アストレア姉妹編㊸ 美少女ゲームヒロインの本気
俺は三人が仲良く入浴している間、ダイニングで一人お粥を食していた。卵が入ったお粥は病人には優しい味付けでとても美味しいのだが、なんで俺は一人で放置されてるんだろう。
いや、看病しに来てくれたのはとても嬉しいんだけども。なんで皆一緒に入浴しに行っちゃうんだよ。誰か一人は残ってくれよ。そんなついで感覚でお風呂に入ることある?
……いや待て。ギャルゲとかエロゲだと、こうやってヒロインが入浴している時に浴室で何かトラブルが起きて、やむなく主人公が浴室に突入してヒロインのあられもない姿を見てしまう、いわばラッキースケベ的な展開が待っているのでは……!?
と、俺は内心期待していたのだが。そんなことは一切起こらないまま三人は無事入浴を終えてダイニングへと戻ってきた。意外と早く戻ってきてくれて良かった。
「なんだかすげぇ疲れた……」
「レギュラス先輩とじっくりお話できてよかったです」
「極上品だったね、レギー先輩」
いや、人様の家の風呂で何をやってたんだ君らは。こちとら病人なんだぞ。
スピカと彼女に無理矢理引っ張り出されたムギが食器の片付けをしてくれている間、リビングでテレビを見ているとレギー先輩がソファの隣に座ってきて口を開いた。
「朧……昨日の話なんだが、助かったよ。あいつに代わって礼を言っとくよ、ありがとう」
昨日の話というのは会長のことだろう。芸術家の男に殴られ気が動転してしまった会長を落ち着かせるために、俺は慌ててレギー先輩を呼んだのだ。急いで駆けつけたレギー先輩に俺は会長を任せたので、あの後のことは知らない。今の俺が深く関わっていい問題かもわからなかったからだ。
「会長は大丈夫そうでしたか?」
「あぁ。夜にはいつもの調子に戻ってたよ。オレの口からは詳しいことは話せないが……ローラはあぁ見えて色々とあるんだよ」
あぁ、知っているとも。前世でネブスペ2をプレイしたから知っている。まさかこんなにも早く、会長のあんな姿を目撃してしまうことになるとは思っていなかったが。
「今回のことで少しはローラも朧のことを気に入ってくれたかもしれないぞ?」
「そうだといいですね……」
会長の俺に対する好感度が上がったかは微妙なところだ。あんな姿を見られたくなかったから逆に下がっているかもしれない。きっと次に出会った時はあんな事なんて無かったかのように会長は振る舞うだろう。
あんなに嫌な人なのに、嫌いになれないってのも辛いぜ……。
熱も平熱近くになったが、念のため俺は横になって携帯でも見ながら時間を潰すつもりだったのだが……片付けを終えても三人は帰ろうとせずに俺の部屋の扉の前に居座っていた。
「烏夜さん。体調が悪い時に一人では不安じゃないですか?」
「そうだよ朧。とっておきの子守唄聞かせてあげるから」
「ま、まだ時間に余裕はあるからな」
なんか俺、すごいモテてる。だけどなんだか凄く怖い。こういう時って興奮で凄い胸がドキドキする展開のはずなのに恐怖のドキドキが勝ってるんだもん。
「いや、僕ももう子どもじゃないんだから一人で大丈夫だよ。スピカちゃんとムギちゃんの家はここから遠いんだし、早めに帰った方が良いよ」
「そ、そうだぞ。オレの家はすぐそこだからオレが残るよ。だからスピカとムギは安心して帰っても大丈夫だぞ」
レギー先輩の目が若干泳いでる。そういやレギー先輩って俺の部屋に入ったことあるし、何なら同じベッドで寝たことがある。まぁあれは経緯が経緯だっただけにエロシーンには程遠いものだったが……いや、エロゲの世界観だったら全然そっちに突入してもおかしくなかったんだけどなぁ。何か妙にそういう縁が遠い気がする。
それに俺も自分の部屋に可愛い女の子が三人もいられると落ち着けるわけがない。レギー先輩一人なら何とか耐えられるかもしれないが……少し様子が怪しいレギー先輩をジーッと見ていたムギが口を開いた。
「レギー先輩。朧のベッドの寝心地はどうだったの?」
するとレギー先輩は笑顔で答える。
「いやぁなんだか凄いフカフカだったなぁ。たまに遠くの公演でホテルに泊まることもあるけど、その時よりも安心できる心地よさってのが……あ」
レギー先輩、アンタ役者やめろ。今すぐ俺が自分の手でバッドエンドにしてやっても良いんだぞ。
と、レギー先輩があっさりボロを出してしまったところで、スピカとムギはお互いに目を合わせてウン、と頷くと──。
「「突入ー!」」
スピカとムギは何の躊躇いもなく俺の部屋へと入っていった。
……いや、俺は許可してないんだけど!?
俺の部屋に侵入したスピカとムギは、俺の部屋の各所をまるで舐め回すようにじっくり観察していた。
残念ながら烏夜朧はまぁまぁ綺麗好きだ。あるべきものがあるべき場所にある、これは基本である。まぁこの家で掃除や片づけをするのは俺ぐらいしかいないし、隣の望さんの部屋の散らかり具合はもう諦めているが。
「なんだか普通ですね」
「ね。朧、どっかにエッチな本ないの?」
「あっても言わないよ」
いかがわしい本やDVDは俺の部屋ではなく、リビングのソファに隠されている。実はリビングのソファはカバーの下が収納になっていて、そこに大量のお宝が眠っているのだ。しかも俺だけのコレクションではなく、美空達と同居しているが故にそういったものを自宅で見ることが出来ない大星のコレクションもここに置かせてやっているが、表面はタオルとかでカモフラージュしているからそう簡単にバレやしない。
望さんは知ってるけど。
「スピカ、一緒にいかがわしい本探そ。朧の趣味がわかるかも」
「病人の部屋で暴れ回らないでくれない?」
「確かに気になりますが……そうです、私達は烏夜さんを看病するために来たのです。というわけで烏夜さん、一緒に寝ましょうか」
「す、スピカちゃん!?」
さも当然のようにスピカはベッドに腰掛けた。すると謎の対抗心を燃え上がらせたムギまでベッドに居座る。
「家に帰るのが大変なら泊まっていけばいいもんね。ほらおいでよ朧。これが姉妹丼だよ」
だから俺は病人だっつってんだろうが。とはいえ俺の体もかなり正直なもので、その興奮した部分がバレないように俺は慌ててベッドに座ったが、スピカとムギに挟まれてしまう。
まずい。こんなの原作にないぞ。スピカとムギのそれぞれのルートや百合エンドはあっても、姉妹両方とも頂くエンディングは無かったはずだ。ムギはともかくなんでスピカまで乗り気なんだよ、そんな好感度高かったのか?
こんなにテンションが上がる展開はこれ以上無いはずなのに、俺はまだ理性を保っていた。確か原作だとスピカとムギもベッドの上ではかなりの体力お化けのはずだ。そんな二人を同時に……いや、どうだろう。スピカもムギも冗談で言っているだけだと信じたい。信じたいのだが、どうしても二人の目が本気に見えてしまう。俺も一度タガが外れてしまったら止められる気がしない。
俺は助けを求めるように、部屋の入口に佇んでいたレギー先輩の方を見る。するとレギー先輩はスピカとムギを諫めることなく、俺の部屋のドアを閉めた。
「お、お前がゆっくり眠れるようにしてやるだけ、だからな……」
ほ、本当ですか?
俺をただ寝かしつけるだけなら、そのすっごい覚悟を決めたような目は何なんです? なんでこの三人はそれぞれと接するとしっとりしたイベントが起きていたのに、三人で集まるとこうもハチャメチャになってるんだ?
「覚悟決めなよ、朧」
「そうです、烏夜さん」
そうか、俺は死ぬのか。このベッドの上で死ぬ未来が俺の頭をよぎる。腹上死か、あるいはこの世界で多く発生しているイレギュラーを考えたら三人にこれから殺される未来だってありえるのだ。
まさかこんなエンディングがあるなんて──と、この先の展開に並々ならぬ興奮と絶望を覚えていると、レギー先輩が閉めたはずの部屋のドアが開かれた。
「あ」
その人が姿を現すと同時に、スピカとムギとレギー先輩の不味い、という感情が顔に表れていた。
そこに現れたのは黄色いボサボサ髪で白衣を着た、目の下にクマが色濃く残る女性……この家の家主であり俺の叔母である望さんだった。
「へぇ……」
望さんはスピカ、ムギ、そしてレギー先輩の順に目をやった後、最後に俺の方を見て、まるで養豚場のブタを見るような目で言った。
「人がせっかく気を利かして忙しい中帰ってきてやったのに、まさか女を三人も連れ込んで乱◯パーティなんてねぇ……」
いや◯交パーティって言うな。そうなる未来がありえたけども。
そして望さんにそう言われたレギー先輩達は、急に顔を真っ赤にして言う。
「ち、違うんだ望さん! オレ達はただ朧の看病をしようとしただけで」
「へぇ? 看病と言いつつ布団の中に潜り込んで朧の[ピー]を[ピー]するつもりだったんじゃないの? いや、だるさで動けない朧の跨って好き放題するってのもアリね。私は隣の部屋で寝てるから好きにやってれば?」
望さんのその指摘が図星だったのか、あるいは自分達の行動をようやく客観的に見ることが出来たのか、レギー先輩達は大人しく帰っていった。
……つくづく俺は、エロゲ世界に転生したのに後一歩のところで縁がないらしい。いや、今回ばかりは助かったと言うべきか。
レギー先輩達が帰った後、望さんは冷蔵庫から缶ビールを取り出して、ソファでつまみと一緒に飲んでいた。
「た、助かったよ望さん」
俺は床にあぐらをかいて望さんにお礼を言った。なんだか風邪だったのとは別でどっと疲れが押し寄せてくる。
「で、本当に4Pが始まる寸前だったの?」
「いや、ただ仲良く寝る……つもりだったんだと思うよ。レギー先輩達はお粥も作ってくれたし。
ところで月研の方は良いの? 大星や美空ちゃんが残ってると思うけど」
「トニーに任せてるから大丈夫よ。にしても随分とモテモテなのね。アンタは誰が好みなの?」
「選べないよ、そんなの」
俺はスピカのおしとやかで上品な雰囲気や、時折見せる邪悪な一面も好きだし、ムギの一見ぶっきらぼうだけど人懐っこい性格、そしてどことなくそそられる庇護欲がたまらないし、レギー先輩は先輩として頼りになる一面もあれば俺を頼ってくれる時もあるギャップが良い。
『ねぇ、朧──』
だが、そんなことを考えていると、俺の名前を呼ぶ幼馴染の顔が頭をよぎるのだ。
やめろ、出てくるんじゃない。君はもういないんだろ?
「体調の方は大丈夫そうなの? 電話口だと凄い具合悪そうだったけど」
「明日には治ってると思うよ。わざわざありがとね、望さん」
「いやいや、召使いがいなくなると困るから」
甥っ子を召使い扱いか、と俺は呆れるように笑いながら自室へと戻った。
はて、あの三人は大人しく帰ってくれたが、俺は今日安眠できるだろうか? そんな不安を抱えつつ俺はベッドに横になった。
最近はシリアスなイベントばかりでかなり疲労していたが、風邪を引いたとはいえ丸一日休むことが出来たから、丁度良いリフレッシュだった。
しかし、バッドエンドを避けるためだったとはいえスピカとムギ、レギー先輩のイベントを解決するために奔走していたら、なんだか大分親密になってきたな。俺から行動すればワンチャンあるかもしれないが、あの三人の中から選ぶことなんて出来ないし、そんな軽いノリで決められるものじゃない。
だが、良くも悪くも三人のおかげで元気を貰えた。第一部が完結するまであと十日。
第一部の最終日である七月七日の七夕までに俺は、第一部のヒロイン達のイベントの総仕上げと、第二部を迎えるための下準備をしなければならないのだ。
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