アストレア姉妹編⑰ コガネの独壇場
六月十四日。レギー先輩主演の舞台『光の姫』を見てから丁度一週間が経った。今日はその千秋楽であり、レギー先輩が用意してくれたチケットで隣町の葉室市にある劇場へと向かった。
「なんだか人が一杯だね。もう満席になっちゃいそう」
美空が劇場の中をキョロキョロと見回しながら言う。多少は知り合いで埋まっているとはいえ、これだけの賑わいがあれば十分な客入りだろう。
「レギュラス先輩にお会いするのも久しぶりですね」
「この前に天体観測に行った時以来だな」
「あぁ、大星と美空がイチャイチャしてた夜のことだね……」
「そんな意味深に言わないで!?」
通路側から奥に向かって、俺、大星、美空、スピカ、そしてムギと並んで座っている。真ん中ぐらいの列でも十分に舞台も見えるのだが……前回来た時と同様に、やはり俺の隣である通路側の席が一つ空いている。
もしかしてレギー先輩は乙女の分も用意していたのだろうか? だとしたら俺の隣じゃなくてスピカ達の方にやってほしかったんだけども。
レギー先輩ルートだと、本来最初の公演で見に来るのは朧ではなく大星だけで梨亜の母親とのイベントが発生するが、この千秋楽の公演には全員が揃う……乙女以外は。これは美空やスピカ、ムギルートでも同様で普通に見に来て楽しんで、打ち上げでワイワイするだけのイベントである。
しかし油断大敵。俺はこの世界に転生してから何度もイレギュラーを目にしてきた。本来烏夜朧には起きないはずのイベントが何度も起きてしまっている。
作中で描写されていないだけで、主人公である大星視点の裏で朧がひたすら奔走していたのなら、俺は相当大変な立場にあるだろう。
「お隣、失礼しても良い?」
「え、あぁ、どうぞ」
考え事をしていた俺は突然声をかけられて少し驚いてしまう。どうやら乙女のために取ってあった席を誰かが当日券で買ったようだ。
俺の隣に座ったのは、サングラスとマスクを着けていかにも変装してますって風貌の女性だが、なんかとても常人とは思えない凄いオーラを放っている。金髪ショートで貝殻の耳飾りを着けていて、スカートにレイヤード風シャツ、全体的に黄色いコーデ……なんだかメチャクチャ見覚えがあるなぁこの人。
「や、久しぶり」
彼女は少しサングラスをずらして俺にウインクをしてきた。そう、彼女はレギー先輩が所属する劇団のOGである有名人のコガネさんだ。美空達にバレると騒がしくなってしまいそうだったので、俺は小声でコガネさんと話す。
「今日はちゃんとスケジュール空けてきたんですか?」
「うん、バッチリね。明日の始発に乗れば間に合うから全然大丈夫」
一週間前はスケジュールがギリギリで、公演終わりのレギー先輩の元へ向かおうとしたところで怒り狂うマネージャーさんに連れて行かれていた。今日はゆっくりレギー先輩との時間を過ごしてほしい。
作中ではコガネさんが一切出てくることはなかったが、大星や朧が気づいていなかっただけで本当は見に来ていたのだろうか。
「それより、この前はありがとね」
この前、というのは一週間前のレギー先輩と梨亜の母親との件だろう。
もしあの時コガネさんが楽屋に突入していたら、きっと俺と同じようにレギー先輩を庇っていたはずだ。まぁ俺はあまり上手く対応できた気はしないのだが、そう感謝されると嬉しいものだ。
「いえ、僕は大したことはしてませんよ」
と、少しだけ格好つけてみた。あの時は内心バックバクだったけどね。だってレギー先輩と俺の生命がかかっていたわけだからな!
---
『──貴方は、最後まで気づいてくれなかった』
楽しい時間というのはあっという間で、舞台はもうクライマックスを迎えていた。
『ただ一つ、好きだと言ってくれたら』
俺は隣に座る大星をチラッと見る。涙こそ流していないが彼の表情を見るに、やはりこの舞台……いやレギー先輩の演技に心揺さぶられるものがあったのだろう。
『それが最後の答えだったのに──』
ノラという役を演じるレギー先輩が舞台からはけると、メガネをかけた男子学生や舞台に現れる。
『ノラ! 俺は諦めないからな! お前がいなくなっても──何度でも、何度でも挑んでやる!
俺が、お前の一番として輝くために!』
……終わった、か。
なんだか映画にしてもアニメにしても漫画にしても、良い作品をクライマックスまで見ると凄い喪失感があるというか、そのお話の世界に心が置いてけぼりにされたような感覚に陥ってしまう。
「うあうぅっ、えあぐぁっ、れぎいぃぢゃあんんん……!」
俗に泣きゲーと呼ばれるエロゲをやっていてもそんな感覚になる。そういう時はあらかじめギャグシーンの手前でセーブしておいて、心が押し潰されそうになった時に振り返りに行くのだ。俺はとあるギャルゲをやっていた時に、ヒロインがふざけたポーズを取っているシーンでセーブ画面を埋め尽くしたことだってある。
「めぢゃぐぢゃよがっだよおおぉん……!」
……んで。この人もこの舞台を見るのは二回目のはずなのに、どうしてこんなに泣いてるんだ。
「ぎみもぞうおぼわない? おぼうでしょ!?」
「そ、そうですね」
ほら、あまりにも異質過ぎて大星達もこっち見てんじゃん。アンタ有名人なんだからもう少し節度ってものを……。
「れぎいじゃあん、ごんなびじんさんになっでええぇ……ぐすっ」
「いや僕の肩で涙と鼻水拭わないでくださいよ!?」
「ぎょうハンカチ忘れたから許じでぇ……」
アンタ前回もハンカチ忘れたって言って俺の服で涙と鼻水拭いてただろうが!
コガネさんは相変わらずだったが舞台は無事に終わり、俺達は打ち上げの会場であるペンション『それい湯』へと向かった。
しかし今日も普通に営業していて宿泊客がいるため宿泊棟を使うわけにもいかず、大星や美空が住んでいる奥の洋館のリビングが打ち上げの会場である。忙しい合間を縫って美雪さんや霧人さんが食事を用意していたそうで、俺達は主役であるレギー先輩を待った。
そしてコガネさんがレギー先輩を連れてきて、ようやく打ち上げパーティが始まった。
「さぁーって、様々な苦難を乗り越えて見事舞台を完走したレギーちゃんの登場だよぉ!」
「ヒュ~!」
特に自己紹介もせずに突然会場に現れ、笑顔でマイクを握って音頭を取るコガネさん。それを意気揚々と囃し立てる美空。そしてパーティグッズのとんがり帽子を被らされた上に『本日の主役』と書かれたタスキをかけられたレギー先輩が苦笑いで登場する。
「じゃあ早速レギーちゃんっ。今日の感想をどうぞ!」
「えぇ!? ま、まぁ今日は皆がいたのは知ってたから少し緊張したけど、やり切れたって感じだった」
「来月はとうとうレギーちゃんが監督と主演をやる舞台だねっ。意気込みはどう?」
「スケジュールが一杯一杯で結構大変だけど、まぁどうにかしてみせるよ」
「じゃあレギーちゃんの好きな人のタイプは?」
「やっぱり甘えさせてくれる……って何言わせてんだよ!?」
レギー先輩はコガネさんの頭に軽くチョップを入れた。レギー先輩にとってコガネさんは憧れの存在だから結構態度も控えめなのかと思ったが、何か良くも悪くも仲の良い姉妹って感じだ。
とはいえレギー先輩はコガネさんの勢いに圧倒されているのかしどろもどろしているが、マイクを握るコガネさんの話は終わらない。
「気づけばレギーちゃんと出会って八年……あの頃のレギーちゃんも可愛かったなぁ。あの頃は本当にサンタさんがいるって信じてたもんね、レギーちゃん」
「その話はもう良いだろ!?」
「律儀にサンタさんにお礼の手紙まで送って……送り先にグリーンランドって書けば届くって信じてたもんね」
「やめろやめろぉ!」
と、見事な掛け合いを見せるレギー先輩とコガネさんを見てリビングはドッと盛り上がる。
当初、サングラスにマスクを着けた謎の女を大星達は怪んでいたが、彼女がスーパースターであるコガネさんであると気づくと目を丸くして驚いていた。大星達の適応は早く、もう馴染んだようだ。
「あの人、本当にあのコガネなの?」
「月ノ宮出身なのは知ってましたが……なんだか漫才師みたいですね」
一方で突然家に上がり込んできたスーパースターのコガネさんのはっちゃけぶりに驚きを隠せない晴と美月。二人は用事があったため舞台を見に来ることは出来なかったが、突然有名人が家にやって来て、そしてこんなに暴れていたらこうもなるだろう。バラエティや動画で見るコガネさんも大体こんな感じだが。
「コガネさん、まずは乾杯しましょうよ。レギー先輩の昔の話は後でたっぷり聞かせていただきます」
「うん、レギーちゃんのことなら何でも教えてあげるね」
「おい朧、コガネさん。二人共表出ろ」
これ以上昔の話をされたらたまらないという表情でレギー先輩は俺とコガネさんを引っ張り出そうとしたが、レギー先輩の腕を両脇から美空とスピカが止めた。
「私もレギー先輩がちっちゃい時のお話聞きたいな~」
「私もですっ」
「お、おい二人共!?」
レギー先輩が信頼していた二人のまさかの裏切り。レギー先輩は助けを求めるように大星とムギの方を向いたが、二人共レギー先輩を助けようとしない。
「俺、レギー先輩がとある漫画に影響されてボクっ娘になってた頃の話聞きたいです」
「待て、なんでお前がそれを知ってるんだ!?」
何それ俺もメチャクチャ聞きたいんだけど。
「純情だった頃のレギー先輩……さぞ初々しかったんだろうね」
「おいムギ、今のオレだって純情のつもりだぞ!?」
本来、作中でも開催されるこの打ち上げパーティにコガネさんは登場しない。
しかしどういうわけか前作ヒロインのコガネさんが参加したことにより、舞台の打ち上げは原作よりも盛り上がったスタートとなった。
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