アストレア姉妹編⑯ 晴れ男VSバッドエンド確定大雨
月明かりも輝く星空も見えない夜の雨空を見るとどうもため息が出てしまう。
ついつい出てしまった俺のため息から何かを感じ取ったのか、側を歩いていたスピカが俺の方を見ながら口を開いた。
「そういえば……烏夜さんは、私達が血の繋がった姉妹ではないことをご存知でしたか?」
ムギが晴と美月にそう明かした時、俺もその場に同席していた。何だか思いの外スッと話していたから俺のこと忘れられているのかとも思っていたが、烏夜朧はそれを知っているわけがないのだ。
「いや、今日初めて知ったね。びっくりしたよ、思わず声が出そうだったもん」
「何か特にツッコまれないから知ってると思ってた」
俺もアストレア姉妹の血が繋がっていないことは前世でネブスペ2をプレイしたから知っているが、それをどのタイミングで明かされたかは覚えていない。確かアストレア姉妹の共通ルートからスピカ、ムギのそれぞれのルートに分岐する前後だった気がする。
「でも二人は本当の姉妹というか、僕なんかじゃ想像もできないような強い絆で結ばれているように感じるよ」
俺がそう言うとスピカは照れくさそうに笑って、ムギはそんなスピカを見てニヤニヤしていた。
俺は前世でも身の回りにそんな複雑な家庭環境の知り合いがいなかったからあまりわからないが……まぁギャルゲやエロゲには結構な頻度で義理の妹なんかがヒロインとして登場するからなぁ。まだフィクション感が強い。
「ちなみになんだけど、スピカちゃんはムギちゃんの妹になってみたいと思うことはあるの?」
と、ちょっとした興味本位で俺はスピカに聞いてみた。スピカの方が早く生まれているため彼女の方が姉という扱いで、ムギには失礼だがムギよりもしっかりしているからスピカが姉であることには納得がいく。
しかしスピカもムギに甘えたくなるようなときもあるんじゃないかと俺は思ったのだが、スピカは笑顔で首を横に振った。
「ムギが姉になると、なんだかこき使われそうじゃないですか」
おいこの姉妹、本当に仲が良いのか? ちょいちょい闇が垣間見えるんだけど。
俺はスピカの予想外の返答に驚き、話の流れを帰るべくムギに話を振る。
「ちなみにムギちゃんはスピカちゃんの姉になりたいと思うことはある?」
「メチャクチャあるよ。姉としての権限を使ってスピカをメチャクチャにしたいもん」
おいこの姉妹、本当に大丈夫なのか? まぁムギってスピカに結構いたずらするの好きだし、確かに好き勝手やってそうだ。
「ほ~らスピカ~ムギお姉ちゃんだよ~」
なんて言ってムギがふざけていると、スピカが彼女の頭をポカッ、と軽く小突いた。
まぁそういう冗談を言い合えるぐらい仲が良いのがこの二人だろう。いや、本当にそれは冗談だよな? 冗談であってくれないとバッドエンドに入ってしまいそうで怖いんだが。
ザアザアと雨が降る中、それでも和やかな雰囲気でスピカ達と歩いていると、赤信号で立ち止まった交差点の一角に大きな看板が見えた。
それは、七月七日の七夕に月ノ宮神社で開催される七夕祭の開催を知らせるものだった。
「朧達って毎年七夕祭に行ってるの?」
信号が青になるのを待っていると、ムギが俺に聞いてきた。
「そうだね。月ノ宮に住んでて七夕祭に行ったことがない人はいないと思うよ。周りの街からもたくさん人が来る大きなお祭りだからね」
もっとも『俺』は初めてだが烏夜朧は子どもの頃から毎年参加しているお祭りだ。旧暦の七夕に開催している七夕祭が本祭なのだが、七月に開催される方もそこそこ有名なコメディアンやアーティストを呼んだりと中々の気合の入れようだ。
「私達、八年前に参加してからは久々に行くつもりなんです。できれば大星さん達とも一緒に回りたいのですが……」
「うん、僕は大賛成だね。神社の参道にはたくさん露店も並ぶし花火も打ち上がるから盛り上がるよ」
ま、大星と美空にはちゃんと二人きりの時間を用意してあげないとだな! 是非とも二人きりでハッピーエンドを迎えてほしい。
「でもちょっと梅雨が明けるか微妙そう」
信号が青になって横断歩道を渡っていると、ムギがやや不安げな面持ちで言う。確かに梅雨明けが遅くなる可能性をニュースでも言っていたし、七夕祭期間中に雨が降る可能性も大いにある。
七夕祭が開催されるのは七夕である七月七日から七月十二日までの六日間。十一日と十二日の土日の方が人は多いだろうが、神社の儀式なんかは七日に催されるはずだ。本祭は八月に開催され、もう第二部が始まっている時期である。俺が誰かのバッドエンドを迎えていなければの話だが。
しかし俺はムギの不安を和らげてやるべく、胸をドンッと叩いて言った。
「大丈夫さ、なんたって僕は輝く太陽も恥じらって雲の影に隠れてしまう程の晴れ男だからね!」
今は盛大に雨が降ってますが。
「太陽が恥じらって隠れてしまってはダメなのでは……」
と、スピカの冷静なツッコミが入る。
「確かに朧の図太さは太陽も見てられないほど恥ずかしいかもね」
「どういうこと!?」
俺は第一部の最終日である七月七日の前日にはたくさんのてるてる坊主を作っていることだろう。七月七日が始まる朝、外を見て雨が降っていたらバッドエンド確定演出というのはネブスペ2のプレイヤーの頭に深く刻まれている。
レギー先輩に関してはグッドエンドのフラグが見えてきているため当分バッドエンドを気にする必要はないが、俺はまだスピカとムギのイベントを回収しきれていないし、美空に関しては七月七日の最終日まで結果がわからない。スピカもムギのルートも終盤のイベントで見分けはつくが……俺はずっと落ち着かない日々を過ごすことになるだろう。
「やっぱりスピカちゃんもムギちゃんも浴衣を着て行くのかい?」
「はい。この前仕立ててもらったんですよ。お母様のお知り合いに呉服屋を経営されてる方がいるそうで、とても良い柄のものを作ってもらえたんです」
人脈の中に呉服屋がいるって凄いな。ていうか今も呉服屋っていう仕事は存在するんだな……あれってフィクションの話だと思ってた。
「朧って金魚すくいとか射的は得意?」
「勿論だよ。僕は全国金魚すくい大会関東地区予選で優勝したことがあるし、かつてはクレー射撃の日本代表候補だったこともあるんだ!」
「ほ、本当ですか!?」
「全部嘘っぽい」
勿論全部嘘だ。俺は嘘が嫌いだが、これは作中で朧が言っていたセリフを完コピしただけなのでセーフ。
ちなみに朧は金魚すくいも射的も、さらにはヨーヨー釣りや型抜きなんかも全部ダメだ。朧はお祭りに備えて一緒に連れて行く彼女を口説くのだが、達者なのは口だけで腕が伴ってないから振られるのである。
そして俺も全部ダメだ。ときメ……某恋愛シミュレーションゲームのミニゲームでどれだけ金魚すくい中にカメやアンコウを捕まえようとして失敗したと思ってるんだ。
「ちなみに大星は金魚すくいが得意で、レギー先輩は射的で何個も景品を持って帰るし、美空ちゃんは何かと食べてばっかりだったけど、乙女は型抜きが凄く上手かったなぁ……」
と口に出してから俺はハッと気づいて思わず口を押さえた。つい話の流れで乙女のことを口にしてしまい、和やかな雰囲気が一転して、雨模様も相まってどんよりとしてしまった。
「へぇ、そうだったんだね……」
と、ムギは呟いて顔をうつむかせてしまった。やべぇ……俺は前世でネブスペ2をプレイした時、ムギルートは肝を冷やしながらも何とかクリアしたが、ことごとく選択肢を外しているような気がする。
そこからは一時、俺達は何も会話を交わさずに雨の街を歩いていた。俺もスピカもムギも、場が明るくなるような話題が思い浮かばなかったのだ。気まずさで胃が押し潰されてしまいそうだったが、再び別の七夕祭の看板を見かけると、ムギが顔を上げて口を開いた。
「朧はさ、七夕祭のコンクールって知ってる?」
「あぁ、何か宇宙や星をテーマにした芸術作品のコンクールだっけ?」
確か月ノ宮出身の芸術家と月ノ宮神社や地元企業の協賛で開催される芸術作品のコンクールで、応募条件は宇宙や星をテーマにしていること。芸術作品というのは絵や彫刻、音楽や書道など幅広く受け入れておりまぁまぁな応募数がある。
「そんなに大きくないから地元の学生とか時間を持て余してるおじいちゃんおばあちゃん向けのコンクールだけど、今までの受賞作品を見ると結構バカに出来ないのが揃ってるんだよ」
そういえばネブスペ2の前作である初代ネブスペでも同じコンクールがあって、最優秀作品賞を受賞したことがきっかけで芸術家になったヒロインもいたはずだ。コガネさんと同じようにどこかで出会えるだろうか。
俺がそんなことを考えていると、いつの間にかムギの表情は暗くなっていた。
「実は私……乙女と一緒にそのコンクールに絵を応募する予定だったんだ」
前世でネブスペ2をプレイしていた俺は勿論それを知っている。ムギの芸術的センスも中々だが、乙女も自分を芸術で表現するのが好きだったのだ。二人の合作ともなれば中々面白いものになっていただろうが、もうそれは敵わない夢か……。
「それは完成しなかったのかい?」
「殆ど完成はしてたんだ。でも何かが足りなく感じるの……それを乙女に聞きたかったんだけど、もういなくなっちゃったから」
すごい心苦しい。俺は本当にどうして前世の記憶を取り戻すタイミングがこんなにも遅かったのだろうか。もう少しでも早ければ全力で乙女を引き止めていたのに。乙女を親友と慕っていた二人が、こうして悲しむようなこともなかっただろうに……。
「ごめん、二人共……」
俺はムギ達への申し訳なさから思わず謝ってしまっていた。するとスピカは俺を気遣ってくれたのか、俺の手を優しくギュッと握ってきた。
「烏夜さんが謝ることじゃありません。烏夜さんもお辛いはずなのに……誰かが悪いってことなんてないんです」
スピカの優しさまで俺は辛く感じてしまう。俺はスピカにありがとう、と笑顔で言って彼女の手を離した。
やがて線路と踏切が見えてきて、俺はそこでスピカ達と別れて駅の方へと向かった。海岸方面から俺の家に帰ろうと思えば本当は別の道が近道で今スピカ達と歩いてきたルートは遠回りなのだが、それでも俺は少しでもスピカ達とコミュニケーションをとって、今後のイベントが上手く進むようにしたかったのだ。
世界はやはりネブスペ2のストーリー通りに進んでしまっている。きっと今後、スピカルートとムギルートにおいて重要なイベントが立て続けに起きてしまうのだろう。
今後起こりうるイレギュラーに上手く対応しながら、俺は二人のバッドエンドを回避してグッドエンドを迎えることが出来るのだろうか……未だ晴れることの知らない雨空を見ながら、俺はため息をついていた。
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