アストレア姉妹編㉚ ローズダイヤモンドの育て親



 明日から期末考査である。学生にとってこれ程嫌なイベントは他にないだろう。

 しかし実際にテスト勉強していると、改めて烏夜朧の頭脳の凄さを感じられる。期末考査の範囲のテキストを一通り問いてみるが、じっくりと考える必要もなくスラスラと答えが出てくるのだ。

 

 スピカやムギ達、さらには第二部第三部と他のヒロインのイベントを追う必要があるため補習を受けるなんてもってのほか、あまり学業のことで悩む必要がないのはありがたい。

 これが烏夜朧に転生して嬉しいと思える利点の一つだが、問題なのは彼に転生した俺がその頭脳を生かしきれていないというところか。例えるなら、CPUもメモリもグラフィックボードも超ハイスペックだけど、積んでるOSがXPとかVistaみたいな……例え方下手だな俺。


 この世界に転生してから(それに気づいてから)は忙しい日々を送っているが、今日も朝からスピカとムギを連れ出して月研のプラネタリウムを見に行ったり、その後は喫茶店でベガやルナに勉強を教えたりと忙しない一日だった。帰宅してからも同じくテスト勉強をしていた大星達から電話で問題の解き方の相談に乗ってやったりしていると時間はあっという間に過ぎていき、雨こそ止んでいたものの外はすっかり暗くなってしまっていた。


 そして今日は、以前スピカに紹介された幻の花、ローズダイヤモンドが花を咲かせるかもしれない日でもある。丁度その件についてスピカから連絡があり、夜の十時頃にアストレア邸まで来て欲しいとのことだった。

 だが俺はその一時間前、九時にアストレア邸に到着するように自転車に乗って家を出た。



 スピカルートにおけるストーリーの肝、幻の花であるローズダイヤモンド。久々に満月に照らされた今日の夜に、その幻の花が咲く。

 しかし、スピカルートにおいてその幻の花は無惨にも散ってしまうのだ。


 スピカルートではコンクールで受賞したムギがいじめや嫌がらせを受けることこそないものの、乙女との合作が未完成のまま展示されることにムギは悩んでいた。そこでスピカはローズダイヤモンドを使って絵を完成させようとムギに提案するのだが、満月の夜に咲くはずだったローズダイヤモンドは、その花を咲かせることなく──スピカの心の何処かに存在した邪悪な心を感じ取ってしまったのか、蕾のまま地面に落ちてしまい枯れてしまう。

 

 ローズダイヤモンドが咲かなかったことを嘆き悲しむスピカ。しかし、花壇の前で膝をついて泣いていたスピカの涙が花壇に落ちた時──一度は枯れてしまったローズダイヤモンドが復活し、見事な花を咲かせるのだ。


 

 というのがローズダイヤモンドのイベントの流れである。その後、主人公である大星はスピカに誘われて、ムギに隠れてこっそりアストレア邸の客間でキャッキャウフフすることになるのだが、それは好感度が高ければの話である。

 もしそれまでのイベントで選択肢をミスっていたら、もうローズダイヤモンドが花開くことはなく──スピカルートのバッドエンド、通称『肥料』エンドを迎えることになる。


 第一部の最終日である七夕の日、雨が降る中でローズダイヤモンドが植えてあった花壇へ大星を呼び出したスピカは、ローズダイヤモンドへの異常な愛を見せつけながら彼の胸にナイフを突き刺して殺害する。もうこの時点でエンドロールが流れてもいいのだが、本番はこれからだ。

 

 なんとスピカは大星の亡骸を、ローズダイヤモンドが植えられている花壇に肥料として埋めて、善性の塊である大星を栄養分にさせてローズダイヤモンドを咲かせようとするのである。

 スピカが大星を殺害したことを突き止めた朧はスピカに問い詰めるが、大星の亡骸を栄養にして見事に花を咲かせたローズダイヤモンドの前で、スピカはこう言うのだ。


 『このお花の隣に、もう一つ綺麗なお花が並んでいたらとても綺麗だと思いませんか?』


 スピカはそう言って朧をも殺害し、そこでようやくエンドロールが流れるのである。


 このエンディングメチャクチャ好き。当事者としては絶対に迎えたくないけど。いつもはおしとやかなスピカの中に隠された狂気が滲み出ていて、それに他三人のヒロインのルートよりかは朧が死ぬ理由に納得がいく。いや、俺は死にたくないけど。大星だって殺したくないし。


 

 俺が早めにアストレア邸へと向かった理由は、そもそもとしてそのイベントを起こさせないためである。

 まず、原作でローズダイヤモンドが花を咲かせずに枯れてしまった理由は、スピカが大星に対して恋心を抱いてしまったことにある。清い感情を栄養分に成長するローズダイヤモンドは、そんな淡い恋心すら邪な心と判断して毒になってしまう。

 しかし、蕾が落ちて枯れてしまったローズダイヤモンドを見たスピカが流した涙が栄養分となって再生するのである。


 と、原作通りに進むのであればローズダイヤモンドは咲くことは咲く。しかしもしスピカの好感度が足りていなかったらもれなくバッドエンドである。実際にゲームをプレイしている時ならメニュー画面なりで好感度を確認すればいいだけなのだが、今は客観的に確かめる方法がない。

 なので、俺はそもそもこのイベントを起こしたくないのである。


 だが懸念点が二つある。

 まず、スピカは恋をしているのか、ということだ。大星は既に美空と正式にお付き合いを始めた。かといって俺のことを恋人として意識しているとも思えない。だからローズダイヤモンドへの毒が存在せず、普通に花が咲く可能性がある。


 もしそうなるのなら構わないのだが、残る懸念点は……本来原作では起こり得ないムギルートのイベントが同時に発生していることだ。スピカルートに進むとムギに対するいじめなんかも起きないため向こうは悩みこそ抱えているものの平和に過ごしているのだが、今のムギは何かしらの因縁をつけられている。

 もしかしたら何者かがアストレア邸の周りをうろついていて、ローズダイヤモンドに危害を加えてしまう可能性がある。これだけイレギュラーが立て続けに起こるのなら、そうなる可能性も高い。

 だから念のため俺は早めにアストレア邸へと向かうのだ。



 俺はローズダイヤモンドが植えてある花壇の前まで来て、その周囲を観察する。ローズダイヤモンドは枯れる様子もなく、心なしか蕾ももう少しで咲きそうな気配を感じた。

 周囲に街灯はなく、木々が鬱蒼と生い茂っていて少しばかりホラーな雰囲気が漂う。花壇のレンガも朽ち果てているし……そもそもこのローズダイヤモンドは、一体誰がここに植えたのだろう?


 そこから待つこと一時間。俺の心配は杞憂に終わったのか、何事もなくスピカと約束していた時間を迎えようとしていた。

 確かにローズダイヤモンドはもうすぐ咲きそうなのだが、満月の夜に咲くってじゃあ夜のどのタイミングで咲くのだろうか。日が沈んでから日が昇るまでの間に気が向いたら咲くのだろうか?


 なんてことを考えていると、俺の方へ近づいてくる人影が一つ。スピカがやって来たのかと思ったが──その人影はスピカにしては背が高く感じられた。そしてその人影が満月の光に照らされ俺がようやく誰か気づいたときに、先に向こうが口を開いた。


 「あら……レギーの腰巾着が、どうしてこんなところに?」


 現れたのは黒いリボンが付いた白のブラウスに黒のサスペンダースカートのクラロリファッションで、満月に照らされた銀髪のサイドに黒薔薇の髪飾りを着けた、会長ことエレオノラ・シャルロワだった。

 え、なんで? なんで会長がここに?


 「いや、それは僕のセリフでもありますよ。会長ってお住まいは葉室市の方なんじゃないんですか?」

 「確かにそうだけど、今日はそこのローズダイヤモンドが咲く日だから」


 会長はローズダイヤモンドが植えられている古びた花壇の前まで来て笑顔で言う。俺はもう何か何まで意味が分からなかった。


 「ど、どうして会長がこの場所をご存知なんですか?」

 「だって、この花壇を作ったのは私なんだもの」

 

 ……は?

 そんな設定あったけ? おい会長、今すぐネブスペ2の設定資料集持って来いよ。そんな二次創作みたいな設定捏造するな。俺には何がなんだかさっぱりわからない。


 「じゃあ、このローズダイヤモンドを植えたのも会長なんですか?」

 「えぇそうよ。定期的に様子を見ていたの」


 じゃあなんでスピカが引っ越してくるまでローズダイヤモンドは枯れてたんだ? 数年に一度しか咲かないって言うし、定期的に世話しててもローズダイヤモンドって一度枯れるものなのか?


 また原作にないイベント、っていうか明かされることのなかった事実に俺は驚きつつも、会長は不思議そうに俺のことを見ていたので、どうして俺がこの場所にいるのかを会長に説明することにした。


 「実はですね、この近くに僕の友達が住んでまして。その子は八年前に見たローズダイヤモンドの輝きをもう一度見るために丹精込めて育ててたんです。彼女を呼んでくるので一緒に見ましょうよ」


 と、俺はスピカを呼びに行こうとしたのだが、会長はそっとローズダイヤモンドの蕾に触れると、いきなりその先に優しく口付けをした。


 「え……?」


 その瞬間、会長のその愛を表現する行為に応えるように、ローズダイヤモンドの花が一気に花開く。

 

 ローズダイヤモンドの花はまるで夜空に輝く星々のように煌めき、時折風に揺れると銀河や星雲のような色鮮やかで不思議な紋様が浮かび上がる、本当に宇宙を凝縮したかのような幻想的な花だった。花びらの裏側こそ真っ赤だが、星のような輝きがそれをも打ち消してダイヤモンドそのものに見える。


 「この花を咲かせる方法は簡単よ」


 妖艶な面持ちで、ローズダイヤモンドの茎を優しく撫でながら会長は言う。その動きが妙に官能的に見えた。


 「この花に愛情を注ぐだけ。この花に[ピー]や[ピー]をかけたり、何ならこの花とセッ◯スするだけでもいい」


 な、何を言ってるんだ……? あんなに真面目なキャラだった会長が急にエロゲみたいな話を始めたぞ。


 「ま、私がキスをするだけで簡単に花を咲かせてしまうけどね」


 花とセッ◯スするって初めて聞いたんだけどそれどういうプレイ? 何かの隠語を使ってるのかこの人は。

 しかし、確かにローズダイヤモンドは花を咲かせたのだ。俺はそのことをすぐにスピカに伝えに行こうとしたのだが──。



 「でも、私はこの花が大嫌いなの」



 会長はそう言ってローズダイヤモンドの茎をギュッと掴むと──何の躊躇いも無しに、不気味な笑顔のままローズダイヤモンドの花を引きちぎった。


 「愛の力なんてバカバカしいでしょう? だって、こんな簡単に失くなってしまうんだもの」


 と、会長はローズダイヤモンドの花をを手に持って笑顔で言った。その笑顔はまるで、目の前で驚きのあまり立ち尽くす俺と、このローズダイヤモンドにたくさんの愛を注いできたスピカを嘲笑っているようだった。

 

 

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