アストレア姉妹編㉘ 思いを届ける流星群



 俺は雨の中、ムギをお姫様抱っこしながらダッシュで月研へと向かった。途中で月ノ宮の市街地を経由したから他の通行人に何だ何だと何度も二度見されたがそんなの気にしない。俺に抱えられているムギも楽しそうにしていたし。


 「ぜぇ、ぜぇ……あぁ、足がぁ……」


 だが月研に到着した頃にはもう俺の体力は限界を迎えようとしていた。月研の敷地内にある博物館の入口で俺はムギを下ろし、そのままベンチに倒れ込むように寝転がった。


 「お疲れ様、朧」

 「はぁ……ど、どうだった? この素晴らしい旅は?」

 「楽しかったよ。まるで愛する人の結婚式にいきなり乱入してきて花嫁を攫っていったみたいだった」


 どんなシチュエーションだよそれ。しかしムギがどれだけ華奢で軽いとはいえ、人一人を抱えて二、三十分もダッシュするのは高校生の体力を持ってしてもかなりキツイ。暇があったら勉強ばかりしていたし、部活も入ってないから体力づくりも必要そうだなぁ。


 「それで朧……私をここに連れてきてどうするつもりなの?」


 家にいた時は元気がなさそうだったムギも俺にお姫様抱っこされていたから多少は元気を取り戻した、というかもう元気にならざるを得なかっただろう。俺はベンチの上で仰向けのままムギを見て言う。


 「それは、スピカちゃんが攫われたムギちゃんを助けに来てからのお楽しみだよ」

 「スピカ、来てくれるかなぁ……」

 「来てくれるよ、絶対に。何時間でも待とう」


 俺はムギと一緒に博物館の前でスピカがやって来るのを待った。アストレア邸から月研までは電車で一駅とはいえ歩けない距離ではないが、この雨だし電車に乗ってくるだろう。この雨だし一時間ぐらいかかるかもしれない。

 スピカも俺が何故ムギを突然攫ったのか、その意味はさっぱりわからないだろうが、俺は彼女が絶対に来てくれると信じてムギと時間を潰していた。



 「……さぁ来い9p! あぁ天和にならなかった!」

 「残念だったね朧。ほら、地和」

 「なぬうっ!?」

 「ほら、早く32000点寄越して」

 「ぐぬぬ……とうとう飛んでしまったなぁ」


 スピカがやって来るまで暇だったため、俺はムギと一緒にエア麻雀をやっていた。その名の通りお互いに盤面を想像して麻雀を打つだけのゲーム。勿論お互いに盤面なんて見えていないため完全に自己申告制だ。俺は律儀に手を作っているつもりなのだが、ムギは国士無双とか大三元とか役満を平気で決めてくるから容赦がない。


 「はい次。ほら、字牌をポンしてあげるから早く河に捨てて」

 「絶対字一色大四喜じゃん……」


 もしこれが脱衣麻雀だったら俺は今頃あられもない姿になっていただろう。確かネブスペ2でも第二部か第三部でおまけ要素として脱衣麻雀をするイベントがあったはずだ。流石に実際にゲーム上で麻雀が出来るわけではないが、確かムギもあられもない姿になっていた気がする。

 

 と、ムギとしょうもない遊びをしながら遊んでいると月研の敷地の入口から、赤色のサイドテールを黒いリボンで留めたシックな雰囲気の少女が傘を差して走ってくるのが見えた。


 「ふぅ、ふぅ……遅れてすみません。今まで何度も来たつもりなんですが、結構遠いんですね」

 「いやいや、雨の中急がせちゃってごめんね。でも来てくれて本当にありがとう、スピカちゃん」


 スピカが俺達を追いかけてこないという可能性は考えていなかった。もしスピカが来なかったら完全に俺は詰んでバッドエンド直行だったかもしれない。それだけに結構な賭けというか、俺のこの行動が今後にどんな影響を及ぼすかはわからない。

 でも、俺はこれが最善だと思っていた。


 「ところで、その……えっと、私は烏夜さんに攫われたムギを助けに来た、という体で良いんですか?」


 そういえば俺ってムギを攫った怪盗みたいな設定にしてたっけ。


 「そ、そうだね。でもタダでというわけにはいかないよ!」


 俺は怪盗っぽく格好いいポーズをビシィッと決めてスピカに言う。


 「スピカちゃん。これからムギちゃんと一緒に星を見に行こう!」

 「へ? 今は朝ですけど……」


 まだ朝早い上に天気は生憎の雨。しかし、他にも星を見る方法はある。


 「……いや。星を見れるよ、スピカ」


 ムギに笑顔でそう言われたスピカはあぁっと驚いた声を上げた。

 そう、この月研の博物館には──世界最大級の素晴らしいプラネタリウムがあるのだ。



 俺は今日の最初のプラネタリウムのチケットを購入した。普通の座席ではなく、それらから独立したファミリーやグループ向けの芝シートという広めのスペースで、値段もそこそこするが星空をより間近に見ることが出来る没入感がたまらない席だ。


 「なんだか展望台で天体観測をしている時を思いだしますね」

 

 芝シートの上にペタンと座ったスピカは、まるで子どものように楽しそうに上演の時を待っていた。


 「もうすぐ七夕だから、多分内容が変わってると思う。そういえば朧って前に来た時は見てないよね?」

 「あぁ……そういえばそうだね。リニューアルしてからは初めてだよ」


 前に来た時というのは俺が転生したことに気づいた当日のこと。その時の朧は仮病を使った大星の付き添いをしていたからプラネタリウムを見れずじまいだった。


 「ここが、私達と乙女の最後の思い出の場所でもあるんだ」


 しまったと俺は思ったが、ムギは意外にも心が踊っている様子だった。俺は月ノ宮駅のホームで乙女と別れたが、スピカやムギ達にとってはここが乙女と訪れた最後の場所なのだ。

 彼女らにとって辛い思い出かもとも考えたが……それが良い思い出になるぐらい、このプラネタリウムは凄いのだろう。


 やがて上演の時間になり、会場内にアナウンスが響いた。

 そしてドーム状の天井に広がるスクリーンにまず映し出されたのは、この地球の自然だ。山や海に生息する動植物が躍動的に生きている姿が描かれたかと思えば、やがて夜がやってきて舞台がとうとう空へと移り変わる。


 「おぉ……」


 俺だけではなく他の観客達も、スクリーンに映し出された満天の星空を見て思わず感嘆の声をあげていた。所詮スクリーンに映し出された映像とはいえ、やはり宇宙の壮大さは俺達を感動させてくれる。


 会場内に静かに響くアナウンスが、この時期の夜空に輝く星座を紹介していく。北の夜空に輝く北極星を起点に、こぐま座、おおぐま座と続いて、おおぐま座にある北斗七星の先から伸びる春の大曲線へと注目された。


 『北斗七星の柄の先から弧を伸ばしていくと、うしかい座の一等星、アークトゥルスが見えてきました……』


 アークトゥルスは恒星の中ではシリウスやカノープスに次いで明るい星で、日本では麦を刈り入れる時期になると日没後に頭上に輝くことから、アークトゥルスは麦星や麦刈星とも呼ばれている。その名の通り、ムギの名前のモチーフになった星である。


 『次に見えてきたのはおとめ座の一等星スピカ。スピカというのはギリシャ語で穂の先という意味で、麦穂星と呼ばれることもあり……』


 アークトゥルスの弧の先に青白く輝く一等星スピカ。それがモチーフとなったスピカは、スピカが属するおとめ座をモチーフにした朽野乙女という少女のおかげで、転校先の月学でムギと共に楽しい学校生活を送ることが出来たのだ。


 『そしてうしかい座の一等星アークトゥルスとおとめ座の一等星スピカ、そして西の空にあるしし座の二等星デネボラ、あるいは一等星のレグルスを繋いだアステリズムは春の大三角と呼ばれています……』


 ネブスペ2第一部のヒロイン三人が線で結ばれた。美空だけ仲間はずれみたいだが、美空の名前ってこの空そのもののようなものだから仲間には入っているだろう。

 ……朧の幼馴染である乙女も、この中に入っているはずなのだが。シナリオの都合上とはいえ、退場させられるのはやはり気に食わない。



 その後は宇宙の果てに広がる様々な銀河が壮大なスケールで次々に映し出された。こういうのを見る度に、この空の向こうにこんなものが広がっているだなんて信じられなくなる。

 だが、ネブラ人という存在が地球人と宇宙の距離を縮めた。彼らが地球にやって来るまで、宇宙人なんて殆どオカルトの世界の話だったが、彼らは遠く離れた宇宙から地球へやって来たのだ。彼らの技術を借りてもまだ太陽系を脱出できる宇宙船の実用化には程遠い状況だが、昨今の異常な技術進歩の速度を考えると、そう遠くない未来かもしれない。

 

 そして七夕が近いことから、天の川銀河が映し出され──彦星と織姫の七夕伝説の話が始まった。もうすぐ月ノ宮神社で七夕祭が開催されるタイミングであり、そして同時に開催されているコンクールで最優秀賞を取ったムギの絵のモチーフになっている。


 そんな経緯がありながらも、スピカとムギは夜空に架かる天の川と、それを挟んで向かい合うベガ(織姫星)とアルタイル(彦星)を眺めていた。


 

 宇宙はロマンに溢れている。人類がこの地球に誕生してから、この夜空は殆ど変わらない。ベガやアルタイルは俺達の想像よりも遥かに大きい星であり、太陽系も属する天の川銀河には二千億個という途方もない数の星々があるだけでなく、全宇宙にはそんな銀河が一千億以上もあるというのだから、その中に地球という星の存在が奇跡のように思えた。


 しかし人類はもう一つの奇跡を目にしている。それはスピカやムギ達ネブラ人と、彼らの故郷であるアイオーン星系だ。未だ人類はその発見こそ出来ていないが、地球外生命体が存在するという確証が無い中で地球へネブラ人が飛来したことは、人類の歴史を大きく転換させただろう。


 そんなネブラ人も、地球人と同じように夜空に輝く星々にロマンを抱いた。


 『これは、四月に観測されたこと座流星群です』


 ネブラ人も地球人も、夜空に数度と翔けてゆく流れ星に神秘性を求めた。

 流れ星は神様が下界の様子を見るために天界を開いた時、その際に天界から漏れた光が降ってきているのだとされ、その時にお願いをすれば神様が聞き入れてくれるという。

 そしてネブラ人は、それを神様だけでなくもっと範囲を広げて、自分の思いを届けたい人へ運んでくれると信じていたのだ。

 

 『そしてこちらは、五月に観測されたみずがめ座流星群です』


 スピカやムギは亡くなった自分の家族、そして突然転校してしまった乙女に届けたい思いがあるはずだ。

 そして今──星空を翔ける流れ星を見ていたスピカとムギが、互いに目を合わせた。二人は照れくさそうに笑っていたが、そのタイミングがほぼ同時だったのは……やはりお互いに、相手に伝えたい気持ちがあったからだろう。


 俺は、スクリーンに映し出された夜空を飛び交う流れ星に願う。

 スピカとムギの絆が、これからもずっと強く結ばれているように、と。


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