エロゲの犠牲者



 初代ネブスペではシャルロワ家の人間がヒロインとして登場することはないものの、主人公やヒロイン達の障害として立ちはだかってくる嫌な連中だ。そのため続編のネブスペ2が発表され、ヒロインの中にシャルロワ家の人間がいることは少し話題になったが、まぁ会長はその先頭を行く人である。


 「大体、その子は自分でムギちゃんの絵を台無しにしてくれたのに、一体何がどうなって協力してくれてるの?」


 会長の行為には一貫性がない。それがかなり謎なのだ。前世でネブスペ2をプレイした俺は会長の境遇だとか性格を知っているが、そんな俺でも会長の行為が信じられないのである。

 ムギの絵が気に入らなかったから絵を破った、のはまぁわからないでもない。人としてどうかと思うが。

 しかし今になってどうしてムギに協力してきたのだろう? 今更罪悪感でも湧いてきたのだろうか。


 「コガネさんは会長のことをご存知ですよね?」

 「うん。レギーちゃんの親友だからね、何度か会ったことあるよ。礼儀正しくていかにもお嬢様って感じの子だったけど、どこか不気味なんだよ。なんていうか、まるでそうプログラミングされたみたいな動きしかしないから、何が真意なのかさっぱりわからないんだよね」


 会長は微笑んでいることは多いものの、心の奥底では真逆のことを考えていそうな不気味な雰囲気がある。大体その笑顔ですら仮面みたいに貼り付けられたようなものだから、本当に笑っているように見えないのだ。


 「それにボク達は、学生の時にシャルロワ家に随分とお世話になったからね……」


 八年前、ビッグバン事件直後の頃を懐かしんでいるのか、コガネさんとレギナさんは夕暮れの空を見上げていた。

 

 「あ、一番星だ」


 ふとコガネさんが空を指差して言う。見ると空にキラリと輝く星が見えた。一番星、明けの明星とも呼ばれる金星だ。コガネさんの名前のモチーフでもある。


 「コガネの星だね。随分こじんまりとしてるくせに主張だけは強い」

 「はあぁっ!? 木星だって図体が無駄にデカくて主張強めじゃん!」

 

 レギナさんの名前のモチーフは木星だ。別に無駄にデカイわけじゃないだろうが、初代ネブスペでも似たような内容の口論をしていたな、この二人。


 「でも懐かしいね。こうして展望台にいると、いつも集まって天体観測していたのを思い出すよ」

 「そういえば月学って今も観測レポートあるの?」

 「はい。僕達はもう今学期分は終わりましたけど」

 「良いねぇ。あの頃を思い出すよ……」


 するとコガネさんは空を見上げながら「あっ」と何かに気づいたように呟いて俺の方を見た。


 「私がね、ここに朧君を呼んだのはレギナちゃんを謝らせるためだけじゃないんだよ」


 コガネさんはそう言うと再び夕暮れの赤い空を見上げて、目をつぶって呟いた。


 「私ね、昔……ここで、好きな人に告白したことがあるんだ」


 そう語るコガネさんの表情は、その出来事に何ら後悔なんてなさそうな、爽快感すら感じる笑顔だった。

 きっとコガネさんが告白した相手は初代ネブスペの主人公だろう。確かコガネさんは月学の学園祭である星河祭のミスコンでトップに輝いた後、この場所に主人公を呼び出して告白する。しかし主人公はメインヒロインルートだと、その告白を断ってしまうのだ。


 「ボクもあるなぁ……」


 と、コガネさんの隣でレギナさんは頬をポリポリと掻きながら照れくさそうに笑っていた。レギナさんの場合、絵のコンクールで最優秀作品に選ばれた後で主人公に告白する。


 「コガネさんとレギナさんを振るなんて大した人ですね」

 「そうなんだよ。あの頃の私はまだピッチピチだったし、あの時はまだレギナちゃんも可愛かったのに」

 「まるで今のボクが可愛くないみたいな言い草だな」

 「んで、そんな私とレギナちゃんを振った野郎は今、ネブラ人と協力して宇宙船を開発しているところなんだけどさ。この前久々に連絡が来たんだよ」


 大星達ネブスペ2の主人公はどのヒロインを攻略したかによって月学を卒業後の進路は変動するのだが、初代ネブスペの主人公は一貫してロケットや宇宙船を開発する技術者を目指している。この世界でもそうなのかと少し感動していると、それまで和やかな雰囲気で話していたコガネさんの表情は一変して真剣になっていた。


 「実は、朽野先生に久々に会ったって」


 朽野先生というのは、俺の幼馴染である朽野乙女の父親、朽野秀畝のことだろう。秀畝さんはビッグバン事件が起きるまで月研に勤めており、事件後は月学の世界史教師として最近まで勤めていたが、体調不良を理由に月学から去っている。表向きは。

 実際は八年前のビッグバン事件の真犯人として疑いがかかっていて、その噂も月ノ宮でかなり広まっていたのだが、それに関しては全然続報がなく、そんな噂をする生徒も少なくなっていた。


 「私達も少しだけお世話になったことがあるんだけど、彼によれば朽野先生は今、シャルロワ家のお世話になってるんだって」

 

 しゃ、シャルロワ家のお世話になってる……?

 俺は前世でプレイしたネブスペ2のシナリオを思い出す。トゥルーエンド以外では乙女は父親が捕まったことを理由に転校してしまうのだが、その後どうなったかは明らかになっていない。少なくとも作中の期間内には月ノ宮へは戻ってこないのだ。会長ルートを攻略してようやくヒントを得られるぐらいである。


 「どういうことですか? どうして秀畝さんが、いや朽野先生がシャルロワ家に?」

 「ほら、ビッグバン事故って色んな陰謀論があるでしょ? 実はシャルロワ家が関わっているって噂もあって、不都合な真実を明かされたくないから捕まえてるんじゃないかって彼は言ってたよ。

  彼によれば、彼の会社にシャルロワ家の人が視察に来た時に同行してたんだって」


 何故だ?

 前世でプレイヤーとしてネブスペ2を遊んだ俺の考察とは全然違う。

 八年前のビッグバン事件には、ネブラ人が結成したとある組織が関わっている。その組織が不都合な真実を明かされぬよう秀畝さんを捕まえたと俺は考察していたのだが、どうしてシャルロワ家に? シャルロワ家はその組織に関与していないはずだが……もしかして裏で関係していたのか? 

 だとすれば、もしかして会長は秀畝さんがどこにいるか知っている?


 「レギーちゃんから聞いたんだけど、確か朧君の幼馴染のお父さんなんでしょ?」

 「はい。学校でもプライベートでもお世話になってました」

 「だから伝えてあげようと思ったんだ」


 これはかなり大きい、いや大き過ぎる情報だ。まさかコガネさんからもたらされるとは思ってなかったが、乙女の行方を追うための大きなヒントになる。

 しかし興奮する俺に対して、話を黙って聞いていたレギナさんは冷静な表情で言う。


 「シャルロワ家が関わっているとなると、そう簡単に手出しは出来ないんじゃないか? 最悪朽野先生に濡れ衣を着せるだけかもしれないんじゃない?」


 そう、問題はなぜシャルロワ家が秀畝さんを半ば捕まえたような状況にあるのかだ。ビッグバン事件に関して触れられたくないならば、シャルロワ家の権力を使えば噂すらもみ消せるはず。何なら情報源になりかねない秀畝さんをこの世から消していたかもしれない。


 もしかして別にビッグバン事件とか関係なく、ただ単に乙女のお母さんである穂葉さんの病状が悪くて転院に伴い秀畝さんも転職して、乙女もそれに従って転校しただけか? 何かと陰謀が疑われる話題に限って、事実は何ら驚きもないことも多い。むしろ事実があまりにもしょうもないから陰謀論が囁かれるのだ。

 しかし……だとすればどうして乙女はこちらからの連絡を全て断っているのだろう? それに俺は、乙女の口から秀畝さんの話を聞いているのだ。乙女がわざわざそんな嘘をつくはずがない。


 「朽野先生はそんなことをするような人じゃありません。僕はそう信じています」

 「ボク達だってそうさ。それにボク達だって今更、あの事故の……犯人探しなんてしたくないんだ」


 コガネさんとレギナさんの表情が曇る。二人共ビッグバン事件に良い思い出はない。二人もあの事件で大切な人を失い、事件後のネブラ人が激しく迫害を受けていた時期を学生として過ごしてきているのだ。そんな中でも強く生き抜いて、今はそれぞれの道で活躍している。


 「コガネさん。貴重な情報をありがとうございます。それよりスケジュールとか大丈夫なんですか?」

 「あぁ、今日は近くでロケがあったから寄っただけだよ。レギナちゃんが帰ってきてるって聞いたからちょっかいかけようと思って」

 「君はボクを何だと思ってるんだ、一体……」


 そういえば俺は今日、初めてコガネさんとレギナさんが話しているのを見た。初代ネブスペの頃のレギナさんは芸術に一直線なぶっ飛んだキャラだったが、コガネさんも中々に狂ったキャラだったし……はたから見るとレギナさんがコガネさんに上手く使われているように見えるが。


 「さぁーって、私はこの後配信したいし明日は仕事だからもう帰らないと」

 「朧君も帰るかい?」

 「そうですね。お二方をエスコートさせていただきます」

 「私達の方が大人だっつーの」


 と、俺のボケを聞いてコガネさんが笑っている中(一応気の利いたセリフを言ったつもりだったのだが)、レギナさんはふと展望台の下方、反り立った崖下に広がる森を見て言った。


 「なぁ二人共、あそこに何か見えないかい?」


 レギナさんが指差す方向、木々の間から色鮮やかな物体が見えた。少し移動して別角度から見てみると、それが人であることに俺達は気づいた。


 「だ、誰か倒れてる!? あれ人だよね!? 早く助けないと!」

 「で、でもどうやって降りるんだい? ここからじゃ危ないよ」

 「僕が裏道を知ってます。そこから見に行ってみましょう」


 朧は子どもの頃、乙女と一緒にこの月見山を縦横無尽に駆け巡っていた。この展望台の崖下に降りられる裏道の存在は月研の人すら知っている人が少なく、俺はコガネさんとレギナさんを先導して展望台から登山道を少し下って、登山道の柵を乗り越えて獣道を進んだ。


 月見山にはクマやイノシシといった野生の動物はあまり生息しておらず、いるとすれば月研の施設から逃げ出した宇宙生物ぐらいだ。まぁレギナさん達にとっては危険な生物だが、俺は携帯のライトを照明代わりに薄暗い獣道を進み、やがて展望台の崖下まで辿り着く。

 


 そして、俺達の視界にようやく倒れていた人物が映った。やけに特徴的なカラフルな髪色で、色鮮やかなど派手な格好をした変人……その無駄に特徴的な背格好には見覚えがある。


 「こ、こいつは……!?」


 そう、七夕祭のコンクールの選考委員の一人である芸術家の男。そんな彼の胸は赤い血に染まっており、目を見開いたまま地面に大の字で倒れていた。


 「し、死んでる……」

 

 俺達は慌てて彼の元に駆け寄り一応意識を確認したが、既に脈はなかった。それを確認したレギナさんが口を開く。


 「きゅ、救急車を呼ぼう。コガネは一応警察を呼んで」

 「わ、わかった」

 「僕は月研の所長に伝えます」


 レギナさんは救急車を、コガネさんは警察を、そして俺は月研の所長である望さんに急いで連絡した。ここは月研の敷地内だからだ。


 やがて芸術家の男が殺害されたというニュースは月ノ宮だけでなく、あっという間に全国に広がっていった。


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