アストレア姉妹編㊻ トゥルーエンドへの導き
八年前、ローズダイヤモンドの美しさに見惚れたスピカ。そして今日、初めてその輝きを目にしたムギ。二人は星のように輝くローズダイヤモンドの前で、その余韻に浸っていた。
俺達は美しく咲き誇るローズダイヤモンドをずっと眺めていた。このローズダイヤモンドやムギの絵を巡る一連の嫌な出来事を全て忘れられるぐらいの魅力と感動がそこにはある。
俺は会長が咲かせたのを一度見たが、スピカとムギをセットにするとなんというか何十倍、何百倍も更に美しく見えるような気がする。俺に原因があったとはいえ、仲違いしたり傷ついていたスピカとムギが、こうして幸せそうにローズダイヤモンドと一緒に立っているのが、とても喜ばしく感じられた。
「……何か今、すっごく良いの思いついたかも」
ムギは我に返るとそう呟いて、アストレア邸へと駆け出そうとする。
「ごめんスピカ、今すっごい良い絵が描けそう! ちょっと描いてくる!」
「ちょ、ちょっとムギー!?」
ムギはスピカの制止も聞かずにアストレア邸へ猛ダッシュで帰っていった。ネブスペ2の原作だと、ムギが乙女と共同で描いた絵にローズダイヤモンドを付け足すぐらいだったのだが、またゼロからどんなのを描くのだろう。というか七夕祭まであと十日も無いが本当に間に合うだろうか。
そんなことを楽しみに思っていると、スピカが笑顔で口を開いた。
「烏夜さん、ありがとうございました。私達のために、ずっと頑張ってくださって……この恩をどう返せばいいかわかりません」
「いや、そんなかしこまらなくていいよ。僕が好きでやったことだし、二人が幸せになってくれたなら僕も嬉しいよ」
にしてもすっごいエロいイベントだったなぁ。俺はしっかりと脳裏に焼き付けたからな! その光景を! スピカとムギが謎の花の茎にキスをしてる瞬間を! なんだかわからんがすっごいエロかった!
「ムギは一度描き出すと止まらないことがあるので、様子を見に行ってきますね。烏夜さんも寄られていきますか?」
「ううん、僕はもう帰るとするよ。明日は学校だしね」
「そうですか……」
本当はアストレア邸でくつろいでいたいが、今はスピカとムギの二人の時間を大切にしてもらいたい。お互いにお互いを癒やしてもらって、できるだけバッドエンドから遠ざかってもらいたいものだ。
「では烏夜さん、少しよろしいですか」
「何?」
俺はスピカにかがむよう促されて、何かコソコソ話でもされるのかと思ってスピカに耳を向けた。
するとスピカは俺の顔を手で掴むと、そのままスピカの正面に向け──チュッ、とソフトで可愛らしいキスを交わした。
「ムギには内緒ですよ」
スピカの髪から漂うフローラルな香りが鼻をくすぐったのもつかの間、スピカは唇を離すと人差し指を自分の口に当てて俺にそう告げた。
「ムギには負けませんからねっ」
そう言ってスピカは、無邪気な少女のような笑みを浮かべながらアストレア邸へと戻っていった。
……。
……い、イヤッッホォォォオオォォオウ!!!!
俺は天高くガッツポーズを上げて、喜びを抑えきれず何度も飛び跳ねてとにかく体で喜びを表現していた。
この世界に転生したことに気づいた六月初旬頃は俺の周りで大したイベントが起きなかったから、やっぱり主人公である大星視点でしかエロゲっぽいイベントは起きないものかと思っていたが、俺は……俺は! スピカと! ムギと! そしてレギー先輩とキスをした! すげぇモテてる!
俺、幸せ過ぎて明日にでも死んでしまうんじゃないか!?
「ミッズゥ!」
しかし冷静に考えみよう。俺は今、スピカとムギとレギー先輩がすぐ手の届きそうなところにあるのだ。後一押しでいけそうな気がする。
だが、果たして三人の中から誰か一人を選べるか?
「ミミッズ~」
確かに烏夜朧の夢はハーレムを築き上げること。まだ三人しかいないが質は十分過ぎる面子だ。もうこれ以上贅沢は望まないが、実際問題これは倫理的にどうなんだ? 俺はスピカもムギもレギー先輩も大好きだけど、三人と同時に付き合うってのはちょっと俺のモラル的に心が痛む。ネブスペ2のトゥルーエンドはハーレムみたいな終わり方をするが、それは前世でプレイヤーとして見ていたからまだ受け入れることが出来た。
折角エロゲの中の世界に転生したのに、どうして俺は倫理観に悩まされているんだ?
「ミッズ~?」
それに、俺は三人のことも大切なんだが彼女達にうつつを抜かすわけにもいかない事情がある。例え美空も含めた四人のグッドエンドに無事到達したとしても、七月七日から今度は第二部が始まるはずだ。そうなると俺は第二部のヒロイン達をグッドエンドに導かないといけないし……第三部の途中で俺は死んでしまう可能性が高い。
「……ミズ」
それに、これはトゥルーエンドではない。俺、もとい烏夜朧というキャラが生き残る世界線はトゥルーエンドしか存在しないのだ、ネブスペ2では。そしてそのトゥルーエンドには乙女の存在が必要不可欠である。
だから、乙女が月ノ宮に戻ってくるまではお預けだ。この先も多くのヒロイン達のために奔走する毎日を送るなら、それぐらいの覚悟が必要だ。
待ってろよ乙女……お前を絶対に俺のハーレムに入れてやるからな──。
「ミッズゥゥゥゥ!」
「ぬおおお!?」
俺は謎の生物の鳴き声が突然耳に響き渡ったため、驚きのあまり心臓が止まりそうになった。
「ミッズ! ミッズ!」
「あ、あぁ……ネブラミミズか。悪いな、考え事をしてたんだ」
この花壇の守り神、ネブラミミズ。何かとヒロインを襲ってばかりの宇宙生物にしては珍しく、この花壇に近寄るスピカやムギを襲わない善良な生き物だ。顔も手足も無いでっかいミミズだが、体を器用に動かして俺に会釈している。
「そうだ。ほら、お前の好物の芋ようかんだ」
ここに来る前にスーパーで芋ようかんを買ってきておいた。それを袋から取り出してネブラミミズにやると、彼は芋ようかんをパクっと加えて丸呑みした。
「ミッズミッズ~」
体をブンブンと回しているのを見るに、なんだか嬉しそうで可愛い。なんだか愛着湧いてきたな。ってか好物が芋ようかんって随分と和風趣味だな。
「ほらネブラミミズ、ローズダイヤモンドが咲いたぞ。やっぱり凄い綺麗だなぁこれ」
「ミズミズ」
ネブラミミズも感慨深そうに頷いていた。こいつらの知能がどんだけあるかはわからんが、このローズダイヤモンドの神秘的な魅力がわかるのだろうか。まぁ俺の言葉を理解してるみたいだし、多分犬ぐらいの知能はあるよな。
「ミッズ! ミッズ!」
するとネブラミミズはローズダイヤモンドの後ろ、茂みの下の方に向かってその体をウネウネとさせて何かを伝えようとしていた。
「な、なんだ……? そこに何かあるのか?」
「ミッズ!」
もしかして芋ようかんをくれたお礼に何か良いアイテムでもくれるのか? そんな日本昔話的な展開を若干期待しながらネブラミミズが示していた茂みの下を少し探ってみると、小さな木の板が見えた。
それを手にとって見ると、長さの違う二本の木の板が縄で縛られ、まるで十字架のような形をしていた。っていうか完全に十字架だわこれ。
「じゅ、十字架か? も、もしかしてここって誰かのお墓なのか!?」
「ミズゥ」
「あ、違うの?」
「ミズ」
「良かった~」
一応お墓ではないらしい。スピカルートのバッドエンドだとこの花壇の肥料にされるからその線も有り得たが、俺は胸をなで下ろした。まだネブラミミズが茂みの下をアピールしていたため、俺はもう少し茂みの下を探ってみた。
「まだ何かあるのか? もう何も無さそうだが」
「ミッズ! ミッズ!」
「え、下を掘れば良いのか?」
俺はネブラミミズに促されて、茂みの下の地面を軽く掘ってみた。すると何か固いものが手に当たり、それを掴んで取り出した。出てきたのはお菓子とかが入っていそうな小さなブリキの缶だ。結構錆びているからかなり年季が入っているようで、気になって蓋を開いてみた。
すると、中には古びた一枚の紙切れと小さな封筒が入っていた。封筒の上に乗っていた薄汚れた紙切れには、こう書かれていた。
『私達の居場所はどこ?』
それは、ネブスペ2の前作である初代ネブスペのメインヒロインが呟く、『
しかしどうしてそのセリフが書かれた紙切れがこんなところにと不思議と思いつつその紙切れを取り、俺はその下にあった小さな封筒を手に取った。
その封筒は星型のシールで封がされており、宛名と差出人がご丁寧に書かれていた。
『おぼろへ』
俺の手が異様に震え始めた。震えで封筒がブレて差出人が確認できなくなったため、俺は封筒を両手で掴んで、差出人の名前をしっかりと確認した。
一度見て、目をつぶり、そして開いてもう一度見て、目をこすり、そしてもう一度見て、俺は息を呑んだ。
『おとめより』
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