんがやっとお付き合いを始めることになったから、そのお祝いも兼ねてすっごいのを作りたいの」
美月は料理はそこそこ出来るがお菓子作りのスキルはあまりなく、晴はそもそも料理があまり得意ではない。そんな二人は姉と兄のために入念な準備をして最高のケーキを作ろうとしているのだ。
「美月……晴ちゃん……!」
美空は感極まって涙目になりながら二人を力強く抱きしめた。
「いだだだだっ、痛いって」
「ちょっと強すぎるよお姉ちゃん!」
しかし人並み外れたパワーを持つ美空に抱きしめられた二人は痛みを感じながらも、嬉しさと恥ずかしさからか照れくさそうに笑っていた。
一方で大星も照れているのか彼女達から顔を背けて頬をポリポリと掻いていた。
「大星……君は良い妹達を持ったね」
「待て。美月は俺の妹じゃないだろ」
「いずれそうなる予定だろう?」
「まだ違う」
「まだ?」
「うるせぇ!」
その後、俺達は美月や晴も加えて一緒に電車で帰り、美空はお菓子作りの極意を二人に語っていた。美月と晴としては美空や母親の美雪さんを頼りたくないようだが、流石にレシピ本だけでは練習も大変だろうからスピカにも教えを請うよう俺から助言しておいた。スピカも日頃から料理をしているしクッキーなんかも作っているはずだ。スピカなら快く協力してくれるだろう。
しかし、美月と晴が大星と美空の交際を歓迎してくれているようで良かった。ネブスペ2の作中における美空ルートでは大星と美空が正式に付き合い始めた後、お互いの兄と姉を奪われたくない美月と晴による争いが始まるのだが、この様子を見るに心配無さそうだ。
美空ルート、レギー先輩ルート共に問題なく進んでいる。後はスピカとムギルートだ。
七月七日、第一部の最終日まで気は抜けない。
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