アストレア姉妹編㉟ ライオンの恩返し



 家に戻った後、俺とレギー先輩はひとっ風呂浴びた。勿論別々で入浴したし、今回はレギー先輩の服も濡れていないから着替えも貸さずに済んだ。

 とはいえ、レギー先輩がウチの風呂を使っているだけで心臓の鼓動は早くなるのだが。


 「いやー、お前の家の風呂って広くて良いな! これから毎日風呂に入るためだけに来ていいか?」

 「全然大丈夫ですけど、レギー先輩のお宅はそんなに狭いんですか?」

 「だって膝を伸ばして入れないからな。銭湯に行こうと思ったら葉室まで行かないといけないし、ここならオレの家から近いからバッチリだ」


 俺が良い家に住めているのは望さんのおかげである。まぁ家主である望さんは殆ど家に帰ってこないし、帰ってくるとしても朝方だったりするから、会いたいなら最早月研に行った方が早いレベル。せっかくの設備も殆ど居候の俺が使っているだけだ。


 「冷蔵庫見ていいか? 折角だし何か作ってやるよ」

 「ではお言葉に甘えて……」


 そう言ってレギー先輩はキッチンへと向かう。一人暮らしのレギー先輩はそれなりの料理の腕を持っているだろうから期待できるぞ。第一部のヒロイン勢ではおそらく一番料理が上手いのは美空だが、次いでスピカかレギー先輩。ムギはそもそもスピカに甘えてばかりで経験に乏しいのである。


 

 さて、俺は今レギー先輩と一緒にいるわけだが。俺の家に。

 しかし、前回とは全く逆の立場だ。俺が前にレギー先輩にかけた言葉をそのまま返されたから意趣返しを食らった気分だ。

 俺は自分なりにけじめをつけようとして、スピカやムギだけでなくレギー先輩達をも突き放そうとした。でも……レギー先輩が励ましに来てくれたことは素直に嬉しかった。


 まぁ、ネブスペ2には存在しない完全オリジナルの展開だから、この先どうなるのか全く想像付かないのが恐ろしいところである。何の脈絡もなしにバッドエンドを迎えそうなのが怖い。


 「出来たぞ~」


 レギー先輩が大鍋を持ってダイニングへとやって来る。そして蓋が開けられると、具沢山の美味しそうなカレーが姿を現した。レギー先輩が作っている途中で匂いで感づいてはいたが、多分冷蔵庫に残ってたナスとかオクラとかキノコとか全部突っ込んでくれたな。


 「い、いただきます!」


 俺は大皿にご飯とルーをよそった後、早速一口頂いた。

 ……あぁぁぁぁっまぁっ!? すげぇ甘口だ! コ◯イチの五甘より甘いぞこれ!?

 でも美味い! すげぇ具沢山だけど全然具材は喧嘩してないし程よく煮込まれていて、特にジャガイモのこの固すぎず柔らかすぎずの食感がたまらない!


 俺はガツガツとものすごい勢いでカレーライスを平らげたが、それでも食欲は収まらずもう一度ご飯とルーをよそっていた。

 レギー先輩はそんな俺を笑顔で見つめながら、俺の正面で少しずつカレーライスを食べていた。


 いや~美味かった。こんなに食ったの、転生してからは初めてかもしれない。


 「ごちそうさまでした。レギー先輩ってやっぱり辛いの苦手なんですか?」

 「あまり好きじゃないが、普段は中辛ぐらいだな」

 「でも今回、結構甘口でしたよね?」

 「いや、だって冷蔵庫に甘口カレーの作り方ってメモがあったし……」


 ……あ。そうか、俺が普段望さんに作ってるカレーはあの人の好みに合わせてすげぇ甘口で作ってるんだ。俺は自分用に別で辛くしているのだが、確かにウチの冷蔵庫には様々なレシピのメモがびっしりと貼られていた。牛丼には七味をかける癖にカレーは甘い方が好きだという、注文が多い望さん専用の……。



 夕食を終えた後、俺とレギー先輩はリビングのソファに隣り合って座った。俺の左側に座るレギー先輩は俺の肩に頭を乗せてきて体を密着させているが、この人って俺とこんなに距離感近かったっけ? いや、確かに同じベッドで寝て抱きしめたりしたけども、一線は越えていないはずだ。


 「なぁ、朧……お前は一体、誰を庇ってるんだ?」


 レギー先輩は俺の肩に頭をコツンと当て、そして俺の手を握りながら言う。

 

 「それは、それだけは言えないんです。僕がやった、それだけで良いじゃないですか」


 レギー先輩には元々、俺が、いや会長がムギの絵を破った日の夜に事の一部始終は大まかに説明しているのだが、スピカが大事に育ててきた幻の花を枯らし、そしてムギが親友と一緒に作り上げた想い出の絵を破り捨てたのは、レギー先輩の大切な親友ですとは言えない。

 きっと、レギー先輩が背負い込む必要のない罪悪感に苛まれてしまうからだ。


 「どうしてなんだ? わざわざスピカやムギに嫌われてまで庇う必要があるのか?」


 エレオノラ・シャルロワ。彼女がメインヒロインとなる第三部では、他ヒロインを攻略していると何度も妨害してくるため幾度となく嫌な思いをさせられる。

 だが彼女とて何の理由も無しに妨害してくるわけではない。何故なら第三部は、主人公である明星一番が会長に告白される場面から始まるからである。


 「まさか大星や美空ってわけじゃないよな? そんなにお前にとって大事な人間なのか?」


 エレオノラ・シャルロワがどんな人間かと説明するのは難しい。何かのキャラに例えるのなら、某世界的有名ファンタジー小説に登場する、主人公の母親のことがずっと好きだった闇の防衛術の先生という感じだ。あくまでキャラとしての立ち回りは。


 「オレにも、それは教えられないのか?」


 前世でネブスペ2をプレイし、エレオノラ・シャルロワの人生を知っている俺は彼女を見捨てることは出来ない。彼女を見捨てるぐらいなら俺は簡単に自分の身を投げ捨てる、例えこの世界に転生して当事者となった今でも、だ。


 「もしかして……ローラがやったのか?」


 ローラ。

 それは、エレオノラ・シャルロワの愛称。会長の身の回りで彼女をそう呼ぶのは、親友のレギー先輩ぐらいしかいない。最早、レギー先輩しか許されていないようなものだ。

 俺の動揺が顔に出てしまっていたのか、レギー先輩は俺の顔に手をやると、自分の方へ顔を向けさせる。


 「ローラなのか?」


 レギー先輩の真っ直ぐな瞳が、もう俺の心を見透かしていた。


 「はい」


 そんな瞳を前にして、俺はとうとう嘘をつくことが出来なかった。



 俺は改めて、ここ最近の一連の出来事についてレギー先輩に説明した。勿論、会長が関わっていたことも含めて、包み隠さずだ。一応、あの会長が何の意味もなくやったとは思えない、と添えてだ。


 「朧。お前、どうしてローラのことを庇ったんだ? わざわざスピカやムギに嫌われるようなことになってまで……」


 それでも、どうして俺が会長を庇ったのかは謎のままだったらしい。ソファーの隣に座るレギー先輩に見つめられたまま、俺は堂々と答える。


 「スピカちゃんやムギちゃんと同じぐらい、会長のことが大切だからです」


 理由はそれだけで十分だ。

 愛の力なんてバカバカしいが、そんな力が信じられないくらいに人を突き動かすことだってあるのだ。


 「お前らしい理由だな」


 レギー先輩は呆れたようにため息をついた後で失笑していた。

 俺はエレオノラ・シャルロワのことが好きだ。流石にレギー先輩には言えないが、その好きってのはネブスペ2のキャラとしては好きというだけで、実際に彼女と付き合いたいかと言われるとそれは別の話である。俺は絶対に付き合いたくない。


 「レギー先輩は、あの高級住宅街にある花壇の話はご存知でしたか?」

 「本人から聞いたことあるよ。聞いたのは結構前の話だが、確か誰かと一緒にローズダイヤモンドを育てていたけど、そいつがいなくなってからは飽きたって言ってたな」


 誰かと一緒に育てていた、か。その誰かというのはなんとなく心当たりがある。ネブスペ2でも過去編にしか登場しないキャラだが、なんというか……愉快な奴だ。

 しかし飽きたとは言いつつも結構見に来てたっぽいけどなぁ。


 「確かにローラは、お世辞にも人当たりが良いとは言えないな。公の場はちゃんと礼儀を持った態度をしてるけど、一度嫌いになった人間とはとことん縁を切ってしまうからな。

  でも……あいつも昔、色々とあったんだ。ああいう名家のお嬢様ってのは、オレ達が思ってる以上に過酷な環境にいるんだよ」


 ローラはその美貌や優秀な成績から羨望の眼差しを受けることも多々あるしある程度の愛想を振りまくこともあるが、彼女自身は人間のことが嫌いなのかっていうほど交友関係が狭い。本当に信頼できる人にしか話せないこともたくさんあるだろう、レギー先輩は会長にとってそんな大切な親友の一人なのだ。


 「でもな、朧。オレは、お前がスピカやムギと今の関係のままなのは嫌なんだ。正直に話せばあの二人もわかってくれるはずだぞ? お前の優しさに……」


 レギー先輩だって優しい。優しすぎる。俺がやっていないとはいえ、俺の嘘でスピカとムギを傷つけてしまったのは事実。レギー先輩はそんな俺を信じて、こうして救いの手を差し伸べてくれるのだから。

 しかし、俺は首を横に振った。


 「僕がスピカちゃんとムギちゃんの心を傷つけたという事実は消えません。これは、僕なりの戒めなんです」


 あの時のスピカとムギの表情を思い出すだけで心が痛い。少しでも俺の頭が回って一連のイベントを予測できていれば十分に防げたはずだ。

 だからスピカとムギのケアはレギー先輩達に任せたかった。その方が二人のイベントも上手く回っていくだろうと思っていたからだ。

 が、そんな俺にレギー先輩は俺の顔を両手で掴んで言った。

 

 「じゃあ、これを乙女の奴が望むと思うか?」

 「乙女、が……?」


 レギー先輩にそう言われて俺はハッとする。乙女が転校して月ノ宮を去った直後、大星や美空、スピカにムギ、さらにレギー先輩と俺達のグループは一度その繋がりが解かれようとしていた。スピカとムギが観測グループの解散もありえるんじゃないかと心配していたぐらいだ。

 しかし、俺は乙女が残してくれたものを、乙女が繋いでくれた俺達の絆を壊してはいけないと誓ったはずだ。彼女がまたこの街に戻ってくるまで……なのに、彼女の幼馴染である俺が自分で壊してしまったのだ。


 「オレはな、乙女なら今のお前に発破をかけていると思うんだ。戒めにいじけるぐらいなら精一杯償えってな。ましてや相手がスピカとムギと来たもんだ。三日三晩説教されるんじゃないか?」

 「そ、そうですね……」

 

 多分乙女にガチで怒られたら俺は怖くて泣いてしまうだろう。幼い頃はメソメソするなと何度も尻を叩かれた記憶が烏夜朧には残っている。


 「朧。オレがお前を助けてやれるかわからないが、お前とスピカ達が仲直りできるように精一杯考えるからよ。寂しかったらウチに来ても……いや、この家に呼べ。そして風呂に入らせろ」

 「どんだけウチの風呂を気に入ってるんですか!?」


 レギー先輩がどんだけウチの風呂を気に入ってくれているのか、それは本気なのか冗談なのかはわからないが、レギー先輩と話しているだけで俺は元気を貰えた。



 「じゃあな。次はちゃんと傘を差すんだぞ」

 「はい。肝に銘じます」


 俺がすっかり元気を取り戻したのを見て、レギー先輩は笑いながら帰っていった。


 まさかレギー先輩を助けたことがここに繋がるとは思わなんだ。こんな時に優しくされると、ますます好きになっちまうぜ。

 しかし問題は山積みだ。今後もスピカとムギルートのイベントが立て続けに起きる可能性がある。しかし俺が彼女達のイベントに干渉するためには、まず彼女達と関係を修復しなければならないだろう。


 それに、特にムギルートはムギに嫌がらせをしている芸術家の男に対抗するために会長の力を借りる必要がある。そんな会長と俺の仲はもう修復不可能っぽいが、ネブスペ2のラスボスを相手にどうしたものか……そう考えながら、俺はリビングから窓の向こうに広がる雨空を眺めていた。

 

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