アストレア姉妹編㊵ ハーレムの夢と現実



 六月二十六日。期末考査がようやく最終日を迎える。

 心労なのか過労なのかわからないが体になんともいえない倦怠感がある中で、ここ最近のゴタゴタは急激な雪解けを迎えようとしていた。


 「ごめんなさい、烏夜さん」


 放課後、ようやく期末考査が終わって少し体が軽くなったところで俺はスピカとムギに呼び出されて屋上へ。昨日はここでムギが飛び降りようとしていただけに多少の緊張感があったが、屋上でムギと待っていたスピカは俺が姿を表すと、深々と頭を下げてきた。


 「私、何度も烏夜さんに助けていただいたのに烏夜さんのことを信じられずに、ずっと誤解してしまっていて……!」


 昨日、会長がムギに頭を下げてから事態は急変した。あの後会長はアストレア邸へと足を運び、スピカが大事に育てていたローズダイヤモンドの花を引きちぎったのとムギの絵を破ったのは自分だと告げ、二人に頭を下げて詫びたのだ。


 「いや、それはスピカちゃんが謝ることじゃないよ。悪いのは会長なんだからさ。僕も変に会長を庇ってたんだから同罪だよ」


 俺は同席していなかったからその様子は見れなかったが、二人はさぞ驚いたことだろう。昨日、屋上でもムギは何がなんだかわからないという様子で、俺も急展開過ぎてあまり覚えていないのだが、自分に頭を下げる会長を目の前にして慌てふためいていたムギが可愛かったことだけは覚えている。


 「そんなことはありません。私は烏夜さんに酷いことをしてしまったのに、どう詫びたら良いか……」


 俺、スピカにそんな酷いことされたっけ? 俺が酷いことをした自覚はあるけども……確かにスピカとはあれから一切会話しなかったけど、無視をされているってよりかは気まずくて言葉が出ないって感じだったし、スピカは嫌がらせをしてくるような子でもない。

 だからスピカが許してくれるのなら俺はもう願ったり叶ったりなのだが、この場に同席しているムギは……絶対に良からぬことを企んでいるであろうわっるい笑顔を浮かべながらスピカの方を見て口を開いた。


 「そうだねスピカ。朧はすっごく怒ってったよぉ……『あんなクソ生意気なアマ、一発[ピー]してやらねぇと気が済まねぇなぁ!』って言ってたもん」

 「言ってない言ってない」

 「せ、せめて指を詰めるだけでお許しください……!」

 「冗談でもやめるんだスピカちゃん」


 ムギがここぞとばかりに悪ノリしてスピカを責め立てている。確かに俺とスピカの仲はギクシャクしていたが、あんな出来事があって俺の方が怒り狂ってたらただの逆ギレだろそれ。

 しかし、アストレア姉妹の日常が戻ってきたように感じる。昨日は本当にどうなるかと思ったが、一度は遠い所へ旅立とうとしていたムギも元気を取り戻してくれた。

 二人の笑顔を目の前で見ることが出来て俺は幸せだ。一時はどうなるかと思ったが……。


 「だ、だいたいムギだって烏夜さんのことを信じてなかったでしょ!? ムギもちゃんと謝らないとっ」

 「私はもう謝ったもーん。なんだったらキスだってしてあげたけど?」

 「き、キスぅっ!?」


 スピカはムギから衝撃の事実を聞かされて驚愕しながら俺の方を向く。


 「か、烏夜さん! 一体いつの間に、ムギとそういう関係に……!?」

 「い、いやまぁ……色々とあって」

 「し、しかもシャルロワ会長という人を愛していながら、む、ムギを手籠めにしようとしていたのですか!?」

 「ちょっと待ってくれスピカちゃん。僕は会長とそういう関係じゃないよ」


 なんだかスピカが勘違いをしていたため俺は慌てて否定したが、スピカはさらに身をズイッと乗り出してきて言ってきた。


 「でもシャルロワ会長は昨日、私達におっしゃいました! 烏夜朧は私に情熱的な愛を告白してきた、と」


 俺は昨日、会長がアストレア邸で二人にどんな話をしたか知らない。知らないが……もしかしてあの人、俺がいないのを良いことに二人に何か悪いこと吹き込んだな!?


 「そうだよ朧。それ、詳しく聞かせて。どうやってあの会長を陥落させたの?」

 「いや、ちょっと待って。僕は言ってないよそんなこと。いくらなんでも僕が会長に告白したことなんて──」


 しかし、俺はつい先日のことを思い出した。


 『俺は、会長のことが好きだからです』


 ……あ。

 言ってるぅ!? いや言ってた!?

 俺、確かに会長に言ったことがある! いや確かに言ったけど、あれは違うんだ。あれは愛の告白とかじゃなくて、それはなんというか……やべぇ、二人に上手く説明できない。絶対に恋人にはしたくないけどキャラとしては好きって意味がわからない。


 「その反応、どうやら心当たりがあるようですね」


 スピカの語気にはどこか怒りさえ感じられた。まぁ自分と自分の大切な妹を誑かされていると知ったらそりゃ怒るだろう。

 俺がどう弁明しようか悩んでいると、ムギが俺とスピカの間に割って入り、彼女はスピカの方を向いて言った。


 「いや、違うよスピカ。朧の夢を忘れたの? 朧はハーレムを作り上げるのが夢なんだよ」


 あ、その設定ここで生きるの?


 「じゃ、じゃあ烏夜さんはシャルロワ会長とムギの両方を付き合うということですか……?」

 「そういうこと。スピカも入りなよ、朧ハーレムに」


 いや、多分会長は絶対入らないよ。俺かて絶対に入れたくないんだよ、会長だけは。


 「……というか、ムギちゃんは僕のハーレムに入りたいの?」


 確かに俺はムギにキスされたが、なんか大事なことは言われていない気がする。俺は勿論ムギのことは大切だが、付き合うってなると……絶対に俺がスピカやレギー先輩に浮気する未来が見える。違う、前世の俺が元々浮気性というわけではない。これは烏夜朧として生きてきた人生に影響されているだけだ、そうなんだ。

 しかし俺がムギに聞いてみると、彼女は自分が言っていたことがどういう意味なのかようやく理解できたようで、急に赤面してしまっていた。


 「そ……そ、そういうわけじゃないから!」


 と、急にツンデレキャラっぽくなってしまったムギは逃げるように屋上から去ってしまった。

 ……まぁ、今はあんな感じのムギを可愛らしく思っておこう。


 「ちょ、ちょっとムギー!?」


 スピカは慌ててムギを追いかけていく。が、屋上の扉の前で立ち止まると、俺の方を向いて笑顔で口を開いた。


 「烏夜さん。改めて……ごめんなさい。そして、ありがとうございます。明日は久々の観望会なので、一緒に行きましょうね」

 「……うん、そうだね」


 スピカは笑顔で屋上から去っていった。



 ……なんだか急に話が丸くまとまった。スピカやムギとの関係が元に戻ったのは喜ばしいことなのだが、新たな問題も生まれているのだ。

 それは、ムギとレギー先輩が確実に俺に対して好意を抱いていること。


 「俺……超モテてるじゃん。近々死ぬのかな、俺」


 まさか二人にキスされるなんてなぁ……って思い出に浸っている場合ではない。烏夜朧の夢がハーレムという理想郷を築き上げるというふざけたものなのに対し、ムギもレギー先輩もそれを受け入れた上で俺のことを好いているのがややこしい。

 

 「でもどっちかを選べだなんて無理だよお~」


 だってどちらも振ったら簡単に命を投げ捨てそうなんだもの。昨日の一件はスピカは知らないようだが、一度立ち直ったとはいえいつまたそんなイベントが起きるかわからない。美空やスピカと違い、ムギもレギー先輩も、バッドエンドでは自分の死を選んでしまうのだ。


 「俺、この誘惑に耐えていけるのか……?」


 昨日、俺はレギー先輩がせっかく告白してくれたのにまるで逃げてしまったような形になったが、ムギとの一件が終わった後お詫びの連絡を入れたら『特別扱いはしなくて良い』と返された。

 レギー先輩はムギのイベントを知らないはずだが、最近は放置気味だったし本当に申し訳ない。スピカとムギのイベントが解決したら何か手伝ってあげたいのだが、それすらもまだ解決していないのだ。



 確かに俺とスピカ達との件は、そもそもの犯人である会長が二人に謝ればそれで済む問題だったが、どうして急に会長は二人に謝ったのだろうか。

 まぁ俺、というよりはスピカとムギの二人のことを気遣って助けようとしてくれたのかもしれない。しかし……。


 『私は、貴方がもっと素晴らしい作品を作り上げることが出来ると信じています』


 昨日、会長は屋上でムギに頭を下げた後、ムギに向かって笑顔でそう言ったのだ。ムギの絵を破ったのは、ムギならもっと良い絵を描けるから、だと……ムギは会長に期待されたのが嬉しかったのか彼女の説明を素直に理解できたようだが、俺はそれが真実だとは思えないし、やり方が雑すぎる。

 

 『愛の力なんてバカバカしいでしょう? だって、こんな簡単に失くなってしまうんだもの』


 わからない。どっちが本当の会長なのかわからない。おそらくは後者の、暗部を見せている方が会長の真の姿だと思うのだが、一体どういう経緯でスピカとムギを助けてくれたのだろう。


 そんなことを思いながら帰ろうと思って俺は生徒玄関の方へ向かう。HRが終わって時間も経っていたため、周囲に全然人気はなかったのだが──。


 「この私に歯向かおうだなんて良い度胸だな!」


 どこからか聞こえた男の怒号で俺はハッとして、鞄を置いて慌てて声がした方へと向かった。

 すると、人気のない校舎裏でただならぬ雰囲気で対峙する二つの人影が見えた。一方はド派手な髪色とカラフルな色合いの服を着た……ムギの絵を盗作だと酷評していた芸術家の男。いかにも機嫌な悪そうな彼の目の前で堂々とした態度で佇んでいるのは、会長ことエレオノラ・シャルロワだった。

 

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