アストレア姉妹編⑳ 想定外のイベント
乙女が月ノ宮を去ってはや二週間。俺がネブスペ2の世界に転生したことに気づいてから二週間でもある。
今日も平穏な一日になると良いなぁ、だなんて俺は期待していたが、第一部はこれからが勝負の時期になるだろう。アストレア姉妹ルートにおいても大きな分岐点となる。
今日は、七夕祭のコンクールの結果が発表される日だからだ。
普段と変わらず真面目に授業を受けて昼休み。最近は俺がふざけることも減ったからかモブの友人達や先生方から何か真面目になったなぁと注目されるようになった。今までの俺、っていうか朧はどんだけふざけてたんだ。
今日はレギー先輩も舞台が終わったことで久々に一緒に屋上で昼食を食べていた。美空が天然でボケて、大星がツッコミを入れて、スピカが下ネタに興奮し、ムギがドン引きし、レギー先輩が大笑いしている、いつもと変わりない時間だった。
だが昼食を終えてレギー先輩と別れて教室の前に戻ろうとした時、教室の前に人だかりが出来ていた。何かと思って近づいてみると──前世の俺も朧もよく知っているキャラが二人。
「どうも、また会いましたねシャルロワ会長」
群衆の中でも一際目立つ長い銀髪が紺色のブレザーに良く映える月学の生徒会長、エレオノラ・シャルロワ。サイドの髪に巻いた黒薔薇の髪飾りが妖艶な雰囲気を醸し出している。
その並外れた美貌に憧れる後輩達は多く、こうして彼女が訪れる場所にすぐに人だかりが出来てしまう。
「あら、こんなところで何をしているの? 貴方の教室はもう一つ下じゃなくて?」
「またまたご冗談を~もしかして僕に御用ですか?」
「貴方に話しかけるぐらいならこの学園の理事長像とお喋りした方が良いわ」
「そんなに!?」
なんだか俺への当たりが冷たいのは変わりない。こうして話してくれるだけで俺は嬉しいものだ。
「烏夜の奴、いくらあんなキャラだからって軽々と会長と話しやがって……」
「でもよく話しかけられるよなぁ……」
まぁこうして会長と話すだけで嫉妬と羨望の眼差しを向けられる羽目になってしまうが。でも俺は会長のこと大好きだし。
そんな調子に乗っている俺の肩が、突然誰かに掴まれた。見ると、俺の肩を掴んでいたのは少しウェーブがかかった七三分けで黒縁メガネをかけた、もう見た目からその真面目さがムンムンと放たれる風格の男子の先輩だった。
「おい、烏夜……何故昔からの知り合いである俺を差し置いてエレオノラ・シャルロワに声をかけた?」
ヤバい、すっごいガン飛ばしてきてるんですけどこの人。それにこの人に掴まれてる俺の肩がミシミシと破壊されそうなんですけど!?
それに対して俺はアハハ~と笑顔で答える。
「いやいや何をおっしゃいますか、僕がシャルロワ会長みたいな女神のように美しい人を放っておくはずがないでしょう」
となんとなくあしらうと、黒縁メガネの先輩は俺の肩から手を離して今度は……一変して絶望の表情を浮かべ、自分の頭を抱えて叫んだ。
「ちくしょおおおおっ! 俺はやっぱりエレオノラ・シャルロワを越えられないのかよおおおおおおっ!」
一人で騒がしい先輩だなぁ。
そんな先輩を見て、会長目当てに周囲に集まっていた生徒達はまたいつものが始まったよと呆れてその場を去っていく。一方で会長はニコニコと微笑みながら、まるで子どものお遊戯会を観るような生暖かい目で先輩を見ていた。
「いつものが始まったね、『元』一番先輩の発狂」
「そうだな。相変わらず元気だな『元』一番先輩は」
「おい帚木! 犬飼! 俺の名前に『元』を付けるんじゃない!」
「でも会長さんは越えられないっしょー」
「お前まで言うかああああああああっ!」
今までに見てきたキャラの中で一番声量がデカイ。ちなみに彼と朧、大星、美空……あと一応乙女は、月学に入学する前から知り合いである。昔はちゃんと一番だったんだけどなぁ。
しかしメガネの先輩は俺にビシィッと指を差して喚き続ける。
「烏夜! お前も学年で一番の成績を持っているならわかるだろう!? どれだけ学業に順位なんて関係ないと思っていても、この一番の座を奪われた悔しさを! そして一番の奴に嘲笑される惨めさを!」
会長は勿論学年一位の成績で、この人は二位だ。この人がどれだけ努力しても、おそらく会長がいる限りずっと二番手にある運命である。
「何よりも俺の一番の屈辱は、この女に副会長に指名されたことだ!」
そう、この人は月学の生徒会副会長だ。つまりナンバー2。
「エレオノラ・シャルロワ! いつか絶対にお前を越してやるからな!」
そう言って喚きながら先輩は会長を残してどこかへ走り去ってしまった。
「何しに来たんだろ、一番先輩」
いや、誰かに用があって来たんじゃないのかよ。
……と、なんだか騒がしかった七三分け&黒縁メガネの先輩の名前は
読んで字の如く名前は金星がモチーフになっているのだが、一番という名前にこだわるあまり、あらゆることで一番を目指している熱い男である。実際月学に入るまでは勉学だけでなく部活でも全国一位の成績を残していた天才だったのだが、そんな彼をも圧倒的な実力でねじ伏せた完璧超人であるエレオノラ・シャルロワの登場により彼はあらゆる面で二番手となってしまった。
一番にこだわる明星一番にとってそれは最大の屈辱であり、会長に対してかなりのライバル心を抱いているのである。
ちなみに第三部主人公である明星一番は、他の主人公達よりも一番死ぬエンディングが多い。大体は会長のせいなのだが。
そして俺がネブスペ2の中で一番好きな主人公でもある。結構やかましいのだがとても真っ直ぐな人間で、会長に対して「今すぐお前を抱きたい!」とかど直球で言ってたからな。
さて、そんな明星一番が去った後、会長は俺の後ろにいる大星達に声をかけた。
「ムギ・アストレアという生徒は誰かしら?」
俺達は後ろの方にいたムギの方を見る。会長に呼ばれた本人であるムギもどうして自分がという風に驚いているようだが、恐る恐るという雰囲気で前に出る。
すると会長は怯えた様子のムギに優しく微笑みかけて口を開いた。
「先程、月ノ宮神社の七夕祭実行委員会の方から連絡があり、貴方の作品が七夕祭コンクールの最優秀賞に選ばれたとのことです」
七夕祭と同時に開催されている宇宙や星をテーマにした芸術作品のコンクール。元々ムギは乙女との合作を応募予定だったが乙女の転校により未完成であり、彼女はそれを応募していなかったはずだ。
「え……ど、どうして?」
ムギは訳がわからないという様子で戸惑っていた。すると隣に立っていたスピカがムギに笑いかけながら口を開いた。
「ごめん、ムギ。私が勝手に応募しちゃったの。確かにまだ未完成だったかもしれないけど、それでも私はあの絵が凄いと思ったから──」
ムギは、諸事情により自分の作品に対してトラウマを持っている。スピカはそれを知っていながら、ムギが自分の絵に自信を持ってくれるように彼女に内緒で応募したのだ。
作中では、トラウマを持っているとはいえ自分の絵が評価されたことを素直にムギは喜ぶ。しかしその絵を巡って、ムギルートでは厄介な問題が起きてしまう。それを解決するのが大星……いや、今となっては俺の役目というところだろう。
と、そんな明るくない未来を予想しながらも、俺はムギが素直に喜ぶのを期待していたのだが──。
「──余計なことしないでよ!」
バチィンッ、と頬が激しく叩かれる音が廊下に響き渡った。
「え……?」
一瞬の静寂。その場にいた誰もがムギの行動に言葉を失った。
「む、ムギちゃん……?」
予想だにしなかったムギの突然の行動に俺は頭が真っ白になった。
何が起きたのかわからなかった。ムギの頬を打たれたスピカは、赤くなった頬を手で押さえて戸惑った表情でムギを見ていたが、いつもは大人しいムギがさらに叫んだ。
「こんな……こんなことをして、私が喜ぶと思ったの!?」
ムギは明らかに冷静ではなかった。さらにヒートアップしそうだったため、俺は慌ててムギの腕を掴んで制止した。
「やめるんだ、ムギちゃん」
俺がムギを制止したと同時に、大星はスピカを庇うように二人の間に割って入った。美空は口をパクパクさせて動揺していたが、ムギはスピカのことを睨んだ後で制止した俺の手を振り払うと、黙って教室へと戻ってしまった。
「なんだか一筋縄ではいかないみたいね」
この異様な空気の中、会長だけは終始笑顔を絶やさなかった。目の前で姉妹の仲に何らかの亀裂が入ったのを見ていたのにも関わらず……やはりこの人は不気味だ。
「ムギ……」
スピカは打たれた頬を手で押さえながら体を震わせて目には涙を潤ませていた。一人アワアワとしていた美空はようやく落ち着いてスピカに心配そうに寄り添いながら言う。
「ど、どうしてムギっちは急に怒り始めちゃったの? 確かに勝手に応募されたとしても、コンクールで賞を取れたのに……」
どうしてムギがスピカに怒ったのか。俺はそれに至る経緯を知っている。
知っているのだが……こんなはずではない。こんなことが起きるわけがない。
確かにスピカに勝手に応募されたとはいえ、ムギはコンクールで最優秀賞を取れたことに素直に喜ぶはずなのだ、原作では。後々ムギが描いた絵が悲劇を起こしてしまうのだが、こうしてムギがスピカに怒ることなんてなかった。どれだけ自分が苦境に立たされても、ムギはスピカをずっと庇おうとしていたのだから……。
なのになぜ、こんなことが……原作にはないイベントが唐突に起きてしまったんだ?
まるで、バッドエンドに直行してしまいそうじゃないか……!
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