アストレア姉妹編㊷ 看病イベント
「──ようこそおいでくださいました、烏夜さん」
スピカに呼ばれ、アストレア邸を訪れた俺はリビングでスピカと一緒に紅茶を頂いていた。和解したとはいえ俺は今でもスピカを見るだけで心が痛くてしょうがないが、せっかくスピカが淹れてくれたため何とか喉に通した。
「ぼ、僕に一体何の用だい?」
こうしてスピカと一対一で話すのはなんだか緊張してしまう。しかも同じくこの家に住んでいるムギがいないことに妙な違和感があった。それに窓に打ち付ける激しい雨音がやけに不安を煽るように室内に響いていた。
スピカは紅茶を一口飲んだ後、カップをテーブルに置いて口を開く。
「私、ローズダイヤモンドを咲かせる方法を思いついたんです」
そう言ってスピカがニッコリと微笑んだ瞬間、俺は突然酷く咳き込んだ。同時に口から何か吐き出しそうになったため手で押さえると──俺の手が真っ赤に染まっていた。
「な、なんだこれ……!?」
体の内側からまるで焼けるような激痛に襲われ、俺はさらに血を吐き出しながら椅子から床に倒れた。
だ、ダメだ……血が止まらない。得体の知れない魔物に内蔵を食い荒らされているようだ。スピカは床に倒れてもがき苦しむ俺に対して心配する素振りすら見せず、笑顔でゆっくりと近づいてきた。
その手に、紫色の美しい花を持って。
「人間と動物の毒耐性に違いがあるように、私達ネブラ人と烏夜さん達地球人の間にも毒耐性の違いがあります。アストルギーやアストラシーショックがその例ですね。
そしてそれは……このトリカブトもそうです」
スピカが手に持っている花は、猛毒を持つことで有名なトリカブトだ。その根に猛毒を持ち、ミステリー作品なんかでよく殺人の手段として使われたり、現実でも他の野草と間違えて食べられることもある。
スピカは手に持つトリカブトの花をパクっと噛むと、上品にもぐもぐと咀嚼を始めた。
「私が飲んだ紅茶と烏夜さんが飲んだ紅茶には、どちらも同じ分量のトリカブトが入っています。きっと烏夜さんにとっては致死量の猛毒だったでしょう。しかし私にとっては香ばしいハーブティーのようなものです」
スピカは床に倒れた俺の前にしゃがむと、トリカブトの花を俺の顔の前に添えて言う。
「烏夜さん。私は烏夜さんのことをとても信頼しています。シャルロワ会長を庇うために、私達に嫌われることがわかりきってても身を挺したのですから……貴方は大切な人のために、簡単に命を捧げることの出来る善人です。
そんな烏夜さんを養分にしたら、とても綺麗なローズダイヤモンドが咲くと思いませんか?」
そう言ってスピカは今も血を吐き続ける俺の口の中に指を入れてきて、その指に付着した血を見ながらフフッと微笑んだ。
「ご安心ください、烏夜さん。私は……烏夜さんの体から咲いたローズダイヤモンドを、一生愛してあげますから。
私に、綺麗なお花を見せてくださいね」
「スピ、カ……!」
まだ、だ。俺にはまだやり残したことがある。だから死ぬわけにはいかない!
しかし、そんな俺の心の叫びは誰にも届くことなく、世界が暗転していく──。
---
--
-
「……はぅあっ!?」
俺はベッドから飛び起きた。キョロキョロと辺りを見回すと確かに俺の部屋だった。外はすっかり暗く、時計を見るにもう夜の七時だった。
「ゆ、夢だったのか……?」
なんかスピカに毒殺された夢を見たような気もするが、どうやら俺の内なる恐怖心が生み出したただのバッドエンド世界線の悪夢だったようだ。何とかスピカとは和解出来たが未だにローズダイヤモンドは咲いていないため、あれが正夢になる可能性も残っている。
「あぁ……熱があればあんな夢も見るか」
さて、今日は六月二十七日の土曜日。テスト明けのせっかくの休日だというのに、俺は風邪を引いていた。朝から酷い倦怠感に襲われ熱を測ってみると三十九度を越えていた。この間、雨の中傘も差さずに外をふらついていたのが祟ってしまったようだ。確かに昨日一昨日と多少の気怠さはあったのだが、休む暇なんてなかったししょうがない。
幸いにも今日は休日だが、大星達と一学期最後の天体観測をする予定だったのだ。天気予報を見ると久々に晴れるようだが、彼らに風邪をうつすわけにもいかないため大星に風邪を引いたから行けないという旨を伝えて、俺は部屋で一人安静にしていた。
んで、スピカに毒殺される……スピカルートのバッドエンドを夢の中で体験していたのである。しかし朝からこんな時間まで寝てるって、結構疲れが溜まってたのかなぁ。多分精神的な疲労の方が大きかっただろう。
「お、大分熱も下がったな」
あんな悪夢を見た後だったから不安だったが熱も微熱程度にまで下がり、倦怠感も薄れてきていた。朝から腹に入れてないからかなりの空腹感を感じていたが、寝汗のせいで寝巻きがビショビショだったため体を拭いて寝巻きを着替え軽食でも作ろうとした時──家のインターホンが鳴った。
こんな時にセールスかと思ってドアホンを見ると、そこには見覚えのある人物がカメラに映っていた。
『朧! いるのはわかってるんだよ! 隠れずに出てきなよ!』
そう言いながらドアをドンドン叩いているのは、黒いリボンで留めた緑色のサイドテールを揺らす少女、ムギ。
何でこんな怒っているのだろうと思っていると、彼女の隣で腕を組みながらカメラを凄んでいるレギー先輩が口を開く。
『朧……まさかお前が浮気してるとは信じられねぇよ。でも三股なんて酷いぞ!? 一体どう説明してくれるんだ、おぉん?』
……ははーん。さてはレギー先輩とムギ、事前に打ち合わせして一芝居打ってるんだな。
いや、だとしても近所迷惑だからやめてくれ。二人のくだらない芝居を見て苦笑いしていると、そんな二人の後ろで一人、スピカが赤いサイドテールを揺らしながら慌てふためいていた。
『ちょ、ちょっと二人共! 近所迷惑になっちゃうから……あ、あの烏夜さん! 私達、烏夜さんの看病に来ただけですので!』
まさかこれは、ギャルゲやエロゲによくある看病イベントか……!? まるで夢みたいなイベントだが、夢じゃないよな? ていうかヒロインが三人も来ちゃったけどどうすんだよこれ。
俺は今日の天体観測に行けないことを大星に予め伝えていたのだが、大星がその情報を全員に共有したところ三人が来てくれることになったらしい。これだと展望台で天体観測をするのは大星と美空しかいないわけだが、まぁ二人きりなのを利用して好き勝手イチャコラやってるだろう。
「観測レポートはどうするんです?」
「大星がオレ達の分も書いてくれるってよ」
「あ、あの大星が?」
「はい。なので安心して烏夜さんの看病に行ってこいと」
あんなに観測レポートという課題を嫌っていた大星が、自ら進んで書いてくれるだと!? 大星の心境の変化に嬉しくて、俺もう泣いちゃいそうなんだけど……そうか。ちゃんと大星のパートナーとなった美空が頑張ってくれてたのだろう。
大星にはお礼に今度、とっておきのエロ本でもくれてやるか。
「それより朧、風呂借りていいか?」
「看病に来たはずなのに結構図々しいですねレギー先輩。どんだけウチのお風呂を気に入ってるんですか」
「まぁまぁ。お前の体も拭いてやるからよ」
それは限りなく嬉しい提案なのだが、俺は丁度拭き終わった後だし、俺とレギー先輩の会話を聞いたスピカとムギは口をあんぐりと開いて驚愕していた。
「あの、レギュラス先輩。以前にここのお風呂に入ったことがあるんですか……?」
そう、俺とレギー先輩は失念していた。どうしてレギー先輩が俺の家の風呂の良さを知っているのか? それは、前にレギー先輩が利用したことがあるから、という理由に他ならない。しかも二回もだ。
このままだと俺とレギー先輩がまるでそういう関係にあるとスピカとムギに誤解されかねない。しかし真実を伝えるのも難しいため、俺は頭をフル回転させた。
「実は、前に酔い潰れた望さんをレギー先輩が介抱してくれたことがあってさ、その……レギー先輩の服が汚れちゃったからお風呂を貸したことがあるんだよ。
あの時はありがとうございました、レギー先輩」
そんな出来事、今まで一度も起きたことがない。しかし望さんってよくお酒飲むし、だらしない生活を送っていることはスピカやムギも知っているからかなり信憑性のある話に出来る。
だから俺はこの洞話に乗ってくれとレギー先輩に視線を送ったのだが……。
「そそそそうだな! いや~あの時はた、大変だったなぁ~」
と、レギー先輩は目を泳がせながら、さらにどもりつつ言う。
おいレギー先輩、アンタ役者やってんだろうが。もうすぐ大事な舞台控えてるんだろうが。なんでこんな時に限ってそんな明らかに動揺してるリアクションしちゃうんだよ。
「へぇ……」
「ふぅん……」
ほらスピカとムギもすげー訝しげな目でこっち見てんじゃん。
「そ、そうだ! スピカとムギもオレと一緒に入るか? お湯が貯まるまでお粥作ろうぜ」
「そうですね。レギュラス先輩とじっくり話し合うのは後からでも出来ますからね」
「裸の付き合いといきましょうや、レギー先輩」
「か、顔が怖いぞ二人共……!?」
と、浴槽にお湯を貯めている間に三人は予め買い揃えてきた材料を使ってお粥づくりを始めた。そしてお粥を作り終えた頃に丁度お湯も溜まったため、三人は仲良く浴室へと向かった。
そんなあっさりしたその場のノリで野郎の家の風呂に入ることがあるもんかね。これもエロゲ世界特有の狂った倫理観か?
……いや、ていうか俺の看病は?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます