アストレア姉妹編㊱ バカバカしい理想ね



 六月二十四日。

 正直メンタル的にとてもまともに期末考査を受けられる状態じゃないが、それでも赤点を取ってしまうと今後に響いてしまうため頑張るしかない。

 大星達主人公がメインとはいえ、一モブとして彼らと一緒にいることができるだけで幸せだったが、殆ど言葉を交わすことなく一日は過ぎ去っていった。


 放課後、俺は大星に呼び出されて校舎裏へと向かった。購買の自販機で買った紙パックのココアを飲んでいると、大星は先にコーヒーを飲み干してから言った。


 「お前が一体何をしたのかわからないが、目論見通り嫌がらせは昨日から無くなっているらしい」


 アストレア邸の郵便受けにネコの頭部が入っていた事件から続いていた彼女達への嫌がらせは、昨日を境にどうやら無くなったようだ。今のところ、ではあるが。

 その原因は、会長がムギの絵を破ったことにあるだろう。奇しくも、渦中にあったあの絵が破られたことで彼女達が嫌がらせを受ける理由は消えただろう。その代償はかなり大きいものだったが。


 「でだ、朧。お前はまだ二人に嫌がらせを続けるつもりなのか?」

 「何の話だい?」

 「お前、二人のことをあんなに気にかけてたのにどうして急に見放すような真似をしたんだ?

  誰かの指図か? 何か脅迫されてるのか? それともストレスが溜まりすぎて気が狂ったのか?」


 今にも胸ぐらでも掴んできそうな勢いで大星は俺に詰め寄ってきた。きっとスピカやムギ、そして親友である俺のことを思ってくれての行動だろう。俺がスピカとムギに酷いことをしたと俺自身が彼にそう告げたのに。

 しかし俺は大星に動揺を悟られぬよう、一切悪びれずにフッと笑いながら言った。


 「愛の力なんてバカバカしいと思ったからだよ」


 ──愛の力なんてバカバカしいでしょう? だって、こんな簡単に失くなってしまうんだもの。


 あれから何度も、会長が口にしたそのセリフが俺の頭をよぎる。それは作中でも会長がよく言うセリフだ、あんな場面ではなかったが。

 あんなに愛だの恋だのうるさかった烏夜朧というキャラがそんなことを言い出したらプレイヤーとして見ている俺は大層驚いただろうが、目の前にいる大星も例外ではないようでかなり驚いているようだった。

 しかし大星は、とうとう俺の胸ぐらを掴んで言った。


 「お前、それを乙女に面と向かって言えるのか?」


 どうして。

 どうして、そこで乙女の名前が出てくる?


 「お前は、やっぱり乙女が転校してから明らかに無理をしているぞ。スピカやムギ、レギー先輩だって前からお前のことを心配していた。

  だが、お前が乙女を理由にして自暴自棄になるのは許さない」


 乙女が転校してから烏夜朧の様子がおかしく見えるのは当たり前だ。何故なら、それまでただ烏夜朧として生きていた人間に突然前世の記憶が入り込み、その人格に『俺』という存在が入り込んだからだ。


 「朧。お前は、一体何と戦ってるんだ?」


 俺の『死』だ。

 いや……この世界の運命とでも言うべきか。最初の頃の俺はあと半年以内に自分が死ぬ運命にあることに怯えていたが、レギー先輩やアストレア姉妹のイベントを回収していく内にそれは二の次へとなっていった。

 いつしか、彼女達のためならこの身を犠牲にしても良いとさえ考えるようになったのだ。


 「僕は、いつだって皆の幸せを望んでいるつもりだよ」


 それが、結果的に俺が死という運命から逃れられる方法となる。ただ俺は、その解決法をミスってしまったかもしれない。

 だが正解なんて見つけられるわけがないだろう。この世界では本来作中で起きないイベントが起きることもあれば、前世の俺の知識がかえって邪魔をすることだってあるんだから。


 「じゃあ、いつまでもスピカとムギから逃げてるんじゃないぞ」

 「わかっているさ。今は、これが最善の方法だと思っていたんだよ」

 「そんな手荒な手段に走る奴がいるか」


 仮にスピカの件もムギの件も、俺が素直に会長のせいにしていたら今はどうなっていただろう? スピカもムギも会長が悪人だと言いふらすような真似はしないと思うが、どこからその噂が広がるかわからない。

 現状一番の悪役は会長な気もするが、俺は彼女を悪役にしたくないのだ。


 「それより大星、君も今はレギー先輩から何かお手伝いを頼まれてるんだろう?」

 「次の舞台の準備があってな。小道具とか衣装とかが間に合うかギリギリらしい」

 「じゃあ大星には是非ともレギー先輩のお手伝いを頑張って欲しい。君の助けがあればレギー先輩の舞台もきっと成功するよ」


 作中でもレギー先輩ルートでは次の舞台に向けた準備で様々なトラブルこそ起きるものの、大星達の助けで成功に導くことが出来るはずだ。俺の頼みを大星や美空が快諾してくれたのはありがたい。


 「あと、美空ちゃんとは最近上手くヤッてる?」

 「ヤッてるって言うな。美空は……前と比べると小言が増えた。なんだか母親が出来た気分だ」

 「晴ちゃんや美月ちゃんともちゃんと仲良くするんだよ? 君にも美空ちゃんしかいないように、美空ちゃんにも君しかいないんだ。絶対に幸せにしてあげなよ」

 「どうして俺がこんなに心配されてるんだ……?」


 ありがたいことに、大星は大星で美空ルートを上手く進んでいるようだ。俺がスピカとムギのルートを追うのに忙しい今、大星達が勝手に上手く進んでいてほしい。

 とはいえ、最早決別したような形のスピカとムギのイベントにどう対処すればいいかわからないが……大星と別れた後、帰宅しようとしていた俺はLIMEでレギー先輩に屋上に呼び出されていた。



 またスピカとムギのことについて何か言われるのだろうと思って、俺は屋上への階段を駆け上がる。

 スピカとムギを傷つけてしまった俺に味方なんていらないと俺は思っていたが、レギー先輩の優しさに包まれて少し前向きになれたのだ。だから今後どうしようか相談しようと思いながら扉を開くと、屋上に人影が二つ見えた。


 一方は、俺を呼び出したレギー先輩だ。屋上の柵にもたれかかりながら、俺に気づくと笑顔を見せる。

 そしてもう一方は……レギー先輩の隣で長い銀髪を揺らすエレオノラ・シャルロワ。今、スピカとムギと同じくらい会いたくない人物だった。


 「どういうつもりかしら、レギー」


 レギー先輩が俺を呼び出したと気づいた会長は、隣に立つレギー先輩を睨むように見て言った。しかしレギー先輩は会長の鋭い眼光に物怖じすることなく笑顔を見せて口を開く。


 「自分の大切な友人が喧嘩してるってのは癪なもんでな。だから仲直りしろよ」


 いや、そんな強制的に仲直りさせられることあるの? 俺は戸惑いつつも二人の側まで向かい、正面に立つ。

 改めて見ると、この二人のオーラとかビジュアルの強さヤバいな。完全にこっちがリードされる側だもん。


 「で、だ。ローラ、お前がローズダイヤモンドの花を千切って、さらにはムギの絵を破ったってのは本当なんだな?」


 いきなり本題に入ったレギー先輩の問いに、会長は動揺を見せず、それどころか何ら悪びれる様子もなくニコッと微笑んで答えた。


 「えぇ、そうね。レギーが知っていたなんて意外。私がやっただなんて、彼ぐらいしか知らないのに」

 「だってオレが朧から聞いたんだからな。全部聞かせてもらったぞ」


 レギー先輩は口をとがらせて会長を追及しようとしたが、会長はそんな先輩を制止して俺の方を向いた。


 「じゃあ、単刀直入に言わせてもらうわ」


 会長はその長い銀髪を風に揺らしながら、黄金色の瞳で俺を見つめていた。


 「烏夜朧。どうして、貴方は私を庇っているの?」


 ……。

 ……ふむ。

 これ、俺詰んでるんじゃね?

 俺は前世でネブスペ2をプレイしたから会長の境遇を知っている。そんな会長の事を見捨てられないから、スピカやムギに嫌われるような事態が予想できながらも受け入れてきた。

 しかし、俺がそれを口にできるわけがない。多分会長とて意味がわからないはずだ。だから、会長やレギー先輩も理解できるような言葉で説明するなら──。


 「俺は、会長のことが好きだからです」


 それは、苦し紛れの言い訳なんかじゃない。それは確かに俺の真意だ。

 俺はネブスペ2のラスボスたるエレオノラ・シャルロワのことが好きだ。君のグッドエンド、そしてトゥルーエンドを攻略するためにどんだけ苦労させられたと思ってる。

 

 「へぇ、面白いことを言うのね」


 愛の告白のように聞こえる、いやそうとしか聞こえない俺のセリフを聞いても、会長は一切動揺を見せずに笑っている。


 「そ、そうだったのか、朧……!?」


 一方で俺の事情なんか全然知らないであろうレギー先輩は俺と会長の方を交互に見ながら口をあんぐりと開けて驚愕していた。

 ごめんレギー先輩。俺は貴方のことも好きだけど、会長のこともすげぇ好きなんだよ。誰か一人を選べって言われたら俺は凄く困ってしまうからやめてほしい。


 「でも、貴方に好かれているだなんて思うと虫酸が走るわ」


 会長はなおも笑顔のまま、俺に容赦ない言葉を言い放つ。


 「もしも私を口説きたいという愚かな夢が少しでもあるのなら、今すぐに捨てなさい。私は貴方なんていう社会のゴミみたいな存在を、いつだって簡単に消せるのだから」


 こ、こえ~。

 会長は今も笑ってはいるが、やっぱり俺をゴミ同然に思っているようだ。まだ完全に怒ってはいないようだが、少しでも機嫌を損ねたら本当に闇に葬られてしまうのかも、本気で不安になる。むしろここ最近のイベントがあった中で、よく俺が生きていられたな。


 「お、おいローラ。そこまで言わなくてもだな……」


 会長が言い放つ言葉に棘があり過ぎたからか、レギー先輩は動揺しながらも会長を宥めていた。レギー先輩は俺と会長を仲直りさせようと考えてこの場を用意してくれたのだろうが、とても上手くいきそうにない。

 だが、俺は知ってるんだぜ、会長。お前のグッドエンド、そしてネブスペ2のトゥルーエンドを回収するためにどれだけ選択肢に迷いながら周回したと思ってるんだ。お前の好みは全て知っている!


 「会長は、僕をこの世界から簡単に消せるんですね?」

 「えぇ、そうね」

 「じゃあ、どうしてこんなに不愉快な人間を今も生かしているんです?」


 口先こそ俺のことをかなり嫌っているように言っているが、本当に嫌われているのなら俺はもっと早くに死んでいてもおかしくない。大体会長は本気で怒っていたら演技でも笑わなくなるし。


 ますます険悪なムードになりつつある俺と会長を見てレギー先輩は珍しくアワアワと慌てふためいていたが、そんなのを気にせずに会長は俺から目を逸らすと、遠くに見える太平洋の水平線を眺めながら、そして儚げに呟いた。


 「烏夜朧。貴方は、一体どこまで知っているの?」


 全て、とは答えられない。俺が知っているエレオノラ・シャルロワという存在は、前世で俺がプレイしたネブスペ2の中で描写されていた範囲でしかわからない。


 「僕は、貴方を救いたいと思ってる」

 

 どれだけ俺が会長に嫌われていようとも、どれだけスピカやムギのイベントを邪魔されようとも、俺はそれを乗り越えて第三部まで辿り着かなければならない。

 ネブスペ2のラスボス、エレオノラ・シャルロワ。彼女の攻略難易度は史上最凶なのだから。


 「バカバカしい理想ね」


 俺に背を向けていた会長が、フッと呆れたように笑ったように思えた。


 「やっぱり貴方のことは好きになれそうにないわ。行きましょう、レギー」


 そう言って会長はスタスタと階段への扉へ歩いていく。声をかけられたレギー先輩は未だにアワアワしているが、そんな先輩の前で会長は立ち止まって笑顔でもう一度声をかけた。


 「私を選ぶか、烏夜朧を選ぶか、好きにしなさい」


 レギー先輩は究極の選択を強いられている。今、俺のことを今にも泣きそうな表情で見つめるレギー先輩を見れば、それは一目瞭然だ。


 「僕のことは良いですよ、レギー先輩。会長の側にいてあげてください」


 会長もずるい人だ。自分の一番の、いや唯一の親友にそんな選択を強いるだなんて。


 「……すまない、朧」


 レギー先輩は申し訳無さそうに俺に一言そう謝って、会長の後ろをついていって屋上から去った。

 


 二人がいなくなった屋上で、俺は曇り空を見上げながらため息をついていた。


 ごめんレギー先輩。貴方の期待に応えることは出来なかった。

 でも、こうするしかなかったんだ。レギー先輩は知っているかわからないが、会長ことエレオノラ・シャルロワの好みは……絶対的な権力を持つ自分に恐れずに真っ向から反抗してくるタイプの人間なんだから。度が行き過ぎると逆効果になってしまうが、これぐらいの塩梅で攻め続ければ段々と会長の俺に対する好感度も上がっていくはずだ。


 エレオノラ・シャルロワ……作中でも攻略するのはあれだけ難しかったのだから、こうして現実でってなると更に難易度は跳ね上がるだろうが、俺は彼女の攻略に少し興味が湧いてきていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る