アストレア姉妹編⑮ アストレア姉妹の秘密



 ムギは生年月日の都合上スピカの妹という扱いなのだが、その扱いがどうも不服らしく時たまスピカに対抗しようとすることがある。

 今回もそうだ。頼れるお姉さんっぷりを発揮するスピカに対抗して、悩める美月達の相談に乗ろうとしたのだろう。


 しかし、美月と晴の悩みはムギでは処理できなかった。


 「お、朧、朧っ!」


 俺は彼女達が囲うテーブルではなく、テラスの隅に置かれたベンチで彼女達を見守っていたのだが、ムギは俺を手招きして呼んだ。

 俺が側まで行くと俺に耳を向けるよう言って、そして耳打ちする。


 「ど、どうすればいいの?」


 いや、ムギが調子乗って相談に乗ってあげようって言ったんだろうが。アワアワと慌てているムギを眺めているのも楽しいが、晴と美月のバッドエンドを回避するためにも俺はムギに助け舟を出す。


 「ムギちゃん、自分もその立場になったら、と仮定して考えてみるんだ」

 「ど、どゆこと?」

 「ムギちゃんが、スピカちゃんと離れ離れになったとしたら……ムギちゃんはどう思う?」


 人の相談に乗るのはとても大変なことだ。相談される側は相手より人生で多くの経験値を稼いでいる必要があるからだ。それは年の功なんかではなく、今までどれだけ誰かのことを考えて、手を差し伸べようとしてきたか……俺はどうだっただろうな。

 しかしムギは俺の例えを聞くと一時黙っていたが、やがて表情が青ざめたのを見るに晴や美月達と同じ心情になったのだろう。実際に経験してみなければわからないこともあるかもしれないが、ムギは兄弟姉妹でなくとも実の父親を失っているのだ。そして親友だった乙女と、何度も大切な人との別れを経験している。


 「ありがと、朧」


 どうやらもう俺の助けは必要ないらしいため、俺は大人しくベンチに戻って見守ることにした。

 そしてムギは深呼吸して自分を落ち着かせてから、晴と美月に話し始めた。



 「二人共。ここだけの話なんだけど……私とスピカはね、実は血の繋がった姉妹じゃないの」


 うおぉい、いきなりすごい角度から攻めてきたな。


 「え、えぇ!?」

 「そ、そうだったんですか」


 それは今までスピカとムギは双子の姉妹だと知らされていた晴と美月にとっては衝撃の事実だっただろう。スピカは黙って頷いていた。

 ってか、俺も聞いちゃってるけど良いの? 俺は一応知ってるけども。


 「八年前に私のママとスピカのパパが再婚して、私達は義理の姉妹になったの。最初にスピカと会ったときは……おしとやかなお嬢様を装って男に色目を使う小汚い女だと思ったね」

 

 いやファーストインプレッション最悪か。

 するとスピカも口を開く。


 「私は最初にムギと会った時、根暗で無口なくせに自分の芸術センスに酔いしれている変な女だと思いました」


 いやいや、ファーストインプレッション最悪か?

 まぁ、ビッグバン事件の直後だったからお互いにちょっと心が荒んでたのかもしれない。俺がアストレア姉妹の出会いに驚きを感じていると、ムギが話を続ける。


 「私のママが再婚してからちょっとして、新しいパパは病気で死んじゃったんだ……私は正直実感が湧かなかったけど、スピカは凄く泣いてた。この子ってこんなに泣くんだってぐらい、毎日……」


 スピカの父親は病弱だったわけではないが、ビッグバン事件の直後に謎の病に罹り、治療法が見つからないまま死んでしまったという。第二部のヒロインの一人もその謎の病に罹患しており、そこで病の詳細が明らかになる。


 「私にとってはいきなり家に上がり込んできたおじさんって感じだったけど、私は悲しみに打ちひしがれるスピカを見て気づいたんだ。きっと今のスピカは、あの事故でパパを失った時の私と一緒なんだって。その上……スピカにとっては唯一の血の繋がった親が、いなくなっちゃったんだから」


 するとムギがチラッとスピカの方を見た。ムギはスピカの様子を伺っているようだったが、スピカはムギに笑い返してみせた。

 ……普段はあまり見えない、スピカとムギの信頼関係が見えた気がした。


 「傷の慰めあいなんかじゃないけど、おかげで私達の絆が深まったような気がしたんだ。自分の家族を、大切にしたいってね……」


 家族、か。

 お世辞にも恵まれた家庭環境ではなかった烏夜朧の心に陰りが生まれる。しかし、かといってその絆を否定しようとは思わない。

 スピカとムギは血こそ繋がっていないが、家族という絆で強く結ばれている。それは二人を溺愛するテミスさんのおかげでもあるだろう。

 ……なんか姉妹丼出来るエロゲしたくなってきたな、という邪悪な心は捨てて俺はさらにムギの話を聞いていた。


 「私もね、いつかはスピカと離れる未来が来ることを知ってる。それこそスピカが、もしかしたら私が誰かと結婚するってなった時……まだ想像しにくいけど、やっぱり寂しいと思う。

  でも、私は嬉しさの方が勝つと思ってる」


 大切な人の幸せを喜ぶことが出来るのは、きっと素晴らしいことだろう。しかしそれで簡単に解決できるなら、晴と美月はこうして悩んだりしないはずだ。

 晴と美月は大星と美空の幸せを望めない自分達を情けなく思ったのか少し表情を曇らせたが、ムギは意気揚々と言う。


 「だって、スピカをいじれるネタが増えるんだからね!」


 なんか思ってたのと違う方向から攻めてきたぞ。


 「スピカはお嬢様ぶってるところあるけど、結構天然っていうか抜けてるところがあるんだよ。だからさ、誰かと付き合うってなった時に何かヘマをしないか楽しみでしょうがないんだ。

  例えばスピカは自分の欲求を抑えることが出来ずに彼氏の部屋に忍び込んで下着を漁ったり、終いには寝込みを襲いそうだからね」

 「そ、そんなことやらないよ!」


 スピカが顔を真っ赤にしながらテーブルをバンッと叩いて立ち上がった。

 

 「でもスピカお姉さんにそういう一面があると思うと面白いですね」

 「美月ちゃん!?」

 「実際、スピカはこの前の夜に空腹を我慢できなくて台所に忍び込んで冷蔵庫から私のプリンをくすねたからね」

 「そ、そういうことやるんだね……」

 「いや、あれはムギのだとは思ってなくて……って、私の話は良いでしょー!?」


 いかにも品行方正っぽいスピカだが、まぁそういう自分に正直な一面もあるのだ。そこもギャップ萌えというやつだろう。

 ちなみにだが、ムギがさっきチラッと言っていた彼氏の部屋に忍び込んで下着を漁ったり、寝込みを襲うという話はスピカルートで実際に起こるイベントだ。大星の下着を頭に被っているスピカの姿を見た時は画面越しでも腹がよじれた。スピカはこう見えて一度進み始めると歯止めがかからないタイプなのである。


 「まぁ気を取り直して。確かに別れって悲しいし寂しくなるけど、新しい楽しみも出来るもんだよ。

  それにさ、大星も美空は多分晴や美月と離れ離れになっても、しつこいぐらいに連絡を取ってくると思うね。特に大星は」

 「確かに大星さんはそうかもしれないですね」

 「大星お兄さん、毎朝晴ちゃんにモーニングコールして、ちゃんと朝食食べたかとか学校頑張れよとかひっきりなしに連絡してそう……」

 「いや、流石にお兄ちゃんもそこまでは……いや、するかもしれない」


 家族思いってのも度が過ぎると病的だな。大星が晴に過保護なのは仕方ないだろうが、ムギが言う通り大星と美空は関係がどれだけ進展して幸せになっても、晴と美月をないがしろにはしないだろう。

 晴と美月も彼らの兄と姉に対してそれだけの信頼があるのか、段々と表情を明るくしていた。それを見てムギは、服の下に隠れていた金イルカのペンダントを取り出して皆に見せる。


 「ほら、これは皆も持ってるでしょ? このペンダントには、大切な人との絆を結ぶ言い伝えがあるんだよ。これがあると、どれだけ離れ離れになっても側にいるように感じられるから……」


 と、ムギが綺麗に話を締めようとしていたところで美月が口を開く。


 「でも、大星お兄さんはそのペンダント持ってないですよね?」


 美月の真を突いたその発言で、ムギは「ぎょえー!?」と言わんばかりに驚愕の表情をしていた。

 そうだな、確かに大星はそのペンダント持ってないんだよ。


 「なんか、急に話の説得力なくなった」


 呆れたように晴が言う。


 「まぁ、この締まらない感じがいかにもムギらしいわね」


 と、スピカがクスッと笑っていた。


 「ぐぎぎ……」


 第三部のエンディング後に大星達主人公と彼らが攻略したヒロインのちょっとした後日談を見ることが出来るが、結局美空はここから都心の専門学校に通い、大星は卒業後もこのペンションを手伝っている描写がある。いくら美空に家事のスキルがあるとはいえ学業と両立するのは大変だろうし、やはり妹達のことが不安だったのかもしれない。


 しかし暗い雰囲気が消えて場が明るくなったのを見るに、ムギの話は一応成功したと見るべきか。

 いやー、作中には出てこないイベントだったから結構ヒヤヒヤしてた。マジでやばそうだったら何かフォローしようかとも思ったが、ムギってこういう話も出来るんだな。なんだか見直した。



 「ちなみにだけどムギ、私とムギのどっちが晴さんと美月さんに勉強を上手く教えられるかという勝負をするって言ってたでしょ? 確か勝った方が姉だって」


 そういえばそんな勝負もしてたな。ムギはハッとして晴と美月に聞く。


 「私とスピカのどっちの教え方がわかりやすかった!?」

 

 なんだか圧が凄い。余程ムギは姉という立場にこだわりがあるのだろう。しかし晴と美月は互いに顔を見合わせてウンと頷き、ムギに言う。


 「スピカお姉さんですね」

 「スピカお姉ちゃんだね」

 「なんだとー!?」


 今後も引き続きスピカが姉である。俺はムギが姉ってのも悪くはないと思うけどね、関係性として。


 「音楽の問題にパチンコの大当たりの演出なんて出てきませんし……」

 「家庭科の問題に競艇とか競馬のオッズ計算なんて出てこないもんね」

 「そんな……バカな」


 年下の子に何を教えてるんだムギは。ムギが使ってる参考書、ただのギャンブルの手引書なんじゃないか?

 余程自信があったのか、ショックを隠せないムギ。そんな彼女の肩をポンポンとスピカが優しく叩いて言った。


 「ムギ。これからも私が貴方を妹として可愛がってあげるから安心して」

 「うぎぎ……」


 なんだかムギには今のままでいてほしい。二人の掛け合いを間近で見られるだけで俺はこのネブスペ2の世界に転生してきてよかったなぁと思う。未だに死と隣り合わせではあるが。



 小休憩を終えて俺達はテラスから勉強会の会場であるリビングへ戻ろうとする。しかしテラスから中に入って廊下を歩いていると、リビングの方からドタンッ、と何かが倒れるような音が聞こえてきた。


 「な、何だ!?」


 何か事故があったのかと慌てて俺達がリビングへ向かうと──俺、スピカ、ムギ、晴、美月の五人は部屋の中の光景を目の当たりにして硬直していた。


 「あっ……」


 テーブルの側で、仰向けの美空に覆いかぶさるように倒れた大星。

 やや衣服の乱れた美空。

 その近くの床に転がるお盆、コップ、飛び散ったオレンジジュース。

 そして、美空の控えめながらも美しい双丘を鷲掴みしている大星。


 「ぐふぅっ、刺激が……強すぎる……!」


 一体何が起きたのか。色々と察した、いやエッチな方向に頭が回った晴の思考回路がショートし、鼻血をダボダボと流しながら倒れた。


 「晴ちゃーん!?」


 もうギャグ漫画みたいに鼻血を噴出している晴の体を支える美月。


 「立て、立つんだ晴! お楽しみはまだこれからなんだから!」


 ちょっと調子に乗って悪ノリするムギ。


 「と、とうとうお二人はそういう局面に……!」


 いつもは平気で下ネタを言っているスピカは良からぬ妄想を思い浮かべているのか、なんだか笑っているはずなのに顔が怖かった。


 「いや待つんだお前達、これは違うんだ」

 「そ、そうなの! 違うったら違うんだもん!」

 

 大星と美空は慌てて起き上がって弁明しようとするが無駄だ。スピカとムギ、晴と美月の妄想はもう止められない。

 まぁ、床に落ちてるお盆とコップを見るに、つまづいたか何かで体勢を崩した美空を大星が支えようとした結果こうなったって感じか。作中でも同じイベントが起きてたし。

 でもそんな状況を把握していても俺は悪ノリするがな!


 「大星……すまなかった。こういう時に限って空気を読めない僕を恨んでくれたって構わない。僕はもう帰るとするから、後は二人で楽しむといいよ……」

 

 俺はまくし立てるしかないだろう 烏夜朧というキャラとして! しかしそんな俺の肩は大星に力強く掴まれる。


 「おいふざけんな。これは事故なんだ、美空に直撃するわけにはいかなくて……」

 「じゃあ事故だったら美空ちゃんの胸を揉んでも良いと!? 事故だったら何かの拍子で僕が美空ちゃんの胸を揉んでも良いと!?」

 「その時は私の拳が最期に見る景色になると思うよ、朧っち」

 「死を対価に出来るなら本望だね!」

 「ホント無敵だなこいつ」

 

 まぁ遅かれ早かれ俺の死は間近に迫ってるからな。まだ半年ぐらい先だけど着実に迫ってるんだよ。

 

 と、本番一歩手前のイベントも起きたがその後もなんだかんだ勉強会は夕方まで続いた。流石に夕食までごちそうになるのは悪いと思って勉強会はお開きとなり、俺はスピカとムギと一緒に雨の中を歩いて帰ることとなった。


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