平和的解決
創作世界における、特に学園モノの作品に登場する生徒会という組織は、教師陣を始めとした大人達を遥かに超越した権限を持っていたり、生徒会そのものが学校を支配していたり、何なら武力行使のための実働部隊を持っているものなんかも存在する。
しかし月ノ宮学園の生徒会はあくまで生徒達の代表というだけで、名家であるシャルロワ家のご令嬢であるエレオノラ・シャルロワも会長として大きな権限を持っているわけではない。生徒会室は役員用の机が教師達と同じものを使わせてもらえるというだけで、生徒会室の中には各種資料がしまってある棚や黒板に段ボール箱が配置されているだけの簡素なものである。
「私に何か用? もしかして生徒会に入りたいの?」
正面の椅子に座り、紅茶を口にしながら微笑む会長。
なんだ……この空間は。まるで自分が異端審問にでもかけられているかのように錯覚するほど空気が重い。
しかし、そんな空気を変えてくれる存在が一人。
「まぁまぁ会長、そんな睨まないであげて。この子怖がっちゃってるじゃない」
会長の手前の席に座る黄金色に輝く長い髪を持つ少女が、赤いメガネを拭きながら会長にそう言うと、俺の方を向いてニコッと微笑み、その真っ赤な瞳で俺と目を合わせて言った。
「ようこそ生徒会室へ。初めましてかな? 私はベラトリックス・オライオン。月ノ宮学園生徒会の副会長を務めています」
ベラトリックス・オライオン、愛称はベラ。言わずもがなネブスペ2のヒロインであり、会長と同じく第三部に登場する。オライオン家はシャルロワ家の分家であり海外で様々な事業を進めていて、そしてベラは会長のいとこでもある。前世の俺はともかく生徒会副会長としての露出もあるから元々朧も知っている。すげぇ美人、ていうか可憐という言葉が似合う人だ。
こんな人に出会ったからには、烏夜朧として声をかけずにいられない。俺はベラの方を向いて床に跪き、まるで騎士のように振る舞って口を開く。
「姫……私、烏夜朧は前世より貴方を探し求め、こうして参上いたしました、絶対に貴方のハートを射抜いてみせると神に近い、そして幾千の時を越えて貴方とお会いできたことは最早宿命と言う他ないでしょう。
姫。私は貴方のことを愛しております。今宵、私と共に星を見に行きませんか?」
烏夜朧ロールプレイ。俺は忙しくて中々出来ていなかったが、元々烏夜朧は趣味がナンパというレベルの女好きであり、美少女をナンパせずにはいられない性分なのだ。
作中でも度々こうしてクッサイセリフで女性を口説こうとして失敗するのだが、俺はレギー先輩やアストレア姉妹とお近づきになれたしワンチャン──。
「そ、そうなんだ」
ダメだ、笑ってはいるけどドン引きされてるのがわかる。初対面の人間を無闇に突き放してこないベラの優しさが逆に辛い。今すぐ穴を掘って埋まりたい。
「えっと……会長? この子はいつもこんな感じなの?」
戸惑うベラがそう尋ねると、会長は紅茶を一口飲んだ後口を開いた。
「そうね。結婚式には呼んで頂戴。あと、今夜は大雨よ」
会長には冗談だと見透かされているようだ。俺は会長に直接好意を伝えてしまっているし、これをきっかけに少し好感度下がってくれないかな。
そんなことを考えつつ俺が姿勢を正して会長の正面方向に立つと、会長は俺にニッコリと微笑んで口を開いた。
「それで、本題は何? まさかベラを口説きに来ただけじゃないでしょう?」
俺が一体何をしにわざわざ生徒会室を訪ねてきたか、会長自身も気づいているはずだ。それでいてすぐに本題に入ろうとしないのはベラが同席しているからだろう。
「シャルロワ会長に、お伝えしたいことがあります」
俺が真剣な眼差しを向けて会長にそう言うと、そんな俺の気迫の籠もったセリフを勘違いしてしまったのか、ベラは「まぁ」と口を手で押さえて、やや顔を赤くしていた。
「も、もしかして……もしかするの?」
何か俺が会長に告白しに来たみたいになっている。確かに会長って凄い美人だし憧れる生徒も多いが、高嶺の花過ぎて告白されること自体はあまり多くないはずだ。俺みたいな奴は結構異端寄りだろう。
いや、告白しに来たわけじゃないんだけども。会長に告白しに来たんだとしたら、手始めにベラを口説いたのはどう考えてもおかしいだろ。
「ご、ごゆっくり~」
と、ベラは並々ならぬ雰囲気を感じ取ったのかそそくさと生徒会室から出て行ってしまった。俺の側を通り過ぎていったベラは、何かすっごい良い匂いがした。
「さて、邪魔者は消えたというところかしら」
腹心のことを邪魔者て。確かに席を外してほしかったのはそうだが、これで本題に入ることが出来る。
「会長は、月見山の展望台で死亡していた人物について、何かご存知ではありませんか?」
この月学のOBであり、かつて七夕祭のコンクールで最優秀賞をとったこともあり、そして今は選考委員として好き勝手していたという噂も流れる怪しい芸術家。会長は彼と面識があるはずだ。
「昨日の夜にニュースで見たわ。殺人事件なんて物騒だと思ったけど、それが何か?」
まるで私は全く興味がない、関与してないという風に振る舞っているが、そんな訳がない。
今回のコンクールでムギの絵を推薦するレギナさんと対立し、ムギの絵を盗作だと槍玉に挙げて事を大きくして、しまいには月学まで押しかけてきて会長と激論を交わしていた。
『ごめんなさい、ごめんなさい……』
あんな姿の会長を、忘れられる訳がない。
「会長は、ムギ達が巻き込まれているトラブルを解決してくれると約束してくれました。これが、それを解決した結果だとおっしゃるおつもりですか?」
原作ではもっと平和的だった。原作でムギをいじめていた生徒はシャルロワ家の御用絵師として雇われ、そして離島のアトリエに監禁されてほぼ島流し状態。いや全然平和的じゃないが、まさか会長がこんな強硬手段に出るとは思っていなかった。
しかし会長は全く動揺する素振りを見せずに、俺に冷たい視線を向けながら言う。
「自分達にとって迷惑な人間がこの世から消えたのに、一体何が不満なの?」
そう言いながら微笑んだ会長を見て、俺は殺されてしまうんじゃないかと一瞬だけ戦慄を覚えた。人一人が死んでいるのにどうして笑っているんだ。確かにあの芸術家の男は鬱陶しい存在ではあったが、俺は彼の死までは望んでいない。
「ムギは今、七日の七夕祭に向けて新しい絵を描いてくれてるんです。僕は選考委員の一人であるレギナさんに、当日にお客さん達の投票で最優秀賞を決められないか提案もしました。ムギの絵なら、あの男もギャフンを言わせられると思って……!」
「彼がそう簡単に意見を変えると思う? ああやって若い内から楽をして生きてきた人間は、いつまでたってもその楽な方法から逃げられないのよ。更生なんてもってのほか」
確かに作中でもムギをいじめていた生徒は更生せずにゲームから退場している。俺の考えが甘かっただろうか? しかし、本当に会長があの男を……?
「そう簡単に変わることなんてないのよ、人間という生物はね……」
まるで自分にそう言い聞かせるように会長は呟いた。
『もう、歯向かわないから、許してください……許して……』
一体どうすれば、俺は会長を救うことが出来るんだ……?
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