アストレア姉妹編㊲ ちっともいいことなんてなかったんだ。



 放課後、俺は一旦家へと戻った後で自転車を走らせてアストレア邸近くの花壇に咲くローズダイヤモンドを見に行った。


 本来、この前の日曜日にスピカの涙を栄養にして再び咲き誇るはずだったローズダイヤモンドは、結局花を咲かすことなく今も枯れたままだ。ローズダイヤモンドが咲かないとなるともうバッドエンド確定演出だから、このままだと俺はスピカに殺された上に肥料として利用されてしまうし、おそらくムギもバッドエンドを迎えてしまう。最悪俺が死ぬのは良いとして、スピカとムギが悲惨な結末を迎えるのは絶対に看過できない。


 やがてローズダイヤモンドが植えてある花壇が見えてきた時、その側に人影が見えたため俺は慌てて丁字路の塀の裏に隠れる。

 不気味なほど薄暗い路地の向こう、すっかり枯れてしまったローズダイヤモンドを抱きながら制服姿のスピカが泣いていた。そんな彼女にムギが寄り添って、震える小さな背中を擦っていた。


 そんな二人を見て俺は思わず目を背けてしまい、塀の裏で大きくため息をついて空を仰いだ。

 もしも、あの光景を、画面越しに、あくまでゲーム中の一つのイベントとして、数あるイベントのCGの中の一つとして見ていられる内は幸せだっただろう。あくまでプレイヤーとしての視点だったなら、今の二人を見て悲痛を感じると共に、その姿に一種の美しさすら感じることも出来た。


 だが俺は今、それに現実として直面している。しかもその原因は俺にあるのだ。

 しかし、奇しくもスピカとムギの仲が元通りになった後で良かったと思う。彼女達が二人で助け合える内は……だがそれにも限界があるだろう。早く俺が、二人をグッドエンドに導かなければ……だが今更、一体どうやって?



 スピカとムギが花壇から去った後、俺は二人がいなくなったのを念入りに確認してから花壇へと近寄った。

 枯れてしおれてしまったローズダイヤモンドに生気は一切感じられず、とてももう一度花を咲かせられるとは思えない。しかし、作中では確かにこんな状態に陥ってもスピカの涙でもう一度花を咲かせたはずなのだ。あの日もスピカは泣いていたし、ついさっきも泣いていた。

 一体、一体何がダメだって言うんだ……?


 『──この花を咲かせる方法は簡単よ』


 あの日の、会長の言葉が頭をよぎる。


 『この花に愛情を注ぐだけ。この花に[ピー]や[ピー]をかけたり、何ならこの花とS◯Xするだけでもいい』


 幻の花、ローズダイヤモンドの花を引きちぎった張本人である会長は確かにそう言っていた。

 この花を丹精込めて育てていたスピカも、この花は愛情を栄養に育つ特殊な植物だと言っていた。その愛情ってのは、なんかもっとこう、気持ち的な、もっとファンシーな世界観のことを言っていたんだと俺は解釈していたのだが、会長が言うにはもっと直接的な行為でも咲くらしい。


 いっそのこと、会長が言っていた通りぶっかけてみるか? 


 いやいやいや待て待て待て、それは流石に気が狂ってる。そんなのエロゲぐらいでしか見ないぞ、っていうかこの世界エロゲの中だったわ。だったらセーフか? 花弁とかってちょっとした隠語に使われることもあるし……。

 だとしても自分の[ピー]をぶっかけた花をスピカ達に見せるのはどう考えてもヤバいだろ。一生のトラウマにもなるし余裕で警察のお世話になってしまう。


 いっそのことここは第一部の主人公である大星にでも頼んでみるか……いや、親友に『この花に[ピー]をぶっかけてくれ!』って頼むのもどう考えてもヤバいだろ。俺だったら崖から突き落とすわ。



 どうする……この花とS◯Xするだけでも良いと会長は言っていたが、どうやってするんだよ。どこが穴なのかもわからないし……頑張って妄想を働かせたら段々と擬人化してるっぽく見えてくるか? 俺にそんな特殊性癖は無いが、スピカ達のためにそんな性癖を育てるしかないのか?

 俺がそんな風に色欲にまみれた目で枯れたローズダイヤモンドを見ていると、突然花壇の土が盛り上がり──触手のような物体が一気に飛び出てきた!


 「ミッズウウウウウウッ!」

 「ぬおおおおおおおおっ!?」


 土の中から姿を現したのは、淡い赤色で細長い体をして、目や手足もないミミズのような生物……これは、ネブラミミズ!?


 「ミッズ!」


 説明しよう! ネブラミミズとは土中に生息するアイオーン星系原産の巨大なミミズであり、体の直径こそ五センチから十センチ程だが体長は成体で一メートルから最大五メートルまで成長する。なお、そこら辺にいるミミズと同様にネブラミミズも土に栄養をもたらしてくれるただの益虫である。

 

 俺の目の前に現れたネブラミミズも体の直径こそ五センチぐらいだが、体の半分以上が土の中に埋まってそうだから体長は軽く二メートルは超えてそうだな。顔っぽい部分もないしちょっと怖い。


 「ミッズ! ミッズ!」

 「お、おう」


 しかし元気な奴だ。宇宙生物なんて久々に見たが、よくここに生息していてスピカやムギを襲わなかったな。この状況でスピカやムギが襲われても雰囲気が台無しになるから助かったが。

 ていうかこいつはどこから鳴き声を出しているんだ。


 「ミッズ~!」


 ネブラミミズは元気な鳴き声をあげながら、枯れたローズダイヤモンドに向かって体をブンブンと振り回していた。


 「もしかして、お前は昔からここに生息してたのか?」

 「ミッズ! ミッズ!」

 「自分がこのローズダイヤモンドの守り神だって言ってるのか?」

 「ミズ~」


 まるでそうだよと言わんばかりにネブラミミズは頷くように細長い体を器用に動かしていた。

 すげぇ、俺ってば宇宙生物とコミュニケーション取れてる。ていうか人語を理解しているこいつの方が凄い。


 「なぁネブラミミズ、お前はローズダイヤモンドの咲かせ方を知ってるのか?」

 「ミッズ!」

 「やっぱり愛が必要なのか?」

 「ミズミズ」

 「……[ピー]とかぶっかけるのが手っ取り早いって?」

 「ミズミズ」


 うん。俺とてネブラミミズの言葉は理解できないが、多分会長と同じことを言っている気がする。


 「ほ、他に方法は無いか?」

 「ミズ」


 するとネブラミミズは枯れたローズダイヤモンドの茎の先を示した。


 「ミッズ!」

 「おう」


 そしてネブラミミズは元気いっぱいにその細長い体を上下運動させる。最初は何をしているんだろうと不思議に思っていたが、その上下運動を淫らな目で見ている内に、段々とネブラミミズが俺に何を伝えようとしているのかなんとなくわかってきた。


 「……もしかして、だ。このローズダイヤモンドの茎が生殖器ってことか?」

 「ミズミズ」

 「もしかして、ローズダイヤモンドが絶頂するとこの茎の先から[ピー]が噴射されたりする?」

 「ミズミズ」

 「じゃあ、男だと無理ってこと?」

 「ミズミズ」


 ……成程。このローズダイヤモンドの茎を男性の生殖器と捉えて出し入れすれば良いのか。

 いや、狂気が過ぎるだろ。俺はこのローズダイヤモンドのどこかに入れるための穴があるのかと思っていたのだが、発想が逆だったわ。ローズダイヤモンドって雄しべしかねぇのかよ。


 確かにスピカから聞いたローズダイヤモンドの伝説の中心人物もお姫様だったけども、例えそれが本当だったとしてもローズダイヤモンドを咲かせるためにスピカ達にローズダイヤモンドの茎を挿れろって頼めるわけがない。

 ローズダイヤモンドの伝説ってあんな綺麗なお話だったのに、どうしてこの花はこんなに下ネタを求めてくるんだよ。ワンチャン男でもケツを掘れば……って、考えたくないな。


 「なぁネブラミミズ、本当にそれしか方法がないのか?」

 「ミッズ」

 「なんかこう……抱きしめるだけじゃダメ?」

 「ミズ」

 「キスとかは?」

 「ミミッズゥ!」


 ネブラミミズから妙な威圧感を感じる。

 うん。「お前ごときの低俗な愛情なんかでこのローズダイヤモンドが花を咲かせるわけがねぇだろうが、このクソ野郎がよぉ!」って言われたような気がする。じゃあキスするだけでローズダイヤモンドを花を咲かせた会長って相当ヤバいんだな。


 「……わかった。方法は考えとく。お前はこれからもこのローズダイヤモンドを守っていてくれ」

 「ミッズ!」


 元気よく返事をしてネブラミミズは土の中へ帰っていった。いきなり出てこられると怖いものだが、なんだかんだ可愛い生物だったな。まさか宇宙生物に荒んだ心を癒やされるとは思わなかった。今度好物でも持ってきてやるか。

 


 ムギの諸問題もそうだが、俺はスピカのためにもこのローズダイヤモンドを咲かせなければならない。が、その花を咲かせる方法は大分限られている。例え俺に結構心を開いてくれているレギー先輩に頼んでも流石に無理だろう、というか頼みたくない。俺だって花に欲情して[ピー]をかけられる程の特殊性癖は持ち合わせていない。

 何か打開策は無いか──。


 「朧」


 突然背後から声をかけられた俺は、声にならないほどの恐怖を感じながら驚いて後ろを振り向いた。

 

 「やっぱり、今でも私達のことを気遣ってくれてるんでしょ?」


 突然現れたムギは、そう言って俺に近づいてくるとそのまま俺に抱きついてきた。そして俺の顔を見上げ、その黄金色の瞳から涙を流していた。


 「ねぇ、正直に言ってよ朧。本当は朧はやってないんでしょ? 朧がそんなことをするなんて、今も信じられないもん」


 ……ごめん、ムギ。

 俺はスピカとムギのために、と思っての行動だったんだ。だが……違った。俺はスピカやムギよりも、エレオノラ・シャルロワのことを優先してしまったのだ。

 どちらかを選べなんて俺には無理だ。だから俺は両方とも選ぼうとして、見事に失敗している。


 「朧は、違うんでしょ……?」


 心が張り裂けそうだ。スピカとムギのためを思って俺は二人から距離を置いたつもりだったが、俺は現実を直視できずにスピカとムギから逃げようとしているのかもしれない。

 一体何が正しい? 今更二人に真実を伝えるか? それを本当に信じてもらえるか?

 その先……エレオノラ・シャルロワは一体どうなってしまうんだ?


 「助けて、朧……」


 何故、俺なんだ。何故俺みたいな悪人を頼るんだ。今もスピカとムギのためではなく、他の女のことを考えているのに。

 俺はスピカが大事に育てていたローズダイヤモンドの花を引きちぎり、そしてムギの絵をビリビリに破った。確かに俺は会長の事を庇ってはいるが、それらの悪事は俺がやったことになっているはずだ。


 これは、戒めだ。早々に死んでこの世界から退場する俺が、誰かと親密になり過ぎるのは良くない。

 

 「ごめん、ムギちゃん」


 俺は、自分に抱きつくムギの腕を解いて、ムギの体をそっと離した。

 ダメだ。俺を頼らないでくれ、ムギ。じゃないと俺がダメになってしまう……それではずっと、ムギに甘えることになってしまう。


 「朧……!」


 レギー先輩といいムギといい、俺に優し過ぎる。俺は、こんな最低な行いを繰り返しているのに……!


 「ムギちゃん。もう少し待っていてほしい。僕が、責任を持って解決するから。だから……それまでは待っていてほしいんだ」


 そう言って、俺はムギから逃げるように自転車に跨ってペダルを漕いだ。

 

 第一部が終わるまで、残り二週間を切った。それまでに俺は、スピカとムギ、そして会長との問題を解決しなければならない。

 だが、バッドエンドの足音は確実に俺に近づいていた。


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