ロッカーの中で、白鳥アルダナと



 突然だが助けて欲しい。


 「ちょっと朧パイセン、動かないでください」


 俺は今、可愛い後輩の女の子と一緒に狭いロッカーの中に入っている。


 「無理だって、もう足がヤバいんだよ」

 「男なんだから耐えてくださいよ」

 「無茶言わないで」

 

 いや、もう少しこの一時を楽しむのも良いかもしれない……いやいやいやいや、冷静に考えろ。この狭いロッカーの中で女の子と体を密着させているのを誰かに目撃されてみろ。俺がこの世界のシナリオという運命に殺される前に人生が終わってしまうぞ。

 

 「でも……今ならあの人の秘密を暴けそうです」


 俺の胸元で白鳥アルダナはニヤリを笑って聞き耳を立てていた。

 そう、こんな状況に陥る原因は彼女の好奇心から始まっているのだ──。



 ---



 第一部の最終日が刻一刻と近づく七月三日、金曜日。美空やレギー先輩、そしてスピカとムギと会話をしつつ彼女達のルートが問題なく進んでいるのを確認し、目前に迫る第二部に向けて作戦を練ろうと俺はそそくさと帰宅しようとしていたのだが、俺はとある生徒に声をかけられた。


 「朧パイセン。ちょっと手伝ってほしいことがあるんですけど、お時間良いですか?」

 

 白鳥アルダナ、愛称はルナ。一つ下の後輩で鷲森アルタや琴ヶ岡姉妹の同級生であり、第二部のヒロインの一人だ。俺、烏夜朧とは中学から先輩後輩の仲で、多分ルナは俺のことをどんな扱いをしても良い先輩だと舐めている。

 そんな彼女は鞄も持たずに、何故かペンとメモと一眼レフカメラを持って俺に声をかけてきた。


 「何かあったのかい?」

 「実はですね、とあるお方の秘密を探っておりまして……新聞部としてのプライドをかけて、今取材中なんですよ」


 ルナは月学の新聞部に所属しており、記者というよりは何かと謎を追うのが大好きな探偵気質なキャラである。どこに転がっているかわからないネタを見つけ出すために常にセンサーを張り巡らせている。


 「先日、新聞部にとっておきのタレコミがありまして……生徒会副会長のオライオンパイセンはご存知ですよね?」

 「うん、勿論だよ」


 先日生徒会室にお邪魔した時にたまたま居合わせた、金髪ロングで赤いメガネをかけた可憐な人だ。第三部の主人公である明星一番と共に月学の生徒会副会長を務めている。


 「ちなみに朧パイセンはオライオンパイセンを口説いたことあるんですか?」

 「オライオン先輩はまだ僕の魅力に気づいてなかったみたいだね……」

 「つまりクッサイ口説き文句でドン引きされた、と」


 なんで過去の烏夜朧がクッサイセリフでベラにドン引きされたってわかったんだよ。絶対に記事にするんじゃないぞ。


 「そのオライオンパイセンなんですがね、実は……皆に内緒で動画配信をしてるらしいんですよ」


 ふむ。

 ……ふむ。

 俺は前世でネブスペ2のプレイヤーとして第三部のヒロインであるベラトリックス・オライオンを攻略したから彼女の素性を知っている。


 ベラトリックス・オライオンは会長とは少しタイプが違う可憐なお嬢様で、まるで聖母みたいな優しさと包容力を持ち合わせているし、趣味はピアノや乗馬にお菓子作り。同じ学年に完璧超人のエレオノラ・シャルロワや明星一番がいるため若干目立たないが学年三位の成績を誇る秀才でもあり、去年の生徒会選挙では会長と熾烈な選挙戦を繰り広げていた。

 それが月学の生徒達が知り得る優等生なベラの表向きの姿である。

 

 「動画配信の内容こそ判明していないんですけど、オライオンパイセンのお宅には専用のお部屋が用意されていて、そこには配信用の機材が充実しているとかしていないとか……」


 そんなベラトリックス・オライオンは、実は動画配信者としての顔を持っている。

 その名はオリオン。言わずもがな冬の星座であるオリオン座をモチーフにしており、オライオンはその英語読みである。

 配信者オリオンはかなりの腕前を持つFPSプレイヤーで、様々な大会で優勝したり上位に食い込むなど人気を博しているのだが、度々調子に乗った発言で大炎上しているヤバい人という印象だ。俺の知り合いだと確かムギもファンのはずだ。


 「ちなみに朧パイセンはその噂、ご存じです?」

 「い、いやぁ……お、オライオン先輩って妖精さんと話している姿を配信してそうだなぁぐらいしかイメージが湧かないね」

 「確かに私もそう思うんですけど、普段は可憐なお嬢様であるオライオンパイセンが実は裏で激昂してゲームのコントローラーをぶん投げてるって考えると面白くないですか? 例えば最近話題のオリオンとかみたいに」

 「そ、そうかなぁ、全然イメージ湧かないよ」


 ベラが配信者オリオンとしての顔を持つことを知っているのはごく限られた友人だけ。会長すら知らないことなのだが、どうして真実を知らないはずのルナがちょっと真実に近づいてるんだよ。第三部で主人公の明星一番がベラにコントローラーを投げつけられるシーンだってあるんだぞ。


 「というわけで朧パイセン。暇なら可愛い後輩を手伝ってください!」

 「手伝うって言っても、どうやって調査するつもりなんだい? 本人に聞くの?」

 「ちっちっち……オライオンパイセンがそう簡単に素性を明かすわけがないでしょう。ここはオライオンパイセンの秘密を徹底的に調べ上げるしかありません」


 本気でパパラッチする気だこの子。俺は先輩として後輩の暴走を止めないといけない立場にあるが、ルナの機嫌を損ねると第二部の展開に影響しそうだし、本当にヤバそうだったら止めるぐらいの塩梅で彼女の調査に付き合おう。

 俺はそう覚悟して、ルナと一緒にベラの調査を始めることになった。



 俺はルナと一緒にベラがいるであろう生徒会室へと向かった。扉の前に立って聞き耳を立てると中に誰かいるようだが、何の用事もなく中に入るわけにはいかない。


 「しかしどう調査するつもりなんだい?」

 「中にいらっしゃるのはシャルロワ会長とオライオンパイセンのようですね。オライオンパイセンを尾行したいんですが、もし二人が席を外すことがあれば中に忍び込めるかもしれません」

 「中に忍び込んでどうするつもり?」

 「生徒会室には役員用のロッカーがあるんです。もしかしたらその中に秘密があるかもしれません」


 いや、人のロッカーを勝手に開けるのはどうかと思う。その目的はベラの裏の顔を知りたいってだけだし。

 そもそも俺はベラの配信者オリオンとしての顔は知っている。前世の知識だけども。しかしそれをルナに明かしてしまうと何だかとんでもないバタフライエフェクトが起きそうで怖いのだ。原作でもベラ、いや配信者オリオンの正体が月学中にバレるのはベラルートやトゥルーエンドだけだし、俺の口から言うことは出来ない。


 そんなことを考えていると、生徒会室の中にいる会長とベラの声が近づいたような気がした。


 『先生方から頼まれていた資料を取りに行きましょう』


 ……あれ? こっちに来てる?

 そう気づいた瞬間、俺はルナの腕を引っ張って慌てて生徒会室の前を離れた。


 「ちょっと、朧パイセン!?」


 ルナが叫びそうになったため、俺は彼女の口を塞いで隣の空き教室へと駆け込み、壁の裏に隠れた。


 「会長? どうかしたの?」


 生徒会室から出てきたベラの声が廊下から聞こえてきた。そしてベラのものではない足音がカツン、カツンと、ゆっくりとこちらに近づいてきている。空き教室のドアは閉めていないため、中を覗き込まれたら簡単に見つかってしまう。


 「……いえ、何でもないわ」


 会長とベラの足音が段々と離れていく。一時して俺が教室の中から恐る恐る廊下の中を確認すると、二人の姿はもうなかった。


 「ふぅ、何とかバレなかったみたいだね」


 俺はようやくホッと胸をなで下ろしたが、ここでようやく気づいた。咄嗟の行動とはいえルナの腕を引っ張った上に大人しくさせるために口を塞いでしまっていた。俺は慌ててルナの体を離したが、怖がられていないだろうか──。


 「な、なんだかスパイアクションみたいでドキドキしました!」


 屈託のない笑顔でルナは興奮気味にそう言った。

 うん、ルナってこんぐらい能天気な子だったわ。これからもそのままでいてほしい。



 会長とベラがいなくなったため、俺とルナは生徒会室へと侵入した。

 待て、なんで俺はルナを止めずに生徒会室に入っちゃったんだろう。いや、確かに良くないことだとはわかっているのだが、このスリルが俺の心のどこかに眠っていた少年心をくすぐるんだ。わかってくれ、ほんの出来心なんだ。


 「うーん、意外と何も面白いものは無いんですね、生徒会室って」


 ルナが何を期待していたのかわからないが、俺も先日お邪魔したばかりだし、ベラが座っていたであろう席にはノートパソコンが開かれていたが何かの資料を作っているだけのようだ。学校の備品だし変なデータが入っているわけでもない。


 「そして、これがオライオンパイセンのロッカーというわけですね」


 そんな生徒会室の一角には役員用のロッカーが備え付けられている。壁側から会長、一番、ベラ、その他執行役員と続いているが、ぶっちゃけ何か面白い秘密が眠っていそうな雰囲気は感じられない。ベラの配信者としての顔を知りたいなら彼女の携帯を探ったら簡単だろうが、流石にそれはNGだ。


 「流石に開けるのはよそう、ルナちゃん。ルナちゃんだって自分のロッカーを勝手に開けられたくないでしょ?」

 「た、確かにそうですが……朧パイセンは気にならないんですか? もしかしたらこのロッカーの中にはオライオンパイセンの、その、とてもエッチな下着が入ってるかもしれないんですよ!?」


 べ、ベラのエッチな下着だって……!?


 「いや、僕だって人としての最低限の倫理観は持っているつもりだよ」


 例えそこに花園が広がっていようともそれは人としてやってはいけないことだ。

 ちなみにベラのロッカーにエッチな下着……まぁどんなものかは想像にお任せするが、それが見つかるというイベントは作中で実際にベラルートで起きる。


 「本人に直接聞くのが一番なんじゃないかな。もしかしたらボロを出すかもしれないし」

 「でもそれだと面白くないじゃないですか」

 「いや、だからってこんなことはね……」


 と二人で話していると、ふと廊下の方から誰かの話し声が聞こえてきた。


 『今日は後これを入力するだけで終わりかな~』


 ベラの声だ。まずい、二人が帰ってきた時のことを考えてなかった!


 「ま、まずいですよ朧パイセン! そうだ、この中に隠れましょう!」

 「ちょっ、えぇ!?」


 今度は俺がルナに腕を引っ張られて、ベラのロッカーの中へと押し込まれた。

 そして俺は、この狭いロッカーの中でルナと密着状態になってしまったのだ──。


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