とにかく濡らせば良いと思っている
『会長~コーヒー沸かして~』
『嫌よ』
『え~』
ロッカーの外からは会長とベラの声が聞こえてくる。何か甘えるベラに対して会長が冷たい対応をしているという感じだ。ていうかどうしてもう一人の副会長である一番を含めた他の執行役員がいないんだろうか。
「結構オライオンパイセンって甘えん坊なんですね」
俺の胸元でルナが興味深そうに小声で言う。君はこの状況でもネタ集めをするつもりか? こんなに体が密着してるのに俺のバックバクの心臓の鼓動が聞こえないのか?
『会長~後の仕事は全部自分でやるって言ったんだからもう少し頑張ったら?』
『だって貴方が暇そうにしてるんだもの。時間は有意義に使いなさい』
『それはそうなんだけど……なんで私が会計の仕事を……』
何か会長が他の役員を気遣って休ませたのだろうか。んで暇そうなベラが捕まったと。でもあんなに真面目な男である一番先輩が会長の厚意とはいえはいそうですかと休むとは思えないが……そう思っていると生徒会室の扉が開かれる音が聞こえた。
『会長……頼まれてた通り野球部とサッカー部から申請書を貰ってきたぞ』
『ありがとう副会長。じゃあ次は剣道部と卓球部のをお願い』
『あいつらも申請書を出してないのかよ! 畜生行ってくる!』
そう言って一番先輩は生徒会室を出ていった。どうやら会長にこき使われているようだ。
『明星君って営業回り向いてそうよね』
『そうね。良いセールスマンになれると思うわ』
ふむ。この様子だと二人が中々生徒会室を出ていく様子はないな。
「朧パイセン。ちょ、ちょっと腕の位置を下げられませんか?」
俺の左腕はロッカーの天井に当てて体のバランスを支えているのだが、右腕は下方、俺の体に密着しているルナの太ももに確実に当たっている。考えないようにしているがルナの太ももの感触がダイレクトに伝わってくる。俺も右腕の位置を変えたいのだが、このロッカーの持ち主であるベラの私物が邪魔をして動かせない。
ルナの髪の香りも俺の鼻をくすぐるし、何かベラのロッカーの中も元々良い匂いがする。
「ごめん、上になら動かせるんだけど」
「そ、それだと私のお尻に当たっちゃうじゃないですか! なんか、こう……関節を外したり出来ないんですか?」
「そんなに僕は器用じゃないよ!」
ダメだ、生徒会室は冷房が効いているけどロッカーの中が段々と蒸し暑くなってきている。お互いに夏服だから肌と肌が接する面積も大きい上に、汗をかくと余計に服の密着感がヤバい。
こういう時は邪念を捨てるために……そうだ、歴代神聖ローマ皇帝の名前を連ねていこう。カール一世、ルートヴィヒ一世、ロタール一世、ルートヴィヒ三……じゃなくて二世、カール二世、カール三世……。
『後もう少しで終わりそうだね。私、最近早く帰るように言われてて~ほら、殺人鬼がいるって噂あるでしょ?』
『さぁ、知らないわね』
『え~満月の夜に出てくるって噂知らないの?』
『何もニュースになってないならただの噂に過ぎないわ』
オットー一世、オットー二世、オットー三世、ハインリヒ二世……。
「朧パイセン、今の聞きましたか?」
「コンラート二世……えっ、何? 何かあった?」
「殺人鬼の噂です。ご存知ですか?」
殺人鬼? そんな物騒な話は聞いたことがない。いや、あの芸術家の男が死んでいた事件がきっかけでそんな噂が広まっているのだろうか。公式には事故として処理されたが、やはり皆は何かの陰謀を疑っているのかもしれない。
「聞いたことないね……ルナちゃんも知らないのかい?」
「はい。これは調べがいがありそうですね」
「流石に危ないからやめときなよ」
殺人鬼か……八年前のビッグバン事件の時にそんな噂もあった気もするが、あれはただのデマだったし大星達がそんな話をしていた覚えもない。
いや、前に会長と芸術家の男が口論していた時に何か言っていたな。シャルロワ家が殺人鬼を雇ってるとかどうとか。何か関係しているのだろうか、しかしシャルロワ家が関わっているのだとすればますます俺達が関わってはいけない事案だ。
生徒会室から会長と副会長がいなくなるのを待っている間、俺達の汗を制服が吸い取って俺とルナの体の密着度はますます増していく。くそっ、こういうシチュエーションってもっとドキドキするかと思ったけど会長やベラにバレるかもしれないという恐怖もあるから落ち着かない。
「お、朧パイセン……」
「な、何?」
ルナは汗でぐしょぐしょになった俺の胸元に顔を埋めてきた。
「朧パイセンの汗って、良い匂いですね……」
え、マジ? いや、俺自身は特にそうは思わないが、それって制汗スプレーとかの匂いじゃね? 昔から朧が使ってるのをそのままかけてるんだけど……。
「うへへぇ……」
……いや、待て。思い出したぞ!?
確か作中の設定だと、ルナってすげぇ匂いフェチだった!
「あの、ルナちゃん? 大丈夫かい?」
「大丈夫です。もっと汗をかいてくれても良いんですよ、朧パイセン」
ダメだ、絶対大丈夫じゃない。作中でもアルタとのイベントでアルタの[ピー]や[ピー]の匂いを興味津々に嗅いでるシーンもあったし、結構特殊なプレイをしていたはずだ。
このままでは俺よりも先にルナの理性が吹っ飛んでしまう。
「ちょっとルナちゃん、あまり動かないでくれないか……!」
モゾモゾと動くルナの足が俺の下半身に当たって変な刺激を与えてくる。ルナもヤバいが俺の理性もかなり危険な水位にある。ルナの黒髪からも良い匂いするし、もっと嗅いでみたい……いやいやいやいや、邪念は捨てるんだ俺。早く神聖ローマ皇帝の続きを……ええと、ハインリヒ……ああもう! 何世かわからねぇよ! なんでヨーロッパの皇帝とか王様は同じ名前ばっかなんだよ! 受験生にもっと優しくしろ!
『よーし、終わった~やっと帰れる~』
『そうね。副会長の仕事はまだ終わってないけど、彼のために私達が残る必要も無いわね』
『相変わらず明星君に冷たいね、会長は。あ、それともそれだけ彼のことを信頼してるってこと?』
『貴方に居残りさせてもいいのよ』
『冗談だよ~』
『戸締まりは彼に任せましょう。それじゃ、お先に』
あぁ、ようやく二人は帰るようだ。先に会長が隣のロッカーを開けた振動が伝わってきて、俺とルナは必死に息を潜めた。しかし会長は俺達の存在に気づくことなく生徒会室から出ていき、ベラも帰り支度をしているようで……え? ということは──。
「あっ」
「え?」
ロッカーの扉が開かれる。扉を開いたベラは、自分のロッカーに入っている汗だくの俺とルナの姿を見て目をパチクリとさせていたが、やがて顔を紅潮させると頬に両手を添えて口を開いた。
「はわわわわわわっ!? こ、こんなところで秘密の情事を!?」
何かすっごい勘違いされてる!?
「ち、違うんですオライオン先輩! これには深い訳がありまして──」
「し、失礼しました~!」
俺は弁明しようとしたが、ベラは自分の鞄を持ってピューッと生徒会室から出て行ってしまった。
まぁバレた相手がベラで良かったと思うことにしよう。何か可愛い反応見れたし、会長にバレていたらどうなっていたことやら……。
「やっと出れたね。タオルいるかい?」
「いえ、早くシャワーを浴びたい気分ですね」
俺はルナと一緒にそそくさと生徒会室を出て廊下を歩いていた。
「結局オライオンパイセンの秘密は謎のまま……これは夏休みを使ってじっくり探ってみる必要がありますね」
「倫理観とかはちゃんと考えてね?」
「勿論です。今度盗聴器を生徒会室に仕掛けましょう」
「僕の話聞いてた?」
とまぁ、ルナはダイナミックというか新聞部の取材と称して割と危なっかしいことに手を出してしまうのだが、第二部のルナルートではベガやワキアもシナリオに絡んで、ルナのとある特技を成長させていくことになる。
ルナは月ノ宮神社の宮司さんの娘であるため、定期的に巫女服姿を見れるのが何よりも最高だ。黒髪、メガネ、巫女服、属性モリモリか。
「そういえばルナちゃんは、夏休みに何か予定は──」
と俺がルナの方を向いた時、彼女の胸元に自然と目が向かってしまった。
先程狭く蒸し暑いロッカーの中で体を密着させていたためお互いに汗だくなのだが……月学の夏服である白シャツが透けており──。
「……あ」
俺の視線が自分の胸元に向かっていることに気づき、ルナはようやく自分の身に何が起きているのか理解したようだ。
そして恥ずかしさからか顔を真っ赤にすると、俺の股間を思いっきり蹴り上げた!
「ふんっ!」
「ぬぼおおぉっ!?」
急所に対する容赦ない一撃。違うんだ……自然とそっちに目が行ってしまう生き物なんだオスってのは……。
「ごめん、違うんだ。見てないから大丈夫だよ」
「嘘だ。私の黒ブラ見たんでしょ?」
「え? 水色じゃなかった?」
「やっぱり見てるじゃないですかー!」
「おばあああぁっ!?」
俺は二度も金的を食らってしまい、生まれたての子ジカよりもおぼつかない足取りで自分の分とルナの鞄を取りに行くことになった。そして空き教室に隠れていたルナの元へと戻り、彼女は鞄に入っていたジャージを上から羽織っていた。
「こ、このことをバラされたくなかったら、夏休みも私の取材に付き合ってくださいねっ」
「勿論さ。最大限協力するよ」
「もし変なことをしたら、お姉ちゃんに言いつけちゃいますから!」
そう言ってプンスカと機嫌を悪くしてルナは帰ってしまった。俺はまだ股間が痛むため、おぼつかない足取りで帰路につく。さっきのことを思い出すとちょっと興奮してしまうから早く家に帰って冷水でも浴びたい。
ルナは三兄妹の末っ子ということもあり、ちょっとワガママなところもあって第二部の主人公であるアルタ視点ではちょっとうざく感じられるが、先輩として見ていると全然可愛らしいぐらいだ。
さて、こんな能天気な少女であるルナにもバッドエンドは存在する。通称『待人』エンド。アルタのことを想うあまりストーカー行為を繰り返すルナに追い詰められ、アルタは身を投じて自殺してしまう。しかしルナはこの世を去ったアルタの部屋に侵入し、彼の帰りを待つ。永遠に帰ることのない、アルタの帰りを……。
ちなみにこのバッドエンドでも朧はルナに真実を告げに来るのだが、真実を知らされ発狂したルナに朧は殺されてしまう。俺はベガもワキアもルナも大好きなのだが、場合によっては自分だけでなくアルタも死んでしまう可能性があるのが怖くもある。
俺はもう第二部のヒロイン四人の内三人と接触しているし、まぁそれなりに良好な関係を築けているつもりだ。それに俺が彼女達とそんなに親しくなっても仕方がない。だって第二部の主人公は鷲森アルタなのだから。
そして残る第二部のヒロインは後一人なのだが……俺はまだ彼女と出会うことが出来ない。何ならアルタも出会っていないはずだ。
何故なら、彼女はまだ月ノ宮にいないからだ。
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