アストレア姉妹編㉔ 止まない雨



 ムギの絵を盗作だと言い張る芸術家らしき男は社務所の中へズカズカと入ってきて、ムギの絵の前までやって来て話を続ける。


 「私は今回のコンクールの選考委員として言わせてもらうがね、この絵は盗作だ。選考のため参考程度に過去の受賞作品も一通り目を通したが、テーマ自体は七夕祭という催しだから目をつぶるとしても、構図があまりにも似通っているのだよ。

  それに──」


 男はタブレット端末を取り出すと、その画面を俺達に見せる。すると画面にはムギの絵とほぼ同じ見た目の絵が映し出されていた。天の川や織姫の配置は殆ど一緒だ。


 「これは昔、私が作った作品だ。あまりにも似ていると思わないか? だから私は選考の時に反対したんだけどね、後々揉め事にならないようにと考えた上で、だ。私はこの絵を描いた人のためを考えてやったのに、無能な連中が浅はかな考えでこれを最優秀賞に選んだんだ!

  私はこの作品をそうは認めない! 君達もそう思わないか!?」


 ふむ。

 彼の主張はわかる。こういう絵にしろ映画にしろ漫画にしろ、盗作だのパクリだので揉めることは多々あることだ。

 でも星空と天の川を描こうと思ったら大体似たような構図にはなるだろうし……俺はムギの絵を見て感銘を受けたが、彼が描いたという似たような絵を見ても、何も心に響かなかった。優劣をつけさせてもらうとすれば、身内という贔屓目を抜きにしてもムギの方が上だ。


 ベガやルナ、アルタも俺と同じことを思っているのか難しそうな顔をしていた。男の言い分はわかるが、何分ムギが乙女と作り上げた作品であるため俺はどうにか擁護してあげたかったのだが……そう悩んでいると社務所の奥の方から女性の声が響いてきた。


 「そんなのこじつけに過ぎないわ!」


 なんだなんだと社務所の奥の方を見ると、黒髪でサイドに白黒の星柄のリボンを巻き、ダボダボの黒シャツにショートパンツという全体的にモノトーンなファッションの女性がやって来て、その黄金色の瞳で男を睨んで言った。


 「ボクは選考の時にも言ったはずだよ。貴方の絵とこの絵の大きな違いを」


 しかもボクっ娘か。急に俺のストライクゾーンに入ってきた。

 なんだか言い争いが始まりそうな険悪な空気だったため、俺はアルタやベガ達を庇うように前に出て、その様子を見守る。


 「芸術ってのは自分が思う最高の作品を作るだけじゃダメ。どれだけ多くの人の心を揺さぶるかなの、評価してくれる人がいるからこそ成り立つものだから。

  だからってただ感動させればいいだけでもない。例え自分が意図したことが伝わっていなくても、見た人の数だけ芸術は生まれる。自分で独りよがりに一丁前にテーマなんて考えて、自分の伝えたいことだけやかましく伝えたいだなんて、そんなのただの自己満足だよ。似たような感性を持つ売れない芸術家とSNSで繋がって弱者同士で集まってれば良いさ!」


 堂々とした雰囲気で彼女は芸術家の男を責め立てた。

 この人のセリフ、ネブスペ2の作中で誰かが言ってたような気がするんだが誰だったけな……と考えていると、芸術家の男は痛いところを突かれたのか顔を真っ赤にして反論を始めた。


 「私の作品はこんなちっぽけな街で開かれたみみっちいコンクールではなく、世界的に有名な賞を受賞しているんだ! こんな低俗な作品とは違うんだ!」

 「貴方は親のコネで賄賂を送りまくって買収してるだけの出来レースだろう!」

 「なにおぉ!? 言いがかりだろうそんなのは!」

 

 二人の言い争いがヒートアップして殴り合いまで始まりそうな雰囲気だったため、俺は慌てて間に割って入って止めた。すると芸術家の男は女性を睨んだまま舌打ちをして社務所から出ていき、彼がいなくなった後でベガ達はホッとした表情をしていた。


 

 「いやー、ごめんごめん。ちょっとカッとしちゃってさ~」


 と、舌をペロっと出してあざとく謝る黒髪の女性。

 いやー、この人が来てくれて助かった。あれ以上にムギの作品を悪く言われたら俺が何をしでかすかわからなかったな。


 「あの、今度のコンクールの選考委員の方ですか?」


 そういえばあの芸術家の男もそう言っていたな。女性はベガの質問の対し頷くと笑顔で口を開いた。


 「うん、そうだよ。ボクはレギナ・ジュノー。世界を放浪するしがない芸術家だよ」


 レギナ・ジュノー……あぁ、思い出したぞ!? この人、初代ネブスペのヒロインだ!


 ボクっ娘で芸術家気質、そして確か妹属性も持っていたはずの属性過多なヒロイン、レギナ・ジュノー。初代ネブスペのヒロインの一人で木星がモチーフになっている。

 なんか……そりゃ確かに年月が経っているから当たり前かもしれないが、初代ネブスペで月学に通ってた頃となんだか雰囲気が違うな。アフターストーリーとかに出てきた頃は少し大人になったなぁと感じたが……ちゃんと大人になったんだな。初代ネブスペの頃は『学校の校舎をモノトーンに染め上げよう!』とか『爆発こそ芸術だ!』とか血迷ったことばかり言ってたのに。


 「レギナ・ジュノーって……確か、この前アメリカのオークションに出展された作品で凄い落札金額じゃなかったっけ……!?」

 「確か一億円超え……」

 「あぁ、あれは所詮オークションだからボクは関係ないけどね!」


 初代ネブスペでは芸術家を志していた無邪気な少女が、今となっては世界的に有名な芸術家になっているのか。なんだか感慨深い。

 するとレギナさんはムギの絵の前に立ち、そして描かれた天の川を指でなぞりながら言う。


 「……これはね、全然盗作なんかじゃないよ。絵のタッチも画風も魅力も全然違う。どれだけ盗作と言われても、オリジナルを越える価値があったら負けも同然だからね」


 レギナさん程の人が言うのだから、やはりムギの才能はずば抜けているのだろう。この絵に魅入られているレギナさんの表情がその証左だ。

 そしてレギナさんは俺達の方を見ると、優しい笑顔を浮かべながら言う。


 「この中に、この絵を描いた子の知り合いがいるの?」

 「あ、僕の友達です」

 「そう……あの人が言っていたことは気にしなくていいよ、本人に言わなくていい。言いがかりも甚だしいからね。

  それに確かにあの人は実績こそあるけど、何せ大企業の御曹司だからねー。審査員を金で買収してるだとか親のコネを使ってライバルに圧力をかけているだとか、色々きな臭い噂があるんだよ。ま、ボクの妬み嫉みかもしれないけどね」


 逆によくそんな人に立ち向かえるなぁ、レギナさんは。でもこの人がムギの味方であってくれてよかったと思う。

 ……コガネさんに出会った時も似たようなこと思ってたな、俺。本来はネブスペ2に出てこないはずの前作キャラに助けられてばかりだ。


 「そうですよ、烏夜先輩。私もこの絵はその……とぉってもすごいと思います!」


 するとベガが笑顔で両手を一杯に広げて、その大きさを表現する。


 「これぐらい、これぐらいすごいんです!」


 ……ベガは精一杯その感動の度合いを表現しようとしてて可愛らしかった。なんだか見てて微笑ましい。巫女服と相まって可愛さ倍増だ。

 するとベガの隣にいたルナはさらに大きく手を広げて(身長差もあるが)、その感動を表現した。


 「私もこれぐらいすごいと思ってます! ほら、アルちゃんも一緒に!」


 ルナがアルタに両手を広げるよう促すと、アルタは両手でおにぎりぐらいのサイズの輪を作って言う。


 「僕はこれぐらいかな……」

 「小さっ!?」

 「そこは大きくしてよアルちゃん!」

 「いや、僕に難しい話はわからないから……」


 まぁそういう正直なところがアルタらしい。あとベガが可愛すぎるから、絶対幸せにしてやれよお前。



 レギナさんは少し用事があるらしいため彼女を置いて社務所を出る。まだ雨は降り続いていて、アルタはテントの下で作業に戻っていった。俺もそろそろ帰ろうかと思っていた時、そういえばと俺はベガ達と出会った時から頭をよぎっていた疑問をベガに投げかけた。


 「そういえば、どうしてベガちゃんは巫女服を着ているんだい?」


 ルナも巫女服を着ているが、彼女はこの月ノ宮神社の宮司さんの娘だからという理由はある。でもベガは違う、ただの友人というだけだ。

 するとベガは自分が着ている巫女装束を見た後、不思議そうに口を開いた。


 「やはり神社でお手伝いするなら、これが正装なんじゃないですか?」


 ……それもそっか。

 いや、本当にそうか?


 「そうだよね、ルナちゃん?」

 「う、うんそうだね」


 ベガに同意を求められたルナはバツが悪そうに頷いた。するとルナは俺の手を掴み、ベガから離れたところまで引っ張って小さな声で俺に言う。


 「朧パイセン。ベガちゃんの巫女姿、どう思いますか?」

 「最高だと思う」

 「でしょう? なら何も言わないでください。ベガちゃんは純粋なので、例えお祭り当日や売店で働いてなくても巫女服を着るべきだと信じてるんです」


 成程。俺とルナの思いは一致していたわけか。ベガの巫女姿が見たい、と。


 「朧パイセン。私、巫女服姿のベガちゃんの写真をコレクションしてるので、黙っててくれるなら今度いくつかお譲りしますよ」

 「わかった。ノーザンクロスのパフェとサザンクロスのケーキのどっちが良い?」

 「両方でお願いします」

 「オーケー、交渉成立だ」


 月学の新聞部に所属しているルナはスマホやデジカメだけでなく一眼レフカメラなんかも持ち歩いていて、日々ネタ集めに奔走している。まぁ新聞記事を書くよりかは写真を撮る方が好きらしい。


 「でもルナちゃんの巫女姿も最高だよ?」

 「そういうのはいいんですっ」


 ドスッと俺の足にローキックが入れられた。いや、お世辞抜きで巫女服姿のルナの破壊力もヤバい。


 「それにしても、朧パイセンも大分丸くなりましたね」

 「へ? どういう意味?」

 「いや……レギナさんってとても可愛らしい人だったので、すぐに口説くのかなぁと思ってツッコミを入れようと待機してたんですけど、全然そんな素振り見せなかったので」

 

 ……うん、完全に忘れてた。いや、俺は初代ネブスペのヒロインに出会えたことに感動していただけなんだ。コガネさんに出会った時もそうだった。

 確かに烏夜朧ならまず最初に口説こうとするのかもしれないが、割と今はそれどころじゃないのだ。


 「なんだか私達にもあまり鬱陶しく絡まなくなりましたよね。もしかして……不治の病にかかってるとか!?」

 

 なんでそうなるんだよ。


 「いや、僕はいつも通りだよ?」

 「じゃあよかったです。そもそも朧パイセンって余命宣告受けてもナンパ生活を謳歌してそうですもんね!」


 あれ? 俺って結構後輩達に舐められてるのか? でもこうしてフレンドリーに接してくれるのは素直に嬉しいしこっちも接しやすい。ベガもルナも本当に可愛いから俺自身が攻略したいぐらいだが……俺、まず第二部に辿り着けるのかも不安だ。



 ルナと話を終えてベガ達のところに戻ると、社務所での用事を終えたのか丁度レギナさんがやって来た。彼女も丁度帰るとのことだったため、まだ神社の手伝いをするというアルタ達を置いて俺はレギナさんと参道の長い階段を下っていた。


 「そういえば……もし勘違いだったら申し訳ないんだけど、君の名前って烏夜朧?」


 ザアザアと雨が降りしきる中、傘を差して一緒に階段を下っていると、レギナさんは傘の下から俺に顔をのぞかせて聞いてきた。

 あれ? 俺ってレギナさんに自己紹介してたっけな。


 「はい、確かにそうですけど」

 「もしかしてコガネの知り合い?」

 「まぁ、何度かお話しましたね」

 

 すると途端にレギナさんは目を輝かせて、興奮した口調で俺の手を掴んできた。


 「じゃじゃじゃあ、君ってコガネの後輩を助けてあげた、あの烏夜朧君なのかい!?」


 あぁ、そうか。レギナさんとコガネさんって同じ学校通ってたし同級生だから接点あるのか。方やスーパースターで方や世界的な芸術家ってかなり濃い面子だな。


 「ま、まぁそんな大げさなことはしてませんけどね」

 「へぇ~この前コガネと会ったんだけどさ、レギーって子と君の話ばかりしてたよ。大分気に入られてるねぇ~このこの~」


 レギナさんは俺の脇腹を小突いてきた。なんかそういう風に自分の良い噂を聞くと気持ちが良いものだ。俺ってコガネさんにそんなに気に入られてたんだなぁ。ワンチャンコガネさんのルート開拓できないかな。

 なんて調子に乗っていると、レギナさんは立ち止まって俺の目を見て言う。


 「じゃあ、あの絵を描いた子のことも守ってくれるかい?」


 俺はレギナさんが言っていることが瞬時に理解できなかったが、彼女の真剣な目を見て厄介事が絡んでいるのだろうと推測できた。やはり、この先選択を間違えると自分が死ぬ運命にあるんだな、と俺は改めて悟る。


 「どういう意味ですか?」

 「ほら、さっき色々喚いてた男いるでしょ? あの人もある程度の腕は持ってるんだけど……本当に良い噂は聞かないんだ。あの人に目をつけられた画家はもみ消されちゃうって言われてるからね。

  実は選考の時、あの人とかなり揉めちゃってさ。一票差でギリギリあの子の絵が選ばれたんだ。あの男が推薦していた絵を描いたのもとある大企業のご令嬢っていう話もあって……この先、あの絵を描いた子がちょっと危ないかもしれない」


 ……。

 ……え、本当に危ないやつじゃん。

 それ、あの男に目をつけられてしまったムギが闇の圧力とかでもみ消されちゃうやつじゃん。原作よりもなんか大事になってきてるんだけど、本格的に俺が解決できる話じゃなくなってるじゃん。


 「多分嫌がらせとかがあるかもしれない。ボクもボクが使えるコネとか権力全部使うからさ、あの絵を描いた子の側にいてほしいんだ」


 本来、作中ではムギの受賞が正式に発表される翌日から彼女へ嫌がらせが始まるはずだった。しかし全くその兆候が見られなかったため少し安心していたのだが……俺にだけ試練を与えるならまだしも、ムギも相当に危険な立場にある。


 まったく、無茶なこと言ってくれるぜ。でも前作ヒロインに頼まれちゃあ仕方ない。


 「わかりました。僕も精一杯のことはします。僕も、あの絵にはとても感動させられたんです」

 「ありがと。頑張ってね、彦星様」


 レギナさんの笑顔があるだけで俺は安心することが出来た。

 しかし麓へ続く階段や周囲の木々に容赦なく打ち付ける雨は、未だ止むことを知らないのであった。

 

 

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