自称病弱天才ピアニスト、琴ヶ岡ワキア



 七月二日、木曜日。目前に迫る夏休みにクラスが浮足立つ中、俺は未だ油断ならない日々が続いている。

 現状、第一部のヒロインである美空、スピカ、ムギ、レギー先輩のルートはなんとかグッドエンドへと向かおうとしている。


 「ほーら、大星あーんして」

 「お前学校でもそれをやる気かよ」


 美空は大星と今も仲良くイチャコラやってるし、今のところ彼らの妹である晴や美月が豹変する様子もない。目の前でイチャイチャされるのは正直気に障るが、末永く爆発しておいてほしい。


 「『学校でも』ってことは、家ではいつもこうしてあーんしてあげてるんですね……」

 「ゆくゆくは冷めるもんだよ、この熱も」


 そんな大星と美空を見ながら昼食を食べるスピカとムギ。ローズダイヤモンドもスピカとムギに愛を注がれて無事に花開き、ムギも七夕祭に向けて新しい作品を鋭意製作中だ。俺のせいで二人にはかなり迷惑をかけてしまって心が痛いが、結果的に二人から好意を向けられたからかなり役得だった。


 なおレギー先輩は舞台の準備のため今日も休んでいる。五日に上演予定の舞台も演者の体調不良だったり脚本ミスだったり様々なトラブルがあったらしいが、大星と美空が奔走してくれたおかげで順調に進んでいるらしい。


 しかしまだ油断は出来ない。ネブスペ2で第一部が終わるのは七月七日、七夕の日。第一部が終わると同時に第二部が始まるのだ。

 もし七夕の朝に雨が降っていたらバッドエンド確定演出である。だから朝に目覚めた時点で俺が死を悟る可能性もある。例え晴れていたとしてもその後の第二部でも俺はバッドエンドで死ぬ運命にあるため、その後に始まる夏休み期間中も俺は忙しい毎日を送っているだろう。



 とはいえ第一部のヒロイン達に俺がこれ以上干渉すると余計なイレギュラーが起こる可能性があるため、俺は目前に迫る第二部に備えて、第二部に登場するヒロイン達と親交を深めようと目論んでいた。

 第一部と同じく第二部の攻略可能ヒロインも四人で、その内三人と俺は既に面識がある。俺がこの世界に転生したと気づいてからはベガとルナとしか出会えていないが、一人はそもそもあまり学校にいないし、もう一人はまだ月ノ宮にすらいないが朧と縁のある人物である。


 とはいえ俺から会いに行くことは出来るため、放課後に俺は一人のヒロインを訪ねに行こうと一年生の教室へ向かおうとした時──廊下の角から突然誰かが飛び出してきた。


 「あおおっ!?」


 誰かとぶつかったと同時に、俺の股間部を強い衝撃が襲う。急所に重い打撃を受けた俺は思わず股間部を押さえながら壁によりかかった。


 「だ、大丈夫ですか!?」


 そんな俺に心配そうに寄り添ってきた銀髪ハーフアップで青いリボンを留めた少女は、俺の顔を見てハッとしたような表情になった。


 「か、烏夜先輩!? お怪我は!?」

 「だ、大丈夫だよベガちゃん……」


 俺がぶつかってしまったのは、第二部のメインヒロインである琴ヶ岡ベガ。学生鞄を背中に背負って、両手でヴァイオリンケースを抱えていた。多分そのヴァイオリンケースが俺の股間にダイレクトアタックしたのだろう。

 俺はなんとか急所の痛みを堪えながらベガに笑顔を向けた。


 「ごめんよ急にぶつかっちゃって。これからヴァイオリンのお稽古かい?」

 「いえ、これからワキアのお見舞いに行こうと思ってたんです」

 

 なんという巡り合わせか、俺が会いに行こうと思っていたヒロインの所へ丁度ベガも向かおうとしていたらしい。これは好都合だ。


 「僕もお見舞いに行っていいかい? 最近ワキアちゃんに会えてないから寂しくてね」

 「全然大丈夫ですよ、ワキアも喜ぶと思います」


 話は早く、俺はベガと一緒に月ノ宮駅へと向かい、電車に乗って葉室市へと向かった。



 葉室駅からバスに乗って十五分程、市街地からやや離れた高台にある葉室総合病院は、ここら辺で一番大きな病院であり、八年前のビッグバン事件時には多くの被災者を受け入れていた。

 俺はベガと一緒に入院病棟へと向かい六階まで上がって廊下を歩いていると、奥の談話室の方からピアノの音色が聞こえてきた。


 この曲は……知ってるぞ。ネブスペ2でも何度も流れてた、エルガーの『愛の挨拶』だ。この病院という環境に適した、とてもリラックス出来る音色に導かれるように俺は談話室へと向かった。

 するとその音色はスピーカーからBGMで流れているのではなく、青い患者着を着た銀髪のショートカットの少女が弾いているグランドピアノから響いていた。


 「もう、またあの子ったら……」


 と苦笑しつつ、ベガはヴァイオリンケースを開いてヴァイオリンを取り出すと、ピアノの演奏に合わせてヴァイオリンを奏で始めた。

 

 即興で合わせたというのに見事にピアノとヴァイオリンの音色が合わさり、俺はジーンと感じる程感動していた。この談話室に集まった患者さん達も心地よさそうに演奏を聞いているし、おじいさんやおばあさんは心地よすぎて眠ってしまっていた。



 演奏が終わると盛大な拍手が巻き起こり、ピアノを弾いていた少女とベガは患者達に向かって照れくさそうに会釈していた。するとそんな二人の元に、演奏を聞いていた小さな男の子が笑顔で駆け寄った。


 「ワキアおねーちゃん! 今日もすっごくいいピアノだったよ!」

 「ありがとね、ユウ君。明日の手術、頑張るんだよ?」

 「うん、僕がんばるよ!」


 良いなぁ、子どもってああやって綺麗なお姉さんと無邪気に接することが出来るんだから。いやいやいかんいかん、こんな微笑ましい光景を見てそんな邪念を持ってはいけない。


 「ベガおねーちゃんも、今度のコンクールがんばってね! 僕おうえんしてる!」

 「本選まで行けたら招待してあげるからね」

 「わーい! ありがとう!」


 知り合いだろうか、あの男の子は二人によく懐いているようだ。まだ小学校低学年ぐらいに見えるがちゃんと受け答えできてしっかりした子だなぁと思っていると、男の子は看護師さんに病室へと連れて行かれ、バイバイと二人に手を振って去っていった。


 「もー、お姉ちゃんったら来るなら来るって言ってよ~」

 「そう言って、連絡したら連絡したで変なイタズラしてくるつもりなんでしょ?」

 「今度、とっておきの用意しとくね」

 「だからやめなさいって」


 仲良く談笑する二人の元へ俺が近づくと、ショートカットの少女は俺に気づいて満面の笑みを浮かべて元気よく手を振ってくる。


 「烏夜先輩だ! 久しぶりだね~彼女出来た?」

 「いや、うーん……出来てるような出来てないようなって感じだよ。それよりワキアちゃん、大好物のスイートポテトを買ってきたんだけど食べない?」

 「え、あのサザンクロスの!? やったねふぉおおおおおおおおおおおおっ!」

 「ちょちょ、病院では静かにね」


 実はこの病院に来る途中で月ノ宮のケーキ屋サザンクロスに立ち寄って、彼女の大好物であるスイートポテトを手土産に買ってきていた。こんなに喜ばれるとは思ってなかったが、早速スイートポテトを食べるために彼女の病室へと向かった。



 「ん~このネブラ芋の甘さとバターの風味がたまらないよぉ……」


 と、幸せそうにスイートポテトを頬張る銀髪ショートカットの少女は、琴ヶ岡ワキア。ベガの双子の妹……スピカとムギと違い、こちらは本当に血の繋がった双子の姉妹だ。俺の前世の記憶が間違っていなければ、この二人は正真正銘の双子だ。アストレア姉妹という前例がいたから前世でも疑心暗鬼だったけど。


 「あまりたくさん食べたらダメよ、ワキア。一日一個にしときなさい」

 「えー、もう一個ぐらい良いじゃん~烏夜先輩、ね、良いでしょ?」

 「じゃあ僕がワキアちゃんの代わりに一個食べるね」

 「どゆことー!?」


 ワキアは八年前のビッグバン事件をきっかけに謎の病に冒され体を弱くし、それ以来入退院を繰り返しており学校生活より入院生活の方が長い。

 それでもワキアは今も入院しているはずなのに病人とは思えないぐらいテンションが高くて元気な子だ。儚さなんて全然感じられない。快活さで言えば美空とそう変わらないぐらいに思える。


 「ワキア。この前アルちゃんも同じスイートポテトを持ってきてくれたでしょ。あの時食べすぎて先生に怒られちゃったんだから、ちゃんと控えて」

 「もう~お姉ちゃんはいつもうるさいなー」

 「アルタ君もこの前来ていたのかい?」

 「うん。私をおんぶして今度の七夕祭に連れてくようにお願いしといた」

 

 第二部の主人公、鷲森アルタ。アルタは琴ヶ岡姉妹と幼馴染で、アルバイトで忙しい日々を送る中、ワキアのお見舞いも欠かさず自身も金欠な中でワキアの大好物であるスイートポテトを買ってあげる超良い奴。お前絶対姉妹両方とも射止めろよ、俺応援してる。


 「烏夜先輩は夏休みの予定とかどう? 毎日私のお見舞いに来てくれても良いんだよ?」

 「僕はワキアちゃんが早く退院できるように祈ってるんだけど?」

 「ワキア……烏夜先輩も毎回スイートポテトを持ってきてくれるわけじゃないんだから」


 第二部は七月七日から共通ルートが始まり、夏休み後の九月の半ばにある林間学校が終わってから各ヒロインの個別ルートへと突入する。共通ルートはただアルタが各ヒロインとイチャイチャしているだけである。


 「体調はどうなの? 発作はまだある?」

 「ううん、全然大丈夫だよ。先生も早ければ夏休み前には退院できるね~って感じだった」


 俺がこのネブスペ2の世界に転生したことに気づいた日は丁度第一部の共通ルートが終わるタイミングだったから各ヒロインの好感度なんかを調整するのに手間取ったりイレギュラーなイベントへの対応が後手後手になったが、第二部では個別ルートが始まるまで二ヶ月ぐらいの余裕がある。

 その分俺の些細な行動でシナリオが大きく変わる可能性もあるのだが……。


 「ね、退院したらお祝いに遊園地連れてってよ~今度新しくオープンする所に行ってみたいんだ~」

 「あ、それなら丁度僕も友達と夏休みに行く予定なんだよ。折角だしベガちゃんやアルタ君と一緒に行こうか」

 「え、ホントに!?」

 「良いんですか?」

 「こういうのは人が多い方が盛り上がるからね。二人もアルタ君とのデートを楽しむと良いよ」


 主人公とヒロインのデートをセッティングするとか、俺ってば友人キャラとして完璧じゃね?

 いや、でも作中だと確か朧はアルタとこの約束をしてたんだよな。ちょっと歴史変わってるけど、まぁ結果は変わってないし大丈夫か?


 「じゃあお姉ちゃんのコンクールが終わった後ぐらいが良いかな」

 「八月の末ぐらいね」

 

 ワキアルートは、病弱な彼女をアルタが献身的に支え、最終的にはワキアの病が完治することでグッドエンドを迎える。


 「それまでにちゃんと体調を整えて、課題もちゃんと終わらせておくんだよ?」

 「わかってるって~この天才ピアニストな私が宿題をおろそかにするわけないでしょ~」


 そんなワキアルートにもバッドエンドは勿論存在する。まぁ病弱という設定から簡単に推察して病死するのかと思いきや、逆に豹変したワキアがアルタを殺害する通称『寄生』エンドを迎える。ついでに現場に居合わせた朧もワキアに殺されてしまう。やっぱり酷い。


 しかし、実はワキアルートのバッドエンドを解決するのは簡単だ。何故ならバッドエンドの原因となるワキアの謎の病の治療方法を俺は知っているからだ。

 ……まぁ医者でもない俺が直接ワキアを治せるわけも無く、彼女の治療には俺の叔母で月研の所長である望さんの力が必要だ。


 何故病気の治療に医者ではなく、医学は専門外であるはずの望さんの助けが必要か?

 それは……ワキアの謎の病は、彼女の体内に寄生する宇宙生物が原因だからだ。

 

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