アストレア姉妹編㉓ 巫女服、最高だぜ……。
六月二十日、土曜日。
スピカとムギは仲直りできたようだが、俺は未だに気が気でない毎日を送っている。
ムギルートでは、七夕祭のコンクールで最優秀賞を見事獲得したムギの才能を妬み、同じくコンクールに応募していた生徒からいじめを受け始める。前の学校と同じように、だ。
しかもムギをいじめる連中の親玉である生徒がとても厄介で、月ノ宮の有力者の孫娘であり、母親のテミスさんや姉のスピカがどうなってもいいのかと脅してムギを徹底的に追い込むのである。
そしてバッドエンドでは雨の七夕の日、ムギは校舎の屋上から飛び降りてしまうのである。しかも一度では死にきれず、大星を連れてもう一度飛び降りる──通称『九相図』エンド。レギー先輩ルートと同じく、主人公もヒロインも死んでしまう救われないエンディングである。
前世でプレイしていた時はホラゲーかと勘違いするぐらいには背筋がゾッとした。なお、このエンドでも偶然直下を通りがかった朧が直撃を受けて死んでしまう。流石に酷い。
さて、俺は雨が降る休日に七夕祭の会場である月ノ宮神社へとやって来ていた。想像を絶する程長い階段を登ると、雨が滴る巨大な鳥居が俺を出迎え、その奥には真っ赤な権現造りの拝殿が見えた。
そんな雨が振っている中、境内に設置されたテントの下で七夕祭の準備に励む人影が見えた。俺はテントへと近づいていき、彼に声をかけた。
「やぁやぁアルタ君。今日もこんな雨の中ご苦労さま!」
俺の存在に気づくと、ブルーシートの上でトンカチを打ってテーブルらしきものを作っていた少年が俺の方を見て、あからさまに嫌そうな顔をして口を開いた。
「……なんで貴方がここにいるんですか、烏夜先輩」
「んー? 僕が気まぐれで神社にお参りしちゃいけないのかい?」
「どーせ巫女服姿の美少女が見たいっていう下心ありきでしょ」
「うーん、違いないかもね」
先輩である俺に悪態をつく、少し長めの金髪で赤い瞳を持つこの少年の名は
「それでこんな雨の中、もうすぐ期末テストがあるというのにアルタ君は小遣い稼ぎのために神社のお手伝いを?」
「そりゃテストも大切だけど、僕にとってはお金も同じぐらい大切なの。貴方と違って毎日生きるのに必死なんですよ、僕は」
「僕も君を気遣ってあげているつもりなんだけどなぁ……」
この通り、俺、烏夜朧はアルタにあまり好かれていない。
鷲森アルタは八年前のビッグバン事件で家族を失い一時は施設で生活していたが、今は月学の寮で暮らしている。毎日必死でアルバイトでお金を稼ぎながら、彼の夢──自分のロケットを打ち上げるという壮大な目標に向かって突き進んでいる、かなりの苦労人だ。
「ところでアルタ君の彼女候補はいないのかい? いつも一緒だろう?」
「だから腐れ縁だっていつも言ってるでしょ。あいつなら社務所の方に資材を取りに行ってますよ」
「女の子に力仕事を?」
「ただの薄い板ですよ。角材ぐらいだったら僕が運びますって」
どうして俺が、いや烏夜朧がアルタと知り合いなのか。中学が一緒だったというのもあるが、実は朧は夏休みや冬休みなど、長期休暇中は短期で海岸通りにある喫茶店『ノーザンクロス』でアルバイトをしている。その職場でアルタは朧の後輩なのだ。朧も昔から訳あってバイトに励むアルタを見てきているし、その境遇も知っているのである。
「アルちゃーん! 新しいの持ってきたよ~」
「えっほ、えっほ」
社務所の方から傘を差しながら板を運んできた二人の『巫女』。一方はハーフアップを青いリボンで留めた長い銀髪で青い瞳を持つ華奢な少女で、もう一方は黒髪のツーサイドアップを白いリボンで留め、白いメガネをかけた背の高い少女だった。
「お、噂をすれば彼女候補のお出ましだね」
「うるさい」
こらこら、トンカチで人を殴るんじゃない。
俺とアルタがいるテントの方へやって来た巫女服姿の二人はブルーシートの上に板を置くと、アルタの挨拶とは対照的に彼女達は俺に屈託のない笑顔を向けて挨拶してきた。
「こんにちは烏夜先輩。いつもアルちゃんがお世話になってます」
「こんにちはベガちゃん。いやぁ、アルタ君は本当に手がかかる子だねぇ」
「貴方が僕の何を知ってるんですか!?」
丁寧に俺にペコリと頭を下げて挨拶してきた銀髪の少女の名は
「こんちはー、朧パイセン。こんな雨の中どーもどーも」
「やぁこんにちはルナちゃん。君の為なら雨の中嵐の中、例え宇宙の果てまでも追いかけるよ」
「相変わらずセリフがクサイですねー」
アハハ、と俺のしょうもないセリフに笑ってくれる(愛想笑いだろうが)黒髪ツーサイドアップの少女の名は
ルナはこの月ノ宮神社の宮司さんの娘で、年が少し離れた姉と兄がいる。姉は月学で現国の先生をやっていて、兄は我が道を行くフリーターである。
「それにしても……」
俺はベガとルナの二人をじっくりと見つめる。
エロゲに限らず、色んな作品でヒロインが巫女服を着ていることは多いが……この破壊力は地球を、いや全宇宙を崩壊しかねない威力だ。
やっぱ巫女服コスは最高だぜ! 日本に生まれてきてよかった!
「二人の巫女服姿、最高だね! アルタ君は作業で忙しそうだしこれから僕と遊びに行かない?」
「私は七夕祭の準備があるので~」
「私もアルちゃんのお手伝いがしたいので……」
まぁサラリと断られてしまうまでが予定調和である。だってベガもルナもアルタのこと大好きだし。俺なんかお調子者が彼らの世界に付け入る隙なんてない。
そんな中、一人トンカチでカンカンカンと作業をしていたアルタがなおも不機嫌そうな面持ちで口を開く。。
「烏夜先輩。邪魔をしに来ただけなら帰ってくれませんか。俺は忙しいんです」
「あぁいやいや、僕は七夕祭のコンクールで最優秀賞を受賞した絵が見たくて来たんだよ。僕の友達が描いた絵だから、是非見ておきたくて」
そう、俺がわざわざ雨の中、あんななっがい階段を登ってまで月ノ宮神社へ足を運んだのはアルタ達に会うためではない。むしろアルタ達がいたのは想定外っていうぐらいだ。嬉しい誤算ではあったが。
俺の目的は、七夕祭のコンクールで最優秀賞に輝いたムギの絵だ。それを見たからといって何かイベントが起きるわけではないが……作中にはないイレギュラーが立て続けに起きているため、むしろ何かが起きてほしいと願ってのことだ。勿論良い方向に、だが。
「そういえば、烏夜先輩と同じクラスの先輩でしたね。確か四月に転校してきたばかりの……」
「そうそう。美術部とかには入ってないんだけど、絵がとても上手い子なんだよ」
「その絵なら社務所に保管してありますよー」
「見に行っても大丈夫?」
「はい、全然だいじょーぶですっ」
作業を続けていたアルタも丁度休憩に、ということで俺達四人は境内の奥に進んだところにある社務所へと向かった。
社務所の中はまるで旅館のような立派な玄関や広間を持つ立派な日本家屋で、入ってすぐにある広間にムギの絵は飾られていた。
「おぉ……」
それを目の前にして、俺は思わず感嘆の声を上げる。
まず驚いたのはそのサイズだ。縦幅はルナの身長と同じくらい、一六〇センチぐらいだろうか。横幅も一メートルは越えている。確か絵画のサイズって◯◯号と号数で表すはずだが、思っていたよりかなり大きかった。
「とても綺麗ですよね、この天の川」
「織姫の表情もすごくない? 本当に絵の具で描いたのって感じ」
そして、そんな巨大なキャンバスには無数の星が輝く夜空に架かる天の川と、その川を渡ろうとする織姫が描かれていた。
この世のものとは思えない幻想的な天の川、そして色鮮やかな服を着た織姫──ネブスペ2をプレイしていた時に作中でも見たことがあるが、生で見るとその凄さに驚かされる。
ムギってすげぇんだなぁと改めて気づくと同時に、俺はこの絵を見て一つ気になったことがあった。
確かに織姫は天の川を渡っているのだが、その先で待っているはずの彦星は描かれておらず、その絵には明らかに誰かを描くためのスペースが残っていた。
一見すると完成しているように見えるが、ムギが言う未完成の部分とは彦星の存在なのだろうか。
「この絵は不思議です。年に一度、織姫と彦星が会える一日……この織姫の表情は、愛する人との再会の時が楽しみなようにも、怖く感じているようにも、もしかしたら会えないかもという悲しさにも感じ取れるんです」
「彦星が描かれてないもんね。この先で待っているかどうかは見る人の捉え方次第なのかなぁ?」
ベガとルナの意見に俺は成程、と思う。少なくとも二人はムギの絵を見て色々と考えせられているようだが……一方で一人だけピンと来ていない奴がいた。
「僕にはよくわからないなぁ」
アルタはベガとルナに挟まれてムギの絵をジーッと鑑賞していたが、彼の心は揺さぶられなかったらしい。まぁ芸術ってのは万人に絶対受けるというわけではない。
ベガとアルタはその名が表す通り、織姫星であるベガと彦星のアルタイルが名前のモチーフになっているのだが、もう少し七夕に興味を持て。
「確かにすごいと思うけどさ、なんだか……意味を持たせすぎって感じる」
アルタが言いたいことはなんとなくわかる。ざっくり言うと見る側に与える情報量が多すぎる、という感じだろう。多くの捉え方が存在するからこそ、この絵を見た人達の感想は多種多様になる。それはすごいことかもしれないが、言い換えればごちゃごちゃしているとも受け止められるかもしれない。
そんなアルタの感想を聞いていると、突然社務所の扉が勢いよく開かれた。
「君にもわかるかい、その作品の凡庸さが!」
現れたのはカラフルな髪色と服装のど派手な男。アラサーぐらいだろうか、いかにも芸術家やってますって見た目だった。
「だ、誰だ……?」
「さぁ……」
突然現れたど派手な男に俺達が戸惑う中、男はムギの絵を見てニヤリを笑って言った。
「その作品のテーマがメチャクチャなのは当たり前のことだ!
なぜなら──その作品は他の様々な傑作から盗作しているからだ!」
男が言い放った『盗作』という言葉に、俺は耳を疑った。
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