アストレア姉妹編㉙ 口噛み酒と鎖骨ドリンク



 ──どうだった? 月研のプラネタリウムってとっても凄いでしょ?


 ──えへへっ、私のお父さんってここで働いてるからワガママ言ってチケットを取ってもらったの。


 ──宇宙は広すぎて孤独に感じることもあるかもしれないけど、この夜空に輝くお星様は皆私達の仲間だから。


 ──だからね、朧……辛い時は夜空を見上げると良いよ。このお空のどこかで、おとめ座が見守ってるから。



 ---



 「──烏夜さん! 烏夜さん!」

 「はぅあっ!?」


 俺はスピカに呼ばれて我に返った。飛び起きて辺りをキョロキョロと見回すと、見たことのある喫茶店の内装……そうか、月研の博物館にあるプラネタリウムを見終わった後、スピカとムギと一緒に海岸通りにある喫茶店『ノーザンクロス』に来たんだった。

 んで朝ごはんを食べてなかったから軽くご飯を食べて……そんな寝落ちするほど寝不足だったけと俺は驚いていたが、目の前のテーブルの上に置かれた空のグラス──しかしそのグラスに微かに残る禍々しいオーラを見て俺は思い出した。


 「うぅぅ~、ど、どうじでぇ……」


 俺の目の前に座るスピカとムギ。ムギは禍々しいオーラを放つ暗黒のドリンク、月ノ宮名物であり史上最悪の栄養ドリンクでもあるダークマター☆スペシャルが入ったグラスを片手に半泣きになっていて、スピカはそんなムギの頭をよしよしと撫でていた。

 なんでかわからんがここでご飯を食べた後、何度痛い目にあっても懲りることのないムギにまた勝負を挑まれたんだった。俺は飲み干すことは出来たものの意識が飛んで過去の記憶──前世の俺ではなく、烏夜朧の記憶の中に生きる朽野乙女との思い出が映し出されていた。


 「ふぅ……ありがとうスピカちゃん。もう少しで僕はタイムトラベルから戻ってこれなくなっていたかもしれない」

 「そ、そうなんですか? ご無事で何よりです」

 「スピカ~もっとよしよししてぇ……」

 「もう、子どもじゃないんだから」


 とは言いつつもスピカは満更でもなさそうにムギの頭を笑顔で撫で続けていた。ダークマター☆スペシャルを飲んだムギは未だに辛そうだが、ムギに撫でられたからかどことなく幸せそうな表情をしていた。



 少々手荒な手段を取ってしまったが、作り物とはいえ一緒に星を見たことで一度は大分離れてしまっていたスピカとムギの距離がかなり縮まったように思える。まだ元通りになったとは判断しかねるが、最近陰鬱な天気の中で良いリフレッシュになったのかもしれない。


 「ほら、スピカ。あーんして。食べさせてあげるから」

 「ちょっとムギ、私は別にイチゴを食べたいだなんて言ってないでしょ」


 しかしまだ油断はできない。根本的な問題の解決に至っていないからだ。今後は二人の様子を見ながらケアしていって……まずはスピカとムギに嫌がらせをした犯人を見つけるべきか。まぁ大方予想は出来ているが、解決するためには月学の生徒会長でありネブスペ2第三部のヒロインであるエレオノラ・シャルロワに協力してもらう必要がある。


 「ほら、あーん」

 「も、もう……あ、あーん」


 問題は会長が俺に協力してくれるかどうかだ。大星は会長とそこそこ上手く人間関係を築けていたから強力なバックアップを手に入れることが出来たが……あの人、俺のことをあまり良く思ってなさそうなんだよなぁ。真顔で俺のことを「社会のゴミ」って呼んできそうだし。


 「ムギ、口元にクリーム付いてるよ」

 「じゃあ取って~」


 会長の協力が必要なのはあくまで作中通りの展開に従えばの話で、彼女を頼らない方法もあるかもしれない。だが俺一人では絶対に無理だ。なんせ相手はかなりの権力者がバックにいるんだぞ。俺の保護者である望さんは月研の所長だけど政治的な権力を持ち合わせているわけじゃない。


 「もう、仕方ないわね……」

 「じゃあお礼に、またあーんしてあげる」

 「ま、また!?」


 ……と、俺はアストレア姉妹ルートの今後についてかなり悩んでいるわけだが。


 「それとも口移しとかやってみる?」

 「く、口移し!? 流石にそれはちょっと……でも、ちょっと面白そう」


 いや、何言ってるんですかお二人さん。ただパフェ食ってるだけだろ。


 「ムギは口噛み酒って知ってる?」

 「口で果物とか穀物を噛み砕いて、それを発酵させたお酒のこと?」

 「そう。たまに、たまになんだけど……ムギが口噛み酒を作ったら、とても美味しそうだなって思うことがあるの……」

 「す、スピカ……?」


 たまにスピカに見え隠れするムギへの邪悪な性癖は一体何なんだ。

 ていうか、スピカとムギの距離、縮まりすぎてないか? 前ってこんなに仲良かったっけ? 確かに冗談を言い合うことは多かったけども、なんだか……こんな官能的な雰囲気だったっけなぁ。


 「それを言ったら、スピカの鎖骨ってとっても綺麗じゃん?」

 「ふ、普通だと思うけど……?」

 「そこに飲み物注いで飲んでみたいなぁって」

 「む、ムギ……?」


 ムギも相当狂った性癖持ってるわ。姉妹間で特殊性癖を曝け出し合うのやめろ。俺も飲んでみたいけど。

 

 ……やべぇ。なんだかわからんがスピカとムギの関係が異常になりつつある。

 もしやこれは、アストレア姉妹ルートにおけるおまけ、というかおふざけエンドのアストレア姉妹百合エンドか!? 選択肢によってスピカとムギの好感度を絶妙に調整することでフラグが立ち──。


 『大星さんの力はもう必要ありません』

 『これからは私達二人で生きていけるよ。ね、スピカー♪』

 『そうね、ムギ♪』


 ──スピカとムギに唐突にそう告げられた大星が一人嘆き悲しむとかいうおふざけエンド。ざっくりエンドロールが流れた後で、某運命のゲームでグッドエンド以外のエンディングを迎えた時に起きる某トラの道場みたく、望さんとテミスさんがニッコニコで出てきて──。


 『見放されててマジウケるw』

 『私の可愛いスピーちゃんとムギーちゃんに捨てられるとかどんだけ~w』


 と、戸惑うプレイヤーを思いっきり笑い飛ばしてくる腹立たしいイベントを見ることが出来る。

 このエンディングを迎えると第二部へ進むことは出来ないが、一応バッドエンド扱いではないため朧が死ぬことはない。だから最悪このエンディングを迎える分には良いのだが、解決すべき問題は多く残っているのである。


 

 その後、スピカとムギは俺を喫茶店に残して二人仲良く手を繋いで帰っていった。彼女達が身につけている金イルカのペンダントが二人の絆を繋いでくれたと信じたい。

 さて、俺はアイスココアでも飲みながら今後のことを考えようとしたのだが……喫茶店の厨房の方から見知った顔がホールへとやってきた。


 「げっ」

 

 彼は俺を見て明らかに嫌そうな顔をして厨房へ逃れようとしたが、俺はすかさず彼の肩を掴んで言った。

 

 「やぁやぁアルタ君。今日はこれからお仕事? 明日から期末考査だってのに随分と余裕なんだねぇ?」


 長めの金髪で赤い瞳の少年、鷲森アルタ。日々バイトに勤しむ真面目な後輩であり、ネブスペ2第二部の主人公だ。

 月学では明日から五日間に渡って期末考査が始まるが、その直前にバイトとは大した度胸だ。


 「あのねぇ、烏夜先輩。僕だってちゃんと勉強してるの。ちゃんと勉強した上で計算してシフト入れてるの、わかる?」

 「へぇ? じゃあ今回も学年トップは余裕だとのたまうのかい?」

 「えぇ、取ってやりますよ」


 アルタは大星よりかなり頭が良い。第三部の主人公である明星一番と競える程だ。将来的に宇宙工学なんかを学びたいと思っているのだから一定の学力は必要とはいえ、ほぼ毎日バイトをしているのによくそんな学力を維持できるものだ。流石は特待生。

 

 「やっほー、アルちゃん」

 「可愛い女友達が来てやったぞ~」


 すると喫茶店に新たな来客が。可愛らしい星柄の傘を片手に入ってきたのはアルタと幼馴染である琴ヶ岡ベガと、アルタ達と同級生である白鳥アルダナだった。流石に今日は巫女服コスではないが、白いワンピースの上に青いトップスを羽織ったベガと、ショートパンツとニーハイの間に生まれた絶対領域が輝くルナの私服も素晴らしいものだ。


 「あれ? 朧パイセンじゃないですか。タダ水でも飲んで長時間喫茶店に居座ってる迷惑客でもやってるんですか?」

 「僕はそんなことをやると思われてるのぉ!?」

 「こんにちは烏夜先輩。いつもアルちゃんがお世話になってます」


 ベガとルナの二人は俺の目の前、さっきまでスピカとムギが座っていた席に座った。


 「二人はバイト中のアルタ君の様子でも見に来たのかい?」

 「それもありますけど、明日から期末テストじゃないですか。なのでしっかりと対策をと思って」

 「アルちゃんをからかうことも出来て一石二鳥ですし~」

 「成程ね。殊勝な心がけじゃないか」


 俺も不安だからテスト勉強に勤しみたいところなのだが、スピカとムギの周囲で起きるイベントを回収するのに忙殺されてしまっていた。まだレギー先輩や美空関連のイベントだって残っているから考えることが多すぎる。


 「ちなみに朧パイセン、是非ともお耳に入れておくべき情報を手に入れたんですけど……聞きたいですか?」


 テーブルにテキストと筆記用具を広げた後で、ルナが真面目な表情で俺に言ってきた。

 ルナは新聞部に所属しており、月学内の様々なネタを日々仕入れている。乙女が転校した直後に俺はルナが何か知っていないか聞きに行ったこともあった。


 「いくらで売る?」

 「そうですね……私とベガちゃんに勉強を教えるのと、二人分のパフェ代でどうでしょう」

 「うん、乗った」


 俺の時間とお金がどんどん奪われていってしまう。さっきスピカとムギの食事代も奢ったばかりだというのに。

 しかし今のうちに第二部のヒロイン達と親睦を深めておくことは絶対後々役に立つ。ルナは喫茶店の中をキョロキョロと見回して怪しい奴がいないか確認した後、小声で話し始めた。


 「以前、朧パイセンがウチの神社に来た時にいた変な画家の先生がいたじゃないですか?」

 「ムギちゃんの絵を盗作だとか言っていた人?」

 「はい。実はあの方ですね……月学に在籍していた時に七夕祭のコンクールで最優秀賞を受賞されてるんですけど、その時に他のライバルを脅迫して次々に脱落させていったみたいなんですよ」


 なんかそんな設定、ムギルートでもどこかで出ていた気がするな。作中だとその相手はムギの同級生だったが。

 あの芸術家の男はある程度の腕は持っているのだが、自分のライバルを大企業を経営している実家の権力やコネを使って次々に脱落させている。確かレギナさんとも相当敵対しているはずだ。

 レギナさんがムギの絵を推しているからというのもあるだろうが、ムギの才能にも嫉妬しているのだろう。それだけの理由であんな嫌がらせをしてくるだなんて信じられないが。


 「へぇ……恐ろしい男だね。でもルナちゃん、それは記事にしないでおくんだよ? 君も何か脅されるかもしれないし」

 「え~」

 「えーじゃない。君は君のことに集中していなさい」


 本来のムギルートだと、圧倒的な権力を持つエレオノラ・シャルロワがムギをいじめていた奴をシャルロワ家お抱えの専属画家として雇い、離島のアトリエに監禁して永遠に絵を描かせていた。事実上の島流しである。会長本人は至って平和的な解決だと言っていたが、そんなことやってるから悪役っぽく見えるんだよ。

 とはいえムギの問題を解決するためには会長の協力が必要不可欠なのだが、まずは仲良くならないとなぁ……。


 「ねぇ二人、ご注文は?」


 俺を見ると嫌そうな顔をしていたアルタが、ちゃんと店員らしくベガとルナに笑顔を向けて注文を取りに来た。態度の違いがあからさま過ぎる。


 「私はカフェラテを」

 「私はオレンジジュースで~」

 「アルタ君。僕から二人にこの喫茶店特製のフルーツパフェを」

 「はいはい。倍の金額にしとくから」

 「訴えるぞ」


 流石に彼らを第一部のシナリオに巻き込むわけにはいかない。彼らの存在は大星視点でもチラチラ醸し出されるが、俺のように月ノ宮神社で出会うことはなかった。本来第一部のシナリオには関係ないのである。


 「あ、そうだアルタ君。夏休みから僕もこのお店のシフトに入るからよろしくね!」

 「……は?」

 

 烏夜朧はネブスペ2の第一部から第三部を通して主人公達に絡んでくるお調子者キャラである。第二部の主人公であるアルタとは、この喫茶店で同じく働くアルバイトとしての繋がりがある。


 「もうそろそろ受験とか気にしたいんだけどね。やっぱり女の子と遊ぶためにはお小遣いも必要だし、ここの店長に是非ともよろしくって頼まれちゃったんだよね」

 「……どうせ、この店の女店員の制服が目当てなんだろ?」

 「むしろそれしかない!」

 「ホント正直ですね、朧パイセン……」

 「可愛いですもんね、ここの制服」


 この喫茶店で働くスタッフはあまり多いわけでもなく、そもそも女店員を見る機会は少ない。

 大体噂の可愛い制服というのは本来このお店の正式に制服ではなく、とある人物が勝手に作って勝手に着ていた制服がいつのまにか制服として広まっているというだけなのだ。しかしそれが人気で、あまりバイトの募集もしてないからかかなりの狭き門になっている。

 ちなみに今のアルタが着ているエプロンに白シャツ、黒のスラックスというモノトーンな制服も普通に格好良い。彼の着こなし方が良いのかもしれないが。


 「ベガちゃんやルナちゃんも社会勉強にどうだい?」

 「いや、貴方は二人の制服姿を見たいだけでしょうが」

 「でも良いね、給仕係してるベガちゃん……ぐぼぉっ!」

 「る、ルナちゃん!? どうして急に鼻血を!?」


 ベガがこの店で働いているという姿を想像しただけでルナは鼻血を噴き出した。どんだけ刺激的だったんだよ……ルートによっては第二部でルナもその制服を着ることになるのに。


 是非とも見てみたい、ベガとルナがこの喫茶店で働いている姿を……だが、まずはスピカとムギの問題を解決して、第一部を生き延びなければならないのだ。

 例えその先、クリスマスイブに死が待っているとしても、ちょっとした楽しみが出来たのであった。


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