解決の代償


 

 芸術家の男が殺害されたという事件が全国ニュースとして瞬く間に広がっていったのは、元々彼がそれなりに名の知れた人物だったことに加え、八年前──俺を始めとしたネブスペ2の登場人物達に大きな影響を与えたビッグバン事件が起きた月ノ宮という土地での凄惨な事件だったことも拍車をかけただろう。


 『現在私を含めた研究所の全職員への調査が進められていますが、私としてもその中の誰かが事件に関与していたとは信じたくないですし、警察の捜査が終了するまでは私の口からはこれ以上申し上げることはございません』


 朝のニュースで、月研の所長として記者会見をする望さんの映像が流れていた。なんか望さんが真面目に話してるところ初めて見た。

 

 第一発見者である俺やコガネさん、レギナさんも一応警察から聴取を受けたが、今のところ被害者である芸術家の男は死後数日が経っているとのことだ。ただ単に展望台から転落したという事故の可能性もあるが……あの亡骸は俺の脳裏に焼き付いてしまっている。絶対に事故死ではなく他殺だ。


 月学に登校すると俺が第一発見者ということまで既に知れ渡っていて、なんだかすげぇ労られたし心配された。確かに昨日の夜は怖くて寝られる気がしなかったが、望さんのご厚意で月研に泊まらせてもらったためそこまで不安ではなかった。

 とはいえ……死んでいた芸術家の男の、あの絶望に満ちた表情が忘れられない。


 

 「あれ? 今日は弁当作ってきてないのか?」


 今日も生憎の雨のため、カフェテリアの一角で俺達はテーブルを囲んでいる。俺は毎日頑張って弁当を作ってきていたのだが、今日は月研に泊まっていてそんな暇がなく、途中のコンビニで買ったサンドイッチが昼食だ。


 「忙しかったんですよ、今日の朝は」


 俺は隣で購買の唐揚げ弁当を食べているレギー先輩にため息混じりに言う。俺が忙しかった理由は明白で、誰もその話に深入りしようとしない。

 せっかく色々な問題が解決してきていた中で俺達はまた暗いムードに包まれていたが、それに耐えきれなくなったのか美空が口を開いた。


 「み、皆は夏休みの予定、決まってる?」


 今日は六月三十日、第一部の最終日まであと一週間。明日からはもう七月、期末考査が終わればもう夏休み目前である。夏休みはネブスペ2だともう第二部に入っている時期で、視点は後輩の鷲森アルタへと映るから大星達の露出はかなり減るが、どう進んでいくのだろう。

 そして美空と同じくこの場の雰囲気を明るくしたかったのか、スピカが笑顔で答えた。


 「やはり海に行きたいですね。月ノ宮から引っ越してからは中々縁がなかったので、是非ビーチバレーなんかいかがでしょう」

 「良いね、私は大星と組むからスピっちはムギっちと組みなよ」

 「お前は強すぎるからお前一人と俺達五人で戦わないとパワーバランスが成り立たん」

 「あとはムギを砂浜に埋めて、迫りくる波に怯える表情を見てみたいですね」

 「ひ、ひぇぇ……」

 「ど、どうしたんだスピカ……?」


 なんかスピカが段々とムギに対する邪悪さを隠さなくなってきた。もう大星とか美空も困惑してるじゃん。


 「というのは冗談で、ムギも一緒に来るでしょ?」

 「はぁ? 嫌だけど」


 隣に座るムギに笑顔で問いかけたスピカに対し、ムギは明確な拒絶の意志を見せた。


 「そ、そんな……」

 

 いや、そりゃ砂浜に埋めたいとか言われたら冗談でも行きたくないだろう。まぁムギの場合彼女はインドア派だし、泳ぎもあまり得意じゃない。多分ビーチでずっと砂のお城を作っているだろう。


 「私は葉室に今度出来る遊園地に行ってみたい。ほら、なんか……ガントレットグローブみたいなのが一緒についてる」

 「戦場にでも行くつもりなのか?」

 「もしかしてアウトレットモールのことかな? 良いね、確かホラー作家が監修したすっごい怖いお化け屋敷が出来るみたいだし皆で行ってみる?」


 かつて葉室市の郊外に存在した工場の閉鎖に伴う再開発で、様々な商業施設が併設された遊園地が七月末の夏休みシーズンに合わせて開業する予定だ。勿論シャルロワ家がその開発に携わっているのだが、素直に遊園地を楽しみたい俺の提案に対してレギー先輩は渋い顔をしていた。


 「お、オレは……絶叫系とかは嫌だぞ。お化け屋敷なんて所詮演技だし面白くない」

 「そうですか? お化けが怖いだけじゃなくて?」

 「ちちち違うぞ! べ、別にこここ、怖くなんてないからな」


 そういやレギー先輩ってすげぇビビリだったなぁ。去年の文化祭でお化け屋敷の出し物で泣き喚いたって話も聞いたことあるし……お化けにビビって泣いてるレギー先輩、見てみたいなぁ。


 「大星達はどう? 駅からバスで行けるし、色んな買い物も出来ると思うけど」

 「お盆の後ぐらいなら暇だと思うが」

 「晴ちゃん達も連れていけるもんねー」

 「スピカちゃん達は?」

 「観覧車に乗ってみたいですね。高いところに怯えるムギを見てみたいです」

 「ジェットコースターが良いね。絶叫してるスピカを見てみたい」


 スピカとムギがお互いに邪悪な感情を向けているのが少し怖いが、こうとなればレギー先輩が同調圧力に耐えられるわけもなく。


 「わ、わかったわかった。オレだって遊園地は好きだし……あと、七夕祭の本祭もあるな。海に遊園地にお祭り、良い予定で埋まりそうじゃないか?」


 そしてその頃の俺は第二部のヒロイン達のイベントの回収に追われている、と。夏休み期間中は喫茶店ノーザンクロスに短期でバイトを入れる予定だし、それに第二部のシナリオは少し特殊だから、俺がどう関われば良いのか難しいところはある。


 「後は美空が赤点を取らなければ良い話だな」

 「い、今のところは回避してるもん! 大星だって結構危なかったじゃん!」

 「夏休みの課題だって忘れるなよ? 観測レポートがあるんだからな」

 「レギュラス先輩の受験勉強は大丈夫なんですか?」

 「だ、大丈夫……なはずだ」


 とはいえ、この面子と海や遊園地、そしてお祭りに行けるというだけで凄い楽しみだ。夏休みが待ち遠しく感じる。

 だからこそ、俺は目の前の問題を片付ける必要があるのだ。



 放課後、ムギは七夕祭までに絵を描き上げるためにスピカと一緒に急いで帰宅し、大星と美空はレギー先輩の舞台を手伝うために三人で葉室市へと向かった。

 俺も誰かの手伝いをしてよかったのだが、とある人物と話をする必要があったため、本校舎の最上階、五階にある生徒会室へと向かった。


 「お、烏夜じゃないか」


 五階に到着すると、生徒会室の方から七三分けで黒縁メガネをかけた真面目そうな男、明星一番が鞄を持って歩いてきていた。


 「今お帰りですか?」

 「あぁ、今日は早めに切り上げることになってな」

 「何かあったんですか?」

 「例のアレだ。お前も当事者と言えば当事者だろう? 犯人が町をうろついている可能性があるからな……あの会長さんは専用の運転手がいるから心配ないだろうが」


 アレ、というのは優勝のことではなく、昨日月見山の展望台で起きた殺人事件のことだろう。まだ事故の可能性もあるが、俺はそれを確かめるためにここへ来たのだ。


 「会長はまだ生徒会室にいらっしゃいますか?」

 「あぁ。何か用事があるのか?」

 「はい。ではまた、『元』一番先輩」

 「だから元を付けるなと言ってるだろーが!」


 一番先輩はまた一番コンプレックスにヒステリーを起こして一人喚いていたが、俺はそんな彼を放って生徒会室へと向かった。


 生徒会室の扉の前に立って、俺は息を整えるため深呼吸をする。生徒会室を訪れるのは初めてだし、やはりあの人と話すのは緊張するというか、また妙な問題が起きやしないかと不安になる。

 だが、それでも俺は会長に確かめないといけないことがあるのだ。俺はそう決心して、生徒会室の扉をノックした。


 「二年一組の烏夜朧です。シャルロワ会長はいらっしゃいますか?」


 会長はスピカとムギを傷つけた張本人ではあるが、二人の問題を解決するために助力を申し出た。

 その助力の結果、あの芸術家の男は殺されたのか?


 『どうぞ』


 明らかに俺を歓迎していない会長の返事が聞こえたのを確認して、俺は生徒会室の扉を開いた。


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