Nebula's Space



 『私達の居場所はどこ?』


 これは、初代ネブスペのメインヒロインのセリフであり、そしてシナリオを通してのテーマでもあった。

 『Nebula'sネブラズ Spaceスペース』のNebulaの意味は『星雲』、そして作中に登場するスピカやレギー先輩達ネブラ人という宇宙人種の語源である。Spaceは『宇宙』と『場所』のちょっとしたダブルミーニングなのだ。


 初代ネブスペの舞台は今から八年前、ビッグバン事件が起きた直後の月ノ宮だ。ビッグバン事件の原因となったネブラ人達に対する心証が過去最悪レベルまで下がっていた時期であり、地球人である主人公と、地球人からの迫害を受けるネブラ人のヒロイン達の恋が描かれている。コガネさんやレギナさんはそのヒロイン達……濡れ衣を着せられて迫害を受けていた人々の中の一人なのである。


 今でもネブラ人を嫌う人達は少なからずいるが、月ノ宮からネブラ人を追い出そうという動きは殆ど見られなくなった。それは裏でネブラ人のシャルロワ家が支配しているからかもしれないが、それを抜きにしても概ね良好な関係である。

 

 だが、何故そんなセリフが書かれた紙切れが、ローズダイヤモンドが咲く花壇に埋められていたのだろう? あの花壇は元々会長のものだから、やはり会長が書いたのだろうか。しかしどうして会長が初代ネブスペのヒロインのセリフを……でも会長もネブラ人だし、確かに言いそうな雰囲気ではあるんだが。



 問題は……同じブリキ缶に入っていた、『おぼろ』という人物への手紙だ。差出人は『おとめ』と書かれている。

 おそらく朽野乙女が烏夜朧へ宛てた手紙なのだろうが、それがどうしてこのブリキ缶に入っているのかもわからないし、そもそも朧は乙女からこんな手紙を貰ったこともないし、存在すら知らなかった。


 人違いだとは思えない。しかしもしかしたら俺達が知らない全くの別人という可能性もあるため、手紙はブリキ缶の中にしまったままだ。

 結局、俺はあの封筒の中身を見ていない。本当に乙女が俺宛てに書いた手紙だとしても、今の俺にはそれを読む勇気がなかった。


 「烏夜さん?」


 突然声をかけられ、俺は驚いて体をビクッと震わせてしまった。


 「大丈夫ですか? 先程から何か思い詰めた様子で、箸が全然進んでませんが……」


 昼休み、俺達は久々に集まって共に昼食を食べていた。今日は生憎の雨のため屋上は使えず、校内のカフェテリアの一角のテーブルを六人で囲んでいた。


 「あぁ……実はあまり食欲がなくてね」


 スピカやムギ達との関係が修復出来たとはいえ問題は山積みだ。スピカとムギへの嫌がらせの元凶への対処もそうだが、新たに見つかった謎の手紙が俺の頭を悩ませている。


 「じゃあ朧っち、それ貰っても良いー?」


 隣に座る美空が笑顔で箸を俺の弁当に向けてきた。出たな、ネブスペ2随一の大食らい。


 「勿論だよ美空ちゃん。僕の愛情が籠もった料理を堪能すると良い」

 「やったっ! 何気に朧っちが作ったやつ食べるの初めてかも~」


 美空は俺の弁当に入っていた卵焼きを一切れ箸でつまむと、そのままパクッと口に入れた。


 「あ、美味し……ちょっと塩気があるのも良いよね。大星は舌がおこちゃまだから甘めにしてるけど」

 「甘いのが好きでも良いだろ」

 「烏夜さん、私も食べていいですか?」

 「私もー」

 「オレもオレも」

 

 スピカ、ムギ、そしてレギー先輩も興味を持ったのか俺の弁当の試食会が始まり、あっという間に完食されてしまった。殆どは美空の胃袋に入ったが、朧の料理の腕が凄くて良かった。前世の俺も自炊がてら作っていたが、朧も望さんが全然作らないから毎食ちゃんと作っているのが偉い。


 「いや~朧っちは良い旦那さんになれるねぇ。大星もこれぐらい作れたら良いんだけどなー」

 「だってさ大星。美空ちゃんは貰ってくよ」

 「おいちょっと待て、ウソだろ!?」

 

 そもそも大星は周りに料理が出来る人が多過ぎるから機会があまりないが、作中でもペンションの手伝いをするために美空や美空のご両親である美雪さんや霧人さんから鬼の特訓を受けたりしていたし、やれば出来る子だろう。

 

 「いや、美空。そうやって油断してるとワンチャン朧が大星を貰ってくかもよ」

 「そんなー!?」

 「まさか大星さんと烏夜さんが!? どっちがタチでどっちがネコなんですか!?」

 「やめろ、想像したくない!」

 「朧ってMっぽいし朧がネコだろ」

 「レギー先輩!?」


 大星のことは親友として好きだが、大星から愛の告白をされたら流石に戸惑う。いや、俺の心が弱っていた時に慰めてくれたのがレギー先輩じゃなくて大星だったとしたら?

 いや、女性向けじゃないエロゲをやってて急にBL展開になられても困るわ。



 放課後。昼頃まで降っていた雨も止んで晴れ間が見えてきた頃、俺は久々にスピカとムギと一緒に帰り、アストレア邸まで送った。二人が変な嫌がらせに遭わないよう、念のためだ。そしてローズダイヤモンドをテーマに絵を描くムギを見守ろうと思っていたのだが、そこで思わぬ人物から連絡が入り、俺は一旦帰宅してから自転車で待ち合わせ場所である月見山の展望台へと向かった。


 「やっほー、朧君」


 展望台で俺を待っていたのは、ゆったりとした黄色のワンピースにデニムジャケットを羽織った金髪ショートの女性、コガネさんだ。月学のOGでありレギー先輩が所属する劇団の先輩だった人で、その節は色々とお世話になった人である。


 「や、やぁ……」


 そしてもう一方、コガネさんの隣に立っているモノトーンコーデで黒髪のサイドに星柄のリボンを巻いている女性は、レギナ・ジュノー。七夕祭のコンクールの選考委員であり、俺がムギの絵を破った(と嘘をついた)場面に居合わせ、俺を思いっきりぶん殴ってきた人である。


 「お久しぶりですね、コガネさん、レギナさん」

 「意外と元気そうだね。さてレギナちゃん。朧君に何か言うことは?」


 ニコニコと微笑むコガネさんの隣で、レギナさんは体を縮こませて、そして涙目になると俺に深々と頭を下げた。


 「ご、ごめん朧君! ボクの早とちりで、つい君をこの手で殴ってしまった……!」


 月ノ宮神社での出来事以来、俺はレギナさんと顔を合わせていなかった。というか合わせる顔もなかったのだが、どこからか俺の無実を知ったらしい。


 「ぼ、僕は全然気にしてないですよ。あの時は仕方ないですし」

 「い、痛くなかったかい?」

 「次の日の朝まで痛みましたね。良い一発でしたよ」

 「ごめん、ごめんよ……」


 精神的な痛みというか普通に翌朝までジンジンしてたからな。レギナさんだって細身なのにあんな威力のパンチを出せるとは思わなかった。


 「ま、誰かを守るために殴られるってのも悪くないもんですよ!」

 「朧君ってMなの?」

 「僕は相手に合わせるので大丈夫です」


 とはいえレギナさんは全然悪くない。むしろスピカとムギのために俺を殴ってくれたのだから感謝したいぐらいだ。

 しかし……俺への申し訳無さでプルプルと震えるレギナさんを見ていると、なんだか邪悪な感情が湧き出てくる。そんな感情を抱いていたのは、俺だけではない。


 「さぁて、レギナちゃん……こういう時はなんて言えばいいかわかるぅ?」


 そう言ってコガネさんはレギナさんの肩を掴みながら、とぉっても悪い笑顔を浮かべていた。


 「な、なんて言えばいいの……?」

 「それはね、『すいません許してください! 何でもしますから!』だよ。魔法の言葉ね、これ」


 それを言われたら俺も『ん?』って返さないといけなくなるだろ。ネットミームとはいえなんでコガネさんがそれを知ってるんだよ。開発側のお遊びだろうが、コガネさんが言うとインパクトあるな。

 しかしレギナさんはコガネさんに促されるまま、両手を合わせて俺に詫びるように言う。


 「す、すいません許してください……な、何でもしますから!」


 ん? 今何でも……とは置いといて。まぁ初代ネブスペのヒロインであるレギナさんは大人になった今の姿も全然ドタイプだから色々とやらせたいことはあるけども、丁度いい。俺は七夕祭のコンクールの選考委員であるレギナさんに頼みたいことがあったのだ。


 「レギナさんはムギちゃんのことをご存知ですよね?」

 「うん。だってボクが推薦したからね」

 「そのムギちゃんは今、七夕祭に間に合わせようと新しく絵を描いてくれてるんです」


 俺がそう告げるとレギナさんは驚愕したような表情をしていた。あの日、会長の手によって乙女との思い出である絵を破られ、勘違いとはいえ信頼していた俺がその犯人だと知らされたムギがどれだけショックを受けていたか、レギナさんはムギを介抱してくれていたから間近で見ているのだ。

 そんなムギは、スピカと一緒に咲かせたローズダイヤモンドの花をテーマに、前を向いて新しい作品を生み出そうとしている。


 「そこでお願いがありまして……元々七夕祭のコンクールってお祭りの時に来場者の投票で最優秀賞を選んでたんですよね?

  そのシステムを復活させることは出来ませんか? ムギちゃんの絵は七夕までには間に合うと思うので」


 原作のムギルートではムギはいじめを受けるのだが、彼女の絵こそ破られることはない。盗作問題すら存在しなかったため最優秀賞はそのままだったが、この世界ではムギの絵は破られ新たに最優秀賞の作品も選ばれていない。

 ならば今がチャンスなのだが、俺の提案を聞いたレギナさんは難しそうな表情で口を開いた。


 「ボクもそうしたいのは山々なんだ。彼女の絵が無くなったから改めて最優秀賞の作品を選ばないといけないんだけど、選考は全く進んでいないんだよね。まぁその問題は、ボクとあの芸術家気取りのクソ野郎が対立しているからなんだけどね」


 そう言ってレギナさんは大きなため息をついた。レギナさんの話によると選考委員の中にはあの芸術家の男の息がかかった面子もいて、意見が拮抗しているらしい。それにあの男が推薦している作品を描いたのはここらの有力者のご令嬢のようで、何か賄賂を積んだんじゃないかともっぱらの噂らしい。おそらくそのご令嬢というのは、本来原作でムギをいじめる役回りの生徒だろう。

 随分と面倒な問題になっているが、そんな彼らに負けない味方がこっちについている。


 「レギナさんは、エレオノラ・シャルロワという人をご存知ですか?」

 「ムギちゃんから聞いたよ。ムギちゃんの絵を破った真犯人なんでしょ?」

 「そうですね。実はその人が、ムギちゃん達に対する嫌がらせを解決しようと動いてくれてるんです」


 何かと自分の実家の権力やコネで権勢を振るう奴に対抗できるのは会長ぐらいしかいない。シャルロワ家と言えばここら辺じゃ一番の、というか日本でも有数レベルの実業家という、フィクションによく出てくる絵に描いたような金持ちなのだが……レギナさんだけでなく、隣で話を聞いていたコガネさんまで表情を曇らせていた。


 「シャルロワ家の人が、か……何か大事にならなければいいけど」


 コガネさんが不安げにそう呟くと、その隣でレギナさんはやや表情を強張らせて言った。


 「ボクは嫌いだね、あの人達は」


 コガネさんやレギナさんは、会長、いやシャルロワ家自体に良い印象を持っていない。

 なぜなら、初代ネブスペにおいてシャルロワ家は完全に主人公達の敵方だったからだ。


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