アストレア姉妹編⑲ 善意のすれ違い



 一人センチメンタルに夜の曇り空を見上げた後、気を取り直して俺はテラスから家の中へと戻ろうとする。すると打ち上げパーティの会場であるリビングから美空の悲鳴が聞こえてきた。


 「ひゃ、ひゃああああっ!?」


 和やかな雰囲気で進んでいた打ち上げパーティに突然響く悲鳴。何事かと思って俺がリビングへ急ぐと──。


 「うぇへへぇ~美空の体とっても柔らかいね~」

 「ちょ、服の中まさぐらないでぇ……」


 リビングでは満面の笑顔を浮かべたムギが美空を背後から襲いかかっていて、服の下に両手を突っ込んで怪しい動きをしていた。

 へ、変態がいる……!? 俺がそう驚愕していると、コガネさんを引き連れて宿泊棟に向かったはずのレギー先輩が血相を変えて慌てた様子で俺に声をかけてきた。


 「朧、良いところに来た。急いでムギを止めるぞ!」

 「いや、全く状況が飲み込めないんですが」

 「大星達に顔を合わせようと思って戻ったら、急にムギが豹変してスピカを襲っていたんだ。オレとコガネさんが来たときにはもうやられていて、コガネさんはオレを庇って……!」

 

 見るとリビングの床にスピカとコガネさんが力なく倒れていた。俺は側に倒れていたスピカの元へ駆け寄る。


 「す、スピカちゃん! ムギちゃんに一体何が!?」

 「む、ムギ……こんなテクを持っていただなんて……」


 なんだかさっぱりわからないが、スピカとコガネさんは今の美空と同じようにイヤらしい感じで襲われたんだろう。その光景は是非ともこの目にしたかったが……いや、そんなことを言っている場合ではない。


 「レギー先輩。大星と晴ちゃん、美月ちゃんはどこに?」

 「食器とかゴミを片付けに行っているらしい。このままだと全員がムギの餌食になっちまう!」

 「でもどうやって止めるんですか!? ムギを相手に手荒な真似はしたくないですよ」

 「な、何かムギの好物ってないか。好物で引き寄せて油断している間にどうにかしよう」


 いや、対処の仕方がネブラスライムとかと変わらないじゃないか。

 しかしムギの好物って確かコーヒーだ。だが宇宙生物と同じように今の興奮状態にあるムギがすんなりとコーヒーを飲んでくれるだろうか、と俺が迷っているうちにムギの毒牙がレギー先輩を襲おうとしていた。


 「でへへぇ……れぎぃ先輩~そのすれんだぁな体がとても情欲をそそりますなぁ~」

 「む、ムギー!?」

 「待て、待つんだムギちゃん!」


 俺はレギー先輩を庇うため間に割って入った。するとムギは目の前に立ちはだかる俺の体をジロジロと舐め回すように見た後で、満面の笑みのまま口を開く。


 「げひひぃ……朧って改めて見ると綺麗な顔立ちだよねぇ。結構体も引き締まってて……アソコもきっと大きいんだろうねぇ」


 ……あれ!? もしかしてもしかしなくても俺もムギに襲われる!? ちょっとそういう展開も期待したいが、ここで流れに身を任せると後々とんでもないことになってしまう! ちょっと想像しちゃったけども!

 ムギはジリジリと間合いを計りながら俺に近づいてくる。なんだか一瞬でも気を抜くと確実にヤラれる。そんな雰囲気だ。


 「ムギちゃん……よすんだ。お願いだからいつものムギちゃんに戻ってくれ──」


 とうとうムギの魔の手が俺の下半身へ伸びてきた時、彼女の背後に人影が現れた。するとムギの首に手刀を決め──気を失ったムギは俺の方へと倒れてきたため慌てて体を支えた。


 「ふぅ、油断も隙もありませんね」


 手をパンパンッと払いながらそう言うのは美月だった。


 「な、何があったんだ……?」


 そしてリビングの惨状を見て顔を引きつらせる大星。


 「ぐふぅっ、刺激が強すぎる……!」


 そしてこの惨状を見て淫らな妄想を働かせた晴が鼻血を噴き出しながら倒れていた。



 食器の片付けから戻ってきた美月のおかげでどうにかなったが、どうやらムギはアストルギーを起こして豹変してしまったようだ。


 「えへへぇ~」


 気絶しながらもムギはなんだかイヤらしい笑顔を浮かべて幸せそうだ。なんだか酔っ払いみたいだな。


 「ムギちゃんのアストルギーって何?」

 「私の記憶ではイカなんですが……ムギもそれを知ってて避けているはずなんですが、間違って食べてしまったのかもしれません」


 今日の食卓は海鮮料理がメインだったし、海鮮丼の具材にイカが入ってたから間違って食べてしまったのかもしれない。

 原作でもアストラシーショックを起こしたムギが性魔獣と化してヒロイン達を次々と襲うイベントがあった。その時はコガネさんの代わりにレギー先輩が犠牲になっていたがメチャクチャ良いイベントだったなぁあれは。


 「なんだか……酔っ払った変態のおっさんみたいだったよな」

 「ムギも結構むっつりなところがあるので、それが解放されてしまったのかもしれません」

 「いやぁ~すごかったねぇあの子のテクニック……年下の子に攻められるって結構良いわね」

 「ホント、ムギっちのテクニックはすごかったよ」

 「大星さんよりもすごかったですか?」

 「そうだねぇ大星もまだまだ修行が必要……って、何言わせてんのー!?」


 男子がいるのにちょっとディープな話やめろ。ちなみに大星と美月は鼻血を噴き出した晴を介抱するため彼女の部屋に行ってしまった。

 そして美月の手刀を食らったムギは気絶しているが、まだアストルギーが抜けきっていないのか今も「でへへぇ~」だなんて妙に気持ち悪い笑顔を浮かべている。あんだけ襲っといてまだ物足りないらしい。

 襲われていた美空とスピカ、コガネさんが満更でもない反応をしているってことは、それだけ凄いテクを持っていたのか……? 


 

 大分時間も遅くなってきたため打ち上げパーティはお開きとなり、俺は未だ気絶している……というか酔い過ぎて寝ているような感じのムギを送るため彼女達と帰ることになった。

 なお、レギー先輩はこの後コガネさんとじっくりお話をしたいとのことで、どこか楽しそうな雰囲気で絶望の表情を浮かべるコガネさんを宿泊棟の彼女の部屋へと連れて行っていた。

 グッバイコガネさん。レギー先輩とどうかお幸せに。


 「さて、僕はどうしてムギちゃんをお姫様抱っこしているんだろう?」


 スピカと一緒の帰り道。曇り空の下の夜の海岸通りを、俺は眠っているムギをお姫様抱っこしながら歩いていた。


 「烏夜さんは、以前私をお姫様抱っこしてくれましたよね? ムギにはダメなんですか?」

 「いや、すごく嬉しいんだけどね」


 おんぶをしたらそれはそれでムギの柔らかいものが俺の背中に当たってとても困ってしまう。しかしお姫様抱っこでもムギの柔らかい体の感触を十分に感じ取れてしまう。ムギも結構華奢なんだなぁ、なんだか小動物を運んでる気分だ。

 眠っている女の子を運んでるって中々ないシチュエーションではあるが……今も夢の中で女の子を襲っているのか、ムギは幸せそうに笑顔で眠っていた。たまに「でへへぇ~」とか言うのはよしてほしい。


 「普段のムギはあまり素直じゃないんですけど、アストルギーに頼ると度を越してしまうので……」

 「そう? ムギちゃんって結構素直っていうか、あまり自分の感情を隠さないタイプに見えるけど」

 「確かにそう見えるかもしれません。でも……隠し事をしているというか、ムギは私どころかお母様にもあまり悩みを打ち明けないので心配なんです」


 スピカは心の何処かで、自分と血が繋がっていないムギが自分との間に壁を作っているのではと思っているようだ。そんなこともないと思うが……ムギは悩み事を持っているはずだとスピカが思うのには理由がある。


 「そういえば、今度の七夕祭のコンクールの結果が発表されるのって明日だったね」


 道端に立っている、七夕祭を知らせる看板が目について俺は自然を装ってそう言った。

 七夕祭と同時に開催される、宇宙や星をテーマにした芸術作品のコンクール。本来は自分と乙女との合作を応募しようとしていたムギは、乙女の転校を理由に応募を断念してしまった。

 しかし、未完成だったはずの作品は確かにムギの名義でコンクールに応募されてしまっているのだ。


 「……烏夜さん。実は私、ムギに内緒でムギと乙女さんが描いた絵を応募してしまったんです」


 俺はスピカが作中通りの行動をしているか確認のためムギが眠っている隙に聞いてみようと思っていたのだが、先にスピカが自分から明かしてくれた。


 そう、ムギと乙女が描いた絵自体は捨てられずに残っていたのだ。ムギにとっては親友の乙女と作っていた最後の作品だからだ。あろうことかスピカは、本人に内緒でムギの名前を使って七夕祭のコンクールに応募してしまったのだ。

 しかし本来の朧はそれを知っているわけがないため、俺はスピカから告げられた事実に驚いたフリをして彼女に聞く。


 「どうして応募してしまったんだい?」

 

 踏切に差し掛かり、警報と共に遮断器が降りてきたため手前で立ち止まる。

 スピカも俺の隣で立ち止まって俺の方を向くと、目を潤ませながら口を開いた。


 「私は、ムギが並外れた才能を持っているのを知ってるんです。身内だから贔屓しているんじゃなくて、ムギの芸術には人の心を揺さぶるだけの魅力があるんです」


 スピカは本当にムギのことを想って言ってくれているのだろう、今までに見たことないぐらいスピカは必死そうに訴えかけてきたので、その理由を知っていても俺は少々驚かされた。


 「だから、ムギには自信をつけてほしいんです。もう、過去のことなんて忘れて────」


 月ノ宮駅を出た特急電車が俺達の側を通過していった。

 遮断器が開いて線路を跨いだところで、俺は口を開く。


 「……スピカちゃんがそんなに大切に想ってくれてるなら、ムギちゃんはとても幸せ者だね」


 俺は自分に抱えられているムギの幸せそうな寝顔を見る。

 そこに悪意なんてない。しかし、スピカの善意とムギの才能は報われない運命にあるのだ。二人が悲劇に遭う場面なんて見たくない、だが、もう運命を避けられる気がしない。

 俺に出来ることは何だ……最終的に二人がグッドエンドを迎えるためにどうすればいい?



 それからもずっとスピカは俺に話を振ってくれたが、俺は軽いリアクションしか取ることが出来なかった。アストレア邸に到着すると、俺はムギをスピカに預けて帰路につく。


 スピカが八年越しに開花を待ち望む幻の花。

 ムギが七夕祭のために乙女と描いた想い出の絵。

 それらが、二人の……いや俺達の運命を大きく左右することになる。


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