織姫星、琴ヶ岡ベガ
ネブスペ2第二部は七月七日の七夕に始まり、林間学校が行われる九月半ばに共通ルートから各ヒロインの個別ルートへと突入し、月学の学園祭である星河祭が行われる十一月一日が最終日である。
夏休み期間中は病弱なワキアも皆と遊びに行くことは出来るが、ワキアは丁度林間学校が始まる時期に体調を崩してしまい、それ以降は自分の体に救う病魔と戦うワキアを支えることになる。
八年前のビッグバン事件をきっかけに謎の病に冒されているワキアだが、実は宇宙生物であるネブラアメーバに寄生されているのだ。時が経つにつれワキアは突然暴れたり情緒不安定になったりと段々と異様な行動を取るようになるが、グッドエンドなら無事治療法が見つかってワキアは元気に学校に登校できるようになる。
そしてその治療法を見つけるのは、月研の所長であり宇宙生物を飼育している望さんなのである。アメーバを手術で取り出すことは難しいため、じゃあ薬でぶっ殺してしまおうってことで望さんはワキアに怪しい薬を飲ませて、ワキアの体内からアメーバを追い出すのである。
そのため望さんにワキアを診てもらえば話は早いのだが、今はあの芸術家の男が殺害された事件で望さんは忙しいし、作中のように望さんが治療法を簡単に閃くのかもわからない。幸い時間はたっぷりあるため、事が落ち着いたら望さんを無理矢理ここまで引き連れてこよう。今月中には来れるはずだ。
「この前アルちゃんったらね、海岸で自作のロケットを打ち上げようとしたんだけど、失敗して大爆発を起こしちゃってとっても怒られてたの」
ネブスペ2第二部の主人公、鷲森アルタは第一部主人公の大星と違って宇宙にロマンを追い求め過ぎている奴で、八年前のビッグバン事件で家族を失いながらも頑張って稼いだバイト代で自作のロケットを製作している。
「あ、知ってる~せっかくのバイト代で作った着火装置が失敗したんだっけ? んで警察さんと消防士さんにこっぴどく叱られたんでしょ?」
いくら宇宙に関する学問に少し触れる月学でもロケットの作り方までは学ばない。しかしロケット部という部活はモデルロケットというエンジンに火薬を使用したロケットを実際に製作して月ノ宮海岸から飛ばしているのだ。アルタもそのロケット部に所属しているが、彼は一人で全て作れてしまう。
「でもアルちゃんったら懲りずに二メートルぐらいのロケットを作ってね。無事打ち上がったのは良いんだけど、回収するためにパラシュートを着けたら風に流されてどこかに飛んでいっちゃって、海岸通りにあるペンション『それい湯』の女湯に落ちたんだって」
「何それエロケットじゃん」
ペットボトルロケットならまだしもモデルロケットは火薬を使用する以上様々な資格や許可が必要になるが、まぁこの世界はネブラ人もいるしそこら辺はゆるゆるなんだろう。作中でもアルタが飛ばしたロケットがヒロインの家に突っ込んで干してあった下着に直撃するというよくわからないイベントだって起きる。
「ベガちゃん達もロケットに興味あるのかい?」
「私もアルちゃんのお手伝いをしたいんですけど、あまり手先が器用じゃなくて……」
「せっかく手伝ってあげようとしても怒られちゃうからなー」
ベガもワキアも楽器の腕前こそ一流だが図工は苦手のようで、二人共善意でアルタを手伝おうとするのだが余計なことをしてしまう。むしろロケットを一から作れてしまうアルタが器用すぎるぐらいなのだが。
「しかし彼もめげないものだね。毎日アルバイトも大変だろうに」
「月学を卒業するまでに宇宙まで飛ばすって意気込んでますから」
「大学に行ったら人工衛星を作るって言ってるし、いつかは自分で宇宙に行ってそうだよね」
実際、アルタはロケットの構造を理解して一から製作しているし、ロケットを製作するための費用も生活費も毎日必死にアルバイトで稼いでいる努力家だ。まぁ、たまに変なところが出ることもあるが。
第二部はそんな夢を追うアルタがベガやワキアを含めた四人のヒロインとイチャイチャするシナリオ……という簡単な話ではない。
第二部が始まる七月七日。第一部主人公である箒木大星がハッピーエンドを迎えている裏で、鷲森アルタはある事故をきっかけに記憶喪失になってしまう。第一部では宇宙を嫌う大星がスピカやムギとの出会いをきっかけに変化していく姿を追っていくのだが、第二部は幼馴染であるベガやワキアのことすらも忘れてしまったアルタと、そんな彼を巡る愛憎劇が繰り広げられるのである。
病院からの帰り道、俺は葉室駅から電車に乗って、クロスシートにベガの向かい側に座った。ベガを直視するのは恥ずかしいから、俺は車窓から見える景色を眺めていた。
「さっき、病院でワキアに懐いていた男の子、覚えてらっしゃいますか?」
「あぁ、明日手術を控えてるって子のこと?」
病棟でベガとワキアがヴァイオリンとピアノのミニコンサートを開いた後、小さな男の子が二人と話していたのを思い出す。
「実はあの子、もう余命僅かなんです」
うーん。ベガやワキアみたいな綺麗なお姉さんと無邪気に触れ合えて羨ましいなんて言って本当に申し訳ない。思ったより激重なバックグラウンドがあった。
「そんなに重い病気なのかい?」
「はい。生まれつき体が弱いそうでずっと入院していて、ワキアや私によく懐いてるんです。明日大きな手術を控えてるんですけど、それが成功してもあくまで延命措置というぐらいで……あの子は賢いのでそれを知っていながらも、あぁやって明るく振る舞ってるんです」
ワキアもそれ程体が強いわけではないだろうに、あの子のためにピアノのミニコンサートを開いていたのだろう。俺も前世で多少の入院経験はあるが、そんな生活の中でも楽しみを見つけようとしているのだろう。
「私もワキアもヴァイオリンとピアノで入院している方々を元気づけようと時たま演奏会を開くんですけど……私達の演奏では、あの方々の病気を治すことは出来ません」
ワキアは元々ピアノを習っていたが、今は病弱のため教室に通っているわけではない。しかしベガは今もヴァイオリンを習っており、コンクールで優秀な成績を残すほどの腕前だ。
「たまに思うんです。ワキアの病気を治せない音色に、一体何の意味があるんだろうって」
そんな哲学的な考えに陥るにはまだ若過ぎる。身近にワキアという存在がいるからか、病気で苦しむ人々の助けになれているのか不安に感じているのだろう。ベガとワキアの演奏は十分セラピーとしての効果を果たしているだろうが、それでも助からない人達を見てきた彼女達にとっては無力感に苛まれるだけだ。
「それでも私は、私のヴァイオリンの音色で私の愛が伝わって、少しでも皆の気が休まるなら……そう信じていたいんです」
ベガルートは、自分が奏でるヴァイオリンの音色に自信を失くしていくベガを支えていくことになる。もしグッドエンドを迎えれば、十月に開かれる大きなコンクールでベガは優勝することになる。
「すみません、こんな話を聞かせてしまって」
「いや、そんなことないよ。ベガちゃんやワキアちゃんの演奏を聞けて皆幸せだよ。例え死ぬ運命にあってもね、その感動は忘れられないだろうから」
しかしもし選択肢を間違えまくって好感度が足りなかった場合、ベガは自分の音楽を唯一認めてくれるアルタを監禁して、永遠にヴァイオリンの音色を聞かせ続ける、通称『狂奏』エンドを迎えることになる。そのエンドでもアルタを助けるため現場に駆けつけた朧はベガに殺害され、朧の体から滴る血が音色として加わるという、何とも酷い結末を迎える。俺の血を勝手に楽器にしないでくれ。
自分が死にたくないというのは勿論だが、俺はベガとワキアにバッドエンドを迎えさせたくはない。同じく双子の姉妹である(血は繋がってないが)スピカとムギルートのシナリオが狂いまくった前例もあるから、かなり不安ではあった。
「ベガちゃんは、確か八月にコンクールがあるんだよね?」
「はい。十月に本選があって、八月の末に予選があるんです。かなり大きなコンクールなので、上手く出来るか怖いです」
「そんな大舞台なの?」
「都心の方にある会場で、日本トップクラスのコンクールですから……それに緊張しないよう、私が習ってる先生のご厚意で、八月の七夕祭にミニコンサートを開くことになったんです」
うむ。旧暦の七夕にあたる八月の下旬に開催される月ノ宮神社の七夕祭の本祭でベガがコンサートを開くのは原作と同じ流れだ。確かそれから一週間後ぐらいにコンクールの予選が開かれるはずである。
「実はそのミニコンサートにはワキアも参加してほしいんですけど、体調が不安で……」
「大丈夫さ。今日もワキアちゃんは元気そうだったし、いっぱい遊びに行こうよ」
「そうだと良いですね……」
やがて電車が月ノ宮駅に着くと、俺は駅前でベガと別れて帰宅した。
境遇やキャラ的にもアストレア姉妹と似通っている部分もある琴ヶ岡姉妹だが、こんなに仲睦まじい二人が記憶喪失になった主人公であるアルタを巡ってドロドロの愛憎劇を繰り広げると思うとたまらないのである。
ま、それは画面越しで見ていればの話だけどな!
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