好きだけど絶対に付き合いたくない
「用件はそれだけ? 証拠もないのに罪を着せようとするのはやめてほしいのだけれど」
確かに芸術家の男殺人事件に会長が関与しているかもしれないというのは俺の妄想に過ぎない。そんな証拠はないし、本当に事故死の可能性だってある。
だが、俺が会長に確認したいことはもう一つある。
「会長は、先月まで月学にいた世界史の朽野先生をご存知ですよね?」
「えぇ、勿論。去年は私のクラスの担任だったわ」
「では、会長は朽野先生の行方はご存知ではないですか?」
先日、俺はコガネさんから不穏な噂を聞いた。乙女の父親である秀畝さんが、シャルロワ家と何らかの関係を持っている可能性があるのだ。ビッグバン事件に関して明かされたくない秘密があるから自分達の監視下においているのでは、と俺は疑っているのだが、やはり会長は秀畝さんの話を出しても動揺を見せない。
「全く知らないわ。私達に何も告げずに月ノ宮から出て行ってしまったんだもの」
本当に会長は関係ないのか? シャルロワ家は関わっているけど会長は知っていないという可能性もあるか。
しかし……どうしても会長を疑ってしまうのは、やはり彼女達がネブラ人という自分達とは異質の存在だから、という先入観があるからだろうか。
「そういえば、朽野先生がビッグバン事件の真犯人かもしれないという噂もあったわね。だから取り調べでも受けてるんじゃないの?」
「いえ、朽野先生はビッグバン事件の犯人ではありません。僕は知り合いから、シャルロワ財閥の関係者と朽野先生が一緒にいたという話を聞きました。何らかの事情があって、シャルロワ家が朽野先生を監視下に置いてるんじゃないかと思うのですが」
俺がそう問い詰めると、会長はうんざりしたようにため息をついていた。
「バカバカしい話ね。その人は本当に朽野先生だと確認したのかしら? 私はシャルロワ家の人間だけど家の全てを知っているわけではないし、それに……朽野先生が本当にビッグバン事件の真犯人ではないという証拠はどこにあるの?」
俺は前世でネブスペ2をプレイしたことがあるからビッグバン事件の経緯を知っているし、秀畝さんが真犯人ではないことも知っている。しかしそれは前世の俺という人格と記憶があるからで、本来の烏夜朧というキャラはそれを知っているわけがないのだ。
勿論秀畝さんが真犯人ではない証拠を他に持っているわけではない。だから俺の推理はただのワガママじみた願望に過ぎないのだ。
「身内の仕業だと信じられないこともあるかもしれないけれど、そういう感情が真実を隠してしまうことだってあるのよ。
私とて朽野先生を疑うつもりはないしビッグバン事件の真犯人を今更探そうだなんて思わないけれど、信じる相手はよく選ぶことね」
……会長の意見に反論できない自分が悔しい。しかしこれ以上会長につっかかっても、意味のない口論を交わして会長を不機嫌にさせてしまうだけだ。一度は顔も見せるなだなんて言われたが、何とか持ち直したこの関係を崩すわけにはいかない。
「……その忠告、肝に銘じます」
そう言って会長に頭を下げた後、俺は会長に背を向けて生徒会室を出ようとした。
「ちょっと待って」
が、俺は会長に呼び止められ、再び会長の方を向いた。会長は相変わらず不気味な笑顔を俺に向けたまま口を開いた。
「貴方は、一体何のためにそんな一生懸命に動いているの?」
会長にそんなことを聞かれるとは意外だった。だが俺は烏夜朧らしくニカッと笑って答える。
「僕はこの世の女性を等しく愛しています。そんな彼女達のためなら僕はなんだってやりますよ」
美空、レギー先輩、スピカ、ムギのために俺は苦労してきた。彼女達がネブスペ2におけるグッドエンドを迎えてくれたら俺の生存にも繋がる。それに俺は、いや僕は──幼馴染である乙女がこの物語から退場したままなのは許せない。
「あ、勿論その中に会長も入ってますからね!」
と、俺は堂々と宣言してみせたが、以前会長に言われた言葉が頭をよぎる。
『バカバカしい理想ね』
会長はそんな風に呆れながらため息をつくと俺は思っていた。しかし会長は椅子から立ち上がると、俺の方へと歩み寄ってきた。
「私達の幸せ、ね……」
会長は段々と俺へと迫ってきて俺も思わず後退りし、とうとう壁際まで追いやられた。すると会長は俺の顎へ手をやり──俗に言う顎クイだ。ダメだ、こんなことされるとときめいてしまうぞ!
「なら、私のことを伴侶にする覚悟もある、と?」
「え……え?」
は、伴侶?
いや、したくないけど。本当に。俺はネブスペ2に登場するキャラとして会長のことは好きだけど、現実に会長がいたら絶対に付き合いたくないよ。身分が合わないとかの問題じゃなくて人として嫌なんだよ。
しかし拒絶するわけにもいかず。
「会長が、僕のハーレムに入りたいとおっしゃるのなら」
烏夜朧ならこう答えるはずだと、俺なりのロールプレイで笑顔で答えた。ハーレムなんて欲望の塊みたいな夢に会長は呆れ果てると思ったのだが、会長は俺の顎を掴んだままただ微笑んで──一気に顔を近づけてきた。
「じゃあ、その覚悟を見せて」
後少し動いてしまえば唇と唇が触れてしまいそうな距離で会長は微笑んだ。黄金色の瞳に直視されて俺はもう会長に陥落してしまいそうだったが──突然、生徒会室の扉が開かれた。
「ごめ~ん、私忘れ物をしちゃって──」
と、入ってきたのは副会長のベラトリックス・オライオン。確かに彼女のものらしきポーチが机の上に置かれていた。
だが何よりもまず、ベラは今にもキスしそうな雰囲気の俺と会長に目が釘付けになっていた。
「うぇ?」
目を丸くして、ベラは一時の間驚きすぎて口をパクパクさせていた。しかしようやく思考が追いついたのか、さらに体を震わせると──。
「は、はわわわわっ!? ま、まさか二人がこんなところで逢瀬をする関係だったなんて……!」
やべぇとんでもない勘違いのされ方してる。しかし会長は俺の顎から手を離さないままベラの方を向いて言う。
「部屋に入る時はちゃんとノックをしてね、ベラ」
「ご、ごめーん!」
と謝りながら、ベラは部屋から出て行ってしまった。
ベラが出ていくと、ようやく会長は俺から離れて自分の席へと戻っていった。
思わぬ邪魔が入ってしまったが、もしベラが生徒会室に入ってこなかったらどうなっていただろう? その先を想像して悶々とする俺に対し、会長は涼しい顔で口を開く。
「あの芸術家の男の死や朽野先生のことには、あまり深く探らない方が賢明ね。私はシャルロワ家の仕業だとは思っていないけれど、良くない組織が関わっているのは確かだと思うから」
会長が関わっていないというのは未だに信じられないが、あまり首を突っ込むのは良くないとは俺も思っている。ヒロイン達のバッドエンド関係なく俺が抹殺される可能性がある。これ以上証拠もないし、会長に直接聞くのもこれっきりにするしかない。
「今日はお時間ありがとうございました、会長。今度ご一緒にお食事なんていかがですか?」
「私の機嫌が悪くなる前に、さっさと出ていきなさい」
「失礼しました~」
会長には冗談が通じそうにないな。冗談なのか本気なのかわからないことをやってくる人なのに。
結局、芸術家の男の死や秀畝さんの行方については全く情報を得られなかったが、収穫はあった。色々とあった会長が俺と普通にコミュニケーションをとってくれているだけで十分ありがたい。
一体どういう心境の変化があったかはわからないが……心配なのは会長の好感度が上がりすぎていないか、というところだ。だってベラが生徒会室に入ってこなかったら、多分……キスされてたぞ。喰われてた。完全に喰われる寸前だった。
女性に好かれるのは悪い気分じゃないのだが、会長だけはダメだ。もし何かが狂って会長が俺に惚れてしまったら不味い。
何故なら……ベラトリックス・オライオンを始めとした第三部のヒロイン達が、総じて会長によって消されてしまうからだ。
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