アストレア姉妹編㉝ 僕がやりました



 俺は月ノ宮神社に保管されているムギの絵を見に行こうと彼女に誘われ、月学からそのまま月ノ宮神社へと向かった。最優秀賞をとったとはいえあの絵を未完成のまま展示するのは本人としても納得がいかないようで、完成させるために助言が欲しいらしい。

 ムギは一旦家に戻ってから来るとのことだったので、一足先に俺は神社に到着していた。


 月ノ宮神社は来月に控える七夕祭の準備に大忙しで、神社や地元の関係者達が忙しそうに作業をしていた。社務所に入るため誰かに許可を貰おうと知人を探していると、箒を持って境内の掃き掃除をしている巫女服姿の後輩を見かけて俺は声をかけた。


 「やっほールナちゃん。今日もお手伝いだなんて精が出るね」

 「あ、朧パイセンだー。もしかして巫女服姿の私を見たくて来たんですか~?」


 箒を持ちながらルナはキャーと一人で騒いでいた。本来の目的はそうではないのだが、そんな姿のルナが可愛らしいため俺はルナが着ている巫女服をジロジロと見ながら言う。


 「ふむ……ナイスバディなベガちゃんの巫女服姿も最高だったけど、ルナちゃんのスレンダーな肢体も中々だね」

 「結構どぎついセクハラですよ、朧パイセン。私のお姉ちゃんに聞かれちゃったら首を絞められますよ?」

 「僕は自分の感想を正直に言ったまでさ!」


 久々に烏夜朧らしいセリフを言えたような気がする。しかしセクハラは良くないな、言葉には気をつけないと……しかし朧から女好きの要素を抜かしたら何も面白くないんだよな。キザな言い回しでも出来たら格好がつくのだが。


 「ところで朧パイセンは何をしに来たんですか? わざわざテスト期間中に」

 「実は友達と約束しててね。ほら、七夕祭のコンクールの絵を描いた子だよ」

 「あぁ、ムギパイセンのことですね。私も会ってみたいです」

 「もうすぐ来ると思うよ。あ、社務所に入っちゃって大丈夫?」

 「はい、全然大丈夫ですっ」


 社務所ってこんなに部外者がフリーに入れちゃうもんなの? そんな野暮なツッコミは置いといて、俺はムギの絵を見ようと社務所へと入った。


 境内は慌ただしかったのにも関わらず社務所の中はシンとしていて人気がなかった。


 だが俺は、入って目の前にある広間に飾られたムギの絵と、その絵の前に月学の制服姿で長い銀髪、そしてそのサイドに巻かれた黒薔薇の髪飾りが特徴的な少女──エレオノラ・シャルロワが佇んでいることに気がついた。


 「なっ……か、会長?」


 今、俺が一番会いたくない人間と出くわしてしまった。なんせ昨日のローズダイヤモンドを巡る一件で俺は会長と一悶着あったのだ。なんなら二度と顔を見せるなとも言われた。

 驚く俺の声を聞いて、会長は俺の方を向く。その冷たい視線を向けられて俺は思わず後退りしそうになったが、踏み留まった。


 「貴方みたいな人間が、どうしてこんなところに?」


 元々会長は俺に対して若干冷たいところはあったが……その声色は明らかに俺を歓迎していなかった。人間として認識されているだけまだ良かった。


 「僕の友人の絵を見に来るためです」


 そもそも、ムギの絵が七夕祭のコンクールで受賞したことを会長が直々に伝えに来たのだ。


 「へぇ……そう」


 会長は俺に興味なんて示さず、視線をムギの絵の方に戻した。

 無数の星々が輝く夜空に架かる天の川。それを伝って彦星に会いに行こうとする織姫。その絵を見た会長は、一体どんなことを思うのだろうかと考えていると、会長はまた冷たい視線を俺に向けてきて口を開いた。


 「こんなつまらない絵を、わざわざ見に来たのね」


 俺は会長のその言葉を聞いて、思わずはらわたが煮えくり返しそうになった。しかし芸術なんて見る人によって意見は様々だ。俺は冷静さを取り戻しつつ会長に聞いた。


 「どうして、そう思われたんです?」


 会長はチラッとムギの絵を見る。そしてフッとムギの絵をバカにするように笑った後で口を開いた。


 「選考委員会が改めて精査した結果、この絵は盗作だと発覚したの。

  誰かのアイデアを統一性もなく寄せ集めたって駄作や凡作に成り下がるだけでしょう? だから今、最優秀賞の取り消しが議論されているところ」


 ……そんなバカな。本来ネブスペ2のムギルートでも問題こそ起きるものの盗作なんて問題は起きないため、最優秀賞の取り消しに至ることもなかったはずだ。

 きっとムギの絵が盗作だと騒ぎ立てたのは、前にこの場所で出会ったあのど派手な芸術家の男に違いない。そう思うと怒りが抑えきれなくなり、会長に不満をぶつけても仕方がないことは承知の上で俺は会長に言う。


 「シャルロワ会長。その絵は盗作なんかじゃありません。他の絵にはない魅力を感じませんか? 背景の夜空の星々や天の川の輝きの表現だけじゃなく、天の川を渡る織姫の表情だとか、心情だとか──」


 俺がムギの絵から感じられた情熱を代弁していると、俺が話している途中にも関わらず会長は俺に背を向けてると、ムギの絵が飾られていたキャンバスを掴み──何も躊躇することなく、ムギの絵を一気に破り裂いた。



 会長は、ムギの絵が小さな紙屑になるまで一心不乱にビリビリに破いていた。俺は驚きのあまりただただ立ち尽くして、ムギと乙女の最後の思い出が無惨な姿になるのを見ていただけだった。


 「私達月ノ宮学園の生徒が盗作をしているだなんて私も信じられません。ならば、その問題が表沙汰になる前に消してしまえば問題ないでしょう」


 俺は会長にムギの絵の凄さを熱弁していたが、会長に対してそんなことをしたところで意味なんてないことを、俺は昨日の一件で知っていたはずだった。今の会長、エレオノラ・シャルロワは孤独に生きているのだから……だが、こんな仕打ちはあんまりだ。


 そして会長は破り捨てたムギの絵を片付けることもせずに俺の方へと歩み寄ってきて、すれ違いざまに言う。


 「貴方の特別が、大多数にとってもそうとは限らないのよ」


 そう言って、会長は社務所から出ていった。



 会長が社務所からいなくなっても俺は呆然と立ち尽くしていたが、一時してから広間の中に足を踏み入れて、畳の上に破り捨てられたムギの絵を見る。


 「どうして……どうして、こうなってしまうんだ……!」


 考えられる限り、最悪の結果である。会長が視界に入った時点で嫌な予感はしたが、俺は未だに会長がムギの絵を破り捨てたこと、なんならローズダイヤモンドを枯らしたことさえも信じることが出来なかった。


 「エレオノラ……前世の俺が見たお前は偽物だったのか?


 エレオノラ・シャルロワは、ネブスペ2においてもそれはそれは嫌な奴である。学業も優秀でとてつもない美貌を持っているから生徒会長に担ぎ上げられたが、他人にはとても厳しい人だ。第一部や第二部でひょこっと姿を現して大星やアルタを助けてくれることもあるが、彼女がヒロインとして登場する第三部では、他ヒロインを攻略していると唐突に邪魔をしてくる上に強制的にバッドエンドへ誘導してきたりもするとんでもないキャラである。


 その上彼女のグッドエンドに到達するのは至難の業であるためラスボスだなんて異名がついているのだ。

 それでも彼女がネブスペ2において一番の人気がある理由は、彼女のグッドエンドと、そのグッドエンド回収後にようやく条件を満たせるトゥルーエンドを見て初めて知ることが出来る……なんかハードルを上げすぎたな、俺。


 登場する度に皮肉や嫌味を言ってくるからなんだかいけ好かない感じだが、そんな会長でもこんな非道な行いは作中でもしなかったはずだ。彼女はこういう痛みをよく知っているはずなのに……一体何が狂っているんだろうか。もしかしたらこの世界では、会長は俺の知らない過去を歩んできてしまったのか?


 

 俺は畳の上に散らばっていたムギの絵の欠片を拾い上げた。丁度その欠片に描かれていた織姫の表情は、まるで俺を見下しているかのように見えた。

 そして俺が悲しみに打ちひしがれていると、社務所の戸が開いた。


 「朧、いるー?」


 俺は玄関の方を見た。そこには私服のワンピースに着替えたムギ。

 

 「……こんにちは、烏夜さん」


 そして、今の俺がエレオノラと同じくらい会いたくない人物、スピカ。


 「君も両手に花だねぇ、ボクも可愛い女の子を侍らせてみたいよ」


 何故か二人についてきた、前作の初代ネブスペヒロインかつ世界的な芸術家であるレギナさん。

 その三人は仲良く社務所の中に入ってくると、俺の足元に散らばる、ムギと乙女の想い出の残骸に気づいたのか広間の手前で立ち止まった。

 その絵を描いた本人であるムギ、そしてその絵を見たことがあるスピカとレギナさんは、それがムギの絵だったことに気づいたのか、その表情が一気に青ざめた。


 「お、朧……?」


 まるで俺がムギの絵をビリビリに破り裂いたように見えるだろう。昨日のローズダイヤモンドの件といい、図られたかのようにタイミングが最悪だ。

 スピカとムギは揃って口を両手で押さえて、この状況が頭に入り切らなかったようだが、レギナさんは二人の前に出て、俺を睨みつけるように見ながら言った。


 「これは、君がやったのかい?」


 会長がやりました。


 そう答えるのは簡単だ。昨日のローズダイヤモンドの件も正直に話せば、スピカとの関係も修復できるかもしれない。彼女を悪役に仕立て上げればきっと上手くいくだろう。この、第一部の物語だけは。

 しかし、俺は笑顔を浮かべながら答えた。


 「はい。僕がやりました」


 まるで一ミリも悪気を感じていないような笑顔。そんな俺の答えを聞いた瞬間、ムギは膝から崩れ落ちた。


 「お、朧、どうして……!?」


 俺はスピカだけでなく、ムギの信頼をも裏切ることになる。

 だが、これでいい。俺はムギと近づきすぎていた。勿論俺はムギが味方でいてくれることは凄く嬉しかったが、ムギはスピカの味方でいてほしかったのだ。この一連の出来事で俺がスピカにもムギにも嫌われたら……俺が二人の共通の敵となることで、その絆は深く結びつくはずだ。

 

 信頼していた俺に裏切られ、泣き崩れるムギ。そんな彼女に寄り添うスピカ。そして、完全に俺を敵として認識したレギナさんに、俺は胸ぐらを掴まれた。


 「……見損なったよ、朧君」


 俺は、スピカとムギの想いが込められたレギナさんの拳に思いっきり殴られた。

 

 ──愛の力なんてバカバカしい。こんな簡単に壊れてしまうんだから。

 

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