二度あることは三度ある
七月五日、第一部最後の休日。俺はレギー先輩が監督と脚本、そして主演を務める舞台を見に隣町の葉室市にありスターダストシアターを訪れていた。
前に来た時は俺の左隣に大星が座り、そこから奥に向かって美空、スピカ、ムギと座っていたのだが、今日レギー先輩に用意されたチケットに従うと左隣にムギ、その奥にスピカという配置であった。
「レギー先輩ってどんなお話を書くんだろうね」
ムギはカウンターで購入したフルーツジュースをストローでチュウチュウと吸っていた。小動物みたいで可愛いなぁとか思っていると奥に座るスピカが言う。
「レギュラス先輩は色んな映画を見てらっしゃるでしょうし、何だか予想が難しいですね。この前の舞台は恋愛がテーマでしたけど」
「でもレギー先輩って恋に恋してそうだし、もう甘さ全開のラブコメとか書くんじゃない?」
「私はミステリーやサスペンスっぽいと思うけれど……烏夜さんはどう思われますか?」
俺は勿論、前世で画面越しに見ていたから舞台の内容を知っている。しかしここで正解を言っても面白くないためふざけるしかない──実はレギー先輩はVシネが好きなんだとか言おうと思った途端、間に座るムギが口を挟んだ。
「いや、レギー先輩は案外彼氏との甘々な毎日をモチーフにしたラブコメを書いたと思う。やっぱり身近にネタが転がってると書きやすいだろうからね。
ね、朧」
ムギがすっごい笑顔で俺の方を向く。もしかしてもしかしてだけど、ムギさん少し怒ってらっしゃいますか? ムギが俺とレギー先輩の関係をどう捉えているのかわからないが、確かに俺はまだレギー先輩にムギ、そしてスピカにまだはっきりとした答えを出していない。
こうなったら第一部の最終日である七夕の日を期待するしかないだろう。
スピカとムギと談笑している中、俺達が座っている席の列に新たなお客さんがやって来た。
前回の舞台と違い、今回俺の右側、通路側の座席は二つ空いている。そしてその場所に招待されたのは──。
「お隣、失礼しても良い?」
「や、やぁ……」
全体的に黄色いコーデの金髪ショートの女性と、モノトーンファッションで黒髪の女性。二人共サングラスをかけて変装しているつもりなのかもしれないが、オーラを隠しきれていない。
「コガネさんにレギナさんじゃないですか。どうぞどうぞ」
レギー先輩が所属する劇団の先輩であるスーパスターのコガネさん、そして世界的芸術家のレギナさん。どちらも月学OGで、レギナさんはコガネさんに誘われてやって来たのだろう。そしてなんで未だにレギナさんは俺に気まずそうにしてるんだよ。
「今回もちゃんとスケジュールを空けたんですか?」
「いやー、前回は次の日の仕事に遅れちゃってさー。始発で帰るつもりだったんだけどレギーちゃんとイチャイチャしてたら始発を逃しちゃったんだよねー。だから今回はちゃんと七夕祭まで予定を空けてきたよ!」
そういえば前回は美空の両親が経営しているペンション『それい湯』に泊まってたんだっけか。何か調子に乗っていたコガネさんがレギー先輩にしごかれてた気がするし寝坊でもしたのだろう。
コガネさんとレギナさんは俺の右隣に座ると、レギナさんは俺の左隣に座るムギの方を覗き込んで笑顔で語りかけた。
「やぁムギちゃん。絵の方は順調かな?」
「うん、もう完成したよ。明日月ノ宮神社に運ぶから」
「へぇ、結構筆が早いね。楽しみにしてるよ」
ムギは七夕祭のコンクールに改めて出展する絵を描いていたが、もう完成していたのか。何だか第一部のヒロイン達のそれぞれのルートが上手く行き過ぎていて少し怖くなってくる。
やがて上演時間を迎え、レギー先輩の運命の舞台──『私が本当に欲しかったもの』が始まろうとしていた。
『私の願いが叶いますように……』
舞台の主役は、幼馴染の男子に恋をするヴァイオリン弾きの少女。幼馴染にずっと告白しようとしているのだがいつも決心できず、もどかしい毎日を送っていたのだが……七夕の日に展望台で会う約束をしていた彼女の幼馴染は、事故に遭い記憶喪失になってしまう。
『私のこと、覚えてないの……?』
自分の存在を忘れられショックを受けるも、少女は幼馴染を安心させるため彼をこれまで以上に愛し続ける。しかし自分の存在を忘れてしまった彼には最早自分のヴァイオリンの音色さえ響くことなく、彼の周りに集まるより魅力的な少女達を見て、彼女は段々と自信を失っていく。
どうすれば自分が幼馴染を手に入れることが出来るのか。魔が差してしまった少女は、記憶を失った彼に対し以前に自分と彼が交際関係にあったと嘘をついてしまう。いずれ人生のパートナーとなることまで約束もしていた、と。
『私がずっと守ってあげるよ。だって、私が貴方の彼女なんだから』
偽りの関係でありながらも、幼馴染の恋人としての一時を楽しむ少女。しかし少女がとうとう彼に夜伽を迫ろうとした時、彼は記憶を取り戻してしまう。それまでの彼女との関係が偽りだったとバレてしまうのだ。
『この幸せが、永遠に続くと思っていたの。でも私が欲しかったのは、こんな偽物の幸せなんかじゃない……』
魔が差したとはいえ幼馴染に嘘をついてしまった罪悪感にかられてしまう少女。彼女は幼馴染から逃げるように海外へ音楽留学に旅立とうとするのだが、空港に現れた彼は少女に告白する。そして来年の七夕に、展望台でまた会おうと約束するのだ。
そして翌年の七夕。少女は一足先に展望台で幼馴染を待っていた。
『私が本当に欲しかったのは──』
前回のレギー先輩主演の舞台『光の姫』が第三部の主人公である明星一番とメインヒロインである会長ことエレオノラ・シャルロワのシナリオがモチーフになっていたように、今回の舞台『私が本当に欲しかったもの』は第二部の主人公である鷲森アルタとメインヒロインの琴ヶ岡ベガのシナリオがモチーフになっている。
「うあうぅっ、えあぐぁっ、れぎいぃぢゃあんんん……!」
実際の第二部ではベガが音楽留学に旅立つことはなく、普通に告白してその後にムフフな展開を迎えることになる。妹思いのベガが病弱なワキアを置いて海外に行くわけもないし。
ただベガとアルタの名前が織姫と彦星がモチーフになっているからか、ちょっとした七夕要素が絡んでいるのだ。
「めぢゃぐぢゃよがっだよおおぉん……!」
……いや、もうこれ天丼だろ。こんなに泣きじゃくったコガネさんを見るの三回目だぞ。
「ぎみもぞうおぼわない? おぼうでしょ!?」
「そ、そうですね」
自分の後輩だからか涙腺が脆くなってしまっているのかもしれないが、今回はコガネさんの友人であるレギナさんもいるし、コガネさんを止めてくれるかもしれない──。
「ひぐぅっ、うぅえあぁっ、なんでえもーじょなるなざぐひんなんだぁ……!」
いやアンタも涙脆いんかーい! 俺の隣で美女二人が大泣きしているのどういうことだよ!
「れぎいじゃあん、ごんなびじんさんになっでええぇ……ぐすっ」
「いや僕の肩で涙と鼻水拭わないでくださいよ!?」
「ぎょうハンカチ忘れたから許じでぇ……」
いい加減アンタはハンカチ持参しろよ! どんだけ俺の肩を涙と鼻水で濡らすつもりなんだよ!
「ごめんおぼろぐん、ハンカチかしてぐれないがい?」
「いやアンタも持ってないんかい!」
俺の服で涙と鼻水を拭ってこないあたり、レギナさんはコガネさんよりもましだった。
というわけで俺の肩はまたしてもコガネさんの涙と鼻水に、そして俺のハンカチはレギナさんの涙と鼻水で濡れることになった。せっかくの舞台の雰囲気が台無しだ!
さて、今回も打ち上げは大星と美空が住んでいる家のリビングにて執り行われた。今回も美空のご両親である美雪さんと霧人さんのご厚意で豪勢な食事が用意されている。今回は満漢全席みたいに中華料理がテーブルにびっしりと並べられているんだが、やっぱり学生の打ち上げで提供されるメニューじゃないだろこれ。大食らいの美空が食べ切るからって多すぎるだろ。
「さぁーって! 監督に脚本に主演を見事務め上げたレギーちゃんの登場だよぉ!」
「ヒュ~!」
今回も何故かマイクを握って音頭を取るコガネさんと、囃し立てる美空達。そしてパーティグッズのとんがり帽子を被らされた上に『本日の主役』と書かれたタスキをかけられたレギー先輩が苦笑いで登場する。
「じゃあ早速レギーちゃんっ。今日の感想をどうぞ!」
「きょ、今日は人生で一番緊張したけど、皆のおかげでやり切れたよ。皆、本当にありがとな」
「今日は座長さんの知り合いの監督さんも来てたよねっ。何か言われた?」
「脚本はまだまだ手直しが必要だけど、演技は良かったって言ってもらえたよ」
「じゃあレギーちゃんの好きな告白のシチュエーションは?」
「やっぱりロマンチックな星空の下で……って何言わせてんだよ!?」
調子に乗るコガネさんの頭にレギー先輩はチョップを食らわせる。二人の仲の良さは相変わらずだ。
「気づけばレギーちゃんと出会って八年……あの頃のレギーちゃんも可愛かったなぁ。七夕の短冊にコガネお姉さんと結婚できますようにって書いてたもんね、レギーちゃん」
「その話はもういいだろ!?」
「まさかのコガ✕レギ……!?」
「やはりこの世界の真理はおねロリだったか……」
「でも今のレギー先輩はもうロリじゃないし……」
「いや、ベッドの上ではレギ✕コガの可能性もありますよ」
「やめろやめろぉ!」
一体コガネさんはどれだけレギー先輩の恥ずかしいエピソードを蓄えているのだろうか。まぁまぁ年は離れているはずなのに、その世代差を感じさせないコガネさんのフランクさに助けられる。
「コガネさん、まずは乾杯しましょうよ。レギー先輩の昔の話は後でたっぷり聞かせていただきます」
「うん、レギーちゃんのことなら何でも教えてあげるね」
「おい朧、コガネさん。二人共表出ろ」
しかしレギー先輩は美空に捕まってしまい、前回の打ち上げ時と同様にまた様々なエピソードが放出される運命にある。
「私、レギナさんの面白い話も聞いてみたい」
ムギのその一言により、全員の視線がこの場に居合わせるレギナさんの方へと向いた。
「え、ボク? ボクはあまりレギーちゃんと親交はないけど……」
「いや、コガネさんならレギナさんの面白いお話、たくさん持ってるんじゃないですか?」
「うん、勿論だよ。どうしてレギナちゃんがボクっ娘になったのか小一時間は話せるね」
「ちょっと待て、今回の主役はボクじゃないはずだろー!?」
「良いぜレギナさん。オレと一緒に地獄に行こうぜ……」
「そんなー!?」
その後、レギー先輩の運命の舞台の打ち上げのはずが段々と主役はレギナさんへと移ってしまったが、コガネさんとレギナさんのお互いの暴露話に大笑いしながら、あっという間に時間は過ぎ去っていった。
そんな楽しい一時を過ごしている中、第一部が終わるまであと二日を切ろうとしていた。
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