アストレア姉妹編⑱ コガネコの乱入



 つい昨日、勉強会のついでにそれい湯で昼食を頂いたが、今日も今日とて美雪さんと霧人さんのご馳走に気合が入りすぎている。昨日はバカみたいにデカイステーキを始めとした肉中心のメニューだったが、今日は一転して魚中心だ。

 なんでも市場で良いネタを仕入れたからとのことだが……テーブルの中心に燦然と輝くタイの活造りの存在感がヤバい。確かに作中でも背景のイラストに映ってた気がするけど、絶対学生の打ち上げで提供される品じゃないって。なんかもう大相撲で優勝した力士が持ってるぐらいのサイズだもん。


 「レギーちゃんはね、昔からオラオラ系みたいな感じだったんだけど、やっぱり可愛い……いやあざといぐらい強烈に可愛い役柄を演じるのに憧れてたんだよね~」

 「違う。憧れてない。あれは監督からやれって言われたからやったんだ」

 「役作りって言って毎晩お人形さんを抱きしめながら寝てたのに?」

 「だから役作りのためって言ってんだろ!」


 今もコガネさんの勢いは止まらず、コガネさんから放たれるレギー先輩の昔の話を俺達は楽しみながら新鮮な海鮮料理に舌鼓を打っていた。


 「でね~これがその時の写真」

 「なんでコガネさんが持ってんだ!?」

 「わぁ~本当にこの女の子がレギュラス先輩なんですか?」

 「どこかの王国のお姫様みたいだね~ディ◯ニーに出てきそう」

 「ディ◯ニーはやめとけ」

 「表面的にはおしとやかなお姫様を演じてるけど、内面は実ははっちゃけてるタイプか。まるでスピカみたいだね」

 「わ、私は内面もおしとやかです!」

 「それ自分で言うことか?」


 と、美空やスピカ、ムギはレギー先輩とコガネさんの周りでワイワイとその写真を見ていた。後でこっそり携帯に送ってもらえないかな。

 そしてコガネさんはレギー先輩に攻勢をかけてばかりだったが、晴と美月がトテトテとコガネさんの側まで行って口を開く。


 「コガネさんコガネさんっ。月学の星河祭でスタークイーンに選ばれた時に意中の方に告白したって噂は本当なんですか!?」

 「うげっ。どこで知ったのさそんな噂……」

 「そ、それで成功したんですか?」

 「いやー、生憎向こうには好きな人が別にいたからさー。ま、私は言いたいこと言えてスッキリした後で思いっきり泣いてたね~」

 「甘酸っぺぇ……」

 「甘酸っぱいですね……」


 なんか知らんが晴と美月はコガネさんの月学時代の話を聞いて甘酸っぱい青春成分を摂取しているようだ。コガネさんが振られたということは、この世界は初代ネブスペで主人公がメインヒロインを攻略したエンディング後の世界なのだろう。コガネさんを振るとは大した野郎だな。


 「朧、そこのワサビ取ってくれないか」

 「うん、どうぞ」


 一方大星はレギー先輩達の輪から離れた席で黙々と刺身を食べている。いつもはどことなくすかした雰囲気の大星だが、レギー先輩達を見る彼の表情はどこか幸せそうだった。


 「大星、最近美空ちゃんと上手くやってるのかい?」

 「……今まで通りと言えば今まで通りだが」


 まぁ普段から結構ベッタリだったからな、大星と美空は。美空ルートでもその変わらない毎日に少しずつ違和感を覚え始めたところで晴と美月のイベントが起こるのだ。


 「じゃあ晴ちゃんや美月ちゃんとは上手くやってる?」

 「晴の俺への当たりがさらに強くなったように感じる」

 「ご愁傷さまだね」


 この前ムギが晴と美月を説得してくれたことによって何らかの変化が生まれてくれたら……それこそ彼らの間に起こるイベントがつつがなく終わってくれたら良いのだが。俺から見ても大星と美空は一応上手くいっているように見えるのだが、まだどこか不安なのである。


 「でも大星、ちゃんと晴ちゃん達のことも大切にしてあげるんだよ?」

 「あぁ……わかっているさ。だがお前にはやらんからな」

 「僕はそんなこと一言も言ってないけど!?」


 晴や美月のイベントが起こるかどうかは彼ら次第だから、俺はもうとにかく念を押すしかない。いや、冷静に考えてヒロイン四人分のイベントをリアルタイムで追いかけないといけないの、忙しすぎるだろ。

 せめて誰か爆弾が付きそうな奴を教えてくれ……って、そういうのは主人公の友人キャラ、つまりは俺の役割じゃねぇか。


 「朧ー、見てよこの写真。メイドコスしてるレギー先輩」

 「ななななんだって!? 見せて見せて!」

 「やめろー!」


 俺はムギが見せてきた携帯の写真を見る。そこにはミニスカメイドコスでメチャクチャ作り笑いで両手でハートマークを作るレギー先輩が映っていた。

 レギー先輩……貴方って人は本当に最高だぜ! と感動しているとレギー先輩は俺の頭にチョップを食らわせた。


 「大星も見た方がいいよ。ほら」

 「なになに……おぉ……」

 「見るんじゃねぇー!」

 「ごふっ」

 「あうっ」


 大星とムギにも続けてチョップを食らわせるレギー先輩。

 レギー先輩がコガネさんのことを少し苦手に感じているように見えるのは、コガネさんが先輩の弱みを握りすぎているからか……? 本来はレギー先輩を労うはずのパーティなのに心労が耐えなさそうだ。


 コガネさんに振り回されてばかりのレギー先輩は顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしていたが、そんな光景を見てコガネさんが微笑みながら言う。


 「それだけの元気があれば次の舞台も大丈夫そうだね。お稽古は順調?」

 「あ、あぁ……やっぱり色々とあるけど楽しくやってるよ」


 舞台『光の姫』が終わると今度は来月七月五日に上演予定の、レギー先輩が初監督&主演を務める舞台がある。かなりのハードスケジュールだが、稽古自体は随分前から始まっているため準備期間自体は取れていたようだ。初監督とはいえ、学校での演劇程度ならレギー先輩も監督としての経験がある。

 しかし俺は、レギー先輩の次の舞台に様々な苦難が待ち受けていることを知っている!


 「レギー先輩。今日の舞台、とても素敵でした。次の舞台はもっと凄くなると思います。

  でも僕に手伝えることがあるならなんでもおっしゃってください。機材の準備は大丈夫ですか? キャストはちゃんと揃ってますか? 急なイレギュラーがあったらいつでも相談してください」

 「お、おう……?」


 今更レギー先輩のバッドエンドを迎えるなんて信じられない。ていうかまぁ火事現場での救出イベントが起きたらレギー先輩ルートは割と安泰なのだが、七月七日になるまで俺は気を抜けない。


 「そうだよレギー先輩。もし突然舞台に出ろって言われても私はすぐにセリフ覚えて完璧に演じてみせるから!」

 「下がってろ大根役者」

 「なぬー!?」

 「レギュラス先輩。私がお役に立てるかわかりませんが、ご用命とあらばムギも連れて行くので」

 「なんで私も……まぁ、裏方ぐらいなら出来るかも」

 「晴ちゃん。私達も子役で出てみない?」

 「背景の木の役で良いなら」


 俺がレギー先輩をしすぎているからか当の本人も少し困惑している様子だったが、美空達も俺の言葉に賛同してくれていた。本当に頼もしい仲間達だぜ。

 するとレギー先輩は頭を掻きながら照れくさそうに笑って口を開く。


 「あ、ありがとなお前ら……次の舞台も頑張るよ」

 「じゃあレギー先輩のご健康と今後のご活躍をご祈念いたしまして、一本締めを……」

 「やめろ鬱陶しい」

 

 と、調子に乗る俺の頭に再びレギー先輩がチョップを食らわせた。

 他のヒロインのルートでも手を借りられたら良いのだが、今の俺が絶賛攻略中(と思われる)アストレア姉妹ルートも放置しておくわけにはいかない。大星には美空に集中していてほしいから悩みものだ。



 料理も殆ど食べ尽くすと、満腹感が眠気を誘ったのか晴と美月は仲良くソファに座って眠ってしまっていた。大星はそんな二人に薄手の掛け布団をかけてやり、美空とコガネさん、そしてスピカとムギは一緒に対戦ゲームに勤しんでいた。

 そんな中、俺はレギー先輩に呼ばれて庭へと出ていた。今日も曇りで夜空は暗いが、朧月がチラチラと雲の隙間から顔をのぞかせていた。


 「色々と迷惑をかけちまったけど、ありがとな朧。改めて礼を言わせてくれ」


 庭に咲き誇るアジサイの前ではにかみながらレギー先輩は言った。

 ……何度見ても見惚れてしまいそうだ、レギー先輩の笑顔は。


 「いえ、先輩のお力になれたのなら何よりです。舞台も無事に終わったようで良かったですね」

 「あぁ……実は今日も梨亜のお母さんが来てくれてたんだ。楽屋までわざわざ挨拶に来てくれてよ……この前の火事に巻き込まれた梨亜の妹の世良って子も元気そうだったよ」


 あの火事のイベントで爆発に巻き込まれた生徒が梨亜の妹だったのは作中では起こらなかったことなのだが、結果的にレギー先輩と梨亜の母親との間で和解出来たのなら万々歳だ。


 「レギー先輩。次の舞台の準備は本当に順調なんですか?」

 「あぁ、今のところはな。でも何か起きやしないかと不安ではあるんだ。監督というか、人の上に立つって大変なんだなって思い知らされるよ。

  何かあったら、その……おこがましいようだが、また助けてくれるか?」

 「えぇ、勿論です」


 なんだかレギー先輩に信頼されてると感じると凄く嬉しい。でもごめん先輩、今の俺はスピカとムギに手を出してしまってるんです。何か二週目以降のプレイで一周目に攻略したヒロインに申し訳無さを感じるのと似たような気持ちだ。もし可能ならもう一回レギー先輩ルートを周回するんで。

 と、今の俺は未来への不安よりもレギー先輩にこうして信頼されていることに感激していたのだが、先輩はそんな俺を見てどこか思い詰めたような表情をしていた。


 「……なぁ、朧」


 俺の名前を呟いて、レギー先輩は俺の前までやって来る。もう一メートル以内ぐらいの至近距離で俺は思わず後退りしそうになったが踏ん張って耐えた。


 「お前は、本当に無理してないか?」


 俺のことを気遣うレギー先輩の瞳と声色が、とても優しく感じられた。

 先輩、ずるいぜ……俺はずっと、死と隣り合わせにいるんだよ。それが怖くないわけがない。


 「オレはお前に助けられて、一人じゃどうにもならないこともあるって……そういう時に頼ることが出来る存在の大切さに、改めて気付かされたんだ。オレにはもう家族はいないけど、お前がいてくれたから、オレは今もここにいる。

  だから……」


 レギー先輩は俺の手を優しく掴んだ。そのまま俺の手を自分の胸元まで持ってくると、レギー先輩はやや頬を赤らめて、儚げな笑顔を浮かべて俺を見つめる。


 「朧。もし、お前が寂しく感じてるなら──」


 まさか。

 そのまさか。

 俺は、とうとうレギー先輩と────!?



 「どふっ」



 突然、俺達の側から誰かの間抜けな声と物音が聞こえてきた。レギー先輩は「ひゃっ」と慌てて俺の手を離して、そして俺も物音がした方を見る。

 するとテラスから庭へと降りる階段でつまづいてしまったのか、手すりに掴まって体を支えている金髪ショートの女性……コガネさんの姿があった。コガネさんはなおも笑顔を崩していなかったが、おそらく内心メチャクチャ焦っているのだろう。冷や汗が目に見えてヤバかった。


 「にゃ、にゃ~」


 と、コガネさんはネコのモノマネをしてこの場を乗り切ろうとする。ちょっと愛おしいが、完全に姿もバレてるから無理がある。


 「なんだネコか」


 と、レギー先輩はコガネコさんをジーッと見ながら言う。さてはわかっててコガネさんをいじろうとしているのか。


 「にゃ~にゃ~」

 「確かこの家にたまに遊びに来るネコ、すげぇ可愛い声しているんだよなー」

 「にゃお~ん」

 「そういえば最近発情期に入ったみたいだけど、さぞお盛んなんだろうなー」

 「にゃ、にゃあ……?」


 どうにかネコのモノマネをしてこの場を切り抜けようとしているコガネさんだったが、流石に発情期のネコはモノマネのレパートリーになかったのか困惑しているようだ。

 すげぇ可愛いけどそろそろ助け舟を出してやるべきか……俺がそう悩んでいるところでレギー先輩がとうとうため息をついた。


 「何してんだよコガネさん。人の話を盗み聞きして楽しいか?」

 「いやいやいやいや、違うんだよレギーちゃん。わわわ私はただね、外の空気を吸いたくて外に出ただけで、たまたまレギーちゃんと朧君が話しているのを見てワクテカしながらそ~っと近づこうとしたわけじゃないんだよ!?」

 

 まぁコガネさんのことだし、レギー先輩が俺に何を言うのか気になって聞こうとしていたんだろう。

 俺も思わずため息をついてしまったが、レギー先輩はその静かな怒りを押さえられていないようで、コガネさんに近づいていくと彼女の肩をガシッと掴んで言った。


 「コガネさん。久々に会えたことだしゆっくり話そうぜ? ここのペンションに泊まってるんだろ?」

 「た、確かにそうだけど……か、顔が怖いよレギーちゃん?」

 「オレを散々いじったこと、後悔させてやるぜ……」

 「れ、レギーちゃん……?」


 やべぇ。レギー先輩の顔が本気だ。あれは演技なんかじゃない。笑ってるけどあれはダメな笑顔だ、このままだとコガネさんの命が危ない。

 レギー先輩はコガネさんの首根っこを掴むと、そのままコガネさんをペンションの方へと引きずり始めた。コガネさんもこれはまずいと思ったのか必死の表情で俺に助けを求めてきた。


 「お、朧君助けて! このままだと私、レギーちゃんにエロ同人みたいなことをされちゃうかも!」

 「百合は僕の守備範囲内なのでごゆっくりどうぞ」

 「そんなバカなー!?」


 ……でもコガネさんってギャグ時空に生きてそうだからそう簡単に死ななさそうだし、放っといても大丈夫だな。世界観を共有しているとはいえ本来はネブスペ2に登場しない初代ネブスペのヒロインだしどうにかなるさ。



 レギー先輩とコガネさんが去って、俺は一息ついて壁にもたれかかる。犬飼家の花壇を彩るアジサイ達は、一人残された俺を今も見守っていた。


 「……レギー先輩、俺に告白しようとしてたよな?」

 

 冷静に考えて、絶対に俺に告白する流れだったよな? 完全にそういう雰囲気だったよな?

 しかしコガネさんに邪魔されたことによって有耶無耶になってしまった。


 「畜生コガネさんめ! 俺に一体何の恨みがあるんだよ! 俺が初代ネブスペで最初に攻略しなかったことがもしやバレてるのか!?」


 逆に今、俺がレギー先輩に告白したらワンチャン成功してしまう可能性もあるのか? 本当の本当に、主人公の大星ではなく俺が、烏夜朧がレギー先輩と付き合う展開もありえるのか?


 「……いや、現実的じゃないな」


 と、俺は我に返った。

 まぁ仮にレギー先輩が本当にさっき俺に告白しようとしていたとして、俺はどう答えていただろう? きっと『俺』なら感激のあまりレギー先輩を抱きしめていたはずだ。多分嬉しすぎて昇天してしまっていたかもしれない。


 しかしあの時、俺は……いや、『烏夜朧』はレギー先輩の告白を断る準備をしていたのだ。趣味はナンパ、夢はハーレムを築くことという女好きの彼が、だ。


 『──ねぇ、朧。お星様は、どうして輝いてると思う?』


 どうしてかあの時、俺の頭に彼女の声がよぎった。それは前世の俺が見たことのない、烏夜朧の想い出の中に残る朽野乙女の残像だ。

 どうやら、烏夜朧が俺の想像以上に乙女に対して思い入れがあるようだ。やっぱり、俺が幸せになれるのは乙女がこの月ノ宮に戻ってきてからだろう……これだけ影響を与えてくるとなると、朽野乙女の存在が半ば呪いのように思えてくる。


 「お前も正直じゃないな、烏夜朧」


 俺は嘲笑うように自分にそう言いながら夜空を見上げた。さっきまでチラチラ見えていた朧月は、雲に隠れて完全に見えなくなってしまっていた。


 

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